Ponytail Day -the Last-

「な……なんだその髪型は瑞希ィイイイイイイイイイイ!?」

 七月七日、七夕。どこにでもあるような地方都市の、どこにでもあるような住宅街。その中の、どこにでもあるような一軒家。その玄関先から、大きな叫び声が住宅街に木霊する。

「…………何って、ミディアムだけど……?」

「ミディアム! ショートのような溌剌さを持ちながら、ロングのような奥ゆかしさを持つ、女性としての色気を存分に引き出す髪の長さッッッ!!」

「全然嘆いてる感じがしないを解説ありがとう」

 頭を抱えて地面に崩れ落ち、何度も何度も玄関ポーチに頭を叩き付ける青年。それを見て、タンクトップにショートパンツというラフな恰好をした少女は溜息をついた。

 この青年は神前凌一。この街では、「無類のポニーテールフェチ」「妖怪ポニテ男」「ポニーテールハンターRYO」などと呼ばれる、隠れた名物扱いの不審者だ。数年前高校を卒業し、今は日本中のポニテを目に焼き付ける旅に出ていた。

 そんな彼は一年に一度この七夕、否、彼にとっては「ポニーテールの日」にこの町に帰ってくる。最愛の幼馴染、境瑞希と祝うために。

 ――だが。

「お前……俺が嫌いになったか?」

「なんでよ?」

「だってお前ロングだったじゃん! ロングでポニテにしてたじゃん! なんでポニテじゃないんだ!? 俺のこと嫌いになったからだろそうだろ!? ずっとお前をほったらかして日本中のポニテを見て回ってる俺に嫌気が差したんだろそうなんだろ!?」

「……そうだといったら?」

「お前をポニテにして俺は死ぬ」

 恐ろしい殺し文句だ。生命の危機を感じる。

「……別に深い意味は無いわよ。髪を切ったのは、この前遊びに来た親戚の子に、ガムくっつけられたから。仕方なく切ったの」

「よし分かった今すぐそいつを紹介しろ俺が天誅を下して」

「その子ポニテだけど」

「許す! …………許すか? いやしかし……ぐぬぬぬ、うぐおおおおお!」

 悩み始め、再びポーチに頭を叩き付ける凌一。ポーチが赤く染まっている。

「全くもう……玄関汚れるでしょ。上がんなさいよ、治療してあげるから」

「……分かった」

 よろめきながら立ち上がり、凌一は瑞希の家に入る。目の焦点が合わず、額から血をだらだら流してふらふらしながら上がる凌一を見て、瑞希は肩を貸してやる。

 そうして、リビングに通す。リビングには、いつも笹を飾る庭に繋がる掃き出し口と縁側がある。

瑞希は、ふらつく凌一を一度キッチンに連れて行き、額に流水を当てて患部を流す。血はもう止まっていた。驚くべき治癒能力だ。轢かれそうになったポニテの少女を救うためにトラックに轢かれたにも関わらず、一週間後には回復した小五の時を思い出す。本人は「ポニテへの愛が成せる技」と語り、医者達は本気で学会に発表することを考えていた。

閑話休題。

「部屋にある救急箱持ってくるから。安静にしてなさい」

「分かった~……」

 凌一をソファーに寝かせ、瑞希は自分の部屋に向かう。瑞希は高校卒業後、看護師を目指して勉強中だった。看護師を目指したのは、どこかの馬鹿な幼馴染に、傷が絶えないためなのだが……それは墓場まで持っていくべき秘中の秘であるので、密に、密に。

「お待たせ」

 数分足らずで、瑞希はリビングに戻ってくる。凌一は手を枕に肘を突き、テレビを見ていた。お茶請けの、げんこつせんべいまでかじっている。

「……安静にしてなさいっていったでしょ」

「ああ、すま………………」

 叱る瑞希の方を向き、謝る凌一。だが、瑞希を見た瞬間に、凌一の手からせんべいが落ちる。

 目は見開かれ、おお、おお。と、感嘆の声を上げ……瑞希は、頭を抱えた。

「ポニテだあああああああああああ!」

 凌一はガッツポーズをし歓喜の叫びをあげながら、再びソファーに倒れ込む。あれほど興奮したらまた血が出るだろうに……元気づける為にポニテにしたのは間違いだったか。

「瑞希! ポニテに出来るならなんでさっきしてなかった!」

「お風呂上がりで休んでるところにアンタが来たからよ。結ぶ前だったの」

「ほら、落ち着いて」と、瑞希はソファーに座り、太股に凌一の頭を乗せる。膝枕。

 テーブルに置いた救急箱に手を伸ばす度に、凌一の眼前には、年の割に小ぶりな胸が迫ってくる。……が、凌一の目に映っているのは瑞希のポニテのみだった。

「その長さのポニテも良いなあ……小さくて、お前の耳が綺麗に見える。束ねられた髪の流れがとても綺麗だな。まるで山奥にせせらぐ清流のような……」

「はいはい、それは良かったわね」

 呆れながら、手際よく凌一の額を治療する瑞希。

「消毒とかしないのか?」

「あんたの細胞の方が消毒液よりよっぽど効果的だわ。……これでよしっと。……大丈夫だとは思うけど、明日病院に行くわよ。何度も頭打ったんだから」

「ああ、分かった」

「やけに素直ね……またポニテ見に行くんでしょ?」

「いや、旅は終わりだ」

 旅は終わり。そう聞いて瑞希は一瞬言葉を無くす。だがすぐに、「そう」と気の抜けた返事を返した。

「でも……なんで?」

「日本一周は果たした。次は世界一周だが、さすがに渡航資金が足りん。それに」

「それに?」

「お前と結婚する」

 ……。

 …………。

 ………………もう。

 自分の幼馴染はどうして、こんなにも悩まないのか。自分はこんなにも、コイツのことで悩んでいるのに。なんでコイツは、こんなに自分に正直にいられるのか。

「約束だったろ、見終わったら、お前のところに帰ってくるって」

「……返事、今じゃなくていい?」

「構わない。ムードがなくて悪いな」

「アンタにムードを求めるなんて、ムー大陸があると信じてる人を馬鹿に出来ない暴挙だわ」

 瑞希は、凌一の頭をそっと撫でる。ごわごわする堅い髪質だ。当然だが、太股に受ける感触と全く変わらない。

 ……ああ、明日も、こうしていられるんだ。明日だけじゃない。明後日も、明明後日も、来月だって、再来月だって。ずっと、こうしていていいんだ。

 凌一の顔に、一滴の雫が落ちる。それが頬を伝い、頬骨に沿って、口の端に流れ着く。凌一はそれを、迷わず舐め取った。

「なにこれ、お前の涙すげえ美味い」

「…………やっぱどうしようもない変態ね、アンタ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

七月七日~ポニーテールの日~ 烏丸朝真 @asakara

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ