第三十三.五話 愛と雷

本編には含まれない「もしも」の箸休め。

いや、本編に含んでもいいか。




 巨躯が跳躍した勢いそのままに降下してくる!


 彩色された金属の鎧からはちきれんばかりの筋肉。

 ここまで鍛え上げられるのか、と見る者を驚嘆させるその太い筋に覆われた右腕。 

 それに掲げられた巨大な戦槌ハンマーから蒼白い電光が火花を散らすように発せられ、闇の中に昼を生む。


 戦槌ハンマーだけではない。

 長く伸びた金色の髪も、発条バネと剛力が同居する脚も、すべてをはじき返す分厚い胸板の板金も、電光に包まれて恐るべき一条の雷として襲い掛かってくる。


 的確に武器を振り下ろす先をとらえた双眸もまた、射るような光に覆われている。


「我は雷神!」


 獲物をしとめんと空気を震わす咆哮に対し、下から迎え撃つ声はあまりにも対照的で気抜けのするものだった。


「俺は料理人。しかも雇われ」


 するすると片手持ちの中華鍋を掲げ、楕円を描く底面を上に向ける。

 黒い底面にくっきりと刻印された文字―――金髪の雷神が知らない古代の文字―――が赤く輝いていた。

 

 蒼く白く力強く輝く電光に比べ、その赤い光は余計な主張をせず、ただただその文字を黒い鍋の底に浮かばせるためだけに輝く。

 

 受命於天既壽永昌


 蒼白い暴力と、赤い誓約が金属同士の激突する轟音とともに接触した。


「なんだっ」


 雷神を称する男は戦槌ハンマーそのものの超絶的な圧力と纏う電撃で黒鍋を一気に粉砕し、それを構えるひょろっとした青年を地面に打ち倒すはずだった。


 それができない。


 雷神の力に比べれば一筋の灯明に等しいほどにささやかな赤い刻印が、戦槌ハンマーの打撃を許さない。


「うおおおおおおおおっ!」


 それ自体が凶器の右腕がさらに筋肉の太さを増し、神の血が流れる血管を浮き上がらせた。


 戦槌ハンマーはじりじりと黒鍋に押し込まれていく。しかし、決定打ではない。


 雷神は自分の半分の太さもない青年の腕にさほど力が込められていないことを知った。


 神の威信に賭けて絶対に勝つ。彼はオーディンの息子。この空域にありったけの雷を集めて、黒髪の青年を焼き尽くすことにした。


 次の瞬間、雷神は思いきり地面に激突した。自慢の戦槌ハンマーは大地を数メートルえぐり取った。


 天地が鳴動し、あたりに土埃が舞う。雷神の一撃はこの星にめり込んだのだ。


 鍋と青年は塵のように消滅した。カッとなってやり過ぎたか。


 土煙に咳き込みながら、雷神は地中深くにめり込んだ戦槌ハンマーを呼び戻す。右手にしっくりとくる感触がある。


 あたりの視界が戻る。


 白い料理人服の青年がぼーっと立っていた。


「生きてる?」


 雷神の声には驚愕と安堵。


「ひどいなあ。俺の鍋を本気で壊そうとするなんて」


 ぼやく青年の黒鍋の底にあの赤い文字は見えなかった。しかも、彼の白い服は土埃ひとつついてない。


「どうして汚れてないんだ?」


「料理人は清潔でなきゃね」


 茫洋とした調子を保ったままの青年は5分前に出会ったときのままだ。


 こいつは一体何者なんだ。


「だから料理人さ。雇われの」


 久々に立ち寄った地球で感じた、ただの地球人とは明らかに違う気配。


 最強の雷神にまるで恐れを感じないどころかダウナーな態度に少し腹が立ち、戦いを挑んでしまったが、これは勝ったのか負けたのか。


「あんたの勝ち。もう手がピリピリしびれてさぁ。あれじゃ鍋がもっても俺がピリピリで嫌だよ」


 釈然としない。だが再戦をしようという気にはならなかった。こいつのぬぼーっとしたたたずまい。

 その...なんだ、まともに相手にするだけ疲れる。


「疲れた? じゃあ俺の店で料理を食べていきなよ。ニンニクと紹興酒たっぷり漬けこんだ猪の肉があるんだ。愛情こめて作ったスタミナ料理」


 すたすたと歩きだした青年に、納得のいかない変顔をしながらついていく。金髪巨躯の雷神。


「蓬莱軒は誰でもウェルカムお客SAМA。今日ご来店は雷SAМA」


 なんだその変な韻は。


 この青年の情はきっとひねくれてるに違いないと思いながら、神はうまそうな猪の肉を想像して笑みを浮かべるのだった。


 

 蓬莱のシーフーは帰ってくる   ←マーベル映画のエンドクレジット風


(つづく)

 

 

ソーの映画見たから即興。




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蓬莱のシーフー 毒島伊豆守 @busuizu

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