12カラー

こっちに移動してから、夜の街を一通り歩いた甲斐があった。

屋敷を出てからの道は、手に取るようにしてわかった。

俺は無事家に帰り着き、ホッと溜め息をつけたのは、束の間だった。


玄関から入ってすぐの椅子に、白い少女、ナイトメアが座っていた。

しかも、リンゴは半分ほど欠けている。

食事を取ったことには安堵したが、今まで2週間近く、何もしていなかった者が急に動き出すと恐ろしい。


「た、ただいま」


俺は何を言っているんだ。

ナイトメアは、俺が言葉を発した瞬間、俺の存在を確認したらしく、あの目を俺に向けてくる。

そして何か言いたいのか、口をもごもごさせていた。


「な、何だよ。言いたいこと、あるなら、言えよ」

「………」


そう話を振っても、ナイトメアはもごもごとさせるだけ。

しかし、しばらくすると、ナイトメアは急に俯いた。


そして、再び顔を上げた時には、ナイトメアはいつもの顔をしていなかった。

今までは人形のように、表情が1つしか見せてなかった。

だが、今のナイトメアは、目つきが変わって、雰囲気さえも変わっていた。

この変わりように、俺は自然とナイトメアと距離を置いた。


「私の名前はナイトメア。生まれは城の研究室。私はシステムのクローンとして、生を授かった。年齢は12歳。しかし、それ以上のことは何も教育されておらず、実際のところ私は誰で、どう生きればいいのかわからぬまま、城の研究室の一角に閉じ込められていた。そして、時を迎え、城の外に出され、あなたの元で救われた。どうか、ナイトメアをお守りください」


細くかすれた声で、淡々と語られるナイトメアの過去。

俺は急に語り出すナイトメアに動揺を隠せない。


城の研究室?

システムのクローン?

全く理解が出来ない。


その上、ナイトメア自身が喋っているようには見えなかった。

誰かが陰で操っているようにしか見えず、聞いている間、違和感しか抱かなかった。

そして、俺は率直な問いを投げかける。


「お前は誰だ」

「私はナイトメア」

「ナイトメアじゃないだろう。お前は誰なんだ」

「私はナイトメア」


「……そうかいそうかい。そんなに押し切るなら、ナイトメアで良い。俺は誰からお前を守ればいいんだ」

「……わからない。しかし、最大の敵は、あなたとセイムカラーというのは判定している」


この世界はカラーで区分けされている。

生まれ落ちた時、DNAが持つカラーで、判定される。

生まれたての時点では、判断に苦しむが、髪が生えた時点で誰でも認識できる。

このカラーが見た目に影響してくるのは、髪の毛だけ。

時に、瞳の色まで影響を及ぼすが、それは希少な例だ。


他に影響が出るのは、性格と、相性。

例に上がっている性格では、赤なら熱血であったり、気性が荒い。

青ならば、冷静沈着で落ち着きがある、といったところだ。

しかし、例外が多数に居るため、強い影響力はないと言われている。

相性で影響を受けているのは、セイムカラー同士が恋に落ちやすいという面だ。

もちろんこちらも、例外が多数存在する。


現在、12カラーが存在し、このカラーで分けて、管理しやすくしているのだ。

そのため、カラーに関して興味を抱く者は数少ない。


カラーの中でも珍しいのは、白。

そのカラーだけは、他のカラーとは違う特別な何かを持っているとされている。


俺のカラーは、白とは対照の、黒。

黒は嫌われるという定めを背負うようだ。

そのせいか、他のカラーには見られない、黒のセイムカラーは、互いに拒絶の態度を示す者が多い。


「なんで、俺と同じカラーのやつが、お前を狙うんだよ」

「狙うのではなく、やつは私を欲している」

「じゃあ、お前を吊るし上げにして、誘き寄せれば良いじゃねえか」


「それは過去に何度もやってきた」


言葉を繋げるようにして、ナイトメアは語り出した。



過去、十数年に渡って、秘密裏に行われていた、ナイトメアに似たクローンを城から離れた、もう1つの城に1人配置し、敵を誘き出す計画。

城の者は、クローンに、なるべく外に居ろと命令付をし、敵の目に入りやすいように、多くの時間を室外でうろつかせるという作戦だ。


この作戦に至ったのには理由がある。

ある日、庭を散歩させていたクローンが殺された。

武器は、銃。ただ撃たれた、と軽く終わらせられるものではなかった。

まるで、四方八方から一気に射抜かれたように、死体はハチの巣状態と化していた。

猟奇的な殺害方法に、戦慄を覚えた。

それが立て続けに発生し、カラーの特定が出来た段階で、いろいろと対処した。

そのお陰もあって、穏やかな日々が過ごせたが、再び類似した事件が発生したため、作戦を決行した。



作戦開始から、4日目の夜。

クローンに睡魔が襲い、室内に入ろうとした瞬間、遠くから放たれた弾丸が、クローンの小脳を射抜かれたのを確認できた。

この弾丸には、黒のベールが纏われていたので、すぐにカラーは特定できた。

ここまでなら、過去に十数回と経験していたため、「またか……」ということで、済んでいただろう。


しかし、この日限りは、違っていた。


城外に配置していた門番を向かわせたところ、クローンは城から消えていた。

クローンがいたであろう場所に、クローンの内臓と思われるものがあった。

そして、消えたクローンの死体は、街の真ん中に存在する、時計塔に晒し者のように吊り下げられていたのだ。

その者を降ろしてみると、腹部に「次はお前だ」と宣戦布告のメッセージが残されていたのだ。

今回の相手はいつものとは違うと気づき、ナイトメアが街へと放たれたのだ。



「成程。殺されるために生まれた人形か。つーか、それなら、黒を一掃しちまえば話は終わるんじゃないのか?」

「1体目が殺された時には、この街のカラー黒は有無を言わさず、処刑した。しかし、こうやって現存している。あなたは黒の中では、特異の優しさを秘めている。そのため、こうして頼んでいるのだ」

「優しさ、ねえ……。しゃあねえ。お前の本当の名前の代わりに、俺はナイトメアっつーお人形さんを守ってやる」


そう言うと、ナイトメアはポケットに手を突っ込んで、何かを探していた。

やっと目的の物を見つけ出したのか、1枚の名刺を机の上に置いた。

すると、扇状に光線が走った瞬間、名刺の上に1人の少年が現れた。

その少年は、俺にお辞儀をすると、奇怪な喋り方で話し始めた。


「ナイトメアを通して喋らせてもらった者じゃ。わしの名は、とうり。わしが再び必要となった時、ナイトメアを通して、わしの名を呼ぶのじゃ」


そう言うと、少年は消えて行った。

ナイトメアは、いつもの表情で、名刺をポケットにしまい込んだ。

そして、ナイトメアは無垢な目で、俺の先を見つめ、「お腹空いた」と自ら言葉を発した。


「残さず食えよ」


屋敷の一件と先程の話で疲れきった体を、再び振るい立たせ、2人分の料理を作った。

作ったのは簡単な炒飯。

ナイトメアはそれを無表情のまま、咀嚼していた。


俺はそれからの1週間、ナイトメアに生活していく上で最低限必要なことを教え込んだ。

ナイトメアは、空腹から食べるということは自然と身に付けらしいが、寝ることや、排せつのことは知らなかったようだ。

行動はすぐに身に付けたが、いつどのタイミングでそれらの行為をすればいいのか分からず、俺にいちいち指示を仰いでいた。

12歳の少女を赤子のように育てるのは、きっとこの街の誰も経験したことがあるまい。

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色彩 Nors @zerochikk

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