第5話:スラム街脱出・前編

「くっ……」


 人混みをかきわけシェイマスは酒場を飛び出した。とにかく今は逃げなくては。街の中心部へむかって逃げるのがいいだろう。


「バール!早く!」


 エンジンらは一足先に酒場を出ており安全を確保していた。シェイマスもそこに合流しようとするが背後の酒場から誰かが飛び出してきた。


「逃がさん!」


 リッターだ。長剣を抜き、シェイマスに向かって迫ってくる。


「おぉ!?」

「この剣で仕留めてくれる!」


 リッターの長剣がシェイマスに降り下ろされる。あわや、まさにその切っ先が届こうとしたその瞬間、刃は突然横から延びてきた別の刃に阻まれた。


「待つでござる」


 リッターが目をやると酒場で異彩を放っていた和服の男が刀を抜いていた。


「マサムネ!」

「こいつは拙者が!皆はボスの所へ戻って指示を仰げ!」

「でも!」

「いいから早く!副長命令だ!」

「バール!聞こえたろ、行くぞ!」


 いつの間にかエンジンが走り寄って来ておりシェイマスの襟首を掴むと半ば引きずるようにしてその場を離れた。


「お、おいエンジン!マサムネが!」

「大丈夫だ、あいつはあれでもNSCの副長だぞ?それに追われてるやつが残ってどうすんだ」

「マサムネなら大丈夫だよシェイマス氏。とにかく今は逃げよう!僕らはボスを呼びに行く!シェイマス氏とアロウたんは僕らがボスを連れてくるまでなんとか逃げてくれ!」


◇◆◇


「姉さん!」

「遅い!どこほっつき歩いてたのよポルックス、あいつらが来ちゃうじゃない!」

「そりゃこっちの台詞だよ!ここ合流地点じゃないから!」


 街の酒場から数百メートル離れた家屋の屋根の上で盾持ちのポルックスは彼の姉と合流した。彼はここから数十メートル離れた噴水広場で落ち合おうと連絡していたのに、彼の姉はそこがわからずとりあえずここでいいか、と家屋の上で弟を待っていた。


「それで?やつらは今どうなってるの?」


 姉は背負った盾を構え、不具合が無いか点検しながら弟に現状報告を求めた。


「酒場で隊長とリッターがシェイマスを見つけた。そのままリッターが捕らえようとしたんだけど和服の男……ええと、なんて言ったか、あ、そうだマサムネ。マサムネってヤツに阻まれて失敗。現在交戦中。その後残りが二手に別れて逃走。シェイマスは狙撃手と一緒にここを通るはずだ」

「二手に?別れる必要なんてあったのかしら」


 姉は怪訝そうな顔をする。今回ミスフィットが追っているのはシェイマスであってNSCではない。二手に別れることに関してNSC側には何のメリットもない。


「……恐らく、彼らのボス・・呼びに行ったんだろ」 

「成程ね。じゃとりあえずシェイマスはここを通るのね?」

「うん。そういうこと」


 そう言うとポルックスも盾を構え、丁度遠目に銀マスクと狙撃手を捉えた。


「行くよポルックス!」

「ああ姉さん!」


 二人は家屋から飛び降り、シェイマスとアロウの前に立ち塞がった。


「くっそ……見つかったか!」

「初めまして……あなたがシェイマスね?」


 姉が上品に挨拶する。


「私はカストール。こっちは弟のポルックスよ」

「……ご丁寧にどうも。悪いけど、俺達は逃げなきゃならない。……どいてくれ」

「そういうわけにはいかないわ」


 当然、どいてくれるはずもない。


「あんた馬鹿じゃないのホントもう……」

「……言うだけならタダだろ……」


 アロウが呆れたように銃を取り出し、臨戦体制に入った。それを合図にシェイマス、カストール、ポルックスも自分の得物を構え、場の空気は一瞬で緊張した。


「バール」

「なんだ」

「時間を稼いで」

「はぁ!?なんで!?」

「私は狙撃手よ!?まさかここで一緒に戦えって言うの!?馬鹿じゃないのアンタ!?」

「始めからこうなることを予測しておけよ……」


 アロウは狙撃手だ。彼女が扱う狙撃銃は大口径で威力も高いが狙撃銃はそもそも激しい銃撃戦向けに作られていない。どこかへ陣取りシェイマスの援護をするのが彼女にあった戦い方だ。


「守ってくれんじゃねぇのかよホントもう……」


 シェイマスは高所に陣取る為に走り去るアロウの気配を背中で感じながら愚痴をこぼした。


「準備は済んだか?」


 ポルックスが巨大な盾を構え、一人になったシェイマスに向けて言葉を発した。


「いちいちご丁寧にどうも。準備オーケーだ。さ、煮るなり焼くなり好きにしてくれや」


 その言葉を皮切りにポルックスは半月形の盾を銃のように構え、カストールは盾を背負い飛び出した。


「うおっ!?」


 あまりの早さにシェイマスは一瞬怯んだがすぐに立て直し、手に持った短機関銃を胸の高さに持っていき、横撃ちの構え方に構え引き金を引いた。

 ズガガガガガッと短機関銃の比較的小さな銃声が連続して鳴り、弾が発射されるがカストールはそれを難なくかわし、更に間合いを詰めてくる。


「はぁ!?」


 銃弾をかわすとは。流石にシェイマスは度肝を抜かれた。人間業ではない。


「ほらほら気を抜いてる暇なんてないわよ!」


 シェイマスの懐に入ったカストールは右拳を握りシェイマスの顎目掛けて拳を振り抜いた。


「あっぶねぇ!」


 間一髪、右腕でなんとか防ぐがすぐに左拳の第二撃が来る。


「うっ……ぐっ……」


 今度は左腕をまわし、腕を交差させる形で防いだ。


「どう?銃撃てないでしょ」

「う……」


 今シェイマスの短機関銃の引き金には左手の人差し指がかかっているが肝心の銃口はあさっての方を向いている。腕を交差させる形なので右手を離してしまい、銃口をカストールに向けることができなくなってしまった。


「横撃ちなんてカッコつけた奴ね。確かにあの状況なら横撃ちの方がいいかもしれないけどそれくらいまで間合いを簡単に詰められたのよ?ヤバくない?PANTHER隊員のシェイマスさん?」


 横撃ちとはその名の通り銃を横に構える撃ち方だ。銃を撃つときのあの姿勢で銃を横に九十度近く倒して構える。照準器が使えず、排莢不良、つまり弾詰まりジャムを起こしやすいなどとリスクが多い撃ち方だが、照準器を覗く必要が無い程間合いを詰められたりした時には視界が広くなるため意味のある構え方になる。

 しかし裏を返せば横撃ちが意味を為すほどの間合いにあっという間に詰められてしまった。銃使いにとって得意な間合いは大方遠距離戦だ。ずっとこの間合いで戦われたらたまったものじゃない。


「だが……お前も両手を塞がれてるだろ、お互い様だッ……」

「おいおい、僕のことを忘れないでくれよ」


 背後から声がし、振り替えるとそこにはポルックスが。いつの間にか後ろに回り込まれていたようだ。

 

「!?」

「びっくりした?うちの弟、なーんか影が薄くてね。気配を消すのが上手いのよ。ついさっきまで意識していたはずなのに、ね。忘れてたでしょ。弟がいるってこと」


 確かにカストールの言う通り、つい数十秒前まで意識していたはずなのにポルックスの存在を忘れていた。まずい。最悪の状況だ。このまま殴りかかられたら防げない。

 しかしポルックスは殴りかかることはなく、また盾の先端をシェイマスに向けた。自然とそこに目が行く。盾の先端には……銃口。


「うおお!?」


 とっさにシェイマスはカストールと組み合った手に力を入れ、腕の力をフル活用して姉を弟に向けて投げつけた。カストール自体は小柄で軽いためにできた芸当だ。


「きゃっ!」

「うわっ!」


 双子は激突し、仲良くしりもちをついた。


「ちょっと!痛いじゃないの!ちゃんと受け止めなさいよ!」

「無茶言うなよ!盾で弾かなかっただけマシだろう!?」

「はぁー、はぁー、危ねぇ……仕込み盾とは……」


 ポルックスの盾には銃が仕込まれていた。戦い始めてから気になっていた彼の変な構え方は盾を銃として扱うためのものだったのだ。


「やれやれ、バレてしまったか。そうさ。僕と姉さんの盾は仕込み盾だ。さっきの銃だけじゃない。他にも色んな機能が……」

「こらポルックス!」


 突然カストールが飛び上がりポルックスの頭に拳骨をお見舞いした。


「痛ぇ!」

「なんど言ったらわかるのよ!戦闘中に相手に簡単に情報を与えるんじゃないわよ!なんであたしの盾も仕込み盾だって教えるのよ!まだあたしのはバレてなかったのに!」

「いや……弟の盾が仕込み盾なら姉のもそうだろって普通思うわ……左右反転してるだけで見た目一緒だし……」


 思わず突っ込まずにはいられない。


「きーっ!あったまきた!もう手加減ナシよ!覚悟なさいこの裏切り者!」


 カストールは逆上してシェイマスに飛びかかる。相変わらずの速さだ。


「うっ!」


 再び不意をつかれたシェイマスは今度は組み伏せられ、カストールに腕を拘束され馬乗りになられた。

 まずい。このままではいいように殴られる。幸い脚はまだ拘束されていない。これを上手く使って振りほどけば……


 「させないぞ」


 カストールで隠れて見えないが確実にポルックスの声がした。同時に両足首に何かがまとわりついた。


「……っ、なにしやがった!?」


 足にまとわりついた何かは粘りけがあり、それなりの重量がある。上から被せるようにまとわりついたようで足が動かせない。足まで拘束された。


「トリモチ、というのを知っているだろう?これはそれを強化したやつだ。一度くっつけばこれが中々……」

「ポルックス!」

「はいはいごめんなさいね」


 ポルックスを叱りつけるとカストールはゆっくりとシェイマスに向き直り、その顔を見下ろすと拳を鳴らした。その表情は微笑んでいたが、勝利を確信し、生殺与奪の権利を与えられたことの余韻にひたっている。この獲物をどうしてくれようかとサディスティックな微笑みだった。


「ま、でも今回の任務はあくまで確保だし、一発で気絶させてやるわ……」


 カストールは高く拳をかかげ、二度三度拳を握り直した。そしてシェイマスの顔に狙いを定め、拳を標的へ向けた。


「さ……いくわよ」

「待て……待て待て待て待て待て待て!」


 標的シェイマスの制止に耳も貸さず、体重を乗せてカストールは拳を降り下ろした。

 

「っ!」


 ……が、その拳が標的をとらえることはなかった。


「うっ!?あぁっ……」


 突然カストールの背後から銃弾が飛んできた。銃弾はカストールの右肩をかすめ服をきりさき、少し肩先を抉った。あまりに突然のことにカストールは呻き声をもらし、のけぞった。すかさずシェイマスは両足のブーツを脱ぎトリモチの拘束から解放されるとカストールを再び投げ飛ばし立ち上がった。


「はぁ……はぁ……」

「くっ……あの狙撃手か!」

「姉さん!」

「大丈夫よ、ちょっとびっくりしただけ」


 やれやれとシェイマスは銃弾が飛んできた方を見るとアロウが家屋の屋根の上で狙撃銃を構えていた。


「何やってんのよアンタ!アンタが捕まったら私がボスに怒られるんだからね!」


 アロウは屋根の上からシェイマスに向かって怒鳴った。


「知るかバカ!もっと早く来いよ!」


 それに対してシェイマスは中指を立て怒鳴り返す。やはり二人の仲は険悪だった。


「ふぅ……あの狙撃手が狙撃ポイントに到着する前に仕留めようと思ってたけどギリギリアウトだったみたいね……」 

「どうする?」

「どうするも何も決まってるじゃない。……盾、……使うわよ」


 そう言ってカストールも盾を取り出した。


 ◇◆◇


「ふんっ!はっ!」

「うっ!」


 酒場前。ここでは相変わらず騎士リッターマサムネが剣を交えていた。


「ほらほらどうした!刀の斬れ味はその程度か!」


 戦いはリッターが優勢だった。長剣の得意な間合いで戦いは進んでいる。長剣は刀に比べ斬れ味が劣るが、その代わり刀には無いリーチの長さがある。そこをリッターはよく知っていた。


「くっ……せめてこちらの間合いに入れれば……」


 マサムネは刀を持つ手に力を入れ、切っ先をリッターに向けると両手を顔の前に持ってきた。刃は空を見上げ、柄から切っ先へ緩やかな斜面を描く。腰は低く落とし、足に力を入れる。しかし手足以外は力が抜けリラックスし、どんな状況にも対応できるようになっている。


「ほほう?その構えは……ケンドー、というやつか?」

「剣道はこんな構え方しないでござる。これは拙者流の剣術だ」

「我流か、面白い」

「お主の剣術とて、拙者が見たことのないもののようでござるが?」

「私のも我流だ」


 リッターもまた長剣を構え直し、マサムネが繰り出してくる次の攻撃に備えた。

 一瞬の沈黙。

 

「うおおおおあああッ!」


 沈黙を破りマサムネが左足で地面を蹴り前に飛び出した。同時にリッターも反応し、マサムネが繰り出した渾身の突き・・を受け止めた。

 しかしマサムネは諦めず、そのままリッターに体当たりするようにつばぜり合いの体制へ持っていった。


「中々……いい突きだ。侍。だがな、突きは長剣が得意とする攻撃。長剣使いの私が対処できないとでも思ったか」

「でも……間合いには入れたでござる」


 マサムネの言う通り間合いは詰められた。しかしここからだ。このつばぜり合いの緊張を解いた瞬間が一番攻撃を叩き込むのにいいタイミング。しかしそれはこの騎士もわかっているはずだ。相手より速く、一閃をくらわせる。


「ふんっ!」


 その時は唐突にきた。リッターが強引につばぜり合いを崩し、マサムネの腕をかち上げた。


「っ!」


 マサムネは刀を降り下ろすがここまで全てリッターが想定した動きだ。当然かわされる。


「しまった!」

「この瞬間が大事なのを知っているのはお前だけではないのだ、侍」


 刀のフルスイングをかわし、一瞬で優位に立った剣が牙をむく。


「くらえィ!」


 剣が横凪ぎにはらわれた。その刃はマサムネの胸に大きな斬り傷を作った。


「ああああッ!……うッ!」

「これぞ必殺、‘クラウ・ソラス’!どうだね?くらった感想を聞かせてくれたまえ」

「ううう……」


 やはりリッターの優勢は変わらない。マサムネはちらと敗北を覚悟した。


◇◆◇


 ――――NSC本部。


「ボス!」


 ハットとエンジンが勢いよくレイヴンの部屋になだれ込む。


「騒がしいぞ」

「た……大変だボス!バールを追ってミスフィットとかいう政府の特殊部隊が!今マサムネがそのうちの一人と戦って……」

「何が起きたのかは大体察しがつく。車の準備をしろ。ここスラム街を離れる。話は車内で聞く」


 レイヴンはまるでこうなることがわかっていたかのように落ち着いている。


「わ……わかった!ハット、こっちだ」


 レイヴンはいつもの黒コートを着、ガレージに向かって走っていったエンジンとハットとは反対の方向へ歩き出し、エンジンらが入ってきた入り口から外へ出た。


「まったく……面倒な客連れてきやがって。……お前がそのミスフィットというやつか?」


 レイヴンはNSC本部の前に立っていた灰色のロングコートを着た男に声をかけた。


「そうだ。俺はミスフィット隊長、コルトだ。お前がNSCのボスだな?」


 NSCとミスフィットのボス同士が邂逅した。



 



  


 




 


 

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DARKHERO ラケットコワスター @chinishihefuchi

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