私はなまけもの、あいつはしゃべる猫
芹南たえ
始まり
●
友達の家の近くの公園で猫を拾った。
灰色の日。
パタパタと窓に打ち付ける夕立雨の音が心地よい。
「お母さん‥‥。」
「泥遊びでもしたん?制服びちょびちょになってるじゃん。
明日から夏休みだし、クリーニング出すから脱いどいてね。
あと、廊下拭いといてー。」
母は風呂の鏡掃除に真剣で、私の泥だらけのスカートを横目にそうつぶやくだけで大した反応はなかった。
「チッ‥。聞いてよ‥。
ねぇ、お母さん!」
「なんだっていってんだんべ!」
さっきよりも大きな声で呼びかけてみると手を止めて、私の腕の中にある段ボールを見据えた。
にゃーお。中からそんな声が聞こえると、母が顔をしかめた。
「
なに、飼いたいん?」
私がその言葉に頷けば、母は呆れたようにまた掃除を始めてしまった。
「責任取って育てるんだよ。」
「‥‥‥‥。うん‥。分かった。」
二日前、怠け者の私じゃ守れないような約束をした。責任の意味も知らない私が。
今はもう日も暮れてしまってあとは寝るだけという状態で。
肌に張り付くような暑さを、開いた窓から流れ込む夜風が連れ去っていく。
夏の時期に唯一癒される時間だ。
今、私が寝転がるベッドのサイドテーブルでは、おなかを空かせたロシアンブルーの
よくこんないい猫を捨てられたもんだな里親も。
(にゃーお、にゃお‥。
「はいはい。文太、鳴かないで。
‥‥あーぁ。餌あげるのめんどくさい。」
(めんどくさいじゃないでしょう。
「うるさいな。」
さっき鳴き声が聞こえたのと同じ方向から、上品な言葉遣いでその口調に合った透き通った水ような声が聞こえた。
どこかに違和感を感じた私は、漫画をベッドの上に放り投げ、上体を起こした。
「‥‥‥え‥‥?
‥ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」
「お腹空いたわ。」
「はい!分かりました!」
サイドテーブルの上に、鋭い眼光でこちらを睨む猫がいた。
そして、衝撃の稲妻が私の頭に落っこちてきた。
「文太‥。
あ、お腹いっぱいになった?」
しゃべる猫に恐怖を感じた私は、少し震えながらサクラに問いかけた。
「それより、私はメスなのよ。もう少しかわいい名前をつけてくれない?
文太ってなによ。ネーミングセンスのかけらもないじゃない。」
もう食事に満足した様子で、眠たそうにそう言った。
「うん。分かった。
‥‥文太、びっくりした、私。」
「ちょっと。聞こえてるのよね?」
「なにー?
吾輩はメスである!、とか今時流行らないって。」
「聞こえてるじゃないの。
さっきまで震えてたくせに、少しぐらい態度を改められないの?」
しゃべった猫がホラーに見えただけで別にいい子にならなくちゃいけないほどのことでもない。
もう慣れたんだよ、とつぶやきながら私は再びベッドに大の字に寝転ぶと、目を見開く。
「あ!サクラでいいじゃん名前!」
「しょうがないわね。それで許してあげるわ。」
「‥はぁ。」
「どうしたのよ悠。ため息なんかついて。」
ため息をつく私の顔を不思議そうに覗いてくる猫を上目に見つめてみると、猫に表情があることが分かった。
少し口角を上げて、困っている私を笑っていた。
「笑ってるでしょサクラー!
猫は気楽でいいねぇ!友達関係とか困んないんでしょ?!」
「あなた、素直じゃなさそうだもの。
それは困ったことになりそうだわ。」
「なにそれ!そんなこと友達関係に必要ないじゃん。」
文太、じゃなくてサクラに背を向けてしばらく黙りこだ。
そしてまた元の体制に戻るとあくびが出る。時計の短い針はもう10を示していた。
「てゆーかもう寝なきゃか。今日も落ち込んでて宿題出来なかったな‥。
夏休みぐらい休ませてよ‥。」
「出来なかったんじゃなくてやらなかったんじゃないの?」
「ち、違うよ!落ち込んだら出来なくなるでしょ!
全部あの子が悪いの!」
そのままの気持ちの勢いでベッドにもぐりこむと、布団から腕だけ出してリモコンで電気を消した。
「悠。
明日‥。宿題やるのよ。」
「うるさい‥。あっつい‥。」
「この時期に布団被ったら暑いにきまってるじゃない。」
さっきと違う柔らかい雰囲気になったサクラに少し動揺しながらも、心地よい眠気に体をあずけた。
●
私はなまけもの、あいつはしゃべる猫 芹南たえ @kuroseseri
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