主人公はただ、純粋に憧れからその道を選んだのだと思います。
そしてその憧れと現実との間には、いかんともしがたいギャップというものが存在するというのもまた認めており、その狭間で苦悩する事が運命づいているのだとしても……解ける事のない魔法、いや、呪いによって、それでも追い求めずにはいられなくなってしまった。
その憧れの感情が、実にキラキラと煌めいていて、まるで抜けるような夏の青さを常に伴っているかのような、そんな不思議な感覚が寄り添ってきます。
この夏の青さは、濃度や形こそ多用に変えこそすれど、この作品のあらゆる場所に、常に寄り添っているかのように感じられます。
青い……ひたすら青い夏が、優しく包み込むかのように、いつまでも、いつまでも。
そんな「青」の空気感、透明感とでも言うのでしょうか。
それらを切り取り伝えるのが実に巧みであり、気が付けばするりするりと、次の話へと読み進めさせられます。
悩み、焦り、葛藤、そして青い夏を、あなたに。
誰もが駆け抜ける青春時代。
その短くも濃い期間を主人公と一緒に体感できる物語になっています。
作風的には切なさや寂しさ、痛みなどが伝わりやすいです。喜びなどの色は作中の花火のように心に残りますが、主人公の抱えるモノと共鳴するほど前者の方に引き寄せられていくでしょう。
とは言え、物凄く暗い作品でも悲劇一辺倒でもありません。傷つきやすい青少年時代を過ごした人ほど手に取って読んでみるべきでしょう。
特筆すべきは言葉選びの美しさと、透明感あふれる描写の巧みさです。
決して難しい言葉を使っているわけでもなく、やまと言葉特有の柔らかな表現で登場人物の心情や情景の描写をしています。
1話の中で場面転換が多用されていることが多いためややこんがらがる部分も出ますが、流し読みしていなければすぐに解消されます。
じっくりと噛み締めて読むに相応しい作品でした。
美しい文章を嗜みたいなら、小川洋子や江國香織を読めばいい。
この作品の驚くべき達成は、ミクロな文章の美しさだけでなく、マクロな筋立ての美しさをも成立させ、それらを高水準で両立しているところにある。
まさしく「弁慶に薙刀」である。
書店に並んでいるプロの小説家の著作にもまったく見劣りしないような、むしろそれらにも埋もれないほどの、ダイヤモンドのような輝きを放つ作品。
星2にした理由は、描写の緩急の甘さと、場面転換の多用によって読者に若干のストレスが掛かってしまうのではないかという懸念と、「次章への期待を込めて」という意味合いの三点です。(正直、上の二点は「強いて挙げるならば」というレベルです)
富士見ノベル大賞、陰ながら良い結果を願っております。