第3話 黒い森

『––好きにしろ。来るならさっさと来い。』


れいという闇夜を彷彿ほうふつとさせる青年が少し冷たく言い放った。

私は行く当てもないので彼に後ろについて歩いた。

彼は一体何者なんだろう…。考えても答えが出ない疑問がまた一つ増えた。

聞きたいことは山程ある。

でも、青年は話しかけるなと言っているかのように正面を見つめ、少し急ぎ足で進んでいく。

沈黙ちんもくの中、自分の吐く息の音と木々の風で揺れる音が妙に耳に付く。


(––結構…歩くなぁ…)


青年について行こうと自分も急ぎ足で歩くが、中々疲れる。

だんだんと木々のざわめきが大きくなる。

ふと何かに呼び止められた気がした。

ハッと気になる方向に目をやると、黒い森がドンと目に飛び込んできた。

いつの間にこんな森の近くを歩いていたんだろう。

(この森––なんだか目が離せない––。)

風が森の奥へ向かって吹いている–––まるで私を森の中に誘うように。

生暖かい風が私の背を静かに押す。

一歩、また一歩と自分の意思に関係なく森の方へ足が前に出る。

(なんで、どうして森の方に歩いているの?)

怖いという気持ちが支配する中、何故だか行かないといけないような気もした。

風になびく枝がまるで手招きしているかのように動く。

一歩、また一歩森へ近づき、森の影に足が入ろうとした時–––!


「キャッ!!!」


いきなり影から黒い手が勢いよく伸びてきた。

そして私の右足を力強く掴む。


「痛ッ、は、離して!嫌だ!!助けて!!!」


影は私の足を強く引っ張り森の奥へ引きずろうとする。

ギュッと固く目をつむった。その時––


「しっかりしろ!!!」


はっと我に返った。

目の前には青年が必死な表情で私を見ていた。


「黎…さん…」


私はびっしょりと冷や汗をかいていた。

心なしか息も少し荒い。

胸が…ドキドキしている。


「今の…なんだったの…?」


「暗くなりすぎたな。急ぐぞ!」


青年はそう言うと私を担いで走った。

(え、何か教えてくれないの?)

ここにきてから疑問が増えるばかりでほとんどが解決していない。

青年は私を担いでいるとは思えない速さで駆け抜けていく。

ぐんぐん周りの景色が後ろに流れていく。


少し小高い丘を越えると一軒の灯りが見えた。


「もうすぐ着く。あと少し我慢しろ。」


担がれたままの私は混乱しながらも、ちょっとだけ思った。

(どうせならお姫様抱っこが良かったなぁ–––)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

現実逃避者に更生の夢を さるたひこ @mikage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ