第2話 謎の青年

(ついに私はこの世から解放される・・・)


足を滑らせ、階段から落ちた私はそんなことを思った。

不思議と恐怖感はあまりなく、静かに目をつむった。


(・・・これで良かったのかもしれない・・・)


すべての終わりを受け入れ、衝撃を待った。


「・・・」


待てども、来るはずの激しい衝撃は来ない。

痛みではなく、なぜかひんやりと冷たい感触を感じる。


「土の香り・・・?」


おそるおそる目を開けてみると、地面の上に横たわっていた。


「あれ・・・?私、階段から落ちたはず・・・」


体を起こし、辺りを見渡しても階段らしきものがない。

公園らしきものもない。


「え、ここ・・・どこ??」


疑問で頭がぐるぐるしている。


「わけがわからない・・・まさか、ここはもう死後の世界とか??」


ちょっと頬をつねってみる。


「・・・痛い・・・」


まさかこんな典型的な生存確認の方法をする日が本当に来るとは思ってもいなかった。

痛いということはここは死後の世界では無いのか・・・


そんなこんなで混乱している中、そよそよと心地よい風が頬をなでる。

まるで落ち着いてと優しく包み込むように・・・

少し冷たく感じるその風が心地良い。

落ち着きを取り戻し、大きく息を吸った。

あたたかな土とみずみずしい草の香りが全身を駆け巡り、なんだか胸が少し熱くなる。

懐かしささえ感じるけれど、見覚えのある景色はなく・・・

今わかるのは、とりあえず自分が死んではいないということだけ。


「考えても答えは見つかりそうにないし・・・」


とりあえず立ち上り、もう一度辺りを見渡してみる。

辺りはどこまでも続く広野に囲まれて、獣道のような踏み固められた道の上に立っている。

遠くをみると森があちこちに見える。その中の一つの森から一際大きな木が伸びている。


「うわーすっごい・・・大きな木・・・」


青々とした葉を付け、その広がりは地面に大きな影を落としているのが離れたここからでもわかる。

どこまでも高く伸びているその木は、空の雲を突き破っている。

思わず見とれてしまう、強い生命力を感じる木だ。


「天辺が見えないもんなー。あんな大きな木初めて見た・・・」


呆然ぼうぜんとその木に圧倒され立ち尽くしていると、不意に後ろから声をかけられた。


「お前、いつまでそこでほうけているつもりだ??」


「へ・・・?」


振り向くと、そこには黒髪の青年が立っていた。


(うわー綺麗な人・・・)


漆黒しっこくの髪に、切れ長の吸い込まれそうな群青色ぐんじょういろの瞳。こんなに綺麗な男の人は見たことがない。


「って、いつからそこに居たんですか!?というより誰ですか??あ、あとここは何処なんですか!?」


「質問が多い。一度に聞くな。」


わからないことだらけで思わず疑問をぶつけてしまった。


「あ・・・すみません。わからないことばかりだったのでつい・・・。」


「まぁ、そうなる気持ちもわからなくもないから別に良いが・・・意外に元気だな・・・」


青年は小さなため息を吐いた。


(意外に元気?どういうこと??)


「一つずつ質問に答えるとすると、まずいつからここに居たのかという事だが・・・最初からだ。」


「最初・・・?最初というと?」


「最初は最初だ。お前がここに来た時から。そこに倒れている時からだ。」


「本当の本当に最初からなんですね!?」


「だから最初からだと言っているだろう。」


頬をつねったりしてるとこ見られてたんだー・・・

なんか微妙に恥ずかしい。


「で、2番目。あなたな誰なんですか?」


「俺はれいだ。」


「端的な自己紹介ー・・・ってもっといろいろ無いんですか!?まさかの名前だけ??」


「お前煩うるさいな。」


黎と名乗る青年は少し呆れたようにため息をついた。


「まぁ、詳しい話は後だ。もうすぐ日が暮れる。」


そう言われて辺りを見渡すと日が傾き、空が一面のオレンジ色に変わっていた。

遠くの空が少しずつ黒へと染まっている。

もうすぐ夜になる・・・。


「夜になれば外は危ない。俺の家が近くにあるから一旦そこまで行くぞ。」


「え、初対面の男の人の家に行くというの!?」


「変な事を考えるな。天地がひっくり返ってもお前が心配しているような事は起こり得ない。まぁ、そんなに死にたければそこに突っ立っていれば良いがな。」


「それは嫌!わかりました。ついて行きます!!」


「好きにしろ。来るならさっさと着いて来い。」


まだまだ謎だらけだけど、仕方ないので着いて行く。

今わかっているのは、やっぱりここは死後の世界じゃないってことと(つねったものの若干まだ疑ってた)、目の前を歩いている青年が黎という名前であるという事だけ。

今はひたすら黎という男の人の後を必死に着いて行った。

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