現実逃避者に更生の夢を

さるたひこ

第1話 現実逃避

頭の中で声が響く


会社の上司の声

『いい加減やる気出して契約取ってこいよ』


(…うるさい)


『やる気あるの?』


(…うるさい)


親からの小言

『近くにいい人はいないの?』


(…うるさい)


『そろそろいい人探して結婚考えたら』



(…うるさいっ!!)


ー…


頭の中でする声を必死に振り払おうと、ただただ走った。


「はぁ…はぁ…はぁ…」


気がつくと誰もいない公園で膝を抱えていた。

少し息を整えあたりを見回す。

あたりは陽も傾き、オレンジ色の空が遥か遠くまで広がっている。

耳をすますと楽しそうな笑い声が遠くで聞こえた。


「…何やってんだろ、私ー…」


ここ2、3年の私はダメダメである。

高卒で就職して営業の仕事に就いた。

最初はそこそこの成績を出し、楽しくやっていたが次第につまずくようになり、今では全くいい成績を残すことができない。


周りの同僚や先輩たちは親身になって声をかけてくれるが、それがまた苦しくて…

こんなに良くしてもらっているのに期待に応えられない。

足掻あがいても足掻あがいても空回りするばかり。

次第にどうしたらいいのかわからなくなって心身ともにボロボロである。

おまけに仕事で悩んでから彼氏ともすれ違いが生じて1年前に別れた。

家に帰ったら家に帰ったで親から小言を言われる日々。


「私、何のために生きてるんだろうな〜…」


生きる理由について考え出したら人はダメだと思う。

こうなってくると全てが無意味に思えてくる。

私1人がいなくなったって、世界に何の影響もない。

”誰かの笑顔が見たいから” ”人が笑顔になってくれることが喜び”

…とか思っていた社会人なりたての自分が偽善者にしか見えない。

可愛げがなくなったものだ。


テレビのニュースで自殺の話題を耳にすることがある。

今までは理解不能な行動であり、絶対にしてはいけない行為だと思いながら、はなはだ遠い話だと、どこか感じていた。

でも…


「今なら、ちょっとだけその気持ちがわかるなぁー」


死ぬということは、全てを失うこと。

ましてや自殺なんで、自らの手で、改変可能な未来を手放す行為だと思う。

でも、それと同時に、全てのことから解放されることでもあるんだな・・・と、最近考えてしまう。

この世のいろんなしがらみから…

苦しいだけなら・・・今のこの状況を変えられないのなら…


「死んでしまった方が楽なのかもしれない…」


公園のベンチに座りながら、そんなことをぼんやりと考えていた。

空はすっかり暗く、吐く息は白くなっていた。

高台にある公園から見える家の明かりがいつもより遠くに感じる。


ただただ、ぼんやりと街の明かりを見つめていた。

静寂せいじゃくに身をまかせ、闇夜やみよに溶けてしまいそうな感覚になる。


すると、グラッと一瞬世界が歪んだ。


「ーッ…目眩だなんて、疲れてんのかな」


頭を少し抱え、治まるのを待っていると、サッと何かが目の端を横切った。


何かが向かった方向に目をやる。


「え…、蛍…?」


視線の先には一つの小さな光が浮遊ふゆうしていた。


「蛍ってこの季節いるんだっけ??」


疑問に思いながら見つめていると、何だか誘われているような気がした。

ふわふわと、私が来るのを待つかのように目の前を飛んでいる。


無意識のうちに私の体はベンチから離れ、その光の方向へと進んでいた。


それを確認してか、光が少しずつ遠ざかっていく。


「待って…!」


何故だか追いかけないといけない気がして駈け出すと、いつの間にか視界が逆さまになっていた。


「しまっー」


危ないと思った時にはもう体は投げ出されていた。

どうやら足を滑らせ、しげみにある階段から落ちてしまったらしい。

どうすることもできず、ただただ暗闇へと落ちていった。


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