第19話 名残の本心
結局、填島の死体を見たのは捜索に当たっていた第四班、七班、八班、九班のメンバーと紀央署長、そして犀川だけだった。
それらの隊員には、”填島の死体が見つかった”ことだけを報告した。
気づけばもう夜だった。犀川は報告書の作成を中断し、一旦神崎と立花にこのことを伝えに行くことにした。アパートの中まで飛ぶと、神崎と立花が驚いたように声をかけた。
「犀川、もう報告書は終わったの?早いじゃない!」神崎はだいぶ疲れていたようだ。名残の相手をするのは簡単ではない。
「いや・・まだなんだけど。報告があって。」犀川は口が重そうに言う。
その表情を見て、神崎たちも真剣な顔になる。
「・・・填島さんの死体が見つかった。」
犀川がそういうと、神崎たちはうつむいた。おそらく覚悟はしていたのだろう。
「で、裏切り者の手がかりは見つかったの?」神崎は聞いた。犀川は首を横にふる。
「・・・そう。」神崎はそう言ったまま、少し黙る。そして、こう続けた。
「悪いんだけど、また代わってもらっていい?ちょっと本部の様子見てくるわ。多分、また班長の招集がかかるだろうし。」
「うん、立花もいくか?」犀川は立花に聞いた。
「いや、俺はここに残るよ。俺が行っても、捜査の邪魔になるだけだ。」
立花は言う。神崎はそれを見た後、「じゃ、よろしくね。」と言って消えていった。犀川は卓袱台をはさんで、ここまで黙って話を聞いていた名残の前に座った。
そして「お前にはこの未来も見えていたか。」と聞いた。
名残は「ええ」とだけ言った。
「お前でも気を遣うんだな。」犀川は再び雑談から入ることにした。
「なに言うてるんですか。僕にだって人の心はありますよ。あんたらの敵じゃないねんから。人を殺したりはせえへん。」名残は無表情だった。
「はは、それもそうだ。」犀川は無理やりに笑う。
「なあ犀川さん。人が殺されてるのをそばで黙って見てる野次馬にも罪はあるんやろか。僕はこの能力を持ってから、何人もの死を予知した。でも、なんもせんかった。それは間違ったことなんやろか。」名残は珍しくうつむいた。
「下手に首突っ込むよりか、見てみぬふりした方が安全だ。どっちかと言えば、そっちの方が正しいんじゃないかな。」犀川は答える。
「でも、犀川さんなら見てみぬふりなんかできひんやろ。自ら首を突っ込んでいく。あんたはそういう人間や。そして、僕はそういう人間に憧れとるんや。犀川さん、さっきまでの神崎さんとの会話、なんもおもろなかった。犀川さんとの会話を無意識のうちに楽しみにしとったんや。犀川さん、あんたは僕が出会った中でも変わった人種や。あんたは最初っから、この僕を信用しきっとる。僕ももう少しあんたを信用したら良かったんかなあ。」
「ああ、信用してくれ。」犀川はそう言って少し笑った。
Psychicsの本部には、班長会議を終えた各班の班長達が会議室からぞろぞろと出て来た。一番最後に出て来た神崎は歩いて第十班のデスクまで向かっていた。その時、第六班のデスクから言い争う声が聞こえて来た。
「だ、だから、それは私もしりません!」
「嘘をつけ!填島の死因や死体の見つけた場所くらい、犯人でも知っていることだろう!」
その声の主は、第六班の班長の河志木とその部下、呉海だった。呉海はスタンバトンを構えていた。
「ちょっと!なにしてるの!」神崎は慌てて止めに入る。
「あ、神崎さん。」河志木は泣きそうになりながら、神崎をみる。
「大丈夫?良子ちゃん。呉海さん。これはどういうことですか?」神崎は呉海をにらみつける。
「これは六班の問題だ。口を挟まないでいただきたい。」呉海はスタンバトンを下ろし、答える。
「填島さんの死因などについては、私たちには報告されませんでした。これ以上河志木班長に武器を向けるのであれば、署長に報告ししかるべき罰を受けてもらいます。」神崎は強気だった。
「ちっ、小娘が。お前もそのうち分かるさ。罰を受けるべきは貴様らだということがな。」呉海はそういうと、どこかに消えてしまった。
その様子を見ていた森崎が部屋に入ってくる。
「呉海、なんか怪しい行動をよく目撃されているわ。何かコソコソやっているようね。あいつが裏切者なんじゃないかって噂も立ち始めている。」森崎は言った。
「最初は、呉海さんは厳しいけどしっかり指導してくれる方でした。でも、後輩の私が班長になってしまって、すこしおかしくなったんだと思います。」河志木は泣きそうになりながら言う。
「呉海敬。ちょっと見張ってないとね。」神崎が怒りを込めて言った。
京都にあるアパートの一室。それまでずっと話し込んでいた犀川と名残もすっかり話しつかれた様子で、今日はもう休むことになった。
「犀川さん、今日はありがとうございました。明日から、事件に協力させてください。今まで僕が見てきたこと、全部話します。」名残は最後にそう言った。
「本当か!ああ、よろしく頼む!」犀川は嬉しそうな顔をした。
「ええ、これで僕はこの世界の神様になりますね。」
そういうと名残はいつものように座布団を枕にして、犀川たちに背を向けて寝た。
犀川は最後の言葉の意味が分からなかったが、とにかく協力を約束してくれたことに満足した。
そしてその後、犀川と立花は座って話し込んでいた。
「なあ、裏切り者の目的はなんだと思う?」犀川が聞く。
「さあな、俺たちを潰すことか、それともなにか目的があるのか・・・・」
立花がそういうと、2人は少しの間黙る。
「神崎、遅いな。」今度は立花が言う。
「ああ、きっと会議が長引いてるんだろうよ。それより、あと何日この生活が続くと思う?」犀川が聞く。
「裏切り者が見つかるまで、かな。」立花が返す。
「俺は、早く名残を自由にさせてやりたいよ。」犀川はそう言って、名残の方に目をやった。その時、異変に気づいた。かすかに血生臭い匂いがしたのだ。
「おい、まさか!」そう言って犀川は名残に近寄った。
名残の前に行くと、そこには血の海が出来ていた。名残の首が引き裂かれていたのだ。
「おい!名残!!名残!!!」犀川は叫ぶ、だがすでに名残の意識はなかった。
「とりあえず、本部に連絡だ!嘘だろ・・いつの間に。いったい誰が!!」
立花が慌てて携帯を取り出した。
慌てる2人の前に倒れている名残の死体は、少しほほ笑んでいた。
Psychicsーサイキックスー @bintang662
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