第72話:帝都滞在記
桐山との接触後、次に向かったのは退廃特区の鷹の目の下だ。理由は休戦状態ではあるが事実上終戦に至ったため、報酬を払いに行くためである。
「と、いうことで来た」
そう言うと目の前で少しだけ鷹の目が惚けたが、すぐにキッと前以上に目を鋭くして睨んできた。ちょうど晩酌でもしようと思っていたのか、片手には酒瓶を持っていた。
「何しに来たのさ」
「礼だよ礼。一応は終戦だからな。それとついでに」
そう言って虚空から俺が取り出したのは酒瓶。中は琥珀色の液体で満たされている。それを見た瞬間目の色が変わる鷹の目。どうやら酒の目利きもできるらしい。そして、酒好きでもあるようだ。
「......座りな」
「どうも」
場所は退廃特区を見下ろせる櫓の上。元から設置してあったのか小さいながらもテーブルと椅子が置いてあり、対面する形で席に着いた。グラスを用意し、氷を入れて酒を注ぐ。俺が持って来たのはいつも飲んでいる果実酒ではなく、それなりに度数の高いウイスキーに似たようなものだ。その中でも最高級品、というか自ら作ったもの。酒造りの知識は得ているため、現状考え得る最高の条件で作ったものだ。それを熟成させていた。ちなみにだが、量は作りすぎているためかなりある。それこそ樽で。
「見た目が女子供かと思ったが、いいものを持っているじゃ無いか」
「女、の部分が余分だ」
そう言い合いながら、コツンとグラス同士をぶつける。
照る月にわずかにかかる雲、文明が発達し切っていないが故の澄んだ夜空。そこに退廃特区を一望できる場所で飲む酒、と言うのはいかにもな雰囲気があった。ただ、その雰囲気は側から見れば、の話で俺もおそらく鷹の目もそんな雰囲気などどうでもよかった。
クイっと俺が飲んだのを見てから鷹の目も飲む。しっかり先に飲ませていたり剣を帯びているあたり用心深いのなんの。
「ほぉ......これはなかなか」
鷹の目が二口目を運ぶ。どうやら口にはあったらしい。
俺もつられて二口三口と酒が進む。するとこの空間に酔っている、という空気が流れ出し、酒酔いと場酔いで思考がフワフワしてくる。いつもならばアルコールを魔法やスキルで分解するか、酔っている、という状態異常を正常に直したりするのだが、今回はそのまま置いておいた。それでもザルなのに変わりはないが、酔うことは酔う。
ただ、理性と思考能力だけは失わせない。酔わない程度に酔う、というのがある意味で一番賢い飲み方である。
「さて、じゃあ先に仕事の話を片しておこうか。想像以上に良い結果になったからな、無論報酬は弾もう」
そう言って取り出したのは金貨の詰まった袋が7つ。1つにつき金貨200枚入りだ。
「合計で金貨1400枚。望むなら銀貨とも変えよう」
小国の国家予算並みの金額が今回の報酬となる。正直に言えば収支的にはマイナスもマイナスなのだが、防衛戦争とは往々にしてそう言うものである。日本の元寇の際も似たようなものだが、今回は俺がスポンサーのようなもののため、報酬は渋らない。報酬を渋ると信用問題に繋がるためだ。信用は金では買えず、国では信用が重要視されるためでもある。
ちなみに一応は報酬は1人毎に決めてあるが、分配は鷹の目に任せている。
「ついでに身元の保証だが、大丈夫だ。ただし本人もしくは代理の者にはブクスト区に移住してもらわなければならないがな。こればっかりはどうしようもできん。最悪は
「いやそれはいい。ここは浮浪者が集まる場所、必ず必要になる場所だ」
鷹の目は酒をグイッと呷ってからニヤリと笑った。
「それに移住の条件は大丈夫だ。全員、移住するからな」
「まあ、言うと思ったよ。万が一にでも故郷だ、愛着だ、と言うかと思ったが、そこは現実的だな」
「誰が好き好んでここに残るかい。ただまあ、時折
なんとも鷹の目らしい豪快さだ。
「わかった。じゃあ鷹の目は傭兵部隊......だと受け入れる体だとダメか。そうだな......部隊名としてヴェズルフェルニルかな。鷹の目にはヴェズルフェルニルの隊長をしてもらう。言い方を変えれば軍人だな。いいか?」
「変な名前だが、不思議と違和感はないね。わかった」
了承をもらえた。
このヴェズルフェルニルとは北欧神話において登場する鷹の名前だ。風を打ち消すものとしての意味を持つ存在だ。鷹の目にはその名の通り部隊の目として、そして頭として活躍してもらう。鷹の目を頭とし、部隊で一匹の鷹を成す。
役割としては奇襲。教育次第だが、悪路走破能力や樹上移動能力などを兼ね備えた部隊としよう。
「手間をかけるが後で移住、仕官希望の者の署名等を集めてもらってもいいか?」
「ああ構わないさ。人数制限はあるのかい?」
「少数精鋭が欲しい。ざっと100名〜300名くらいに収めて欲しい。ああ、これは軍人だけ。他は何人でも構わん」
大規模な奇襲部隊もありではあるが、そうすると連絡網が複雑になり、最悪末端がどうなってるのかわかんなくなる可能性が高い。そして連絡の行き届かなくなった末端が行うことは略奪だ。ブクスト区の軍隊は最初の教育で規律を徹底的に叩き込んである。その中で「略奪を行う者は所属、階級、武功に関わらず裁判を行う。この裁判において情状酌量は認められない。また、有罪となった者が恩赦によって刑期の短縮や釈放などの対象にはならない」と記してある。より簡単に言うならば「略奪、ダメ絶対」だ。
「新進気鋭、帝国を打ち破り、勇者を倒した国への仕官とはね。人生どうなるかわからんな。ああ、そういえば
「さすがに耳が早いな。ぜひそれを活かして欲しいね」
一体全体どこから情報を集めているのか、知ろうとしないのもアレだが俺でもわからないとは相当な腕だ。あるいはカリスマ性があるのだろう。
「ん、となるとあんたはあたしの雇い主、いや、ご主人様になるのかい?」
「語弊が生じる言い方をするな」
「んー?いえいえ
ニヤリと口角を上げて愉快そうに笑いながらそういう鷹の目は楽しそうだった。というか結構酔いが回ってると思われる。
「気持ち悪いからやめろ。いやほんとマジで。あんまり出会ってから経ってないけど鳥肌が立った」
「ハハハ、ひどい王だな」
鷹の目がそう口にするとキッと表情を締めた。だが睨むなどではなく、神妙な表情をした。それからゆっくりと席を立ち、洗練された動作で膝をつき、腰に帯びていた剣を渡していた。つまり鷹の目は俺に対して臣下の礼を示したのだ。
「忠誠を」
その様子の変わりように少しだけ戸惑いを覚えたが、鷹の目が騎士団出身と思い出した。ただの噂程度だったが、この様子を見る限り真実のように見えた。少なくとも鷹の目の瞳には嘘がないように見える。
だから俺もそれに答える。
受け取った剣を鷹の目の肩に置く。これは誓い。鷹の目が騎士として俺に対して忠誠を誓うための儀式だ。それの簡易版とでも言うべきもの。だがそこにあるのは確かなものである。
本来ならば騎士としての心構えなどを誓いとしていうのだが、俺が求めるのは騎士道とは違うもの。そして鷹の目も既に騎士ではない。だからこう言うことにした。
「我が剣を預ける」
「......くさ」
「はあ!?この雰囲気をぶち壊すなよ!」
「ハハハハハ!冗談さ。誓いは本物だ。あんたが無茶なことさえ言わなければ、全力を尽くそう。剣にでも盾にでも鷹にでもなってやる」
鷹の目はそう言うなり続きだ、と言って勝手に酒を注いで飲み直し始めた。ただ鷹の目にはこれくらいが丁度良い。むしろ十二将やトゥール、ケール達と違って態度に遠慮がなく、俺を絶対視しないのが心地良い。ざっくばらんとしていると言うか、適当というか。
「まだあるから好きに飲んだらいい。ついでにつまみもある」
そう言って酒を飲む鷹の目につられるようにしてまた俺はまた酒の席に戻った。
そして後で十二将に何を言われるかわかったもんではないが、酔いもいい感じに回って気分が良かったためそのまま退廃特区に泊まることにした。どのみち翌日は孤児院に向かう予定だったので構わないとは思う。それと鷹の目はあの後一通り飲み食いした後に酔いが回ったのかその場で寝始めたので運んだ。
運んだだけ。魅力的な女性とは思うが手を出したらそれこそ世界が破滅しかねないので断じて手を出してはいない。
翌日、予定通りの時間に目を覚ました。着替えて、顔を洗い、持参した朝食を食べる。ちなみに寝泊まりした場所は適当な空き家を一時的に借りた。ただし一応は無法地帯のため、認識阻害等の各種結界を張り、ベッドを出してそこで寝た。
その後は少し瞑想のようなものをしてから孤児院へと向かう。
向かう理由は孤児院の引越しの後始末についてだ。孤児院の引越しは完了した。しかしなんだかんだ忙しく、教会跡地の後始末をやっていなかった。その後始末、というのが地下にある。
教会跡地の祭壇があった場所。そこは以前は神像が祀られていた場所だ。地下へと続く階段はそこにある。神像の台座を押してやると、少し埃っぽい空気と共に地下へと続く階段が現れた。
長らく開けられていなかった場所。陽の光も入らないことから本来は暗いはずなのだが、薄っすらとした明かりがついていた。だがそれは火などではない。魔力によるもの。
そしてそれが示すのは何かがいる、ということ。
「さて、荒事になるかどうか」
ゆっくりと入っていく。すっかりと埃が溜まっていたが、足を踏み出す先から消えていった。
地下はそこそこ広い。迷路みたいに入り組んでおり、地下室のような箇所も多くある。この地下室に用途は迫害から逃れるために用意したもののようで、気配を探ってみると行き着く先は帝都の外の森の小屋だ。そこもかなり隠蔽されている。
結局はあまり使われなかったようだが、そういう地下には往々にして何かが住み着く。
気配はそれなりに大きく濃い。そしてその何かがいる場所は最奥の祭壇だ。地下でも信仰をしようとしていた場所らしい。
途中、ボロいが作動する罠をかわして進んでいき、祭壇に辿り着いたのは10分後程であった。
そしてそこにいたのは精霊であった。
「
ごく稀にエレメンタリアの下から外れる精霊がいる。大体は人を喰らったか堕とされたかでエレメンタリアの支配等から外れるのだが、その殆どは悲惨な末路を辿る。人を喰らった精霊は人しか喰えなくなる。そして次第に精霊としての存在が歪んでいき、最終的には異形の霊として精霊とすら思われない醜い存在として討伐対象になる。堕とされても同様だ。
が、その中でも人を喰わず外れる存在がいる。それが“はぐれ”と呼ばれる精霊。しかしはぐれの殆どは衰弱して消滅するが、どうやら目の前のはぐれは弱りながらもまだ強大な力を秘めていた。
「さて、と」
精霊を見る。もはやそれは精霊と言うよりも力の奔流と言った方が良い。おそらく下手に刺激すると一体が吹っ飛ぶだろう。
ゆっくりと、慎重に精霊へと手を伸ばす。近づけば熱さと冷たさ両方を感じる。それでも近づけて、そして触れる。
精霊がその身に宿す魔力をこちらの支配下に置き、徐々に発散させるのが目的だ。徐々に徐々に、だが確実に端から切り崩していく。
そんな中、魔力に乗って大体の事情が流れ込んできた。
「......信仰の対象、実際に信仰はされていたのか」
ここ精霊は最初、この地下室が出来た頃に迷い込んだただの精霊だったようだ。それが偶然精霊を見るスキルを持つ存在がその場におり、興味を持って近づいた。精霊は祀られ、地下室が出来てからも定期的にその者が祈っていたが、ある日を境に信者のような存在は増えた。結果、祈りに含まれる不純な祈りが長い間たまり続け、退廃特区という土地柄的に人の悪意も溜まり続けた。そして
それでもこの精霊は悪感情等に溺れず、耐え忍んだ結果がこの異様とも言える力を蓄えたようだ。
ずっと蓄えてきたのを我慢して、ここに来て発散が始まっているだからなのかかなり状態が不安定だ。それにそろそろこの地下自体からも魔力を出さなければならない。さもなくば迷宮になる。させないためにこう来たわけではなるが。
実はこれに気づいたのはケールとシルフィに再開したあたりだ。それ以前から既に地下室の存在は知っていたが、地下室という立地上魔力がたまりやすいのは仕方がなかったため、最初は放置していたのだが、何かがおり、魔力がそろそろ限界と気づいたのは転移の時だ。僅かだが違和感があった気がする。それで今回来たわけだが、少し厄介ではある。
「魔法陣構築、周辺魔量充填.........完了。魔法陣遠隔投射、発動」
魔力を発散させながら、床に魔法陣を展開させ、そこに周辺に魔力を充填させる。少しだけ時間はかかったが、結構な量が充填できた。次に遠視のスキルによってなにも飛んでいない空を見つけ、目に写した魔法陣を投射し、発動させる。なんてことはない爆発魔法。過剰に魔力を注いでやったため少し暴走気味の魔法ではあったが、いい具合に魔力を消費してくれた。
合計にして3回発動したところでようやく精霊はまともな域にまでなった。
「あとは戻すために少しついて来てくれるか?」
そう言うと精霊はフラフラとしながら俺の体へと張り付いた。少しだけ魔力を流してやりつつこの場を移動する。孤児院の方ではなく、出口の方へと向かう。道中、精霊からは色々伝わって来た。
信仰してくれたのが嬉しかったこと、途中からおかしく思ったこと、気持ち悪かったこと、どうしようもなかったこと。そんな感情が伝わって来た。
それからというもの、少しだけこのはぐれと会話をした。はぐれが言葉を話すわけではないが、魔力を通して直接簡単な思考を伝える。これが精霊流とも言える会話方法だった。出口は意外と遠く、30分程でようやく到着した。
場所は帝都外、古びた小屋の中に出た。
「エレメンタリア」
「はい、お呼びですか?」
いつも通り呼べばすぐ来た。相変わらずの速さである。
「この子を戻してあげられる?」
そう言ってはぐれを差し出す。弱ってはいるが確かな力を感じられる。
「ええ可能ですよ。子供達、こちらにいらっしゃい」
すると周囲から精霊がエレメンタリアの下へと集まった。するとフワフワとはぐれもエレメンタリアの下へ飛んだ。
「もう一度祝福を与えましょう」
ふうっとエレメンタリアが息を吹きかける。すると見るからにはぐれはその身体を形作る魔力の輝きが良くなったように見える。これで大丈夫だろう。
「ユート様、ありがとうございます。子供達をまた救えることができました」
「事のついでだからな。まあ気にするな」
「ええ、ありがとうございます」
元はぐれの精霊は元気に飛び回り、ひとしきり俺の周囲なんかを飛ぶと他の精霊たちとどこかへ去っていった。
これで帝都でやることはひとまず終了した。どうせまたすぐ来ることになるそうだが、しばらくはブクスト区にいられそうであった。
もう一度旅を始めよう。 涼風 @Suzukaze
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