第71話:Melancholy

side: Karient Empire



勇者は当初40人存在していた。歴代最多のその数に帝国は全計画を見直し、その全てを積極的なものにしたほどだ。実際に外交関係には真っ先に伝えられ、結んだ条約等は全て強気なものになっている。

戦闘に秀でた者、産業系統に秀でた者などその方向はバラバラではあるが、そのどれもが一流以上の実力を発揮するものであった。


が、まず1人が消えた。

神谷 悠人。固有スキルは本人の言によると『見極め』。効果はおそらく反応速度の上昇。実際に消える直前に魔法すら切ってみせた。だが神谷 悠人に関しては謎が多く、暗殺者からの暗殺完了報告はなかった。


そしてかなり後にもう1人。

伊神 健。固有スキルは『並列詠唱』その効果は凄まじく、本来は熟練した者の中でも才能がある者が長年の努力の末、ようやく使用できる魔法の並列使用。つなり同時発動がかなり楽に習得できるもの。一流の剣士が両手で2本持っても同じ実力を出せる、と言えばその強さがわかるだろう。

その最期は退廃特区で強力な剣士に首を刎ねられたという。曰くかなりの腕前であり、同行していた騎士30名以上が一瞬で殺されたという。


勇者が殺されることは珍しいと言ってもいい。半人前でさえその能力によって一流の兵士騎士、もしくは部隊や軍隊に匹敵するため、余程のことがなければ殺されることはない。

それが殺された。


更には内戦と戦争が勃発。勇者による直接戦闘こそ皆無と言ってもいいほどだったが、いくら精神を強化しているとはいえ勇者達の士気は下がり下がっていた。

そのため誰もが平穏を求めて武器を置き、一時的にでも戦闘から離れようとしている中、訓練場には1人、勇者の姿があった。


夜闇、月明かりが照らす下で踊りでも踊っているかのように訓練用の的を狙い切るのは桐山 舞。

勇者の中でもトップクラスの戦闘力を誇り、それと同時に精神的な強さが最も強い者。それが帝国による桐山の評価だった。

桐山は居合と言われる抜刀から即座に斬りつける特殊な戦闘方と素早く踏み込みの強い足捌き、単純な力ではない技術での戦闘はその強さを如実に表していた。


「ふっ!」


最後の的を両断し、キンと刀を鞘に収める。まだ気は抜かない。戦闘後が最も隙ができると桐山は理解している。

そして10秒ほど経った後、桐山は深く息を吐いた。


「はぁ......」


桐山は確実に強くなっていた。それは勇者としての強化もあるが、少なくとも地球にいた頃よりも明らかに技術が進化していた。その剣筋や踏み込みの鋭さ、動対象への気配り。

しかしその心にあるのはいつの日か見たクラスメイトの剣。いつもいつもダラけ、怠け者の代名詞となっていたクラスメイト。桐山にとって自身以外はぬくぬくと過ごしてきた普通の家の普通の存在にすぎなかったが、直接この目で見た剣。彼を本気で慕うように後ろに控える女性たち。そして間宮 美紅が視た彼の戦闘録。


底が知れない、得体の知れない恐怖と強さへの憧れと嫉妬。そしてそんな自分への嫌悪があった。


だからなのか、両断された的の1つは切り口が歪んでいた。


「何か悩んでるのか?」


瞬間、桐山はその場から飛び退き姿勢を低く、刀の柄に手を置いた。


「誰!」


桐山は気配に敏い。それは生来のものもあるが、鍛錬によるものも大きい。そのため殺気や敵意などダダ漏れにしているクラスメイトに後ろを取られる事なんてない。そう自覚していたし自負もしていたはずだが、ここに来て背後を取られていた。

これが暗殺者などならば桐山の命は無かっただろうが、生憎と突然の来訪者にそんな気など一切なかった。


「待った待った」


そう言って手を上げて暗闇から月明かりの下に出たのは桐山のある意味では悩みの種である神谷 悠人本人であった。


「なんでここに......」


「少し頼み事をするために忍び込んだ。いや一応タイミングは合わせたつもりだったけど、ちょうどよかった」


その立ち振る舞いは地球にいた頃の悠人とは違う。少なくとも桐山からしたら悠人の態度の変化は大きかった。だが、どこか変わっていないような感覚に、不覚にも桐山はホッとした所もあった。


「そう」


そう言ってとりあえずは構えを解く。だがその目には悠人の行動をつぶさに観察し、いつでも備えられるようにしている。その辺りは悠人もかなり感心していた。過剰な備えのように見えるが、この世界においては重要な事だ。備えあれば憂いなし、という言葉が直接命に関わるのがこの世界であった。


「まあいいか。とりあえず、久しぶりだな桐山。元気か?」


「一応はね」


「ああ、別に猫をかぶる必要はないから」


どうやら桐山の本性はバレていたようだ。


「あっそう。じゃあそうさせてもらう。それで、何か頼み事があったんでしょ?」


「話が早いのは助かる。ええと、事情を説明するのには時間が足りないから省くが、第四皇女、つまりマリー皇女に力を貸してやってくれ。勇者が支持しているとなれば心強い筈だ」


悠人がきっちりと頭を下げる。桐山は知る由も無いが、マリー皇女には悠人から桐山と香山 南を万が一の時は頼るように言ってある。おそらくまだ頼られて無いようだが、戦争によって獣人などの亜人に対する悪感情が高まった今、亜人も平等に扱おうとするマリー皇女はかなり危険な位置に存在する。元々人気があるわけではないため、最悪殺される危険性すらある。

そのため急遽、本人にも言いに来た、というのがこの来訪の目的であった。


「マリー第四皇女......面識があったの?」


「ああ。少し事情があってな。それでさっきの話だが、頼めるか?」


「......条件をつけてもいいなら」


「構わない」


元から無茶な条件以外ならば飲もうとしていた悠人だ。そう即答した。


「なら1つ目、事情の説明。これはいつでもいいから必ず。2つ目、必要経費はそっち持ち。3つ目、政争で第四皇女が負けても関わらないこと」


「全て飲む。支持を表明する必要もない。だが、できる限り助けてやってほしい」


「後一つ、私と戦いなさい。今ここで」


そう言って刀の柄に再び手を添える桐山。悠人に無駄な戦闘を楽しむ趣味はないが、桐山のその目には絶対の意思があるのを見て悠人も虚空から剣を出して構えた。


訓練場にピリッとした空気が流れる。桐山は居合の形をとり、悠人は中段に構える。周囲は静まり帰り、何一つ音が立たなかった。

桐山の額に微かにだが汗が滲んでいた。それは悠人が出す剣気によるもの。重圧は精神ではなく身体に直接作用する重力のように桐山へとのしかかり、その空気を重くする。

しばらくのにらみ合い。悠人も桐山も自身から攻めるスタイルではない。まして実力者同士の試合では動かない。

剣を打ち合わずして互いの剣気を打ち合わせる試合。多対一を前提していない一対一の真剣勝負に起きる事象だ。


1秒が長く感じられ、10秒が永遠に感じる重苦しい時が進む。


動いたのは月に雲がかかった瞬間であった。


タッと先に動いたのは悠人。声も発さず意識の一瞬の隙をついて距離を詰め、桐山へと切り掛かり。その動作に無駄はなく、音すら殆どしない。その歩法がなんなのか気になるものではあるが、桐山に理解する余裕がなかった。

的確に首を狙ってくる刃に桐山は下から斬りあげる形で迎撃しようとする。


本来なら、数瞬後には甲高い音が鳴り響くものだが、悠人は器用に下から来る刃を自身の刃の腹で受け止め、その勢いのまま音すら立てずにくるりと回転していなした。

軽業に近いが、虚を突くのには完璧であった。それでも刀から手を離さなかったのは桐山の意地と実力だ。


「はあっ!」


巻き上げられた刀をそのまま振り下ろす。それに対し悠人は余裕を持ってヒョイと避け、一度下がった。


「まだやるか?」


「当たり前でしょ!」


今度は桐山が動く。構えはいつか悠人がやった脇構え。居合に似た構えであり、刀身の長さを隠す剣道においては廃れたものだが、実戦においてはまだ有効であった。

それも扱う者が熟練であることを必要とするが、桐山は若くして既にその域にまで達していた。

正直な歩法からの急速な切り上げ。普通の兵士ならば対応は防戦一方になるだろうが、悠人に普通は通じない。


またも音すら鳴らさずに刀の軌道をズラされる。そして不思議なことに悠人はその場でフィギュアスケートのように突然くるりと回転。桐山が何事かと思った時にはその首に刀身がくっついていた。


ふざけているようだが、回転の速度がなければ反撃され、目線を外すことになるため攻めづらい。しかも今回に限っては殺しもないため、一歩間違えれば首を飛ばすことになりかねない危険な技を悠人は制御してみせた。

正しい動作に規格内の動きは誰でもできるが、このように特殊な動きは困難を極める。故に悠人は実戦に向かない奇を使用して桐山との実力差をみせた。


「......一体どこでこんな力を?」


「感心してるようだけど、残念ながらこれは修練の賜物だとか才能だとかじゃない。あまり詳しくは言えないが、これは反則で手に入れたものだよ。だから誇れるものでもなんでもない。桐山ならすぐできるようになる」


これは悠人の嘘偽りない感想であった。

桐山の実力は今の簡単な、悠人が一方的に優っているような打ち合いで理解できていた。桐山は才能と努力の塊。ただの地球出身の争いとは無縁の高校生があそこまでできるのは、弛まぬ努力があったからだ。故に悠人ができたことならばすぐにできる。それが悠人の考えだった。


「じゃあまあ生意気にアドバイスを一つ。視野は広く、相手を一点に。意識を広げて集中するように。一見矛盾しているけど、勝負の世界、果ては殺し合いの世界なんてこんなもんだ」


「......ちっ、ほんと生意気だな」


舌打ちをして悪態を吐く桐山だが、幾分かスッキリしたようだった。


「さっきの話。わかった」


「さんきゅ。礼はまたいずれ。金は俺の部屋があるだろ?あそこのベッドの下に結構な額がある。マリーにはもう伝えてあるから、後はこれを見せれば納得してくれると思う」


そう言って手渡したのは悠人手製のメダルのようなもの。表面には欠けた太陽と月を示す意匠が彫られたもの。それがなんなのか桐山は知る由もなかったが、受け取った。


「危険なものじゃないが、無闇に他人に、それもこの世界の人間に見せるのはおススメしないかな。最悪めんどくさいことになるから。まあ、たぶんマリーに見せてもめんどくさいんだろうけど」


「いや、うん。とりあえず受け取っておく。あと絶対に今度あったら説明してよ。特にあんたのこと」


「わかってる。じゃあ後は、南によろしく」


「何、あってかないの?あんたならどうせ気付かれずに忍び込むこともできるんでしょ?」


「できるが、会わない。その方があいつにとってもいいだろ?」


その答えに、はいとも、いいえとも言えない桐山だったが、言いたいことはわかったのか一応の納得はしてみせた。


「よろしく。それとこれは最後に忠告と宣伝?かな。勇者は使い潰されるのがオチだ。気をつけろよ。後はもしやばくなったらブクスト区に来い。誰を連れてきても構わないが、信頼できる仲間は作っておいた方がいい」


そういうなり悠人はどう言った原理か消えてしまった。

1人残された桐山は悠人が言っていたことを反芻し、心に刻むと同時に一つ疑問を覚えた。


「ブクスト区って確か反逆を起こしてなかったか?」


ブクスト区ちは現在、帝国内では反逆者のいる土地という印象である。途中、戦争が勃発したために討伐は早々に引き上げになったが、噂になっている情報として帝国はブクスト区相手に大敗した。その際にこれまで見たことがない兵がいた。戦争があったから助かった、というのがあった。


「......何やってんだか」


もう桐山の中で神谷は不思議な存在としてその地位を確立してしまっていた。

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