第8話 隠されてた肉体

「そう、でも教えてあげないと。あなたは死ぬ、私に殺されてね。」

 ファーラの口調は、怒りやらなんやらが入り交ざったものだった。自分に対して好きと言った者であるという意識は、彼女の中には一切なかった。目の前にいるものは敵である。抹殺せねばならない。その意識のみが、彼女の体を動かしていた。

「あっけないものね、こんなに隆盛を誇った家系の者がこんな簡単に死んでしまうなんて...。」

 ファーラはわざとらしくため息をつき、嘲笑うような表情を浮かべた。そして自らの手に持っていた長槍で、再びクロイスの腹を突こうと構えた。しかし、その目の前に人影が現れた。

「クロイス...、お前は逃げなさい。お嬢さん、私が相手だ。これ以上息子の身を危険にさらさないでくれんか...。」

 人影の正体は、父であるセヴィアルだった。彼はさっきの傷をかばいながら、息子を守ろうと目の前に現れた。

「父さん、やめて!俺は平気だから」

「逃げろと言っているんだ!最後くらい私の言うことを聞いてくれ!」

 セヴィアルはそう叫ぶと、上着を脱ぎ捨てベストを置いた。するとセヴィアルの体は、怪力な怪物のような凄まじい筋肉でできていた。それと同時に、ベストを置いた時、ドスンという重い音がした。その音をファーラは聞き逃さなかった。

「へぇ、カッコつけで立ちはだかったわけじゃなさそうね...。いいわ、相手してあげる。ただし、命の保証はできないけどね!」

 一方、クロイスがセヴィアルの見たことのない筋肉隆々の姿に驚嘆していた時、後ろから忍び寄ってくる影があった。クロイスはその影の正体に気が付かずに、思いっきり殴りかかろうと体をねじったとき、クロイスの動きはすぐに遮られた。殴ろうとしていた右手を力ずくで抑え込み、左手を背中に押さえつけた正体は、フィルロッドだった。

「おーっと、そんな殺気出さんでくれよ。俺はお前を殺したりなんかしないさ、だが父親の言うことは聞くんだな、さあ逃げるぞクロイス。安心しろ、ああ見えてセヴィアルは強いんだからよ。」

 フィルロッドに半ば強引にクロイスが連れていかれるのを見届けると、セヴィアルは、体全体から力の覇気を見せつけた。その覇気は、クロイスやフィゴットらとは比にならないほどだった。どうやらファーラをも上回っていたのか、ファーラは苦い顔を浮かべてこう口走った。

「完全に失敗したわね、私。」

「我が息子を私のいない時に守るために、ボディーガードを雇おうと思ったのだがね、そのボディーガードが我が息子を守るのに失敗してな...。ならば自力で守るのみと思ってな、鍛え上げたのだよ、表向きにも息子にもこれは出さんようにしていたんだが...、仕方あるまい。」

 セヴィアルは言い終わると、ファーラの側頭部に強烈な蹴りを入れた。さすがに高い威力だったのか、ファーラは吹き飛ばされて岩に叩きつけられた。そしてセヴィアルはファーラに近寄り、こう言った。

「息子を倒したくば、私を倒してからにするんだな、小娘。」

 ファーラは完全に怒ったという表情を浮かべながら、こう言い返した。

「わかりましたよ、全力で倒させていただきますわ。」


 一方、フィルロッドに抱えられながら、懸命に走って逃げていたクロイスは、フィルロッドに問いかけた。

「なんで、父さんはあの肉体を隠していたんだろう...。」

「その話今じゃなきゃ無理か?」

「無理やり逃げたくもないのに逃がされたんだ、なんか話くらいしろよ。」

 フィルロッドは大きくため息をつきながら、走るのをやめた。

「そんなに聞きたいか?ならばあいつらをどうにか倒さないといけねえみたいだぜ、多分もともとフィゴットの配下にいた連中だろうな。」

 クロイスとフィルロッドの目の前には、同じ全身黒の服を身にまとい、えんじ色のベルトを巻いた赤い目の者たちが立っていた。彼らはずっと、うわ言のようにこうつぶやいていた。

「われらの魂を返せ。われらの希望を返せ。われらの生きる意味を返せ。」

 クロイスとフィルロッドはお互いを見つめあいながら、苦笑いを浮かべてこう言いあった。

「このルートだと想定してた、フィルロッド?」

「いんやまったくだぜ、クロイス。」

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グレーワールド(次期更新未定) クロイス @Croiss

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