「今どき、ありきたりなバトルでは読者を楽しませることができないのではないか」そんな危惧を抱く主人公は、これから戦う敵に対して、小説ならではのメタなバトル方法で戦うことを持ちかけるが……。
「斬新なバトル」
主人公マリアは、乾いた風が吹きすさぶ荒野で、彼女にとってだいたい二十番目くらいになる敵、シューヴィック伯爵と向かい合っていた。
「よくここまで来たな、小娘。我が名はシューヴィック・トワロー・デシアルター。我輩と相まみえたからには、貴様の命もここまでだ」
シューヴィックは腰の剣を抜いて構えた。
「さあ、始めようか!」
「お待ちください、伯爵」
マリアはシューヴィックに手の平を向けて制した。
出鼻をくじかれたシューヴィックは、怪訝そうにマリアを見つめる。
マリアはシューヴィックの目を真っすぐに見返してこう言った。
「わたくしは、ここにたどり着くまでに、極めて凡庸な戦闘方法で多くの敵を葬ってきました。しかし、これではいけない。ありきたりなバトルでは読者を楽しませることはできない。そう気づいたのです。そこで、これからは、今まで読者が読んだことのないような斬新な勝負方法で戦いたいと思っているのです」
それを聞いて、シューヴィックは「ふむ」とうなずいた。
「それは物語キャラクターとしていい心がけであるな。……しかしマリア、今のご時世、小説でもそれ以外の媒体でも、はっきり言ってバトルものなど飽和状態ではないのか? 格闘技、異能力対決、知略戦、精神世界での戦い……世の物語におけるバトル方法はすでに出尽くした感があるぞ。今さら斬新なバトルといっても難しいだろう。どうするつもりだ」
「わたくしに案があります。この『小説』という媒体を活かした対戦方法です」
「ほう。聞かせてみろ」
シューヴィックの促しに、マリアは自信ありげに唇の端を上げた。
「まずは実際に勝負してみましょう」
そう言うと、
マリアは地面を蹴ってシューヴィックの眼前に飛び込み、その腹に肘鉄を打ち込んだ。
「ぬうっ」
シューヴィックは一歩体を後ろに引くと、寸瞬で崩れた体勢を立て直し、マリアの肩口を剣の柄頭で突いた。
「あうっ!」
マリアは声を漏らして草の上に倒れた。
痛みに顔をしかめ、肩を押さえながら、マリアは言った。
「今の勝負……あなたの勝ちです、伯爵」
「ふん。刃でないとはいえ、武器を使ったのは不公平だったか」
「いえ、そうではなく」
マリアはむくりと上体を起こし、正座した状態で、人差し指を立てて解説する。
「先ほどのあなたとわたくしの攻撃を比べますと、わたくしの攻撃描写に使われた文字数は句読点を含めて39文字。対して、伯爵の攻撃描写に使われた文字数は49文字。よって伯爵の勝ちであります」
「なにぃ? では、勝負方法というのは……」
「はい。互いに攻撃をして、その攻撃の描写に使われた文字数の多かったほうが相手にダメージを与えられる、そういった勝負です! まさに小説という媒体特有のバトル! どうです、伯爵?」
「うーむ。どうです、と言われても……。まあ、ありきたりなバトルが読者に飽きられていそうなのも事実だし。わかった。そのバトル方法で決着をつけよう」
こうして両者合意の上にて、「文字数対決」という戦闘法則がこの物語世界内にて正式に成立した。
戦闘はここからが本番である。
マリアは剣を抜き、目を閉じて、体内を巡るオーラを手の中の剣に注ぎ込んだ。スゥと息を吸い込み、ゆっくり目を開く。まぶたの下から現れた彼女の瞳が一瞬光を帯びた。次の瞬間、剣がマリアの瞳と同色の光をまとった。マリアは、淡い碧色に輝くその剣をシューヴィックに振り下ろした。
シューヴィックは、剣を、体の前で地面と垂直に構えた。すると、彼の剣の鍔から数十匹の黒い蛇が出現した。メデューサの頭部のごとき剣に宿る蛇の大群が、一斉に体を伸ばしマリアに襲いかかる。蛇たちはマリアを締めつけ、そのうち数匹が彼女の体に噛みついた。
「ぐっ!」
マリアの攻撃132文字。
シューヴィックの攻撃121文字。
よって、ダメージを食らったのはシューヴィックのほうである。
睨み合う二人。彼らは各々心の中で戦略を考えていた。
この「文字数対決」で勝利するには、攻撃の際、動作をできるだけ増やす必要がある。そうすればおのずと攻撃描写は長くなり、たくさんの文字が使われることになるからだ。
それを踏まえて、第二戦。
マリアは剣の柄にはめ込まれた石をシューヴィックへ向け、石が発する光で、空中に羽を広げた蝶の模様を描いた。光の筋は消えることなくそのまま宙に残り、何もない空間に輝く一匹の蝶を浮かべる。マリアは蝶の胸部を掴み、舞うように動き始めた。蝶を持つ右手を頭上にかざし、右腕の肘を左手で掴んで、左手を離さず両手を前へ下ろし、その腕の形を保って右手の肘を真っすぐに伸ばしたまま、手に持った蝶を揺らしつつ体の右へ、背中へ、体の左へ、そして再び体の正面へと巡らせた。マリアの体を一周した蝶は、その羽から、焼けつくほどの激しい光をシューヴィック目掛けて放った。
「ちょっと待てマリア! おまえ、よく読んだら、それなんか動きがおかしくないか!? 実際やってみりゃわかるけども、その腕の形を保ったまま手に持った蝶を体一周とかできんぞ! それができたら、肘の先にもう一つ二つ肘ではない肘的な関節があることにならんか、おい!?」
「真剣勝負の最中に細かいことを……」
「絵のない文字のみの世界だからって無茶をするなよ。――ええい、まあいい。次はこっちの番だ!」
シューヴィックは咆哮して己の剣を地面に突き刺した。瞬間、足元の草も土も消滅して、彼の周囲の地面は闇一色となった。シューヴィックは手袋をはずし、人差し指の先に剣で小さな傷をつくると、その傷口から出た自分の血を一滴、足元の闇に滴らせた。闇の表面が波打つ。直後、闇の中から赤いドラゴンが現れた。さらに緑色の人面鳥が現れた。続いて青い巨大な蜘蛛が現れた。それから黄色の食虫植物らしき大きな花が現れた。ドラゴンはオレンジ色の炎を吐き、人面鳥は紫色の舌を伸ばし、蜘蛛は灰色の糸を放射し、食虫植物はピンクの花粉を撒き散らし、一斉にマリアに襲いかかった。
「うわあー、なんて節操のない攻撃ですか。なんですかその配色、新品のクレヨンを全色使いたい幼稚園児のお絵描き帳?」
「やかましい! こっちだって必死なんだ、咆哮したり指切ったり。そうそうまともな攻撃を考える暇もないわ! おまえの超人ヨガみたいな攻撃よりマシだ!」
ともあれ、それぞれの攻撃描写の文字数は。
マリア269文字。
シューヴィック269文字。
両者の攻撃は相殺された。
シューヴィックは、ここで一気に蹴りをつけてやるとばかりに畳み掛けて攻撃を仕掛けた。
シューヴィック・トワロー・デシアルターは走った。シューヴィック・トワロー・デシアルターは跳んだ。シューヴィック・トワロー・デシアルターはマリアに倒された仲間のことを思い出した。シューヴィック・トワロー・デシアルターの脳裏に、在りし日の仲間の顔、シューヴィック・トワロー・デシアルターの名を呼ぶ仲間の声、彼らと笑い合うシューヴィック・トワロー・デシアルター自身の姿が浮かび、シューヴィック・トワロー・デシアルターは涙をこぼした。シューヴィック・トワロー・デシアルターはマリアを睨んだ。シューヴィック・トワロー・デシアルターの目はマリアへの怒りに満ちていた。シューヴィック・トワロー・デシアルターは剣を振り上げた。シューヴィック・トワロー・デシアルターは剣を振り下ろした。
「ちょっ、そりゃあないですよ伯爵、卑怯ですよぉ!」
「こっちも必死だと言ったろーが! それに、いちいちフルネームで表記したり頻繁に主語を使ったりしちゃいけないなどというルールはない!」
「ぬうう、ならばこっちは!」
マリアは固く剣の柄を握った。剣の纏う光が強まる。マリアは剣を振り上げると、まず洗ったにんじん、じゃがいも、玉ねぎをそれぞれ好みの大きさに刻んで、次に牛肉を一口大に切る。鍋を用意し、剣から放たれる光を使って熱する。鍋が温まったら油を入れ、刻んだにんにくと一緒に肉をさっと炒め、そこににんじん、玉ねぎを入れて炒める。次に鍋にスープストックを投入し、野菜を煮る。じゃがいもは煮崩れしやすいので、他の野菜よりも大きめに切るか、他の野菜がある程度煮えてから鍋に入れるのが良い。最後にルーを入れ、味見をしながらスパイス等で味を整える。時々剣でかき混ぜながら、具が充分やわらかくなるまで煮込めば、聖なるカレーの出来上がり。マリアは完成した聖なるカレーを鍋ごとシューヴィックに投げつけた。
「戦闘中にカレー作んなあああっ! なんでも『聖なる』がつきゃいいってもんじゃないぞオイ!」
「だって、何も書くこと思いつかなかったんです」
「レポートに苦心する大学生みたいなこと言ってんじゃねえ!」
さて、勝負の結果は。
シューヴィックの攻撃334文字。
マリアの攻撃336文字。
僅差でマリアの攻撃が有効となった。
シューヴィックはマリアの投げた聖なるカレーを全身に浴び、ぎゃーと叫んで倒れた。シューヴィックは起き上がらない。虫の息である。336文字を使って作った熱々のカレーが致命傷となったようだ。
「フッ……無様なものだ。この我輩が、よりによってこんな最期を……」
「いやほんと、自嘲抜きで無様です。プッ」
「だがな、マリア。次の相手は……我輩のようには……いかん……ぞ」
そう言い残し、シューヴィックはガクリと力尽きた。
それからのち、マリアの前には次々と新たな敵が現れ、マリアは引き続き「文字数対決」の戦闘でもって彼らを撃破していく。
シューヴィックの場合は336文字で倒すことができたが、敵はあとから出てくる奴ほど強いというのがバトルもののお約束。相手を倒すのに必要な文字数は500字、1000字、2000字とどんどん増えていき、やがて一回の攻撃に丸々一章、果ては本を丸一冊費やさなければ敵を倒すことができなくなった。
かくして、物語が終結したとき、この小説は結果的に、史上類を見ないほど恐ろしく内容の薄い大長編となったのであった。
"斬新なエンターテイメントは、新しければいいというものではなく、同時に面白くなくては意味がない"
"今まで誰も思いつかなかったことと、つまらないとわかっているから誰もやろうとしなかったこととは違う"
どこかで聞いたそんな言葉がマリアの胸に去来し、マリアは小さく溜め息をついた。
-完-
「そこ」ではない世界の物語集 ジュウジロウ @10-jiro
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