第12話 自分の正しさを貫き通す!


 天願泰造の葬儀は、行われることはなかった。

 彼の遺体は、TDGの研究機関によって解剖され、細胞単位で調べ尽されてしまうからだ。

 何も泰造だけがそんな扱いになるのではない。殉職した者は全てこうなることになっている。

 次の世代に、役立てるために。


 その為の書類やその他諸々の確認作業を終えた奈津子は、写真を手に取りベッドに転がる。


「……ったく、死んだら文句言えないじゃない」


 その写真には、お腹の大きな自分の姉と泰造が、幸せそうに笑っていた。


「……せめてあの世ではお幸せにね。後の事は任せて」


 そう写真の二人に伝えると、激務の為かそのまま眠り込んでしまう。

 夢の中くらい泰造が自分だけを見てくれないだろうかだなんて、そんな淡い乙女心を胸に秘めながら――――。


   ○


 榊原研究所にある中のとある個室で、榊原薫は大きなパソコン画面の前に座っていた。

 パソコン画面には総勢五十人以上の著名人の顔が映っているが、これら全てTDGの重役である。

 これでも大量虐殺事件などの所為でだいぶ減っていたりするのだが、それでも会議するには多いのではないかと思う人数だ。

 その中でも、表の世界では政界で名を轟かす男が薫に問いかける。


「――――つまり榊原君、君はあくまで、藤堂飛鳥の今回の行動は、天願泰造の洗脳によるための行動だと?」

「はい、そうです岸野さん。先程の動画で分かる通り、天願泰造は私利私欲で藤堂飛鳥を利用する気でいました。まさか命令違反という形で使うとは思わなかったようですが、そのような発言は天城奈津子所長や天願総司長官も聞いていると、確認が取れました」


 岸野と呼ばれたその男は納得したように深く椅子に座ったが、今度は他の男が口を出してくる。


「藤堂飛鳥に情状酌量の余地があることはわかった。しかしだね榊原君、彼にどのような処罰を下すというのかね? 殺してしまった方がいいだろう」

「それは先程渡した報告書ファイルにもあるように、首切りチョーカーを用意しました。これ以上何か違反行動をとるのであれば、私がスイッチを押して首を切り飛ばします」


 薫の迷いない言葉に、空気が張り詰める。

 それも仕方がのないことだと、薫は一人納得する。

 彼らは前線にでて生死を理解しているわけではないのだから、この程度の判断もできないのもしょうがない事だろう。


「しかし彼の再生力はディザスカイだとしても異常だよ。首を飛ばした程度で死ねるのかね?」

「恐らく、死なないでしょう。ですがちょうどいいお仕置きになるとは思いませんか?」


 その言葉に会議に参加している重役の面々が(画面を通して会話しているというのに)凍りつくのを感じた。

 あまりに非人道的な行為は暗黙の了解として禁止されており、彼女の発言はとても過激なものだった。

 生死の倫理観をあまりに冒涜し、それを利用する発言だ。

 ここの笑い所は、処刑に関しては誰もが平気な顔して流していた、というところである。


「では、そのように対処してほしい。今回の会議はこれをもって終了とする」


 榊原総司がそう言うと、次々と通信の回線が切られていく。

 薫もさっさと回線を切って、パソコンの電源を落として部屋を出る。

 そこには沖野が律儀にも直立不動で待っていた。


「お疲れ様です。それで、どうでしたか……?」

「あなたに本願泰造が私た映像ファイルで、なんとか藤堂飛鳥の命は保証されましたわ。もっとも、次に違反したら首が飛びますが。物理的に」

「……ああ、よかった」


 命が助かったのであれば、それに越したことはない。

 それさえあれば、やり直しがきくのだから。


「でも分かりませんわね。どうしてそこまで藤堂飛鳥に肩入れするんです?」


 自分の顎に手を当て、不思議そうに首を傾げる薫。


「榊原さんだって同じじゃないですか。今回の役員会議で飛鳥さんを庇ってくれましたし」

「私の場合は同情ですわ。ある日突然化け物になって、恩人も自分を私怨の為に利用しようとするクズだった……。まさしく情けをかけたくなる哀れっぷりでしょう。そういうあなたは?」

「えーと……」


 薫の問いに目を逸らす沖野。

 その姿を見て、薫は溜息を吐いた。

 これ以上聞いても彼女は答えないだろうし、別に強硬手段をしてでも聞きだしたいわけではない。

 ここで話題を変えて見ることにした。


「ああ、もう一つ気になってることがありました。藤堂飛鳥、彼はあの後どうなってます?」

「えっと、飛鳥さんは個室で微動だにしてません。多分泰造さんの事をまだ引きずっているのかと……」


 その言葉を聞いて、一人個室で項垂れる飛鳥を想像してみる薫。

 違和感なく、すんなりと想像することができた。


「天願泰造は藤堂飛鳥を利用しようとした人間だというのに……難義だこと」

「仕方がないと思います。天願さんに救われたというのは、彼にとって真実なんですから」


 突如として、警報が鳴り響く。


【エリア2E地点27にディザスカイ出現。記録にはない新種との情報。脅威度はエネルギー量からして殺人級かと推定】


 それを聞いた二人は、すぐさま自分の持ち場へと走り出す。


「藤堂飛鳥の精神状態で戦闘に出せますの?」

「いえ、到底無理かと思われます」


 飛鳥武蔵は天願泰造に依存していた節がある。それも無理はないだろう。

 一つ溜息を吐き、薫は考えをまとめる。


「ならハンターは私一人で出陣します。将人にもそう言っておいてください」

「分かりました」


 二人は途中で別れ、それぞれの持ち場へと向かっていった。


   ○


 沖野がオペレータールームに着いたころには、既に他のスタッフも準備しており、その中には斎条将人の姿もあった。

 将人も沖野がやってきたことに気がつき、溜息を吐く。


「遅いぞ瑞穂」

「すいません将人さん。今回は薫さんだけで行くそうです」

「……あー」


 沖野の報告に、将人は複雑そうな表情を浮かべる。


「……いや、それは無理そうだぞ」


 彼はそういいながら、ヘッドホンマイクを沖野に差し出した。


「え? あの、これは?」


 薫だけが出るなら、沖野には必要のない物のはずだ。

 渡された意図がわからず混乱している沖野に、将人は呆れながらそれを教えることにした。


「飛鳥武蔵は、とっくの昔に出てるってことだ」

「……え!?」


 画面を見れば、既に地下トンネルをバイクで独走する飛鳥の姿が映し出されている。

 天願泰造のいない飛鳥武蔵が、なぜ出動できるのか?


   ○


 ガラスの天井が吹き抜けを通して広場に日の光を差し込んでいるが、そこには異様な怪物の姿があった。

 封鎖された大型デパートの中で、一人のカマキリ型のディザスカイが徘徊しているのだ。


「コレは、美味い。コレは、不味い」


 人間を怯えさせようと、恐怖で震え上がらせようと、そのディザスカイはデパートで人を食していく。

 食品コーナーにある試食する品のように、頭を一齧りしてはそこら辺に放り投げた。

 そんなディザスカイの目に、面白いものが映る。


「…………!」


 恐怖に震え、泣きながらベンチの裏に隠れている少年の姿だ。

 そんな少年が、血だらけの化け物と目があったらどうなるか?


「う、うわあああ!」


 逃げ出すに決まっていた。

 小さくのろまな足で逃げ惑う姿は、彼の嗜虐心を刺激させる。


 これはいい暇潰しだと想い、カマキリ型のディザスカイ。トウギリは少年を使って遊ぶことにした。


「オニゴッコ、ノ。ジカン。ダゼ?」


 走ることはしない。

 ただ歩いて少年を追いかけ、他の目に映る人間を光線などで焼き殺していく。


「ミンナ死ンジャウヨ、オマエガ生キテレバ、死ンジャウヨ?」


 少年が逃げれば周りの人間が死んでいく様を見せつけて、我ながら悪趣味だなと頬が緩んでしまう。


「ああ、あああああああああ!!」


 案の定、少年は死の恐怖と生の責任に押しつぶされそうになりながらも、自分が生きることを選び、走り逃げ惑う。

 蛙の子は蛙と言うが、幼い子供までもがここまでエゴイストだとおかしくて愉悦に浸るトウギリ。


 そんな時間を邪魔する者が、ガラスの天井をを突き破ってやってきた。


 ガラスの割れた音がした、とトウギリが上を見上げると、そこにはバイクを自分に叩きつけようとする飛鳥武蔵の姿があった。


「は!?」


 さすがの出来事にトウギリも動揺を隠しきれず、そのままバイクに叩きつけられてしまう。

 その隙に飛鳥は少年の傍に駆け寄り、その足を止めずにそのまま抱き上げて、素早く物陰に隠れる。


「大丈夫かい少年?」


 こっそりと囁くように少年の容態を聞くが、少年にとってそんなことはどうでもよかった。


「お兄ちゃん、誰?」


 純粋な瞳で、飛鳥に問いを投げかける。


「……あー、俺? そこら辺、自分でもわかってないんだ。でも君の味方なのは確かだぜ?」

「じゃあ、ヒーローなの!? カッケェー!」


 迷いに迷って出した結論に、少年は無垢な思いの丈を言葉にして返す。

 それが今の飛鳥には、なんだか眩しく思えた。


「自分の味方はヒーローか。その考え嫌いじゃないぜ。ふはははは」


 笑みを浮かべられているか不安に思いながら、笑い声を零してみる。


「ははははは!」


 その心配も杞憂だったようで、少年も飛鳥に釣られて笑っていた。

 少年の笑顔に、恐怖や絶望と言った悪感情を飛鳥は感じない。

 ならこの少年は、まだ一人で立ち上がれるだろう。


『飛鳥さん! あの、近づいて来てます! 早く装着してください!』


 デバイスの振動を通して飛鳥だけに沖野の声が聞こえる。

 出動時は通信に応えなかったが、ようやくオペレータールームに戻って来たらしい。


「え? さっきので倒せてたりしない?」

『してませんから!』


 冗談でいった飛鳥だったが、怒鳴り返されてしまう。

 命をするやり取りの中、軽口をいう飛鳥にも問題がある。


「……そうかそうか。お前があのニンユウガイ様を倒したディザスカイか」


 いつの間にか、ゆっくりと歩み寄ってくるトウギリ。

 飛鳥の腕の中には少年がいる為、その足音は彼の悪感情を追って確実に飛鳥の方へ近寄っている。


「沖野さん、聞きたいことがあるんだけど」

『はい、民間人の脱出経路の確保や、デパートにハッキングされたセキュリティシステムを解除しようと試みてます』


 聞こうとしたことを先に言われてしまい、流石に優秀だなと感心する。

 だが、彼が聞きたいことはもう一つあったのだ。


「後さ、なんでディザスカイって普通にしゃべれるのに、片言でしゃべるんだろう?」

『今更ですか!?』


 今気になってしまったのだから仕方がない、と顔を竦めるが、無論それは沖野には見えなかった。

 むしろ何に対して話しているのかと、少年が少し不安げな顔を浮かべている。


「なあ藤堂飛鳥、お前こっち側に来いよ」


 唐突にトウギリからそんな事を言われた。

 行動に迷った飛鳥だったが、少年にここに隠れているように伝えると、物陰から飛び出す。


「理由、聞いてもいいかな?」

「お前がこちらに来れば、約束された地位を手に入れることができるぞ。ニンユウガイを倒したのであれば、それはなおさらだ。」


 それを聞いた飛鳥は、にっこりとほほ笑んだ。


「お断りだバカ野郎」


 ポケットから軍手を取り出し、トウギリに投げつけた。

 そして素早くデバイスを構える。


「俺は人を守るために戦ってるんだよ」

【承認コードをどうぞ】

「装着!」

【OK.Battle Armorを転送します】


 DHアーマーを身に纏い、同時に現れた剣をトウギリへ向ける。


「例え悪魔お前達がどれだけ囁こうとも! どれだけ大切な人を奪おうとも! 俺は、自分の正しさを貫き通す!」


 それはかつての誓いであり、藤堂飛鳥という人格の根本であった。

 自分が苦しんでいる間に多くの人々が苦しむのであれば、飛鳥は自分を押し殺し戦いに赴く。

 そう、例え恩師の命を奪われ、悲しみに打ちひしがれたとしても、藤堂飛鳥にとってそれは戦わない理由にはならないのだ。


 彼は今でも覚えている。泰造のかけてくれたあの言葉を。


――――「お前はお前だ! 自分の正しさを貫き通せ!」


 だから藤堂飛鳥は今も戦える。

 どれだけ辛くても、悲痛な叫びを上げる人々の為に、立ち上がる事ができる。

 その言葉が、この胸に響いている限り。


「待たせたな。行くぞ!」


 改めて覚悟を決めた飛鳥は、剣を強く握りしめてトウギリへと挑む。


「この分からず屋め! お前はTDGに酷使され、使い捨てられる! それでもいいのか!?」


 トウギリも大きな鎌で応戦するが、飛鳥の剣筋はそれさえも切り捨てる。


「それでも構わない! 多くの人を、この手で守れるのなら!」


 その言葉を人は笑うだろう。

 自分に益がないのに身を粉にするだなんて、なんという綺麗事なのだと。

 けれど、それは間違いだ。

 益ならある。地獄を見ることなく、人々が平和に暮らしていける。

 そしてその中には、彼がかつて愛した者達もいるだろう。

 ああ、それは何という贅沢な報酬か。

 そこに自分がいなくても、それが一番の理想的な形だと思っているのだから。


「ぐああああ!」


 トウギリは飛鳥の凄まじさ圧倒され、成すすべなく倒れてしまう。

 飛鳥はトウギリに剣を投げつけて、デバイスを操作する。


【OK! Finish Move!】

「さあ、これで終わりだ」


 右腕にデバイスを装填し、飛鳥は力強く拳を構えた。


【One Soul Input!】


 トウギリは逃げ出そうとするが、剣が身体と床を貫いているため、抜くのに時間がかかった。

 抜き取ったかと思えば、飛鳥の拳は目前だった。


「――――一魂投入!」


 飛鳥の拳が炸裂し、天井を突き破ってはるか上空でトウギリは爆散した。

 あたりに自分以外のディザスカイの反応が無い事を確認すると、ベルトを外してDHアーマーを取り外す。


「……よーし、もう出てきた大丈夫だぞー!」


 物陰に隠れている少年が、満面の笑みを浮かべて駆け寄ってくる。


「凄い凄い! やっぱりヒーローなんだねお兄さん! どうやったら僕もなれる?」


 その言葉に飛鳥は参ったように頭を掻いた。

 そもそもとして、飛鳥自身に自分がヒーローだとは思っていないのだ。

 あくまでTDGという組織に管理された立場なので、無理もないだろう。


「んー、また今度会ったらね!」


 また今度はない。

 助けたとしても少年はディザスカイの力やTDGの情報操作によって、この出来事を忘れる。

 それでいい。こんな恐ろしい出来事は、早く忘れてしまった方がいいのだ。

 飛鳥はそう言い聞かせながら、トウギリに投げつけたバイクの元へ歩いていく。

 少年はTDGの構成員が上手く保護者の元へ送り届けてくれることだろう。


「じゃあ、その時はよろしくお願いします! 師匠!」


 師匠と呼ばれ、自分は少年にとっての泰造さん的なポジションになったのだろうか? と一人感傷に浸る。

 それはあながち間違いではない。この少年も、絶望の底から救い出され、憧れの人を見つけたのだから。

 けれども、それは浮かれ過ぎかと飛鳥は考え直し、そのままバイクにまたがる。


「ああ、それまでは元気でな」


 飛鳥は手を振って、名もなき少年と別れる。

 こうして、飛鳥の一日は終えていく。


 これから先も、藤堂飛鳥には過酷な運命が待ち受けているだろう。

 それが今回のように乗り越えられるかは、誰にもわからない。


「泰造さーん! 俺! やりますよ! これからもやりきっていきますよー!」


 それは飛鳥自身も同様で、元気を引きだしながら、あの世にいった泰造に誓いを立てている。

 そんな飛鳥を、泰造が見たらどう思うだろうか。

 少なくともデバイスを通して聞いている沖野は、優しく微笑んで聞いていた。


『何をやりきるんですか?』

「あれ!? まだ通信切ってなかったっけやだ恥ずかしいー!」


 バイクを運転しながら片手に頬を当てて、腰をくねくねと動かす飛鳥。

 今日もハチャメチャ度は絶好調らしい。


『別に今更じゃないですか。それで、何をなんです?』

「そりゃ決まってますよ」


 不敵に笑いながら、飛鳥は自信をもって答える。


「人助け、じゃないですかね?」

『……なんで疑問形なんですか?』


 ――――男の物語は、まだはじまったばかりである。

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俺は、化け物になった 月崎海舟 @OREHAseries

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