第11話 いつか人は、お前を越える
火力発電所敷地内にて。
降り注ぐ雨の中、薫は魚人型ディザスカイ達を殲滅していた。
できるだけ自分に惹きつけられる為、化け物の目に驚異的に映るように、華麗に戦う。
そのおかげあってか、なんとか二人はニンユウガイと戦うことができるようになったらしく、二人で発電所内へ走って戦いに行った。
今尚発電所内には轟音が響き渡り、いつ発電所内の設備が破壊されてもおかしくない状況だ。
「最初にあったこのタイプのディザスカイは随分とおしゃべりで弱っちかったんですけども、アレが出てきた途端、なんでここまで狂信者のように暴れてますの?」
『恐らく、災害級の力に当てられたんだろう。そのせいで凶暴化してるんだ』
薫の疑問に、薫の専門オペレーターである将人がすぐさま答える。
「では、あの光の球は?」
上を見上げ、発電所の上に浮かぶ光球を見る
『あの光球エネルギーは悪感情の爆弾と言ってもいい。恐らくこの五年間で溜めておいた悪感情のエネルギーなんだろう。あれを発電所ごと地面の奥底にまで叩きつけて、断層をずらすつもりだろう。過去の記録にもそうある』
そうなればこのあたり一辺がどうなってしまうかなんて、考えるまでもない。
人々は光と生きる術を失い、大地が割れ、建物は崩れ去り、海が大地を侵し、全てを無に帰す。
五年前、誰もが見た悲惨な光景が、再び再現されることになるのは間違いない。
「今の浮いている状態で私が必殺技をぶち込んだら、被害はどれくらいになりますの?」
その薫の発言に将人が驚きの声を漏らすが、すぐさま答えをはじき出す、
『……発電所もろとも爆発だ。けれど今の敵対心の悪感情に満ちている今の状況なら、DHアーマーを着込んだものや災害級ぐらいだな』
なんでそんなことを聞くんだと思いながらも、しぶしぶ答える将人。
「その場合の民間人への被害は?」
『辺り一帯は総停電ぐらいだ。火力発電所の立地が臨海地区で良かったと思うよ』
薫は戦いながら、少し悩んだ素振りを見せたが、すぐさま決断する。
「なら、今すぐ他のTDG隊員を引き上げさせてくださいな。あの光の球をぶち壊して差し上げますわ」
『ちょ、ちょっと待て! 本気か? というか正気か!? うすうすそんな無茶をしそうだとは思ってはいたが、ふざけんなよ!?』
あまりにも常識外な発言に、さすがの将人も慌てざるを得ない。
鼓膜が破れそうだと顔をしかめながらも、薫は淡々と話し始める。
「結構マジですわよ、私。そうでもしなければ、災害級になんて勝てないでしょう。それに落とす前に災害級を倒せたとしても、あれが時限式で自働に地盤に突入なんてした場合、それこそお粗末なのもいいところですわ」
例え民間人が電気を使えなくなり、悪感情を出すことになったとしても、それを優先的にDHアーマーが回収して優位に戦えばいい。
そこにはまだ、勝機があるはずだ。
こんな事をやり出し始めてしまったのだ。手段は選んでいられないのだ。
『だけど、それじゃあなあ……! ってなんだこれ?』
反論しようと将人が何か言おうとしたが、他の事に気を取られた。
何かあったのかと問いかけようとしたが、すぐさま将人の言葉ば出てくる。
『……いや、色々と待ってくれ。あの光球どうも様子がおかしいぞ?』
「なんですって? まさかもう被害を出すつもりですのあのディザスカイ!?」
違う、と薫の言葉を将人は否定する。
『あの光球のエネルギーが、散っているんだ。何か他の物へ流れ込んでいる』
○
轟音が鳴り響く。
泰造と飛鳥がニンユウガイと殴りあう音が、発電所内で響き渡る。
壁を突き破り、火花を散らしながらも、泰造と飛鳥で対等に戦いあっていた。
今ここに渦巻く悪感情は、TDG榊原研究所がディザスカイに向ける恨み辛みの集合だ。
ただ地獄に悲嘆するだけではなく、ただ化け物に怖気づくような、無気力な悪感情ではない。
恨み辛みの悪感情とは、燃え上がる炎のようにDHアーマーに力を与えてくれるのだ。
「――――うおりゃァア!」
泰造が壁へと叩きつけ、追い打ちをかけるように身体をぶつけた。
ニンユウガイはそのまま壁を破り外へと叩きだされ地面に転がる。
光が屈折するように歪みながら立ち上がるニンユウガイは、雨に打たれ傷つきながらも笑っている。
「……相変わらず不気味なやつだな、お前。少しは何か言ってみろよ」
泰造がそう挑発するが、ニンユウガイは相も変わらず不快な笑い声を零している。
そうしながら、ニンユウガイは大きく腕を広げる。
するとだ、不思議なことニンユウガイの身体が緑色に光り出した。
まるで、飛鳥のDHアーマーのマイナスクリスタルのように。
『泰造! 火力発電所上空にあった光球のエネルギーが、ニンユウガイに流れ込んでる!』
『マイナスエネルギー値上昇! 二人のDHアーマーのマイナスエネルギーの数値を超えました! 今尚上昇中!』
奈津子と沖野が慌てた物言いで二人に報告するが、泰造の行動に迷いはなかった。
「……なら、これ以上強くなる前に叩きのめす!」
【OK! Finish Move!】
右腕の差込口に、帯電したデバイスを装填する。
「待ってください泰造さん! 何か嫌な予感がする!」
飛鳥の制止を振り切り、そのまま泰造はニンユウガイの懐へと飛び込んだ。
「――――一魂投入!」
【One Soul Input!】
青く輝く拳を無防備な頬に叩き込む。
マイナスクリスタルが悪感情をマイナスエネルギーへ変換したものが、波状となってニンユウガイに襲い掛かる。
今までこの攻撃を喰らって、生きていたディザスカイはいない。
だがここに――――例外が現れた。
ニンユウガイも自分の体内にあるマイナスクリスタルから、波状のマイナスエネルギーを右手から放出し、DHアーマーの波を相殺する。
そう、それはDHアーマーがディザスカイを必ず殺す業と、原理上は同じものであった。
「なんだと!?」
それでも多少はダメージを受けたが、泰造のその拳をそのまま握り、そのまま地面に叩きつける。
あまりにも予想外の対応に驚いたが、何とか受け身を取り、拳を掴んでいる手を叩き落として泰造は距離を取った。
「……俺の技術を模倣しやがってクソッたれ」
苦々しく泰造はニンユウガイを睨みつける。
だがニンユウガイはそれを意に介さず、火力発電所の上空にあった光球から、全てのエネルギーをその身体に収めこむ。
傷は癒え、力は溢れ、身体は緑に光り、何事もなかったかのように笑う。
そして、すぐさま泰造に襲い掛かった。
その速度は今までの物よりも遥かに素早く、ディザスカイである飛鳥でさえも反応が遅れるほどの物だ。
ならそれは、人間である泰造が反応できるわけもなかった。
「泰造さん!」
すぐさま庇うように腕を突きだすが、それは届かない。
ニンユウガイは笑いながら泰造の首を掴み、そこからまばゆい緑色の光が二人を包み込む。
闇の静粛が訪れた時、泰造とニンユウガイの姿はなかった。
『……生身の転送!? ディザスカイがそんなことをするだなんて……!』
沖野の慌てた声が飛鳥の耳に流れ込んでいるが、
「泰造さんは、どこだ!?」
『……位置を割り出せました。今からデータとバイクを送ります!』
さすがというべきか、慌てながらも位置の特定はしていたらしい。
すぐさま贈られた位置情報を元に、飛鳥は泰造が転送された場所へと目を移す。
「……あの山か」
すぐさまバイクに跨り、アクセルを振り切る。
「今すぐ行きます、泰造さん……!」
○
冷たい雨が降り注ぐ木々の中、天願泰造は盾と銃をち、ただそこに立っていた。
『六時!』
通信で聞こえてくる奈津子の声を頼りに、泰造は後ろから放たれた光弾を盾で叩き落とし、その方向にこちらも銃から光弾を放つ。
だが当たった手ごたえは感じず、自分へ光弾を放ったニンユウガイの姿も見えない。
再び盾と銃を構えながら、泰造は苦虫を噛み潰したように声を絞り出す。
「……逆境すぎるな、これは」
現在、泰造はTDGのメンバーの悪感情から切り離されていた。
悪感情を吸い取れないのであれば、素のスペックで戦う事になる。
加えて、ニンユウガイはたらふく悪感情のエネルギー供給を済ませており、そのスペックの差は歴然だ。
だというのに、ニンユウガイが隠れては狙い撃つ戦法を取っているのは、確実に自分を殺そうとしているからからだろう。
そうでなければ、天願泰造という戦士をここへ連れて気はしないだろう。
『九時!』
左に剣を斬りつけるが、今度の光弾はいくつも放たれており、盾一つでは対処ができない。
できるだけでも生存率を上げる為、銃を乱射し盾で防げない光弾を撃ち落とす。
弾かれたことを確認したニンユウガイは、森の闇へと再び姿を潜めた。
正直に言ってしまえば、キリがなかった。
更には冷たく降り注ぐ雨がDHアーマーを冷やし、泰造の体温を奪っていく。
このまま長期戦は人間の泰造ではまずい。
だがこちらから仕掛けようにも、敵の位置は分からず、こうして集中していなければ攻撃をいなすこともできはしない。泰造はどうにかして、この悪循環から抜け出さなければならなかった。
泰造は思考を繰り返す。幾たびも幾たびも。
どうにかして敵を見つけ出さなければならない。
けれども敵はあの日あの時より注意深くなっており、泰造にもDサーチャーにも察知されない何とも絶妙な距離で遠距離攻撃を繰り出してくる。
この森さえもニンユウガイは利用する。木々に隠れ、それを盾にし、攻撃をしのいでいる。マイナスクリスタルの悪感情吸収によるマイナスエネルギーの出力上昇は絶望的だ。
『ぜ、全方位! ヤバい!』
――――さらには、いたぶるように、ゲームのように、攻略の難易度を上げてくる。
それらの光弾の弾幕は、渦巻くように泰造に襲い掛かった。
「全方位盾を展開!」
【OK.Battle Shieldを転送します】
全方位に身を護る盾を数多く転送させる。
だが盾という物は、その手に掴んで初めて機能するものだ。
当然、完全に守り切れない盾を弾き飛ばし、光弾は全て泰造へと収束するように着弾する。
訪れた結果は、DHアーマーが破損し、泰造が倒れ伏せるという結末。
アーマーの損傷部からは血が流れ始め、アイシールドと胸のクリスタルは弱々しく点滅していた。
――――笑う、哂う、嗤う。
勝利の美酒に酔うような高笑いを、ニンユウガイは森に鳴り響かせた。
血をすする為、確実に殺す為に、ニンユウガイは笑いながら歩みよる。
「……くふっ」
ここで確実に殺しに行く選択肢は間違っていないし、泰造をねちっこく追い詰める戦法も間違ってはいないだろう。
だた、一つ間違ってしまったことがあるというのであれば――――泰造の恩讐は、その程度では砕けないということぐらいか。
泰造は大怪我をしながらも、か細い意識を繋ぎながら、猛攻をその身に受けても手放さなかった銃を強く握った。
【OK! Finish Move!】
銃に帯電したデバイスを装填し、ニンユウガイへ照準を向け、すぐさまその引き金を引いた。
【One Soul Input!】
ニンユウガイは再び自分の体内にあるマイナスクリスタルから、波状のマイナスエネルギーを放出し、光弾から発せられるマイナスエネルギーの波を相殺する。
「まずは、一つ」
【OK! Finish Move!】
すぐさま泰造は立ち上がり、拳銃からデバイスを取り出して、右腕の差込口に帯電したデバイスを装填する。
「そして二つだ!」
【One Soul Input!】
拳銃を投げ捨て、相殺しているニンユウガイに向かって走り出し、その光弾の下をくぐり抜け、懐に潜り込む。
「一魂、投入!」
死に物狂いの一撃を、ニンユウガイに叩き込んだ。
どちらかが叫びを上げた。
それはもしかしたら泰造だったかもしれないし、ニンユウガイだったかもしれない。はたまた両者の絶叫だったかもしれない。
少なくとも、泰造には区別がつかなかった。
それを認識しようと脳が処理をし始めた途端、戦士と怪物は山に呑まれたからのだから。
○
冷たい雨の降る中バイクで走る飛鳥の耳に、大きな爆発音が聞こえる。
音の方角を見れば、山が土砂崩れが起きているのが分かる。
幸い、今のところ民間人に被害はなさそうだが、それも時間の問題だろう。
「今のって……泰造さんはどうなってる!?」
『すいません、天願さんのDHアーマーの通信部分が損傷したようで、あちらの状況が分かりません!』
「また壊されたのかよ!」
バイクを最高速度で走らせながら、飛鳥は泰造の元へ向かう。
○
『泰造! 返事をしなさい! 泰造!』
奈津子は通信腰で懸命に泰造に呼びかけてくるが、泰造は決して動かなかった。
脈は段々とリズムを遅らせ、最後には――――止まった。
『――――泰造!』
○
――――飛鳥を出迎えたのは、無残な死体だった。
不幸中の幸いにも土砂崩れには巻き込まれておらず、地面が崩れた傍に寝転がっていた。
アーマーは殆ど損壊しており、基盤等がむき出しになっている。
「そんな……! 泰造さん! 起きてください! 泰造さん!」
飛鳥がバイクを乗り捨てて駆け寄り、泰造に声をかけるが返事はない。
「……よくも、よくも、この私を……!」
そんな二人に、ひどく傷ついたニンユウガイが笑みを浮かべ、恨みがましく睨みつけてくる。
その口からは笑い声ではなく、怨念の篭った声だった。
こちらも激戦の末、身体の中身が見え隠れし、摩耗しているのがよくわかる。
「……お前、笑うだけじゃなくて、喋れるんだな」
ニンユウガイの少なからず人間らしい感情を感じ取って、飛鳥のニンユウガイに対する恐怖心は薄れていく。
怪物とは理解の出来ない脅威でなければならない。
ならば、それはもうこのニンユウガイには当てはまらないのだ。
代わりに、飛鳥の胸の中には、ふつふつと怒りがこみ上げてくるのを感じていた。
「まあ、お前は強い。確かに強い」
目を覚まさない泰造を寝かせ、飛鳥は立ち上がる。
「けど、人はお前達に負けたことが無い事を、わかってるのか?」
泣いてなんていられない。
そんな時間と猶予は、藤堂飛鳥には存在しない。
「例えどんなに悲惨な目に会おうと、人は立ち上がる。全てを奪われようと、人は生きることを諦めない! いつだって、そうやって生きてきた!」
策などない。ただ拳を握り、ニンユウガイへと歩き出す。
「今までと、これからの家族を、全てお前に奪われても、決してあきらめない男がここにいた。ましてやそれに立ち向かおうと足掻き続けた! この人の生きざまが、何よりの証拠だ!」
天願泰造は、復讐のためにその人生を捧げた。
彼に憧れる藤堂飛鳥は、彼の本の一部しか知らない。
だが、それだけだとしても、彼の生きざまのほんの一部は、飛鳥の心に火をつけた。
「いつか人は、
それは泰造の想いを継いだわけではなかった。
完全に彼の思想を理解しているわけじゃないのだから、それは当然だと言えるだろう。
けれども、それでも飛鳥には、確かに感じることがあったのだ。
――――ああ、この人が捧げて来たこれまでを、無駄にしたくないな、と。
「――――■■■■■■ッ!」
飛鳥の言葉を受諾するかのように、ニンユウガイは飛鳥へ襲い掛かる。
直後、二匹の
それは、第二ラウンドの幕開けを知らせるような轟音を鳴り響く。
「うおおおおおおおおお――――!」
DHアーマーから蒸気まき散らしながら、飛鳥は感情任せに拳と足を叩きつける。
「■■■■■■■■■■■■!!」
互いに、守ることはしなかった。
やるせない思いを、目の前の敵に叩きつけるだけの行為だ。
故に二匹とも自分の身体が傷つこうとも、一歩も引かない。
拳をぶつけあったその時から、両者はその場でただ傷つけあうだけ。
雨は触れただけで蒸発し、木々は余波で切り刻まれ、地形が崩れようと二人は問答無用で戦い続ける。
それを邪魔する者は、現在はいない。
○
一方その頃、沖野はオペレータールームにて、飛鳥のオペレーションをしながら動揺していた。
「ど、どういうことなのこれ……!」
今起きている事柄が信じられない、とでもいうかのような物言いで話す沖野。
「おい、どうした沖野?」
近くで沖野をオペレーションしていた斎条が問いかけると、慌てた様子で口を開く。
「じ、実は、飛鳥さんのDHアーマーの制御が利かなくて! こちらからの遠隔サポートもできないんです! 異常事態が起きてるのに、撤退するように進言してもあちらには通信が届かないみたいで!」
「何? ……それはもしかしてDHアーマーを起点とした武器の転送すらもできないのか?」
「はい、そうです」
明らかにDHアーマーの不調だ。
このまま戦わせるのは、危険度が跳ね上がった。
天願泰造もすでに戦死し、飛鳥を止められるような戦士は近くにはいない。
それを聞いていた奈津子は通信用のヘッドホンを装着したまま、オペレータールームの人間に指示を出す。
「……今からでも誰かを派遣させなさい。彼を失うわけにはいかないわ」
この中で一番取り乱したいであろう人物、奈津子が沖野にそう助言する。
最愛の恋人を失ってなお、指示がとれるというのは彼女にとって苦痛なことのはずだ。
こんな仕事今すぐ投げ出してしまいだろうが、彼女は理性で煮えたぎらぬそれを押さえつける。
「お言葉ですが奈津子所長。今の彼はとても危険だ。本気の災害級とDHアーマーを着ているからとはいえ互角に張り合っている。私にはとてもじゃありませんが、あれが人間に制御できるものだとは思えません。ここは彼らのどちらかが倒れるまで、手を出さない方がいいかと思われます」
将人が進言する。
確かにそれも選択肢の中の一つではあるだろう。
こちらに来る情報の断片の数々を見れば、彼の危惧も奈津子には十分理解できた。
泰造という心の支えがいなくなり、彼はTDGとまだ協力関係でいるだろうか?
獣のように、TDGの使いを引きちぎったりはしないだろうか?
欺瞞が渦巻く。
――――ドクン、と鼓動が鳴ったのを、奈津子は聞いた気がした。
○
――――一つ、音が聞こえた気がした。
それは悲痛な叫び。
聞いているだけで胸が締め付けらてしまいそうな声だった。
今にも理性を投げ捨ててしまいそうな、そんな危うい声だ。
どこかで聞いたことがある声だとも思った。
もしかしたらそれは昔、自分が似たような声を出したことがあるのかもしれない。
けれど、良い結末を迎えなかった気がする。
重たい瞼をこじ開けた。
怪人と正義の味方が戦っている光景がその目に映る。
「……主役を野ざらしにしてるんじゃねーっつーの」
それがあんまりにも悲痛な声だったので、棒切れの様な手足を使い――――立ち上がる。
○
互角に戦っていた飛鳥だったが、徐々に押されていっている。
現に、ニンユウガイのラッシュの一つを取りこぼし、鋭利な爪が飛鳥の顔を狙っているからだ。
向こうの力が有り余っているのに比べ、飛鳥はあまりにも疲労していた。
一次的な高出力でタイマンを張れていたが、それも限界らしい。
もうダメだと思い、飛鳥はとっさに目を閉じる。
「ここまで盛り上げてくれなくたっていいんだぜ? 危なっかしい」
ありえない声を聞いた。
目を開けば、そこにはニンユウガイの爪を握った泰造の姿があった。
「泰造さん! 生きてたんですか……!?」
「ああ、どうも俺は、まだ死にきれなかったらしい」
泰造がニンユウガイを蹴り飛ばし、飛鳥の方に顔を向ける。
「何はともあれ待たせたな。行くぞ!」
「はい!」
二人の身体は、ほとんど力尽きていた。
けれども、互いの期待に応えるために、泰造と飛鳥は戦う事を決めたのだ。
「――――――――!」
ニンユウガイがとても楽しそうに声を張り上げ、泰造に襲い掛かるる。
まるで宿敵の復活を喜んでいるかのようにも見えた。
泰造と飛鳥は、青と緑のクリスタルを輝かせ、蒸気を噴出させながらそれに応える。
「遅い遅い! もっとギアを上げろ飛鳥! お前の底力はそんなもんじゃねえだろ!」
「はい! どんどん上げていきますよ!」
泰造と飛鳥のコンビネーションの攻撃が、ニンユウガイの力と肉を削る。
剣も槍も銃も盾も鎖もバイクも拳も足も、できる限りの全てを使ってニンユウガイの命を奪わんとする。
災害を退治せんと組んだ人間と化け物は、胸の内から湧き上がる気力で、荒々しく、だが確実に命と勝利を掴もうと抗う。
これはたまらんとばかりにニンユウガイは後ろに下がり、その手にエネルギーを溜めこむ。
それは波状となり、世界を震わせた。
『とてもマズいわ! ニンユウガイが災害時に発生するエネルギーの値を超えてる!』
『逃げてください二人とも! マントルに叩きつける一撃を直接受けたら、それこそ跡形もなくなります!』
泰造と飛鳥の通信機に奈津子と沖野の声が入ってくる。
飛鳥のあずかり知らぬところだが、どうやら謎の制御障害は収まったらしい。
オペレーター二人の言葉に頷いたハンターの二人は、鉄仮面に覆われた互いの顔を見て確かめる。
「よし分かった。終る前に終わらせるぞ。飛鳥!」
「了解です。泰造さん!」
この大馬鹿野郎共! と奈津子が叫んだ気がしたが、二人は聞かなかったことにする。
元より今勝てなければまた次も勝てない。泰造と飛鳥はそんな根拠のない考えがあった。
そして、今ならば確実に倒せると、熱く燃える身体が教えてくれていたのだ。
【OK! Finish Move!】
飛鳥はベルトからデバイスを取り出し、剣の差込組に装填する。
【One Soul Input!】
そのままニンユウガイに飛びかかり、緑に輝く一閃を切りつける。
ニンユウガイもそれに応じるように、
「うおりゃァァアッ!!」
「――――――――ッ!」
飛鳥がニンユウガイへと飛び込み、必殺の一閃を切りつける。
ニンユウガイも波状のマイナスエネルギーを全身から放出し、飛鳥の一閃を打ち消す。
だがまだ飛鳥も終わらない。
【【OK! Finish Move!】】
【【One Soul Input!】】
剣の差込口から腕の差込口にデバイスを装填し、左手で剣を抑えつけながらそのまま右拳でニンユウガイに叩きつける。
ニンユウガイも波状のマイナスエネルギーを纏った右拳を叩きつけた。
拮抗はしなかった。
飛鳥の右腕はひしゃげ、そのまま吹き飛ばされてしまう。
それとすれ違うように、泰造が青い光を纏った左拳をニンユウガイに振う。
それに対してもニンユウガイは右手の拳で対処しようと叩きつけるが、そこで異変が起こった。
泰造の青の輝きが、緑の輝きに代わり、DHアーマーが蒸気を噴出したのだ。
緑の輝きを放つ泰造は、何も装填されていない右腕を振り上げる。
【OK! Finish Move!】
その差込口に、飛鳥がデバイスを投げつけた。
投げつけたデバイスは、磁石に吸い込まれるように泰造の右腕に装填される。
【One Soul Input!】
「一魂、投入……!」
右拳を、泰造はニンユウガイの頬に殴りつけた。
「――――」
その瞬間、ニンユウガイは悲痛の叫びを上げて、爆炎を上げて消滅した。
「泰造さん!?」
爆炎に巻き込まれた泰造が心配で慌てて駆け寄る飛鳥だったが、黒煙の中から泰造が親指を天につきあげながら現れ、ほっと一安心する。
「終りましたか?」
「ああ、終わった」
男の勝利を祝福するかのように太陽が昇る。
雲一つない、青く広い、とても気持ちの良い朝を迎えた。
○
史上最初の人が災害を倒した日。一人の男の復讐が、終わり告げた。
その男は疲れたのか、近くの木々に背を預け、そのまま地面に座りこんでしまう。
「泰造さん? どうしたんですか? 泰造さん?」
飛鳥が駆け寄って話しかけると、泰造は掌をヒラヒラとふった。
「……あー、ちょっと、眠い」
「そんなことしたら、連れて帰るの俺じゃないですか。しっかりしてくださいよ」
渇いた笑いを零し、泰造は良い事を思いついたかのように提案する。
「……じゃあよ、朝日でも拝んだら帰ろう。そうすりゃ少しは元気が出る気がするんだ」
その言葉に、飛鳥は戸惑った。
なぜなら既に朝日は昇っており、二人を照らしているからだ。
装着していなければ、それが表情に出ていただろう。
いや、朝日が出ているかも分からない人間に、そのような心配は不要であった。
「……分かりました。朝日が昇ったら、起こしますね」
何とか言い繕う事が出来た飛鳥は、そのまま泰造から離れる。
悟ってしまったのだ。
天願泰造はもう死んでいて、何かの作用でたまたま少しだけ動けただけなのだと。
現にその声は、いつもの力強さを感じることができなかった。
今にも死んでしまいそうな、そんな不安でか細い声だったのだ。
「……いや、俺は他のやつらに回収させりゃいいさ。後のこと、お前に任せちまってもいいかな?」
泰造は自分の死を悟っていたのか、それは飛鳥には分からなかった。
どんな意味がこもっているかも、情けない事に分からない。
けれど、ここでは元気に振る舞わなければならない気がした。
「はい! 後は全部俺に任せてください! ぜーんぶやりきってみせますよ!」
渇いたような笑い声を零したかと思うと、泰造はそのままぐったりとして、一つ呟いた。
「――――そりゃいいや」
それを最後に、今度こそ泰造は動かなくなった。
それを遠目から見ると、飛鳥は乗ってきたバイクに跨り、そのまま走り出す。
そして、思い切り叫ぶ。
誰一人としていない木々の間を走りながら、叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。
鉄仮面によってどんな表情を浮かべているかは分からないが、きっと悲しみに満ちているに違いなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます