イグナイト・アクセル
能登原唯人
プロローグ 点火
かつて世界は平和だった。今の世界は、未知の恐怖にさらされている。
百三十年ほど前だったか、大きな争いがあった。
そうしてそれまでの人類は滅んで、新しい世界が始まった。
さて、今の世界が恐怖の渦中にあるとしても、人は過去の平穏を選ぶのだろうか。
答えは否。皆が否と答える。カタチはどうあれ、今の人類はこの恐怖にさらされた世界に順応してしまっている。
その恐怖を利用して稼いで成り上がった者だっているのだ。根本としては恐怖を退くためにそれを選んだろうが、いつしかそれでしか生きていけなくなる。
今の世界とは、そういう世界なのだ━━━
◆◇◆
━━ピ、ピピピ、━━━━━━ピ━━ピピ━━━ピピピピピピ━━━━
「……うるっせぇ……」
目覚まし時計のけたたましい音が耳をつんざく。この甲高い音が大っ嫌いなのにこれに頼らざるを得ないことがまた嫌になる。
ガシャン、と時計の頭を叩く。時計の煩い音は止み、俺はのっそりと起き上がる。
「今何時だよ……あ、まだ五時半か……よし、もーちょい寝よ━━━」
バゴン、と二度寝を決め込もうと思っていた俺の目を完全に覚ますような音が聞こえてきた。
「もーちょい寝よ、じゃないだろスユキ。今日は入学式だろ、おら起きろっての。入学初日で寝坊欠席とか冗談じゃないぞ」
ゆさゆさと身体が揺すぶられる。目が覚めても俺はこの布団から出ないっ……出ないったら出ない……
「いいから起きろ!遅刻するって言ってるの!」
……あー、そーいや今日入学式だったな。んじゃあ早めに起きないとダメか。
「んー……起こしてリラ……」
「ダメだ。そうやってすぐに何かに頼ろうとするから寝坊助が治らないんだ」
「リラがいりゃー毎朝起こしてくれるからいーですー」
「何時までも僕がお前のところにいるわけないだろ。ほら起きろ。着替えは用意してあるから」
……ちぇ。
時計のすぐ横に置いてあるメガネを手繰り寄せてスチャ、と掛ける。
そして布団から出て、リラの方に向き直る。
「おはよう、スユキ」
「おはようリラ。今日もお前のイケメン顔が見られて俺は大満足ですよ」
「御世辞はいいからさっさとしなよ。ここから学校まで遠いんだから、この時間に起きてもギリギリなんだ」
はいはい……リラの言うとおりに用意してあった制服を寝間着から着替えてちゃっちゃと歯を磨く。顔を洗ってドライヤーと櫛でちょっと伸び始めている金髪を整えて自分の身嗜みを確認する。
まぁ、特筆するような事柄はない。いつも通り、特徴もクソもない顔だ。
居間に来ると既にリラが朝食を用意して待っていた。どこまでもイケメン……コイツがいれば俺は一生楽できる。
……にしても。
「なんだこの量……朝食の量じゃねえぞ」
「朝から動き回るんだから量は必要だろう」
卵焼きとトーストを食べながらリラは答える。確かにそれは正論だ。あの学校はどういうことか入学式から授業がある。初日くらい好きにさせろっつーの。
リラにまた遅い、と急かされるのも癪なので少し急ぎ気味に食を進める。喉詰まるよ、と指摘されたが生まれてこのかた詰まらせたことはないので問題ない。
ちゃっちゃとリラより先に朝食を済ませてどうだ、みたいなしてやったりな顔でリラを見る。ヤツは珍しいね、と言ってそのまま食を続ける。
……やればやっただけ空回りしてしまった感があるがなに、気にすることはない。
「うっし、んじゃ行こうか」
「そうだね。スユキ、パンフレット持った?パスは?健康手帳は?それから」
「あーはいはい持ってる持ってる。お前は俺のお母さんか」
「それも悪くないかもね」
「悪い冗談だろ」
そんな風に他愛ない会話をしながら学校直行の駅に向かう。駅自体は家からすぐなのだが、家から学校までが遠い。時速百五十kmで走る特性特急を使っても二百km先にある学校前駅につくのには二時間もかかってしまう。
めんどくさいことこの上ない。まぁ選んだのは俺なんだけどさ。
そして俺達はそのまま駅へと向かっていったのだった。
◆◇◆
二時間後、特性特急から降りた俺は大きなあくびをした。
「ぁー……二時間も電車に揺られるとか冗談じゃないぞ」
「でも下見に行った時よりは多少気楽だったね」
「だな」
駅から出て、学校の校門の前に立つ。
この校門自体入学試験、その試験を受ける希望書、合格発表、下見とすでに五回目だが、やはり見知らぬ土地に降りたって知ってるものを見ると緊張が解れる。
そのまま俺達は校門の前まで行くと、突然青白いディスプレイが目の前を遮った。えーと、『パスをタッチしてください』……あーはいはい。それあったね。
ポケットから自分の名前が刻まれたカードをディスプレイにタッチすると、『確認しました。スユキ・ライオフェルト様、ようこそユルスマキアハイスクールへ』と字列が変わる。社交辞令乙。
ディスプレイからカードを離すと、カードには名前の横に命組と刻まれていた。うわぁ、やっぱり最低クラス。
ここ、ユルスマキアハイスクールには
募集要項は三つ。魔素の扱いが可能であること、ジュニアハイスクールの教職員に推薦されていること。そして自分の人生を投げ売る覚悟があること。
魔素とは、百三十年前の第三次世界大戦の核戦争の余波によって繋がった〝アザーワールド〟と後に呼称される世界によってもたらされた新たな元素のことだ。当時の既存百十八の元素のどれとも結び付くことがなく、アザーワールドと繋がってから十年程は何の害もない不思議な元素というカタチで片付いていた。
だが第三次世界大戦によって壊れた世界情勢が安定したある時、一人の子供が超状現象を引き起こした。調べたところ、その子供は先天的に魔素と適合する身体であったらしく、身体構造はある一点のみが既存のものとは全く別物になっていた。
それが脳幹。脳幹の大きさが他よりも倍近くの大きさになっていたのだ。他の脳は相対的に少し小さくなっていた。
その中でも脳幹、その上部の爬虫類脳と呼ばれる本能を司るそれは爬虫類脳が魔素に適合することによって脳幹が肥大化し、結果、魔素を利用できる人間が生まれた、ということだ。
爬虫類脳の大きさが=魔素をどれだけ扱えるかに直結するため、魔素を使う魔導は完全に才能次第という鬼畜仕様なので仕方ないと言えば仕方ないのだが。
「リラ、お前は何組?」
「胡蝶組。スユキは?」
「命、いっちゃん下」
「あはは……えと、ドンマイ。二学年からは総合成績で決まるらしいから、今年がんばればいいじゃない」
「そーは言うけどなぁ。魔素使える以外に勉強も運動もクソ以下の俺のためにジュニアの先生が推薦してくれたのに一番下だぞ?結構来るってこれ」
いきなりゲンナリとしてしまう。俺大丈夫かなぁ、学園生活スタート直後からこんな感じで。
その後数分、リラと別れた俺は命組、と書かれた表札を見つけ、意を決して扉を潜る。
最低クラスかー、やだなー、一番下であるほど格差とか出るんだろうなー、そういうのやだよー。
そんな嫌な期待を持っていたものの━━━存外、そんなことはなかった。
なんというか、荒れそうな雰囲気はあんまりなかったのだ。みんながみんな、思い思いに喋っていて、俺を見てぺこり、と一礼までする人もいる。
考えてみれば当然か。一年の入学はさっきリラの言った通り完全才能制。努力もしないで才能がない、と文句を垂れようにもそれすら許されないのだから。
……はい、努力もしないで才能がないと文句を垂れてるのは俺です。すみません。
さっさと自分の出席番号を確認して……と、あったあった。
出席番号23、うーん、普通だ。普通すぎてつまらんぞ。
……特にあーしたいこーしたいもないし、寝るか。朝早かったし。
そう思って机に俯せになる。そしたらすぐに睡魔が身体中を襲ってきて━━━
━━━、━━━━━━━━
スパァン!
「うあだぁ!?」
だ、誰だ俺の夢心地をハリセンの要領ですっぱたいたのは!?
「随分と夢心地だったじゃないか、スユキ・ライオフェルト」
「……ぉう?」
キッ、と目の前に怒りの視線を送ったが、その先にいたのはなんか、すごい強そうな人だった。
……んー、状況から察するに……先生?はは、なわけ。こんな岩窟王の文字からとれるイメージを具現化したような人が教師とかあっていいわけがねーだらばぁ!?
「スユキ・ライオフェルト。返事は」
「っあ、はい」
「んならいいか。今一度自己紹介しろ。ユルスマキアに来た動機と今年度の最終目標もだ」
ぅえーめんどくせー……あああわかったわかりましたからその手をしまってくださいな!
寝起きというわけでしっかりと声帯が動いているかテスト代わりに軽く咳払い。
「だいたい二百kmくらい西から来ています。アドニアジュニアハイスクール出身のスユキ・ライオフェルトです。動機は魔素の扱い以外からっきしだったからで、今年の最終目標は……そだなーハイロゥ辺りで」
このユルスマキアハイスクールには組によるもののほかにも階位というものがある。
下から
つまり俺の目標は入学時点で全員に与えられる心から一つ上の輪。超普通の目標と言っても差し障りはない。
━━━ちなみに、階位の変動は一学期末と三学期半ば、年に二度行われる。願わくば一発で受かりたいが、まぁ無理だろう。
無難な感じの、感情の籠らないような拍手を浴びて俺はまた座って、寝た。
また先生にひっぱたかれたけど。
イグナイト・アクセル 能登原唯人 @kakkoumushi
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