無謀な追撃作戦と確認作業という名の……

「夢アリス! 」


夢アリスの部屋が乱暴に開かれる。


「……ノックくらいしてくださいな」


「それは悪い! だが、事態は一刻を争うんだ! 」


入ってきたのは、両親の親友の夢守人。


「……そうね。夢世界が揺らいだのはわたくしも感じたわ」


「行方不明のヤツらは全員やられていた! 側で亀裂を発見! ……"黒の女王"が現実世界に向かった可能性が高い! 」


夢アリスは青ざめた。


「なんてこと! 夢の住人が現実世界に出てしまったら、夢ですまなくなるわ! 」


「……もしかしたら、もう既に影響がでてるかもしれねぇぞ」


扉に凭れながら、夢アリスの兄が鋭くいい放つ。


「お兄さまも来ていたの? そんなことになったら……均衡が崩れて……! 」


夢アリスは顔を覆う。しかし、それもつかの間。きっと二人を見つめる。


「……わたくしたちで、現実世界に向かいましょう」


「何言って……! 分かってるのか?! 」


二人は慌てた。それもそのはず、夢の住人が現実世界に出ることはデメリットしかない。夢世界での音や臭いは感覚で処理される。だが、現実世界ではダイレクトに伝わってしまう。


「わたくしたちのように、腐っても……"黒の女王"とて夢の住人なのだから」


"黒の女王"は夢世界より動きが鈍っているはずだと、そういうことだ。それは、こちらも鈍ることにかわりない。


「夢アリス、まさかおまえ……」


彼女は静かに笑った。


「二人は準備しておいてちょうだい」


二人を部屋に残し、微笑みながら扉の向こうに消えた。


「夢アリス、おまえ……」


兄だからこそわかる。兄妹は似るものだ。

彼女は想い人に想いを告げないまま、別れを告げにいく。


兄は思った。ならば自分は話せずとも、一目現実世界の想い人を瞳に焼き付けようと心に決めた。


二人の両親の親友は決意を固めるしかなかった。先伸ばしになどもうできない。親友の子どもたちが立ち向かうのならば、自分が守らずしてどうする。無駄になろうとも、足掻く。奇跡(赤の女王)を現実世界で期待するわけにはいかないから。……決意しても、やはり及び腰になる。何とか奮い立たせながら思いを廻らせた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


━━二度寝だなんて、何かあったのね。


あなたの望む夢、夢舞台はいつも穏やかな風景。木々がさざめくような簡素な住宅街や、今のような低い草の絨毯の土手。

隣で転た寝しているあなたを複雑な気持ちで見つめる。もしかしたら、最後かもしれない。だから刻ませて、最期のときに思い出せるように。


「……ん。あ、俺寝てた? ごめん」


「きっと疲れているのよ……」


彼から伝わってくる情報はニュース。"無差別殺人事件"。無惨に殺された人たちに共通点は見られない。

現実世界では海外でよくある事件。けれど、タイミング的に勘繰れる。安易ではあるけれど。


「だよな。近場であんなことがあれば……」


「……何か出来るわけじゃないけど、情報は多くあると対処にならないかな」


わたくしにとって、現実世界は夢舞台でしか知らない。夢舞台は仮初め。わたくしたちにはすべてだけれども。

今は知りたい、知らなくてはならない。


「ん~、確かにそうなんだけど……スマホで写メを撮ろうとした人が、フラッシュ焚いても"真っ黒"にしか写らなかったらしい。海藤がニュース速報で見たって」


現代の科学では、フラッシュを炊けば輪郭ぐらいはわかるのではなかったかしら。……やっぱり"黒の女王"が関係している? 夢の住人が現実世界に現れるケースなんてない。弊害が生じた?


「……てか、俺たちここにいて大丈夫か? 出来れば一緒にいたいけど、何があるかわからない。犯人が捕まるか、安全が確保されるまでは、お互いに自宅にいた方がいいかもしれない」


心配しているときの貴裕はとってもおしゃべりね。ホント、優しい人。


「……そうね、暫く会わないでおきましょう」


わたくしは立ち上がる。

少しずつ靄がかかり始めた。最後の言葉だけは、声だけで伝えたい。


「貴裕……。"わたくし"とはさよならよ。今までありがとう」


「……え? 」


最後くらい、いいわよね? ……ちょっとくらい悪足掻きしても。

だってきっと、"目覚めたら覚えていない"もの。

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夢アリスと白アリス~迫り来る黒の女王~ 姫宮未調 @idumi34

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