赤の女王と運命の少女


━━夢の中だというのに、膝を折り、延々と泣きじゃくる少女。


幾人もの夢住人が、彼女のために尽力した。しかし、誰もが彼女の気を一片たりとも惹けはしなかった。……それほどまでに少女の哀しみは深い。


━━コツ……コツ……。


夢住人たちが諦めて久しい頃。

真炎のような髪、深紅のドレスの女性が少女に歩み寄る。


『……どうした? "怖い夢でも見たかい?" 』


座り、頭を撫でる。……それでも泣き止むことはない。


『君を哀しませるものは何だろう? 妾に教えてはくれまいか? 』


幾日も幾日も、赤い女性は少女の元に通う。


『こんなにも幼い君を、哀しませた者の罪は重い。妾は、君が笑顔になってくれるのならば、"ジョーカー(道化師)"にもなろうぞ』


どれくらい経ったろうか。言葉は発せずとも、赤い服を掴むようになっていた。


「君は甘えん坊だのう」


優しく頭を撫でる。少女は安心したように、彼女の膝の上で微睡む。


「……お父さんと、お母さん、消えちゃった」


やっと口を開いた少女の言葉は、衝撃的なものだった。


両親を幼い頃に亡くす。それは、大きな心的障害(トラウマ)となる。


「……本当は、あまり一人の夢見人に構っていてはならないのだが」


辛そうに瞳を伏せる。

……彼女は"赤の女王"。夢世界で唯一の夢裁き人。しかし、それでも夢住人の一人には代わりない。

少女の両親が、"黒の女王"により死んだことは知らない。ただ、二人の夢見人を殺したことのみ、知っていた。

知っていたならば……幽閉で済ませてはならなかった。


「名は何と申す? 」


母のような、姉のような気持ちで少女に接してしまう。


「"江梨子"。お姉ちゃんは? 」


「妾は……"赤の女王"」


「じょうおう? 」


名前ではない。夢住人に名前などないのだから。

それからも、毎日のように江梨子は女王と共にいた。


「じょうおう、変なしゃべり方だね」


「変か? 」


「ううん、面白い。好き」


……女王に、必要以上に懐いてしまっていた。


「じょうおう、ずっと一緒だよ」


その言葉に応えてはならない。江梨子は夢見人で、赤の女王は夢住人だから。


「……それは出来ぬ」


「なんで? やだよ! じょうおうがいなきゃやだ! 」


赤の女王は悩んだ。突き放せば、また哀しみに暮れてしまう。持ち直した彼女の心に、傷をつけてしまう。……そして、決意する。


「……妾といたいならば、妾の"アリス"となれ」


赤の女王の力を制御する対となる存在、"白のアリス"。夢アリスでは務まらない。特別な夢見人だけが請け負える。


「なる! じょうおうと一緒にいられるなら! 」


「まぁ、そう急くな。まだ時期ではない。いづれ、迎えに行く」


不安顔の江梨子。


「それまで会えないの? 」


「安心しろ。……妾は君が不安なとき、"君の一番近くで、誰よりも早く駆けつける"。離れたりはしないさ。言ったろう? "君が笑顔になってくれるのならば、ジョーカー(道化師)にもなろうぞ"、とな」


◇◆◇◆◇◆◇◆


……時は経ち、日増しに間隔が空くようになった。それは、江梨子の心が安定してきている証拠。

夢の中では少女のままだが、現実世界では確実に成長している。いづれは記憶の奥底に仕舞われてしまうだろう。

それで構わない。そうなるべきだ。夢見人と夢住人は、深く関わりを持ってはならない。……お互い辛いだけだから。

だが、本当に彼女が"白のアリス"となれば、その概念さえも打ち砕けるかもしれない。希望でしかないが。


江梨子が中学生になり、卒業する頃には……"夢で会うことは無くなった"。

高校生は忙しいものだ。変わらなくてはならない。大人になるために。


この時点では、すべてが繋がっていようとは誰も知らない。知るすべがなかった。

赤の女王は約束を違(たが)えたりしない。すべからく、実行に移したのだ。誰も、彼女の行動を把握できない。



━━"黒の女王"の不祥事の後始末のために姿を現すまで、あと少し……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る