どの登場人物も素直でなかったり、ひねくれていたり、なにかを隠していたりする。それがおかしくて、親しみを感じさせた。ちょっと不思議な領分に片足を踏み込んだ世界観は、古めかしく軽妙な語り口がとても良く合っている。
悲劇を境に人間が変わる――という物語は多いものの、主人公たる万里凪は己の性質ゆえに悲劇を招き、それを経験した上で、それを更に極めねばならないと思っている。それでいて物語の中盤まで悲劇を臭わせないところに、自己陶酔を完全に超えた悟りのようなものを感じた。
痛々しいまでの空虚を抱える彼に訪れたのは、後に銀之助と名づけられる犬だ。すべて読んだあとに銀之助の初登場の箇所を見返してみると、胸が締めつけられる。おすすめレビューということで銀之助について詳細に語れないのが歯がゆい。
銀之助は物語の端々で子供のようと形容されるが、私はそれ以上に超然としたものを感じていた。読み進めて銀之助のことを知るにつれ、それは確信に変わっていく。人と違うからこそ生じている歪み、凪との万物への認識の齟齬が、痛みを伴いながらも徐々に埋められていくのがいとおしくさえあった。
二人の救われていく姿に込み上げてくるものがある。その出会いこそ、銀之助が起こした”奇跡”だったのだ、と、陳腐な物言いだが、感動した。