発端の退魔師に憐れまれた不運な男
後期の期末テストとレポートの提出が終わって、おれは無事、進級が決まった。
そろそろ就職活動なんてことにもなってくるわけで。
将来のビジョンなんて今まであんまり考えたことなかったし、考えてもいまいち判らないけど、せめてどんな系統の企業を受けるかとか、そろそろしぼって行かないといけない。
……でも、それよりも、大きな問題があるんだよ。
相変わらずおれには霊が見える、ということだ。
見えるだけならいい。なぜか寄って来られるんだよ。
この前も、近所で捨て犬を見かけたらじゃれてきて相手してたらそいつは実は霊で、周りの人にイタい人を見る目で見られた。
霊がだんだん実物と変わらなくなってきた。もうそこらを歩いてる人が霊だって言われても驚かないレベル。
これは、本格的にまずい。
春休みになったら、あの信司って退魔師を真剣に探さないと。
春休みになった。さぁ、信司を探すぞ。
と、言っても、どうすれば確実に信司を見つけられるかなんて、判らないんだけど。
試しに、信司と出会った浜辺近くをうろうろしてみたけれど、まったく影も形もない。
同時にネットで“退魔師”“富川信司”で検索してあれこれ探してみたけれど、本人の書き込みとかはまったくなかった。
退魔師がネットとはまったく接してないわけじゃなくて、宣伝活動とかしている人もいた。
信司は宣伝するまでもなく儲けてるからいらないってことなのかな。
いや、あの男、ヌケてるっていうか常識ないところあったし。ネットとかパソとか、むっちゃ弱いだけなのかもしれない。
本人がダメなら、客、……客っていいっていいのかな。除霊してもらったとかいう人達の評判はどうだろうか。
活動拠点は、一応近畿に絞ってみて――。“退魔師”“評判”“近畿”と。
検索ページの最初の方には……、ないな。
前のもそうだけど、こういったキーワードを入れると、いわゆるオカルト
お? 退魔師の評価板みたいなのがあるぞ。どれどれ。
ざっと見た感じ、富川って苗字はないけど。
この評判ダントツ一位の、Tってのが、ひょっとして富川信司か?
『Tって面白いよな。他の退魔師とか除霊師とかは何が何でも除霊で料金ふんだくってくるけど、まず霊を説得、だもんな』
『説得しても聞かない霊は蹴り飛ばしてるし』
蹴り飛ばす? 除霊って蹴ってやるんだっけ?
でも説得してから、っていうのは信司の信念っていうか、そんな感じだったよな。
こういうところに書きこむのってあんまり乗り気じゃないけど、聞いてみるか。
『盛り上がってるところトン切ってスマン。自分は以前世話になった退魔師を探してるんだけどなかなか手掛かりがなくて。話題にあがってるTって、バイク乗ってる三十歳ぐらいの男?』
どうかあっててくれ、と祈りながら書きこんだ。
しばらくしてレスがついた。
『そうそう。大型バイク乗ってる。ぱっと見、目つき悪いけど気さくな
『妙に説得力ある話もするくせに、常識ないのかってボケかます男』
本人かもしれない。
『情状酌量を情け上等とか言っちゃう感じ?』
さらに尋ねてみたらみんな『ないわー、けど言いそう!』『それな』と肯定しまくる。
これは、間違いないだろう。
『Tに、どこに行ったら会えるか知ってる?』
『本人が、ってか家が、らしいけど、ネット露出を嫌ってるから名前出せないけど、苗字知ってるなら京都に身内がやってる探偵事務所あるから、そこに行けばいいんじゃね?』
おおぉ、信司に会えるかも!
『thx。今度行ってみる』
『探し人だといいな』『Tに会えたらよろしくなー』
ありがとう巨大掲示板。敬遠してたけどこれからはもうちょっと覗いてみる。
次の日曜日に、おれはスマフォの地図検索で「富川探偵事務所」を呼びだしてナビをセットした。
もちろんバイクの運転中には見れないから、ある程度の行き方は頭に入れてる。
京都市内ってことだから、そんなに迷わないはず……、って、かなり郊外なんだな。……結構へんぴだな。
住宅街の中にぽつぽつと建ってる低いビルのひとつに、富川探偵事務所が入ってる。
階段を上って、ドアを開けた。
「いらっしゃいませ」
受付に女の人が座ってる。
「あ、あの、えと……」
ここに来たら信司にすぐに会えるかなって簡単に考えてたから、他の人になんて言っていいのか考えてなかった。
「こんにちは。どういったご用件ですか?」
部屋の奥から三十代半ばぐらいかな、男の人が出てきた。顔のつくりとかだけじゃ、あの信司と兄弟かどうか判らないけど、にこにこしてて人当たり良さそうな雰囲気が、信司とちょっと似てるかも。
男の人に促されるままに、おれは事務所に入った。結構古ぼけた感じの部屋だ。あんまり儲けてないのかな。
応接用のソファに座らされて、あ、そうか、って気づいた。ここ探偵事務所だった。
「改めまして、ご用件は何でしょう?」
「人を探してるんです。富川信司って人なんですけど……」
目の前に座った男の人は「へっ?」というような顔をしてから、また笑った。
「信司を? ……あぁ失礼しました。信司は私の弟です。弟の知り合いでしたか」
「知り合いっていうか……、なんだろ、被害者?」
「被害者? あいつ何やったんだ?」
お兄さんが素っ頓狂な声をあげた。
「いや、信司さんが悪いとかじゃなくて――」
おれは信司に会った時のこと、それからのことを話した。
お兄さん、亮って名前らしい――が、うんうんと相槌をうちながら聞いてくれる。
さっきの受付のお姉さんがコーヒーをテーブルに置いてくれたから、ありがたくいただきつつ話し終わった。
「つまり信司とシンクロしてしまって、幸治くんも霊が見えるようになってきた、と。それも、最初はうすぼんやりしていたのに、最近ではぱっと見ただけでは人と変わらないぐらいの存在感がある、ということなんだね」
亮さんは、腕組みをして、うーんと唸った。
「それで、信司に会ってどうするつもり?」
「決まってるじゃないですか。見えなくしてもらうんですよ」
それ以外に何があるってんだよ。
「あー、無理」
あっさり言われたしっ!
「そんなこと言わないでくださいよっ! おれにとってはマジ死活問題なんだからっ!」
わらにもすがる思いで来たのに、解決方法がないって断言されるなんて。
「まあ、確かに、他の人には見えないものが見えるっていうのは、ちょっと難儀だろうけど」
「ちょっとどころじゃないです」
「うーん、そう言われても……」
亮さんが困った顔をした、その時。
事務所の外が急に騒がしくなった。誰かが階段を駆け上がってきてるみたいだ。
明らかに、こっちに近づいてくる足音に、亮さんも扉の方を見た。
「信司かな?」
亮さんが独り言のようにつぶやいた時、事務所の扉がバーンとけたたましい音をたてて開いた。
……なんだ? この異様な雰囲気……、って。
「うっぎゃああぁぁぁ!」
事務所に入ってきたモノを見て、おれは叫んでた。
入ってきたのは信司だ。けど信司の周りに、得体のしれない化け物がうじゃうじゃいる!
人型なのもいるけど、どう見ても妖怪ですありがとうございますなのがわんさかと。
そいつらが信司にくっついてきてる。足元でじゃれてるのが首のない四足の獣みたいなのとか、もうこの世のものとは思えねぇ!
「あれ? 君、確かコージさんだっけ。来てたんだ。そんなに驚いた? ごめんごめん」
「なななな、なにのんきにいってんだよ! なんだよそいつらっ」
ソファから転げ落ちそうになってるおれを見て信司はきょとんとしたけど、すぐに納得した顔になった。
「そっか、コージさん見えてるんだ。いやぁ、思ってたよりすごいたまり場でさぁ。除霊しきれなかったから連れてきた」
なにその、ちょっと犬猫拾ってきました、テヘッみたいな。
「だからって連れてくるものなのか?」
「そこらに放り出す方が危ないと思うんだ」
いや、そこ照れ笑いするところじゃない。
「まぁ、そういう状況なら判断は間違ってないとは思うけど」
亮さんが何気に肯定した! 見かけじゃ常識人っぽいって思ってたのに、やっぱこの弟にしてこの兄ありか? いや、逆か?
「しょうがないなぁ。んじゃ、はい」
亮さんがどっからか御札みたいなのを出してきて、それを信司に掲げて眼を鋭くした。
……不覚にも、そのマジ顔、カッコイイと思ってしまった。
ちょっと見惚れてると、いや、おれはそっちじゃないけど、信司の周りに集まってからみついてたバケモノ達が、うひゃーとか、うおぉーとか、そんな声を出しながらしゅうぅっと消えてってた。
すっげ。一発で。手品みたいに。
「ありがと、兄貴」
信司がこれでもかって笑顔で亮さん見てる。尊敬してんだな。まぁ判るよその実力差じゃ。
「それで、何の話だったの?」
信司がおれを見て、亮さんを見て、話の続きを促してきた。
元はと言えばあんたのせいなのにのんきにしやがって、って思わなくもないけど、お兄さんもいるし、ここは落ち着いて状況を説明する。
「あの沙希ちゃんの事から見えるようになっちゃったんだね」
信司が、そりゃ災難だね、って憐れんでる感じだ。
「それで、生活に支障も出てくるレベルだし、何とか見えなくしてもらおうって思って来たんですけど」
「あー、無理」
「兄貴とまったく同じ口調でおんなじこと言うなぁ!」
思わず大声をあげて、あっと口を押さえた。
「気にしないで。怒鳴りたくなる気持ちは判るよ」
亮さんが笑った。信司もうなずいてる。ここは大人な寛容さに素直に感謝しておく。
「本当になんとかならないんですか? あれだけのモノを一瞬で消しちゃえるのに?」
おれは亮さんを見て尋ねる。
「見えないのを見えるように、っていうのはできなくはないんだけど、逆はなぁ」
「あ、でも兄貴、あれは? 霊が寄って来なくなるお守り。見えなくなるわけじゃないけど、それなら改善されるだろう」
「そんなのがあるんですかっ?」
この際それでもいい! これ以上のトラブルが避けられるなら。
おれは思いっきり期待を込めて富川兄弟を見た。
「おー、さすが、溺れる者は、わらわは姫じゃって感じで食いついてくるな」
信司ののんきな声に、おれはコケた。
「なんで姫っ」
「え? あれって、溺れている人は取り乱して姫の名を騙ってでも助けてもらおうっていう必死さを表したことわざじゃなかったっけ?」
「違う!」
「違うの? ありゃ、また騙されたなー」
誰だよそんな変なことわざ吹き込んでるのっ。
「それは置いといて、霊が寄らなくなるお守りって言うのは?」
もう信司は放っておいて亮さんを見た。
「いろいろあるけど、効果が高いのになると、値段がちょっとね。学生さんには到底払えないんじゃないかな」
「いくらです?」
「二〇〇万円」
高っ!
「もちろん安いのもあるけれど、効果を保証するとなると、やっぱりそれに釣りあった値段になってしまうからね」
それは、まぁ、そうだろうな。
けど、二〇〇万か。さすがにすぐにどうにかできる金額じゃない。
「素質あるみたいだし、いっそ霊に関わるのを生業にしちゃうってのは?」
信司がとんでもないことを言いだした。
「冗談キツいっすよ」
ため息ついて否定したのに、意外にも亮さんが、それいいね、とか言いだした。
「それだけはっきり見えてるなら、信司の手伝いぐらいならできるんじゃないかな。職業にするのが嫌ならバイトとか。自分で言うのもなんだけど、他のバイトよりはいいお給料出せると思うよ」
「お守り代を稼ぐわけだね」
うんうんってうなずき合ってる。この兄弟は、人ごとだと思って……。
「そんな、二〇〇万ってだけでもアレなのに、除霊の手伝いだなんて」
「そうだね。それじゃ、数日お守りを貸してあげるよ。効果を知った上で、二〇〇万円を払う価値があるかどうか考えてくれたらいいんじゃないかな」
亮さんがにっこりと笑う。
「なるほど。なら、そうします」
おれは、亮さんから銀色のブレスレットを受け取った。
「いやぁ、君も大変だね」
事の発端の信司に憐れまれて、笑われた。
誰のせいだ、って言いたいのを我慢して、おれは探偵事務所を後にした。
それからの数日間は、実に快適だった。
本当に霊が寄って来なくなったんだよ。これがフツーなんだろうけど、見えるようになって更に寄りつかれるようになってしまったおれには、至高の生活だった。
お守りの効力はよく判った。けど二〇〇万は高い。親に出してくれって言える金額じゃない。
これは、やっぱり、あの申し出を受けるしかないのか。
何が楽しくて、霊が寄りつかないようになるために除霊の仕事を手伝わないといけないんだ。
でも、背に腹は代えられない。
「あ、やっぱり、そろそろ来るころだと思ってたよ」
亮さんに、にこやかに歓迎された。
「それじゃ、早速だけど信司と向かってほしい所があるんだ」
え? もう?
「二〇〇万、早く稼ぎたいだろう?」
富川兄弟が口をそろえて言う。
なんか、すごくハメられた感しかしない。
……えぇい! こうなったらヤケだ。やってやろうじゃないか!
こうしておれは富川兄弟にいいように使われることになってしまった。
おれの、霊との強制邂逅は、始まったばかり……、って、そんなのいやだー!
(了)
不運な男にはツイてくるモノがある 御剣ひかる @miturugihikaru
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