第14話 エピローグ

 魔法少女協会は、一連の騒動のもみ消しに奔走した。国立公園における異常気象。多数のけが人。死亡者が数人。なぜその公園にいたのかも細かく理由を付け、情報の操作をする。政府公認の組織である以上、日本政府そのものに影響がでないようにする必要があるのだ。酒木原は終息報告として魔法少女協会を統括する会長を訪ねていた。

「それで、全て終わったんだね?」

 小柄な女性が背丈に似合わないほど大きな椅子に腰掛けながら、酒木原に尋ねた。それ相応の歳を重ねた妙齢の女性であり、どこか知的な雰囲気を感じさせた。彼女は日本で初めて魔法少女として活躍した、言わば魔法少女の始祖である。設立当時は彼女や彼女の友人の私的な集まりだったが、政府関係機関にまで成長した魔法少女協会は、いまや巨大な怪物と化していた。花井もまた、その怪物から生まれた怪物だったのだろう。

「ええ、まあ。花井は人体実験の末、強大な魔力を持つようになりましたが、一方で穴の開いたコップのように魔力がこぼれていくようになっていました。つまり、魔力を使い切った今、新たに魔力を貯めることはできない。よって、今後魔法少女として活動することはできないでしょう。……問題は、彼女を除いて五千万クラスの魔法少女が十五人、一億超は二十人ほどが重症でまともに動けなくなったということです。おまけに今回の事件を受けて、魔法少女協会所属の三十五人が退職願を出してきました。今後、まともな運営では魔法少女協会はやっていけないでしょうね」

 彼女は眉一つ動かさず、動揺も見せなかった。かつて、たった数人で何の見返りも求めず戦い続けた魔法少女は、花井の言葉を借りるのなら『金で動く個人』になってしまった。酒木原は考える。果たして彼女はこのような魔法少女の姿を望んだのだろうか。それとも、何の見返りも求めないような聖人を目指したのだろうか。

「七人集も生き残ったのはたったの三人、しかも一人は役に立たなくなったと来ている。スカウト部門には、引き続き精力的なスカウト活動を要求するよ。年齢はこの際問わん。『魔法係長』は十分使えたわけだからな。……早く行きたまえ、スカウト部門本部長殿」

「了解致しました。……ああ、差支え無ければ一つだけ質問を」

「君からの報告書を持って、私は防衛庁と国交省、それに総理にも事の顛末を説明しなければならん。手短に頼む」

「ではひとつだけ。私はあの戦いの後、花井に何度か話を聞きました。主に神罰計画の話です。……彼女は、自分の能力の改造によって神を目指し、世に救いをもたらすことこそ、神罰計画だと語りました」

「それはもう報告で何度も聞いている」

「ですが、遠野は神罰計画を『魔法少女の兵器化による、軍事抑止力の創出』と語りました。私は何を戯言をとその時は一蹴したのです。花井が、体内の伝達信号を狂わせて操っていると言ったのでなおさらでした。戦いの後にもそのように聞いています」

「……何が言いたい」

「『戦争』も、遠野の起案によって始められたのでしょう? 始めは私も、花井によって遠野がそのような考えを持つように至ったと……ちょっとばかり苦しいですが、そう考えることができるとは思いました。結果的に、あの戦争は花井に魔法少女を効率的に吸収させることを目的としていたわけですから。ですが、『魔法少女の兵器化による軍事抑止力の創出』など、花井が考えるわけがない。彼女は相当大人びた考えを持っていますが、その知識のほとんどは九歳の少女のそれと変わりません。それに、救いを目的とした彼女が、その力を政治的駆け引きに使おうなどと考えるでしょうか?」

 彼女の顔色は全く変わらない。能面のように表情も固まったままだ。

「君は話が長いな。そして回りくどい。……スカウトがそれでは苦労するだろう?」

「ええ。では手短に。この一連の騒動は、大なり小なり貴女の影響があったのではないですか? そして貴女は、花井にかつての自分のような、無償で自らを投げ打つような『理想の魔法少女像』を見た。彼女の夢を叶えようと思った──」

「くだらんね。何の根拠もない君の推測でしかない。遠野は廃人になってしまった。真実など誰にもわからん。元々彼がそのような思想の持ち主だった。それだけの話だ」

「魔法少女協会の年俸が高騰していることも、関係があるのでしょう? もしも、一国の軍事力を脅かせるような抑止力として魔法少女が認められれば、管理する側の協会にはそれだけ多くの予算が下りる。量より質でそれを実現できれば、予算増と人件費の削減も同時に行える。高齢魔法少女のスカウトを認めたのも、『質の高い』魔法少女を探していたからでは?」

 酒木原の追求に、彼女は何も言わなかった。真実かどうかを喋るつもりは毛頭ない、という宣言。この騒動は、彼女が口をつぐんだ通り、闇に葬られてしまうのだろう。酒木原は一礼すると、会長室を出た。酒木原もまた、これ以上真実を追求するつもりも公開するつもりも無かった。時には全てを隠すこともまた、正義なのである。酒木原はそんな正義を踏みつけるように、いつもより両足に体重をかけながら、ドスドスと足音を残し会長室を後にした。




 赤羽春子は、友人の緋色と共に墓参りに来ていた。先の戦いで、自分を生かすために命を投げ出した、江藤祥子の墓。彼女の両親は魔法少女協会の情報操作もあったとはいえ、事故に巻き込まれて行方不明になったという説明を受けてひと月もしないうちに、簡素な葬儀を行った。赤羽は彼女の両親に抗議してやろうという気になってしまったが、恐らく江藤はそんなことは気にすることすらしないだろうと思い、何も言わずにおいた。自分の娘に対して、こうまで関心と愛が無い人間に、赤羽は初めて出会ったような気がして、注意するのも馬鹿らしくなってしまったからだった。思うに、彼女もまた愛に飢え、誰よりも絆を信じたかった人間だったのだろう。今、彼女は自分と文字通り一つになっている。そんな彼女の墓参りなど、おかしな話だろうとは思うが、けじめはつけておきたかった。

「緋色さん、いいんスか? 就活忙しいんじゃ……」

「それ以上言うな。私は今そのことだけは考えたくない」

 スーツに身を包んだ緋色は、苦々しげな顔つきで線香を供え、火をつけた。こんなことで、江藤が浮かばれるとは思わない。天国にもここにもいない。彼女は赤羽の中に曖昧だが確かな存在として永遠となった。これでよかったのだろうか? と考えることもある。死にたくはなかったし、戦いたいと願った。それと引換えで、江藤の命を差し出す必要は果たしてあったのか?

「……赤羽。私は、お前の判断は間違っていないと思うよ」

 緋色がまるでそんな江藤の考えを見透かしたかのように、ぽつりと呟いた。誰が供えたのやら、江藤の墓には既に綺麗な花が飾られていて、その間を縫うように緋色は黄色い菊を供えた。

「江藤は、方法はどうあれお前を救おうと思った。私も、桜井秀子も、みんなお前を救おうと思ったんだ。江藤は、ちょっとそれが過剰だっただけの話だ」

「でも! 死ぬことは……死ぬことはなかったじゃないスか……」

「じゃあ、お前が死ねば満足だったのか? 私はそうは思わない。賭けてもいいが、江藤はお前が死んだら後を追っただろうな。下手すれば全員道連れでもおかしくなかった。お前は戦うことを、生きることを選んだ。なら、せめてそのとおり生きてやるべきじゃないか?」

 緋色の言うとおりだということくらい、赤羽にはよく分かっていた。単なる自分の子どもっぽい理想論に過ぎないのだ。たらればでわたっていけるほど世の中が甘くないことくらい、赤羽は分かる年齢なのだ。

「……すいませんっス、緋色さん」

「いいんだ。私も言い過ぎた」

 真冬の風が江藤と緋色を襲う。そんな風をもろともせず、線香の火が、強く燃え上がったような気がした。赤羽は、それを肯定と受け取った。




 秀子は最近、コーヒーを自分で淹れるようになった。特に理由など無い。いつだったか、給湯室で聞いた陰口のせいで、新人に対してよくないイメージを持ってしまったのかもしれない。はたまた、自分の事は自分でやろう、そういう自主性の芽生えなのかもしれない。秀子は後者であることを願いつつ、マグカップにインスタントコーヒーの粉を放り込み、ポットのボタンを押す。

「あれ」

 後ろから声がした。振り向くと、そこには入社五年目の女性社員が立っていた。いつだったか、秀子の事を馬鹿にしていた社員だ。自分の顔に、嫌悪の表情が浮かんでしまわないように、秀子はすぐにこぽこぽと粉とお湯が融和していくマグカップに視線を落とした。

「係長、コーヒー自分で淹れるようになったんですか」

「ええ。ごめんなさいね、すぐ開けるから」

 蕎麦を盛大にすすったような音がした。見ると、ポットのお湯が空になってしまったことを示すランプがついている。秀子のマグカップには、半分もお湯が入っていない。

「……ごめんなさいね、しばらく使えないみたい」

「いいですよ、別に。そういえば、係長に聞いてみたいと思ってたんですけど」

 ぎくり、と身体に何か突き刺さったような気がした。出来ることなら、何も聞かれたくなかった。別に、彼女が嫌いだとか気に食わないとか、そういうわけではない。いくら悪口を言われたからといって、それだけで嫌いだと決めつけてしまうほど、秀子は子供ではないのだ。ただ、下手なことを言ってまた陰で笑われることだけは避けたかった。

「な、何?」

「係長って、最近変わりましたよね。なんていうか、生き生きしてるっていうか。……もしかして、恋とかしちゃってたりして」

 にやにやと笑みを浮かべる彼女に、秀子はかぶりを振った。

「……何も変わってないわ」

「え?」

「私は何も変わってないわ。そして、これからも変わったりなんかしない。ただただ、私は劣化していくだけなの」

「係長、言っててそれ虚しくないですか?」

 虚しくないはずがない。秀子の可能性は、結局のところ何もなかった。金剛地や堀田が命をかけて力を授けてくれたが、それ自体は秀子自身の力などではない。それでも、秀子は未来を、希望を、可能性を信じて進みたいのだ。全てを受け入れたからこそ、全てを覚悟したからこそ、自分のためでなく誰かのために、進んでいきたい。そのかわり、自分はただただ劣化していく。輝かしい誰かの未来の為に、自分の未来は捨ててしまえばいい。

「化粧だってもっと気合入れてやってみたらちょっとは違うんじゃないんですか? アラフォーまでまだまだあるんですし。劣化だなんて勿体無いですよ」

「……そうかもね」

 彼女はどんな未来を歩むのだろうか。ふと、秀子はそんなことを考えた。希望ある世界だろうか。絶望に沈むのだろうか。諦めずに立ち向かっていくのだろうか。歩みを止めてしまうのだろうか。

「ねえ、私みたいにはならないでね」

 はあ、と彼女が生返事を返したのを合図にして、秀子はマグカップにコーヒーを入れなおし、給湯室を後にした。




 給湯室での出来事があったその日はなんとなく憂鬱だった。もちろん、あの出来事があったからでもあるが、一週間前から決まっていた飲み会があったからだった。相変わらず、飲み会は苦手なのだ。

「桜井君、おめでとう」

 惜しみない拍手とは言わないが、ささやかな拍手の渦に秀子は包まれていた。どうも居心地がよくないな、と秀子は天邪鬼な考えを浮かべたが、それを口にだすような気概は持ち合わせていないし、そこまで非常識ではない。あまり上手でない笑みを浮かべながら「ありがとうございます」とぽつりということくらいしか出来なかった。

「しかし、素晴らしいことだよ。君の企画したボールペンが雑誌に取り上げられるほど人気になるとはね」

 以前秀子が企画会議に出た際にアイデアを出した、コンパクトかつ長く持っても疲れないことに焦点を当てたボールペンがそこそこヒットし、雑誌の記事に取り上げられたのだ。普段は製造管理に携わる秀子が書いた物珍しさもあり、あれよあれよというまに商品化してヒットするのだから、世の中わからないものだった。今日は課長直々に祝賀会を開催するということで、さすがの秀子も断りきれず、片手にはカシスオレンジの入ったグラスが握られている。

「私は……特に何も。みんなで頑張った結果です。今後もコツコツ頑張っていきたいと思っています」

「さすがは桜井くん。堅いなあ……」

 どっと笑いが起こるのを見て、秀子はやっぱり居心地がよくないと思ってしまった。彼らは全く悪くない。むしろ、きちんと仕事をしてくれて、きちんとそれを評価してくれる。それがどんなに幸福なことか分からないほどダメな人間ではない。だが、やはり自分はどこか他人と溶けきれなくて、それは変わらないままなのだろう。

 秀子はひと通り酒の場を楽しむ(ふりをする)と、二次会のカラオケを華麗に断り、きらめきに満ちた夜の街を歩いて行く。別に何か予定があるわけでもない。ふらふらと行き場も無く歩いていると、いつしか、金剛地と酒を飲んだバーに向かっていた。ドアベルが鳴ると、いつもどおりダンディなマスターが秀子を迎えた。

「やあ、お久しぶりですね。カシスオレンジで良いですか」

 正直言えば、酒はもう十分だった。だが、久々の店の雰囲気に当てられたのか、秀子は小さく頷いた。ある意味、マスターに対する礼儀とも言えるだろう。店の中は客はおらず、レコードから流れる重低音のブルースが、秀子の五臓六腑を刺激した。

「お仕事がお忙しかったのですか?」

「ええ、まあ」

 マスターは手際良くカシスオレンジを作ると、秀子の前に出す。美しい橙色が、淡いランプに照らされて光り輝いている。居酒屋のカシスオレンジとはなんとなく趣が違うように秀子は感じ、勿体をつけるようにちびちびと口をつけた。

「所で、金剛地さんなんですが」

 びくっと秀子は震えた。当然、最後に来たときには、金剛地はこの世にすでにいなかったのだ。聞かれても、何も答えられないのだ。

「この間ふらりとやって来られましてね。お酒は何も頼まれませんでしたが、何でも引っ越すとかで。閉店後なのでびっくりしましたよ」

 マスターは微笑を浮かべながら、レコードを変える。重低音のブルースから、落ち着いたジャズに変わった。そんなはずがない。金剛地は死んでしまったというのに。信じられない想いと同時に、以前『秀子の中』で金剛地と出会った時のことを思い出した。魔力は感情のエネルギーだ。例え魔法少女が滅びても、魔力の残り滓がどこかに残っているのなら、その最後のエネルギーがマスターに会いに来るくらい不思議ではないのではないか。そうとしか考えられなかった。秀子は珍しくカシスオレンジを一気に飲み干す。酒に弱いことを知っているマスターはその光景を見て目を丸くした。

「だ、大丈夫ですか?」

「……マティーニをもらえませんか?」

「……分かりました、無理はしないでくださいね?」

 彼女との友情の証。秀子は、彼女の背景をこれ以外に何も知らなかった。だが、それでいいのだ。言葉や形式より、金剛地はこういうことを望んでいる。そう秀子は信じた。




 その週の土曜日、秀子は後輩の益本ゆかりの家に遊びに来ていた。思わぬ再会から半年が経ち、彼女は無事に子供を産んだのである。元気な女の子なので、先輩も是非顔を見てやってくれ、とのことだった。初めは、秀子は断ろうと思っていた。自分では絶対に掴めない幸せであるから、嫉妬してしまいそうになるし、そもそもどんな反応をしていいのか分からなかったからだった。ただ、なんとなくそんな気分になった。それだけのことだった。自分の中にある感情が、少しだけ修正されたような、そんな気分。

「どうですか? 可愛いでしょう?」

 久々に会ったゆかりは、どことなくたくましくなったような気がした。子供を産むということは、無限の未来を作ることと同じだ。それは同時に、強く守るべき対象が自分に生まれたことになる。ゆかりがたくましく感じられるのも、至極当然のことだった。

「可愛いわね」

 秀子が拳で切り開いた未来を、この女の子も歩んでいくのかもしれない。そう思うとなんだか自分が誇らしいような気がして、秀子は顔を若干ほころばせながら小さな手に触れる。この小さな手のひらに、抱えきれない希望を持って、この子は人生を歩んでいって欲しい。まるで自分の隙間を埋めるような感覚で秀子は願った。

「ゆかりさん、もうこの子の名前は決まったの?」

「いくつか候補は挙がってるんです。旦那もああ見えて凝り性なんで、なかなか決まらないんですよ」

 幸せな悩みだが、このまま名前が無いまま過ごすわけにもいかない。

「そうね……。シンプルに、希望の文字を一文字取って『希』なんてどう?」

 ゆかりはいいですね、と笑った。秀子も少しだけ笑みを浮かべたが、携帯が震えていることに気づくと、そちらに意識を飛ばしてすぐにメールを読み始めた。内容は魔法少女協会から。今夜、魔物が現れるため駆除してほしいとの依頼だ。秀子は、頼りなげな女の子を見る。この頼りなげな小さく温かい手を守るために、誰かの未来を守るために秀子は戦うことを決めたのだから。




 グロテスクな肉塊が、ゴミやガラクタを飲み込んだような魔物と、秀子は夜の街で対峙していた。肉塊は、心臓のように脈打ちながら白いガスを穴から噴出している。今まで見たどのような魔物より、気味も悪ければ魔力の反応も強い。魔法少女は現在半数近くまで減り、今までのように弱い魔物を強くなる前に倒していては回らなくなってしまった。結果、魔物が強くなっても関係なく倒さなくてはならないため、今までとは比べものにならないほど命の危険性は増した。秀子は魔力をブーツに込め空を飛び、魔銃トカレフと魔銃ベレッタから光弾を雨あられと降らせるも、ほとんどダメージはない。秀子は舌打ちをすると地面に光弾を撃ちこむ。すると、地面から巨大な腕が生え、肉塊にパンチやチョップをお見舞いするが、それも意に介さない。魔物が取り込んでいるガラクタのハッチが突然開くと、そこからガラクタでできたミサイルが色とりどりの煙を伴いながら飛び出し、秀子は器用にそれを撃ち落としてゆく。らちがあかないとはこのことだ。どうも防御力が高いためか、秀子ではどうにもならない。そのうち、肉塊の一部が触手のように急速に枝分かれするとムチのようにしなり、秀子の体を打ち据える。魔法少女のコスチュームを通しても防ぎ切れない衝撃。全身がバラバラになってしまいそうだ。

 せめて一撃、内部に直接撃ち込めるような隙があれば。

 肉でコーティングされた魔物の装甲は秀子が思っているよりも堅い。触手の攻撃も容赦がなく、光弾も為す術もなく跳ね返される。出力が足りないのなら、一撃で決めるしか無い。魔力を魔銃トカレフに集中し、最後の一撃の準備をする。だが、触手は今度は秀子の体を絡めとり、脱出する隙も見せずにぎちぎちと締め上げる。喉の奥から絞り上がる叫びが、夜の街に響いた。このままでは死んでしまう。未来なんて、作れるはずがない。秀子は早速諦めてしまいそうになる。人間なんて弱く脆い生き物だ。自分より遥かに強い敵に遭遇した時、心など簡単に折れてしまうのだ。

「それでも魔法少女か? 桜井秀子!」

 涼やかな声がりん、と響いたかと思うと、秀子を締め上げていた触手が一瞬で細切れになる。気絶しそうになっていた体を魔力による推進力を利用して姿勢制御すると、秀子はなんとか地面に降り立った。

「未来を作るなんて言って、やられるばかりじゃ、魔法少女の名折れだ」

 ビルの上に月の光を浴びて立っていたのは、ちょうど魔刀鎌鼬を納刀していた緋色だった。秀子の危機に駆けつけてきてくれたのだ。

「その通りッス!」

 秀子の頭上ををキラリと光る破片が高速で通過したかと思うと、魔物に着弾、連続で炸裂、爆散。魔物の肉やガラクタの破片が飛び散る。

「無茶をしたがるのは秀子さんの悪い癖ッス」

 フライトジャケットが夜の風に揉まれてはためき、指を鳴らし飛び散った破片を振動させて炎上させているのは、赤羽だ。

「緋色さん、赤羽さん……来てくれたんですか」

「当たり前ッス。アンタだけにいい格好させないッスよ?」

 にやり、と赤羽は猫のような笑みを浮かべると、緋色に軽く手を振り合図を送る。すると、緋色はビルを駆け跳躍し魔物に飛び乗り、秀子が視認できない程の抜刀を繰り出すと再び跳躍。秀子たちの下に降り立つ。タイミングばっちりに、魔物から突き出ていたガラクタはバラバラになり、魔物はどこから出しているのか分からないような低く、大地を震わすようなうめき声を挙げた。

「いいか、桜井秀子。あの魔物には魔力の源泉となる中心部分がある。私が装甲を切り倒すから、そこにありったけのエネルギーを撃ちこむんだ」

「自分は触手を片っ端から燃やしつくしてやるッス。秀子さん、チャンスは一回ッス。的は外さないでくださいよ?」

 耳をつんざくような魔物の叫びを合図に、三人は飛び出す。赤羽は容赦なく襲い来る触手を赤羽が塵も残さずに焼滅させ、豹のように跳躍した緋色は肉塊を切り刻み、赤いゼリーのような球体を露出させた。魔力の感知力が弱い秀子でも、禍々しい魔力の源を感じる。あれが中心部分とやらに違いない。

「いけぇーっ!」

 誰かのための未来を作る。秀子はそれだけを願い生きていく。誰かが笑っても、それが秀子の『未来』そのものだ。秀子は自分の『未来』を弾倉に込めるように魔力を集中させると、トリガーを引いた。


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魔法係長桜井秀子 高柳 総一郎 @takayanagi1609

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