第13話 最後の希望

 秀子はブーツで地面を蹴り、魔銃トカレフとベレッタを回転させながら花井に向かって突っ込む。そのまま、魔力をブーツの宝玉にありったけ込め、さながら空中を舞うように蹴りを繰り出した。エクセリオンで花井はそれを防ぐも、地面を抉りながら後退する。すかさず、緋色が魔刀鎌鼬を抜刀。鞘走りの音が空気を震わせたかと思うと、花井を猛烈な衝撃波が襲った。

「まだッス!」

 緋色の衝撃波の後ろから、赤羽が魔力を込めた電池を投げ、指を鳴らす。閃光と炸裂音が花井を包み、もうもうと土埃が上がった。

「……やったのでしょうか」

「いいや、まだだ!」

 土埃の天辺から、花井が飛び出す。白い拘束衣にはさすがにダメージが蓄積されているのか、ベルトには亀裂が入り始めていた。底しれぬ闇を湛えた目で、花井は宙からこちらを見つめる。先ほどまでの秀子達なら、この目に怖じけついてしまったかもしれない。だが、今は彼女に対する恐怖などない。内側からどんどん勇気が溢れてくるのだから。

「なるほどなるほど、『私に勝つ』という言葉はまんざら嘘でも無いようですの。しかし、哀れなものですの。お前たちは所詮、蟻が象を倒すような幻想に縛られているにすぎない」

 花井がエクセリオンを天に掲げると、雲間に見えた月が再びかくれ、大地を震わせるような音が響いた。雷の前兆そのものだ。秀子は直感的に危険を感じ取り、引けるだけトリガーを引き、光弾を連射する。だが、白い拘束衣は秀子の光弾くらいは防ぐだけの硬度は保っているらしく、花井は意に介さず、亀裂を増やすくらいしかできない。

「私は『救い』そのもの。お前たちのような哀れな連中を救うのが使命……しかし、お前たちはなかなか厄介なようですの。こうなればエクセリオンを持って、この森ごと『救って』やりますの!」

 大気中の魔力という魔力が、花井に向かって収束し始める。これほどのエネルギーを炸裂させるようなことになれば、この森どころか大地ごと無くなる可能性すらある。

「緋色さん、エネルギー充填までどれくらいなんですか?」

「三十秒はかかるはずだ。……飛ぶぞ!」

 緋色は短くそう答えると、飛んだ。秀子と赤羽は目線を合わせると小さく頷き、同じく飛んだ。とにかく、エクセリオンの射線軸をずらす必要があることは火を見るより明らかだった。

「空中へ逃げましたか。しかし、私がお前たちを『救えれば』地上でも空中でも関係はありませんの」

 青白い放電現象が花井を包み、エクセリオンの発射準備が整うのを見て、秀子たちは一気に散開。見事にエクセリオンの砲撃を避ける。目もくらむような閃光と、コスチュームがなければ全てが燃えてしまいそうなほどの熱量。秀子はただただ、呆然とするしかなかった。規格外すぎる。

「ぶんぶんと飛び跳ねるだけでは、私には勝てませんの」

 花井の侮蔑がこもった言葉が突き刺さる。このままではじわじわと体力を削られ、一人一人仕留められる。魔法少女協会の誇る天才に勝つためには、速攻を仕掛けなければならないようだった。考えるより速く、秀子の体は動いていた。光弾をばらまきながら一気に接近するが、花井は離れていく。本来、長距離に長けた魔法少女である花井が、一度離れた相手に近づく道理は何も無い。空中から地面すれすれを飛び、木々の合間を光弾が交差する。花井は地面まで降り秀子を待ち構えると、巨大な青い光弾を発射する。それを強引に銃底で弾き飛ばし、接近。アリ、いやナメクジのような歩みで、じりじりと花井に近づく。どんなに惨めな姿であっても前に進む。

「くだらん……何故そこまで進んで傷つこうとする? 私に勝てる道理など、何も無いというのに」

 花井は秀子の発する得体のしれない気迫に押されながらも地面に降り立ち、エクセリオンを構え直すと一気に魔力をチャージし、砲塔から放出した。轟音と閃光が空気を切り裂く。勝負あった、と花井は勝ち誇った笑みを浮かべた。

「さあ! 焼き尽くされて救われるがいいですの、桜井秀子ォ!」

「いいや、まだそれは早いッスね」

 極太の光線は秀子を飲み込む……かと思われたが、赤羽の一言が発せられた瞬間、光線は秀子を逸れ、空へと消えていった。

「馬鹿な……私のエクセリオンのエネルギーを逸した?」

「……赤羽さん、貴女は一体何を?」

 赤羽に続いて、緋色も地上へ降りてきていた。いつの間にか、上空では風が吹き荒れている。恐らく、緋色が制空権を取られるのを封じるために風を起こしたのだろう。

「本来の自分なら、こんな芸当は出来ないッス。秀子さん、アンタには『なぜか』は一番良くわかってるはずッスよ」

 花井はそんな赤羽を見て、あからさまな憎悪を浮かべながらこちらを伺っていた。秀子には、余裕たっぷりであった彼女がどうしてここまで感情を顕にするのか分からないほど、花井の魔力は淀みきっていたのだった。

「……なるほど、理解しましたの。急速に大気の温度を上げ、私の光線の射線軸を歪ませた。温度の上がった大気は歪み、光線をまっすぐに到達させることはできない。そしてそんな芸当ができたのは……江藤祥子のみ」

 魔力の淀みだけでなく、花井が歯ぎしりまでして屈辱を味わっているのが良く分かった。

「赤羽、お前は江藤を吸収したわけですのね。魔力は感情から生まれるもの……人間である以上、喜怒哀楽の感情には微妙な差異が生まれる。同じになることなどない。魔法少女の能力もそれは同じですの。……しかし、ここまで能力を使いこなせるわけが……」

「なるほどなるほど、話が見えてきましたね……やはり『神罰計画』はそういう計画でしたか」

 腐葉土をくしゃくしゃと踏み潰す音がしたので、秀子たちは後ろへ振り向く。そこには、汗を必要以上にしたたらせた男が立っていた。

「酒木原さん! 無事だったんですね?」

 彼に会うのは、実に二ヶ月ぶりだった。不思議とうれしい気持ちが浮かんでこない、と言うのも秀子の悪い所ではあるが、今気にするべきはそこではなかった。

「ずばり、花井さん。『神罰計画』の発案者は貴女でしょう」

「酒木原、私には話が見えてこないぞ」

 緋色が柄に手をかけ花井を見据えたまま、酒木原に疑問の声を投げかける。相変わらずタイミングが悪い男だ、と秀子は悪い意味で懐かしい気持ちになった。

「花井さんの言うとおり、赤羽さんは過程はどうであれ、江藤さんの魔力を吸収した。……桜井さんも、恐らくはそういう状況になったのでしょう?」

「な、なんでそんなことが分かるんスか?」

「伊達に長いことスカウトをやってませんよ。魔力には人・魔物共に特徴がありますからね。魔力が混ざればそれも分かります。……で、花井さん。貴女は一体何人の魔法少女を吸収したんです?」

「さあ……十人から先は覚えていませんの。……魔力の容量は大きくなりましたが能力はつかなかったので……お前たちの現象には驚いているところですの」

 ぞくり、と秀子の肌がざわついた。花井の中には、一体何人の魔法少女が望まれぬ形で眠っているのだろう。谷底を覗いてしまったような悪寒が秀子の体の中を走り抜けた。花井はそんな怨嗟の声を魔力に変換しているのではないか、というような禍々しい魔力をその小さな体から発揮しているのだ。花井の回りの空気中に強く青白い放電現象が起こり始めていた。魔力がエネルギーへと変わっている印だ。花井は戦闘準備を再び整え、秀子達を本気で仕留める気なのだろう。

「それにしても、やはり遠野はしくじったわけですのね。即席の『プログラム』では限界がありましたか……」

「一体どういうことです。貴女の能力は電力を発生させるだけのはずですが」

「ネタバラシをすれば大したことはありませんの。人間の脳内では、微量な電気信号の伝達によって全てを決している。それをほんのちょっといじってやれば、多少人格の破錠はありますが命令を組み込むくらいは、この私には朝飯前ですの。ちょっと手元が狂ったせいで、二度と使えない人間はできてしまいましたが」

 花井はいたずらがバレた時のように、不遜とした態度で淡々と語った。秀子の精神には沸々とした怒りが混じり始めていた。独善は秀子が最も嫌いなものだ。自分の目的に、何も知らぬ他人を無理矢理巻き込むことなどあってはならない。失敗は自分で抱えて消えていけばいいと考えている秀子にとって、全てを利用しようとする花井は、もはや悪そのものだった。

「貴様……。そんなことまでして、何が目的なんだ? 神罰計画とは一体なんなのだ!?」

 先に怒りを爆発させたのは緋色だった。自らの正義とは、到底相入れぬ身勝手な物言いに、彼女が黙ったままでいられるわけもなかった。

「馬鹿は嫌いですの。私は、何度も言っているはずですが? 私は実態の無い神など信じない。必要としない。なぜなら、神は我々を救わないのですから。では、私たちは何に依って生きていけばいいんですの? 救いのない世界で、ただ絶望していけばいいとでも? 私は、魔法少女こそ、そして魔法少女協会こそが救いだと信じてきた。ですが、所詮は魔法少女も金で動く個人であり、魔法少女協会はその元締めにしか過ぎませんの。お前たちがどれだけ正義だ悪だとほざいた所で、協会から金が出なくなれば興味などなくしてしまうでしょう。だから私はお前たち魔法少女の力を全て吸収し、救いを目的とする神になろうというんですの。お前たちは私の崇高な目的を何故邪魔しようとするんですの?」

「まあ、それも今ここでお前たちを全員救済すれば同じ事。再び神罰計画をやり直し、私はこの世界に救いをもたらす! さあ、神からの救いを受け入れて頂きますの!」

 花井という小さな少女の傲慢が、数々の魔法少女達の運命を狂わせていったのだろう。秀子はそんな考えと共に、この少女に哀れみにも似た感情を抱いていた。自分が花井と同じ頃といえば、学校から早く帰って人形遊びをすることだけが人生の全てだったように思える。ある意味ではお気楽なものだと思うが、それすら許されない、許さない彼女の人生とは一体何なのだろうか?

 秀子の握る魔銃トカレフと魔銃ベレッタから、熱が伝わる。救済されるべきはどちらなのか、考えてみろと言われているような気がした。彼女たちは背中を押すだけに過ぎない。そのまま飛び出すのも、踏みとどまるのも秀子の意志なのだ。

「やらせません。私は貴女を止めてみせます」

「思い上がるな! お前の様な未来なき女に、救いなき女に何ができるんですの!」

「思い上がっているのはどちらですか? 未来とは、自分で切り開いた道の先にあるものです。そして救いとは、待っているものではなく自分で探しだすものです。切り開いた先に私の未来が無いとしても、私は絶望したりしない。救いがなかったとしても、私はあきらめない。 私は誰かの未来を切り開いてみせる!」

「それが! 思い上がっているということですの!」

 花井は何度も何度もトリガーを引く。光線は秀子に向かいはするものの、赤羽のお陰で全く当たらない。前進を続ける秀子に、次第に花井の顔からは余裕の表情が消えていった。今までに戦ってきた幾数人のどの魔法少女とも彼女は違っている。しぶとく、泥臭く、希望も幻想も持たない現実主義者。故に、彼女は今ある現実を決して諦めようとしない。掴めなかった過去があるから、あるかも分からない未来を諦めない。人が見れば、見苦しいと切り捨てるだけの今の桜井秀子の生き様は、ある意味未来に絶望してきた花井を恐怖たらしめるという事実を孕んでいた。

「こうなれば、最後の手段……。私だけが生き残れば、神罰計画の準備は整う! ならば、もはや力を抑える必要もない!」

 空気中、森の木々、倒れ伏す魔法少女……。意思を持たないが魔力の源泉を持つあらゆる事象から少しずつ魔力が集まり始め、花井に集結していった。花井の身につける白い拘束衣を縛るベルトが切れ、芋虫が脱皮するかのごとく中から白いコスチュームが現れる。神々しさすら感じられるその姿は、悪の化身と化した花井のイメージと相反するものだった。恐らくこれが本来の魔法少女・花井華乃の姿なのだろうと、秀子は彼女を見据えながら思った。

「ば、馬鹿な! なんだこれは⁉ 魔力が増幅しただと……それも桁違いの量だ!」

 緋色はあまりの増幅量に驚愕し、赤羽は脂汗を浮かべる。ちょっとやそっとでは動じない酒木原ですら、慌てて大木の陰に隠れることしか出来なかった。そんな中、秀子は笑みを浮かべていた。その場の誰もが、頭がどうかしてしまったのでは無いかと錯覚したことだろう。だが、秀子は至って冷静だった。冷静な土台の上で、自分が切り開く未来のことを考えていた。誰かの未来を作るためなら、秀子はいくらでも自暴自棄になれる。自分に可能性が無くても、自分が信じた人間に可能性があるならそれでいいのだ。そんな自分に対する笑みだ、と秀子は感じた。

「恐らくあの拘束衣は、文字通り花井の強すぎる魔力を抑えるための拘束具だったのでしょう。神罰計画では、花井が神になるために人体実験まで繰り返していたようですからね……。その結果が、花井のあの人外めいた魔力というわけなのでしょう」

「冷静に……解説してる……場合……ッスか!」

 もはやプレッシャーで立つことも敵わない緋色に、歯を食いしばることでなんとか耐えている赤羽が肩を貸す。そんな中、変わらず笑みを浮かべ銃を握り、秀子は少しずつ前進を続けていた。後数メートルというところまで近づいている。

「あなた、イカレてますの……しかし! 赤羽の能力を持ってしても、今の私のエクセリオン全力全壊モードを逸らすことなど出来はしない」

 回りの空気ごと焼き尽くしてしまいそうなほどの青白い放電がエクセリオンにまとわりつくと、柄の各所から羽のようなギミックが飛び出し、エクセリオンは神々しささえ感じるデザインに変形する。勝利を確信してか、花井はその目に愉悦の色を浮かべた。

「原子のチリになれ、桜井秀子ォーッ!」

 エクセリオンの砲塔に、すべてのエネルギーが放出されようとする刹那、秀子の持つ魔力をありったけブーツに込める。加速するためでなく、地面に魔力を与えるために。すると、地面から巨大な泥の腕が生え、エクセリオンをはじき飛ばす。

「ばっ……これは……ロードナイトの腕!」

 空中を回転しながら飛ぶエクセリオンには、行き場を失くした魔力が渦巻き、やがて耐えられなくなったエクセリオンを爆発四散させてしまった。

「……終わりです。降参してください」

 その瞬間、森全体を覆っているかと勘違いするほどのプレッシャーが消えた。花井の魔力が尽きてしまったのだ。金色の前髪もその輝きを失うと、本来の黒色の髪に戻ってしまう。自身の魔力だけでなく、回りの魔力まで吸い取ってエクセリオンのエネルギーに変えたのだから、当然とも言えた。

「まだ、まだですの。私はまだ戦えますの!」

 花井は歯を砕いてしまいそうなくらい食いしばりながら、右手にどこからともなく取り出した宝玉を握りこむ。推進力を発生させるこの宝玉は、握りこむことでプロボクサー並のパンチスピードを実現することが出来る。秀子もそれに呼応するように、ブーツから宝玉を外すと両手に握りこんだ。

「お前さえ、お前さえ居なければ……! お前は、ここで、殺す!」

 大きく振りかぶってパンチを繰り出すが、所詮子供のパンチである。いくら早くても、堀田のようなリーチはないので秀子がよけることは簡単だった。その瞬間、秀子もパンチを繰り出し、花井の顔を捉える。下手すれば、鼻が折れてもおかしくないほどのパンチのはずだったが、残り少ない魔力を防御にも使っているらしく、花井はニヤリと笑ってみせた。

「しぶといですね」

「お前もなかなかですの」

 花井がアッパーを繰り出すと、秀子の腹にクリーンヒットする。全てが逆流してしまいそうな衝撃。胃から食道へと胃液が上がってくるも耐え切り、今度は鋭いフックを花井の鎖骨に打ち込む。ただただ、二人は殴り合った。やがて魔力による防御に気が回らなくなり、次第に拳も血に塗れ、息も上がってきた。

「なぜ……なぜですの……? なぜお前はそんなにむかってくるんですの?」

「愚問……ですね……。私は……誰かの未来を……作る。あなたはそれを阻む……壁そのもの」

 とうとう秀子は片膝を付き、片手を地面につけてしまった。花井は鼻血を出し、歯も何本か折れてしまっているものの、勝ち誇った笑みを浮かべている。勝負は決した。そう花井は考えているのだろう。

「なら、その壁を私は……打ち破る!」

 魔力を絞りに絞り、最後の一滴を地面に落とすと、地面から再び巨大な『ロードナイトの腕』が生え、もはや立っているのがやっとな花井に最後の一撃を繰り出す。花井もそれを弾き飛ばさんと己の魔力を搾り出し、ありったけの力を込めて殴りぬけんとした。秀子の唇が切れ、鼻血が一層吹き出す。花井は笑う。ロードナイトの腕が押される。逆転勝利を確信した花井は、霞みそうになる視界に秀子を捉えて、とあるものを見てしまった。秀子の後に誰かがいる。緋色でも、赤羽でも、酒木原でもない。肩を持ち、身体を支える彼女たちは、花井もよく見知った、ありえない人物だった。

「馬鹿な……金剛地! 堀田! お前たちは死んだはず!」

 秀子には見えていないのだろうか。少なくとも、見ている余裕もないはずだ。花井の見た、確かな現実だがありうるはずのない幻想だ。そうに違いない。そんなものがありえるはずがない。死んだ人間が見えるはずがないのだ。魔法少女は霊能力者ではないのだから。

「死してなお……私の邪魔を!」

「死んでいない!」

 秀子が叫ぶ。

「貴女が救いを信じて殺した人間たちはもちろん生き返りなどしない……。でも、私の中で、彼女たちはいつまでも生き続ける!」

「そんなこと……お前の妄想に過ぎませんの!」

「妄想だというのなら……受けてみなさい!」

 秀子がもう片方の手を地面につけると同時に、金剛地と堀田も同じく地面に手をつけた。すると、にわかにロードナイトの腕にこもる魔力が増幅し、再び花井の拳を押し返す。

「小癪な……!?」

 厚い氷を踏み壊すような音が花井の拳を襲う。拳が砕け、腕から血が吹き出す。ロードナイトの腕は花井の腕を完全に破壊し、とうとうその顔を捉えたのだった。

「いけえええええ!」

 殴り飛ばされた花井は木々をなぎ倒し、地面に倒れるととうとう動かなくなった。何かによって支えられていた秀子は崩れ落ちた。緋色と赤羽、酒木原はただただ呆然と立ち尽くすのみだったが、そんな秀子の姿を見て、ようやく全てが終わったことに気づいた。

「……終わった……んスかね」

「ああ……終わった。見ろ、赤羽」

 なぎ倒された木々の間から、太陽が昇る。闇が明け、全てを照らし出すその光が、自分たちを祝福しているようだ、と秀子は柄にもない考えを浮かべた。秀子は指一本も動かせそうになかったものの、誰かが助け起こしているかのように仰向けに転がることができた。夜明けを見つめたことは、初めてではなかった。会社で残業して徹夜したときに何度も見ている。憂鬱でしかたのないその光と、今見ている眩しくて見つめていられないその光は、全く違っていた。それは恐らく、『希望』というものがあるかどうかの違いなのだろう。秀子は掴みたかったその光を見つめるだけ見つめると、ふっと笑みを浮かべた。ただただ、美しい光だと思うと同時に、こんなに近くにあるものだと分からなかった自分が滑稽になったのだった。

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