驚くほどハードでストイックなSFだ

 この小説は、ライトな作風が好まれるようになってきた現在の世の中で、驚くほどハードでストイックなSFをしている。

 舞台は近未来の日本。なんらかの原因によって自己増殖するようになった建築物が、日本の多くを覆ってしまった世界だ。唯一それだけの異常を、丁寧な筆致で深いリアリティと共に書いている。SFとしては、ド王道もド王道。そこから広げられる、貧困層の少年である主人公とその他あらゆる立場を持った人たちとの交流は、魅力ある人間ドラマを作り出している。
 古き良き時代の、やりすぎなくらいにストイックなシナリオだ。



 だが、その建造物が「横浜駅」である。

 紹介文を見る。横浜駅が日本を覆い尽くすとは。笑う。
 説明文を見る。非SUICA住民。まともな単語がない。笑う。
 第1話を読む。富士山がエスカレータに覆われている。笑う。

 読み進めても読み進めても、登場人物が真面目に横浜駅との戦いを進めている中で、突っ込みどころが次から次へと溢れ出てくる。上記したのはそのほんのわずか一部だ。横浜駅との戦いって何だよ。スイカネットじゃねぇよ何食わぬ顔で某ミネーターのオマージュをしてるんじゃない。あと自動改札、お前は当然のようにエキナカを歩き回るな!

 とにかくこれは、とてつもなく重厚で純粋なSFである。
 読んでみてほしい。精緻に練りこまれた設定と、科学に対する作者の深い造詣が、作品に魅力を与えている。ハードカバーのSFを愛するような人には、是非お勧めの一品だ。

 そして、横浜駅だ。
 気の抜けるようなタイトルであるが、いや気の抜けるようなタイトルであるからこそなのかも知れないが、横浜駅の機構が世界を脅かしているこの構図は、読んでいて非常に痛快だ。小難しい言い方でなく書くと、すげぇ笑える。是非、突っ込みを入れながら読んで欲しい。

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横浜駅SF

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