第2話 試打


 「なんともったいない!」



 額を抑えて天を仰ぐナガヤ。この辺りのオーバーリアクションは欧米人の血がなせるものなのか、実に型にはまっている。


「人生の半分くらいを台無しにしていますよ、山内さん。」


 店長の男は肩をすぼめながら語る。人生の半分とはこれまた大きく出たものだ。……随分な自信だな、とため息を付きながら視線を外すと、ナガヤが眉尻を下げてこちらの顔を覗き込んできた。


「ちょっと……、やってみませんか?」


 先ほどのオーバーリアクションとは打って変わって、消え入りそうな弱々しい声でだ。私は咄嗟に逆の方向へ視線を外し直す。下手に出られた私は妙な良心が首をもたげだしているのを感じた。ジャーナリズムという正義で戦う者として、弱い者いじめをしているような感覚が私は嫌いなのだ。そんな私を見てか、ナガヤは私に背中を向けて続けた。


「やれ紳士のスポーツだのなんだの能書きをたれる人もいますが、そんな難しいことは考えなくていいんです。」


遠い目をしていたナガヤが、すっとこちらを向きなおし胸を張ってきっぱりと言う。


「ゴルフは楽しいんですよ。」


 話の攻守がすっかり交代してしまった。これではいかん、と思い私はペースを取り戻すため


「興味ない、と言ってるのに聞かない人ですね。」


 と、冷たく言い放つ。しかし、ナガヤの勢いは止まらなかった。


「どうです、これから。うちの奥で試し打ちが出来ますよ?」


と言いいながら、一本のドライバーを差し出し店の奥の試打室に案内しようとするナガヤ。もはや取材どころのテンションではなくなっていた。一向に乗り気にならない私を見てナガヤは一つの提案をしてきた。


「それでは、こういうのはどうでしょう?もし、山内さんがうちの機械で200ヤードを超えられたら、私がとっておきの情報をお教えします。」


諦めていた所に一筋の光明……というか、むしろ釣り針だろう。残念ながら相手のほうが一枚上、完全にナガヤ店長のペースになってしまった。仕方ない、多少なりともなにか面白いネタかもしれない、と自分に言い聞かせながら、


「……ちょっとだけですよ?」


 と、ナガヤの誘いを承諾した。



* * *




「まず左手で握って……右手の小指を左手の人差し指に引っ掛けるように右手を添えて握って……そう!そうです!」


 私はナガヤにグリップの握り方からスイングまで丁寧にレクチャーされた。


「では、とりあえず打ってみましょう。強く打とうとかはあまり考えずに全身リラックスした状態で綺麗な軌道を描くことを意識してみてください。あ、でもグリップだけはしっかり持ってくださいね。」


 打ってみましょうと言われても、いまいち踏ん切りが付かない。何か掛け声みたいなものは無いだろうか?例えばとんこつ味噌ラーメンとか……確か昔みたマンガにそんな事が描いてあったような……。こちらの気持ちを汲んでか、ナガヤは


「アン・ドゥ・トロワ!のリズムでやってみましょう。」


 と言ってきた。アン・ドゥ・トロワはフランス語だよな?イギリス人ハーフだよな?などと自問しつつも、言われた通りのリズムでやってみる。


「アン…ドゥ…トロワ!……こんな感じか?」


 ズバン!と心地よい音とともにシミュレーターが作動し、飛距離のカウンターがカウントアップする。50…100…150…200…。


「おおぉぉ!?」


 カウンターを見ながら、ナガヤは興奮したような声を上げた。

 このカウンター、ヤードの数字だよな?既にナガヤの出した条件をクリアしてないか?画面に映し出されたウェアウェイを落下したボールが転がっていく。そして、最終的な飛距離は306ヤードと表示された。


「おぉ!すごい!!山内さん、クラブを握るの今日がはじめてなんですよね?」


パチパチパチと拍手をしつつ、興奮したナガヤが嬉々として聞いてきた。


「えぇ、そうですが……。」


「いやぁ、それで300ヤード超えとはビックリですよ。いい感じに全身の力が抜けていて、力みがなくスムーズなスイングです。」


 ここまでほめられると悪い気はしない。私は思わず、


「ふむ……悪くないですね……。」


 と言ってしまった。ナガヤはその言葉を待ってました、と言わんばかりに


「……でしょう?」


 と満面の笑みで返した。


* * *


「それでは、お約束のとっておきの情報です。」


 何度か試し打ちをしてから試打室から戻ると、ナガヤは先程までの浮かれっぷりから一転して、落ち着いた声色で話し始めた。まるで、できるサラリーマンの様な話しっぷりだ。


「当店では初めてご来店のお客様に、私、がお客様に見合った一本を見繕って差し上げております。」


 やられた。


 確かに一般の客にはとっておきの情報だ。だが、私のほしい情報とは全く毛色が違う。話の流れでスクープネタを貰えるものかとすっかり勘違いしていた。


「山内さんにはこれを差し上げましょう。」


 ナガヤは一本のパターを渡してきた。試打室ではドライバーしか使っていないのに?


「私の直感がね、言ってるんですよ。山内さんにを渡せ、ってね。」


この子、とは随分なゴルフクラブ偏執狂のようだ。この手の人物はすべての道具に名前をつけているに違いない。


「当店オリジナルのパターです。初心者用に打面にスコープがついていて、上から打つ方向がわかるスグレモノです。」


「へぇ……。変わったつくりですね。」


「もちろん、大会などでは違反になりますので、お気をつけ下さい。」


そんな、大会なんかでるわけないでしょ、とお茶を濁しつつ、折角の景品は有りがたく頂くことにした。


「それでは良いゴルフライフを!またのお越しをお待ちしております。」


 私は銅鑼魂堂をあとにした。さて、なんて報告しようか。



* * *



 帰社後、私は今日の取材内容を自分のノートPCでまとめる。


「変な店だったが、ただのゴルフショップだったなぁ……。」


 やはりガセネタだったか、と少々落胆したが、そんな事は日常茶飯事だ。記者は足が命。また新しいネタがあったらいくらでも取材しに行ってやろう。そう思いながら取材内容のファイルを保存して、ノートPCの電源を落とした。

 ふと私はデスク脇に立てかけてあった今日の戦利品のパターを眺める。


「スコープが付いているって言ってたな……。どれどれ。」


 パターを手に取り、ヘッドの辺りをまじまじと見る。ナガヤの言うとおり打面には透明な部分がある。材質はなんだろうな、と思いつつヘッドの上面を見るとやはり透明な部分がある。こちらは打面に比べて広い面積だ。そして、その中には恐らく鏡が斜めに仕込まれているのだろう。パターを構えて上から見ると確かに打面の垂直方向が一目瞭然だ。


「ふぅん……。ここに穴が開いてるのか……。ここに継ぎ目があって……。お、なんか外せそうだな……。」


 私はヘッドの上面の継ぎ目に手をかけて力を入れた。その時、ふと脳裏にナガヤの言葉が思い浮かんだ。


――私の直感がね、言ってるんですよ。山内さんにを渡せ、ってね。


 まさか、謎の生命体とかじゃないよな?と思いつつ、さらに手の力を加えると、パカッと言う音とともに案外簡単に透明板は外れた。


「このパター……。うまくすりゃ取材にも使えるかもな……。」


 私は、息抜きに久しぶりの工作を始めた。

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銅鑼魂堂の憂鬱 歪鼻 @ybiumu

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