銅鑼魂堂の憂鬱

歪鼻

ライター山内の野望

第1話 取材の手間

「ビルの谷間にひっそりと佇むは、あなたに癒やしを与えるゴルフショップ『銅鑼魂堂どらこんどう』にございます。」


 自身のカイゼル髭をいじりながらそう語るのは店長らしき人物。室内にもかかわらず頭にはシルクハット、手にはステッキ、首には蝶ネクタイと、一見すると英国紳士のステレオタイプのような風貌でありながら、上衣は白のポロシャツに下衣は袴というチグハグな着こなし。取材に来た私は、その一風変わった出で立ちにすっかり調子を崩されてしまった。


「申し遅れました、私、本店舗の店長の、と申し上げます。」


 店長を名乗る男ナガヤはぺこりと一礼し、抜いた刀を戻すかのようにステッキを腰帯に差すと、揉み手をしながら私の方へ歩み寄ってきた。その足運びもまた、まるで武士のごとく履いた袴を踏まぬよう袴を蹴り飛ばしながら歩く。

 そのさまを見て、袴、歩きにくくないですか?と私が聞くと、


「ああ、これですね。」


 と袴の裾をたくし上げて見せた。これまで袴に隠れていた足があらわになると、足には足袋も履いていた。下半身は全く持って和装そのものだ。


「私、日本人とイギリス人のハーフでして……」


 なるほど、彫りの深いその顔はいかにも欧米系の血筋だろう。


「英国と日本、どちらも選びきれず両方の文化を取り入れているのです。」


 著しく機能性を損ねたそのファッションが両方の文化を取り入れていると言うのであれば、それは文化の無駄づかいと言う新しい言葉を献上してやりたい気持ちだ。



 しかし、今日はそんなことをしに来たのではない。



* * *



――先日の事だった。


 記事……それも事件になりそうな店がある、という匿名のリーク情報が弊社のご意見フォームに寄せられた。なんでも、その店には妖怪が棲んでいて、関わった人物はみな奇妙な結末を迎えるというのだ。

 結末?最後ではなくて?と内心ツッコミを入れたくなったが、その辺りの言い回しはプロのライターとは限らないから仕方ないな、とも思いつつ、殺人事件の匂いがする情報に少なからず心が踊る。

 しかし、こういった眉唾もののリーク情報というのは大抵がガセネタだ。匿名ともなればその信憑性は著しく下がる。情報の精度を上げるためには入念な取材が必要になるだろう。幸い、リーク情報にはご丁寧にその店の住所が記載されていた。しかし、何の店かまでは書いていなかった。それが逆に私の好奇心を刺激していた。

 いったい何の店だろうか。薬物の密売か、はたまた呪術の類いか。ともあれ何かしらのアンダーグラウンド系の店であろう。私はそう決めつけて掛かっていた。


 翌日、私は編集局長に取材許可をもらうと現場へと向かった。地図アプリに住所を入れてナビに従い目的地を目指す。住所からもわかるが所在地は都心のビル街だ。高架のハイウェイ脇に立ち並ぶ無数のビル群。その前を通り過ぎつつ黙々と進む。目的地の直前になるとナビはビルの谷間の細い長い道の先を示していた。いよいよ怪しくなってきたぞ、と心躍らせた私は、小走りにその道を進んだ。しばらくすると記載された住所に到着し、地図アプリがナビ終了を宣言する。そこで私は、へぇ?という素っ頓狂な第一声をあげてしまった。


 目の前の店……その店はゴルフショップではないか。


 見落としたか?と思いあたりを見回してみたが、ビルの谷間の行き止まりという立地上、他の店はない。


「ここが……その店なのか?」


 入口の横には立て看板が置いてあり、そこには『銅鑼魂堂』と書かれている。


「なんて読むんだ?どうらだましいどう?」


 立て看板の文字を覗き込もうとして、つい身を乗り出すと自動ドアが反応して開いてしまった。仕方ない、ともかく中へ入ってみるか。



* * *



「山内さん……ですか。」


 私は名刺を取り出し、店長のナガヤに渡した。


「週刊の記者をやっております。今日はこちらのお店……銅鑼魂堂どらこんどうさんの取材に参りました。よろしくお願いします。」


 自身の紹介をしながら取材の許可を求める。


「困りますねぇ……。そういうのは事前にアポを取っていただかないと。」


 難色を示すナガヤ。そりゃもっともだ。しかし、私はあきらめずに周りを見渡しながら問い詰める。


「私しかお客さんがいないようですが……。少しぐらい時間を取ってはいただけませんかねぇ?それとも……。」


 語気を強めて続ける。


「取材されたくないような都合の悪いことでもあるのですか?」


 さり気なくカマをかける。私なりの取材テクニックだ。


「仕方ありませんね、お受けいたしますよ。湿気は道具に良くないのでお茶は出ませんがいいですか?」


 ナガヤはしぶしぶと取材を了承した。



* * *



「なぜ、こんな所でゴルフショップをやっているのですか?」


 ナガヤは腕組みをし、カイゼル髭をいじりながら思案している。


「……なぜ……?考えたことはないですねぇ……。」


 予想外の回答にこっちも戸惑う。自分の店のことだというのに考えたことがないとはどういうことだ?


「失礼ですが、ナガヤさんのお店ですよね?ナガヤさんが始めたのでは?」


「私が生まれた時には既にこの店はあったみたいです。」


 なるほど、創業者ではないということか。それなら分かる。


「とすると、先代から受け継いだって事ですね?」


「んー……まぁ、そんなところですかねぇ。」


 煮え切らない返事だが、聞きたいことはそんなことではない。そう思って私は次の質問へと移った。



「ふむふむ。では、ここでは何を取り扱っていますか?」


 我ながらくだらない質問だ。ゴルフショップで取り扱う物に決まっているだろう。しかし、こういった何でもない質問で案外ほころびを見せたりするものだ。


「ゴルフショップですから、ゴルフクラブやウェア、ゴルフボールやキャリーバッグ等ですね。」


 面白くない回答。負けずに質問を繰り返す。


「……それだけですか?」


「ゴルフシューズもあります。あ、あと保険の代行も。」


 保険?保険金殺人の斡旋か?ようやく現れた心躍るワードに話を深掘る。


「生命保険とか……ですか?」


「いやいや、ゴルフ保険ですよ。ゴルフはお金が色々とかかって馬鹿にならないんですよ。」


 膨らみかけた私の中の希望はあっという間にしぼんだ。


 ここで店長のナガヤが逆に質問してきた。


「山内さんはゴルフをやられたことは無いんですか?」


 ナガヤは先程まで取材に対してうんざり顔だったが、ここに来て目を少し輝かせはじめた。


「いや、ないですね。興味もないです。」


 私は機先を制するようにナガヤの質問をあしらった。


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