ヤイバ狩りのマリア

@kureha

第1話

―――俺は昔、刀に憧れていた。


強く、しなやかな刀身に、いかなるものでも突き崩してしまいそうな鋒。

俺を拾ってくれたシスターが、骨董好きだったからか日本刀を目にする機会は多くあった。

別段、詳しい訳ではない。

製法に興味が有るわけでもない。

ただただ、刀の強く、確固たる存在感が無性に羨ましく思えた。


だが、今は違う。


時間と共に考えは改めさせられた。

シスターが死んだ時からだろうか。

俺はきっと現実を直視し始めたんだ。

刀なんて、今の時代じゃなんの価値もない。

地位と経験がモノをいう学歴社会において、戦いの象徴がなんの役に立つと言うのか。

シスターが集めた、日本刀の数々を孤児院の存続のために売り払う時にもなんの躊躇いも未練も無かった。


刀に囲まれた教会に住んでるからって、刀男と呼ばれるのは理不尽じゃないだろうか。

それに拾われた子供って言う理由で、いじめられたくなんてない。

俺は自分の事を出さず、広めず、徹底的に他人を排除した。

友人なんて少数でいい。その友人すらも上っ面だけの薄い繋がりだ。

ましてや女なんて、付き合うだけで金が掛かるし、後見人の顔すらも知らない俺がどうやって将来添い遂げていけるのか。

どれだけ強くたって、どれだけ自信があったって、既に敷かれた悪い基盤の上じゃなんの意味も持たない。


だから俺、凉宮連火は、強くなくていい。存在感なんてなくていい。

どうでも、いいんだよ。そんなもの。



@プロローグ、始まりの出会い



・・・・朝日の差し込む窓から、鳥の囀りが聞こえる。

・・・ん、朝か。

目覚ましは鳴っていない。

何時も起きる時間にはまだ余裕がある。

目元を擦りながらベッドから起き上がると・・・・俺の部屋である屋根裏部屋には埃が舞い、朝陽を受けてヒラヒラと輝いていた。

あー、こりゃ換気せにゃならんな・・・。

寝間着のままで――よっと。窓を開けると朝靄の掛かった空気が室内に取り入れられる。


・・・・俺が住んでいる凉宮教会は、もともと孤児院も経営していた。

しかし一年前、俺が高校へ進学すると同時に孤児院は閉鎖。教会としても別の教会と合併ということで、事実上凉宮教会は無くなった。

シスターが若い頃集めていた骨董を売って、なんとか資金繰りをしていたのだが、俺ともう一人の入院者の将来を考えて孤児院としては終わりにしようと言うことになったらしい。

孤児院がなくなって、俺は路頭に迷うと思ったのだがそうはならなかった。

土地の権利書も売り払ってしまったのだが、凉宮教会がでかすぎたので簡単には解体できないらしく、権利者の方から教会の建物は残してそこに住んだら? と提案を受けたのだ。

既に他のシスターも別の教会に移ってしまっていた状況で断るわけもなく、俺ともう一人は二つ返事で残ることを決めたのだ。


そういう経緯もあり、このバカデカイ洋館に住んでいるのは俺ともう一人の女の子。

どちらも骨董好きのシスターに拾われた身で、本当の親を知らない。

俺に至っては名前すら無かった始末らしい。


屋根裏部屋から階段を伝って二階へ降り、そのまま一階の食堂へ向かう。

途中、聖堂へ続く扉が目に入ったが、朝の祈りを捧げるような信仰心はなく、いつも通りスルーだ。

食堂の扉を開けると、味噌汁のいい匂いが漂っていた。


「あっ、オハヨー、兄貴。今日はいつもより早いね」

「まぁな、始業式だからかね?」


俺を迎え入れたのは青嶋萌絵。もう一人の住人だ。

今日から中学一年生で、本人は気にしているみたいだが年のわりには大人びた外見をしている。

長年一緒にいるからかあんまり変だとは思わないが、他人から見ると中三または高一相応に見えるらしく「誉めたはずなのに不機嫌になる」という恒例がよく見られる。

萌絵はせっせと手元を動かし、卵焼きを巻いていく。


「ほっ・・・よっ・・」

「・・・・相変わらず思うが、良く一年でそこまで料理の腕を上げたな萌絵」

「いや、だって兄貴料理とかしないしさ、あたしがしないとビニ弁ばっかりになるし」


ダイニングのテーブルに肘を突きつつぼやく。

・・・・初めは俺だって挑戦したが、どうしてもレシピを確認しながらの作業になってしまうのだ。

火加減はーとか、調味料の量はーとか、適当な目分量をぶっ込んで作るのが出来ない。

萌絵に言わせれば「えーと、適当に」らしいので、俺は料理をしなくなった。


「・・・・それに、兄貴に食べてもらうの好きだしね・・・」

「・・・・将来は料理人だな」


茶化していうと萌絵は膨れっ面になり、む~と年相応の表情を見せる。可愛いヤツ。

ちなみにだが、萌絵が俺を兄と呼ぶのは昔からのことだ。

・・・そう言えば孤児院閉鎖の際に数人いた仲間は、殆どが養子や別の施設へと行ってしまったが、何故か萌絵だけは残った。

養子の話が来ていたにも関わらず、大人の説得をはね除けてここに残ったことは今のこの建物の管理人―――大家さんから最近聞いたが、なんでだろう?

ちょうどいいから聞いてみるか。


「なぁ、何で萌絵は凉宮教会に残ったんだ?」

「・・・・・へっ? ど、どうしたんいきなり・・・?」


問い掛けると萌絵はあわあわ。

急に動揺しだしたぞ・・?


「いや、最近大家さんから萌絵に養子の話が来てたこと聞いて、気になったんだよ」

「き、気になったって・・・! べ、べっつに良いじゃんどうでも! 昔のことなんだし!」


おっ、出たぞ萌絵の不得意技。

萌絵は隠し事が下手だ。出来ないといっていい。

嘘をつくときや誤魔化すときは、急に声が大きくなったり目が泳いだりする。バレバレだ。


「・・・・どうでも良くないぞ。折角家族が出来るとこだったのに。理由くらいあるんだろ?」


今でこそ、俺が兄貴面しているがやっぱり戸籍上の家族というのは重要だろう。社会的にも。

焼き上げた卵焼きを塩鮭とともに盛り付けた萌絵は「言うの恥ずかしいけど、ここで気持ちを出しておくのもアリかー―――?」と切羽詰まった表情だ。顔だってこれ以上ないくらいに紅潮し、外したエプロンを両手でぐちゃぐちゃに握り締めている。

そして、緊張した面持ちで・・・・


「あ、兄貴はあたしが居なくなっても、大丈夫だった?」


・・・・おっと、反撃ときたか。

でも、まぁ。


「・・・寂しくは、あっただろうな」


幼い頃、シスターの集めた骨董・・・それも刀ばかりに興味を示していた俺を突き放さず、兄と慕っていたのは萌絵くらいだし。

他の奴らよりは・・・・なんというか、心の距離?もずっと近かったと思う。

だから、萌絵がいなければ寂しい生活になっていたとは時折思うことがある。

素直に吐露するのが気恥ずかしかったのでそっぽ向いて言うと、それを見た萌絵がビックリしたような顔のあと、ニヤ~と心底嬉しそうな顔をした。

本人は隠そうと後ろを向いたが、顔の正面に掛けてあるボウルに映ってバレバレだ。

・・・なんと分かりやすい妹だろうか。


「そうかー、そうかぁー、兄貴は~あたしが居ないと寂しいのか~」


ルンルンラララン、と小躍りしそうにウキウキした様子で皿を運ぶ萌絵。

妙なリズムで「兄貴はさみしがりや音頭」を歌いつつ、俺のとなりに座る。

そして、長い黒髪をポニーテールに結った頭が俺の肩に乗っかった。


「おいちゃんと座れよ。お前も食べられないだろ」

「いいんですよーだ。さみしがりやの兄貴とずっと一緒に居るので大丈夫ですよーだ」


・・・・酔ってるの?お前。

萌絵からすれば俺はさみしがりやかもしれんが、俺からすれば萌絵はただの甘えん坊さんだぞ。

今も「撫でて撫でて」とばかりに頭を擦り付けられるが、調子に乗るから撫でてやらん。

でもまぁずっと一緒に、って訳にはいかんが、お前がちゃんと一人前になるまでは、兄として面倒見てやろう。

高校にも入れてやらなきゃならないし、出来れば萌絵には大学にもいって不自由のない人生を歩んでほしい。


(その為にも俺が高校出て、公務員になって働かなきゃな・・・)


・・・・なんて、妹につくってもらった朝食を食っていることを自覚し、自分の不甲斐なさを悔やむのであった。



朝食を終えて部屋に戻り、高校の制服に袖を通す。

・・・うん、春休み中にクリーニングに出しておいたが、着られない・・・なんてことはないな。

二年の始業式なので空っぽの鞄を肩にかけ、テレビのあるリビングに入ると萌絵が待ち構えていた。

着ているのは真っ白な制服。通学上の理由から近場の私立女子中に通う萌絵の制服だ。

正直私立なんて余裕家には無いが、俺が安い公立高校に通っているのと、萌絵に遅い時間に帰らせたくないという理由で近場の私立を選んだ。・・・まぁ、萌絵自身のお願いもあったのだが、今思えばあれは俺に気を使わせないためのお願いだったのだろう。


「どうどう?兄貴。可愛い?」

「ああ、良く似合ってるな」


・・・実際萌絵は美人だ。

長身だし、スタイルは貧相というよりスレンダーといった方が正しい。

顔も整っているし、表情豊かなので天真爛漫、といった言葉が良く似合う。

しかし、どうやら女性としての二次性徴を迎えている様なので(自分から言ってきやがった)、イロイロ気を使わねばならない困った美人さんだ。


「そかそか~、兄貴もカッコいいぞーっ!」

「な、なにいってやがる。俺は普通だって」


身内贔屓過ぎる萌絵の評価に反論し、斜め下を見ると・・・・ふと、目に留まったのは白い箱。

細長く、だいたい1メートルほどの長さがある見慣れない箱だ。

・・・・いや、誤魔化すのは止めよう。


「・・・・・またアレか?」

「ううん、まだ見てない」


萌絵に確認をとる。

第一、白い箱なんてどれも同じようなものだし、見慣れない、という表現は不適切だろう。

逆に見慣れているのはこの状況。

リビングにある白い箱。

俺たちはこの中身をきっと知っている。


「さっき新聞を取りに出たときに玄関先に置いてあったんだよ」

「・・・じゃあやっぱりアレか・・。前回はちゃんと警察に持っていったんだったか?」


思い出すのは先月の中旬、約半月前だ。

3月のある日にも今日と同じように差出人不明の白い箱が届き、玄関先に置き去られることがあった。

同様の出来事は半年で6回ほどあり、回を重ねるごとに届けられるペースが早まってる気がする。

勿論、不審物なので開けるわけにもいかず、警察に引き取って貰っているのだがどういうわけか、また現れる。


「兄貴が持っていったよね? 確か」


その通り。

萌絵はそう言いながら箱に手を伸ばす。

中身を確認するのだろう。

・・・・片付けても片付けても俺たちの前に現れるこの箱。

さっきもいった通り、この中身を、俺たちは知っている。

萌絵が箱をあけ、中に手を伸ばすと金属の触れあうカチャカチャという音が聞こえてくる。


「あー、やっぱり・・・」


萌絵がげんなりしながら引っ張り出したナガモノ、それは・・・。


―――――日本刀。


黒光りする鞘に、鉄と真鍮製の透き彫りの鍔。丁寧な仕事の柄に、柄頭には細かな装飾が彫られている。

トラウマ、ガキの頃の自分、シスターの死。

全てを思い出す象徴が目の前にあった。


「・・・ったく、一体誰がこんなことしやがるんだ? シスターの昔の骨董仲間か?」


萌絵から刀を受け取りつつそのまま鯉口を切り、抜刀する。

昔は脇差しとかの模擬刀で遊び半分にやってた動作だ。すっかり染み付いちまってるよ。


「やっぱすごいなー兄貴は。それに格好いい。誰にも抜けなかったのに簡単に抜いてるじゃん!」


芝居かかった動作に少しだけテンションを上げた萌絵が俺を誉める。


「止めろよ。俺は役者に成るつもりないし。それに、抜けないのは萌絵が下手だからだ」

「でも、警察の人だって抜けなかったし、兄貴が抜いたの持っても重くて動かせないよあたし」

「それは・・・んー、どうしてだ?」


何度捻ったか分からない首を今一度捻る。

・・・・この刀は、不可解な点が多すぎる。

まず、刀匠が分からない。柄の内部の茎なかごに普通は打ち手の名前が刻まれる物なのだが、それがない。

そして次に、どういうわけかこの刀は俺以外振れないようになっているらしい。

萌絵の言う通り、この刀を抜けるのは俺だけだ。他の人じゃびくともしない。

よしんば抜き身の刀を他人に渡しても、どういうわけか刀が重く感じるようで振るに振れない。

その気味の悪さから、警察でも何回も持ってこられても・・・という雰囲気が出され始めたので、いい加減こいつをどうにかしたい所だ。


「・・・・ぐるぐる巻きにして倉庫に投げとこうぜ」

「それだ、兄貴それ。いい加減気味が悪いもんね」


家の中でも昔から魔窟と称される倉庫。

一度しまったものは偶然がない限り見つけ出せないとシスターのお墨付きだった部屋だ。

運べる人間が俺しかいないので、救急箱から引っ張り出した包帯でグルグル巻きにした刀を持った俺は鞄片手に倉庫へ向かう。

ゴテゴテ装飾の付いたゴツいカギを、萌絵から借りた鍵でガチョンと開け・・・・扉を、開く。

うっ、埃っぽい。

倉庫の中身とは、その家の人間が過ごした歴史の宝箱だ。

刀を置くのに都合のい居場所を探すべく、倉庫に踏み込んだ俺は色々と懐かしいものを見つけてしまう。

おっ、バトルドームじゃねぇか。ガキの時シスターにねだってクリスマスに買って貰ったやつだ。

ドラえもんの絵柄が特徴のドンジャラもあるぞ。牌を飲み込んだら危ないってんで取り上げられたままだっけな。

て言うか、このゾーン。まるまる孤児院の子供たちのおもちゃゾーンかよ。

小さい部品を含むヤツや、成長して遊ばなくなったオモチャが大量に積み上げられている。


(・・・・・どれもまだ使えそうだし、リサイクルショップに持っていけばそれなりに売れるかもだな)


近いうちに金に変えてやろうと考えつつ、当初の目的のために刀を手にしようとするが・・・ない。

おかしいな。さっきバトルドームの箱を開けるために脇に置いたハズなんだが・・・。

同じように横においておいた鞄は、ある。

とすると刀だけが神隠しに会ったみたいだが・・・。

まぁ、気にすることじゃないだろう。

ここは魔窟とアダ名される迷宮じみた倉庫だ。

どこに何を置いたか、なんて簡単に忘れても仕方ないさ。

それに、この積み上げた荷物たちが今にも崩れてきそうで怖い。

薄暗い倉庫から出て、スリッパのホコリを落とし、扉にカギを掛ける。

よし。出来ることは以上だ。

これでまた俺たちの前に刀が出てくるようなことがあれば、その時は不法侵入か超常現象だ。霊媒師でも呼ぼう。

不意に腕時計を確認すると、いつも俺たちが家を出る時間だ。

萌絵は新入生総代とかで早めに家を出たので、今日は俺一人で登校だ。

去年は背が高いランドセル女子が高校生の隣を歩いてるってんで同級生に奇異な目で見られたりしたが、今年からは萌絵も中学生。変な噂も無くなるだろう。

ただ、一部にあった「クソ刀男がクソ可愛い女子と歩いてる」なんて悪口は無くなるか分からん。

歩いてるだけじゃなくて、一緒に住んでますけどね。

とにかく、新しい一年だ。

勉強は言わずもがな、部活の強制が無くなったため、バイトも目一杯入れてやる。

凉宮家の未来のためにも頑張らなくちゃな。

なんて決意しながら、俺は玄関を出た。


しかし、こうして始まった高校二年目。

当然、刀を愛し、刀に見入られてしまった俺が平和に過ごせるわけもなく、出会ってしまう。

霊具を駆り、霊具を狩る、ヤイバ狩りの少女――――


――――七夕 マリアと。




@第一術式 霊具


海岸の崖の上に敷地を構える凉宮教会から、俺が通う凉宮第一高校までは十分徒歩で行ける。

しかし今日は、なんとなく自転車を使った。

萌絵がいたら自転車で行けないし、たまには気分を変えてみたかったのもある。

・・・・俺も回りには、「凉宮」と付くものが多い。

教会に学校に、町。

そう、俺の住むこの町すらも凉宮町と言う名前だ。

神奈川県の沿岸部にある地方都市で、繁華街や数本のオフィスビルがそびえ立つ都市地区と凉宮教会や凉宮第一高校のある未開発地区の二つに大別できる。

教会から県道を伝って下り、国道に合流すると陸地側にビルを確認する。

そのまま道なりに進むとふと、坂道を登る見知った背中を見つけた。

う、しまった。

チャリを使ったからか、早めに登校するメンバーと時間が重なってしまったらしい。

校門まではもうすぐ・・・というか、もう見えてる。

あの背中の人物にはなるべく関わりたくないし、さっさと脇を通って校門に入っちまおう。

坂道に入るので、速度を出すために俺は力を足に込める。

バイトの時間を取るために部活は幽霊部員でオーケーの文化部を選んだから、ちょっと苦しい。

よし、よし、いい調子だ。

この分だと校門に入る直前であの背中を追い抜く。

そうなれば後は駐輪場に一目散。

声をかける暇なんて与えないぜ。

さらに都合のいいことに、一生懸命登る俺に対抗心を燃やした野球部の坊主頭が隣を並走してきた。

お陰でチャリのキコキコいう騒音が二台分となり、人の意識下での「どうでもよさ」が増す。

背後に迫るチャリの音が一台だと気になって振り返るが、二台だとあまり気にならないアレだ。

いよいよ前を歩く背中との距離が縮まり、追い越すタイミングが正確に計れるようになった。

よし、あと五秒だ。

前を歩く背中は、肩甲骨に掛かるくらいのフンワリ髪に鞄を前持ちしたザ・女子スタイルの女子だ。

背中しか見えんが、紺色のブレザーは新品のように真新しい印象を受ける。

流石だぜ、超しっかりもので超真面目な超絶模範生。

出来れば今年は違うクラスになれ。

そして、追い抜くホンの数瞬前。

彼女の髪が、何かに気づいたかのようにピクッと揺れる。

風か? 風だよな? 

桜の花弁がヒラヒラ舞う。

・・・・そう言えば今年は桜が丁度満開らしいぜ。

そんなことを考えたのは、これまでの努力が無駄になったことへの絶望か―――後悔か。

・・・・よく考えれば、声かけられたくないなら静かに数十メートル後ろを歩けばよかったんだよな。

彼女が振り向く動きにあわせて、スカートが拡がる。

桜が舞う坂道でクルリと振り返った彼女の、神秘的だが、春の暖かさを感じる雰囲気に一時呆然となってしまう。

俺と目があった彼女の瞳が大きく開かれる。


「凉宮くんっ!」


―――バレた!

一瞬で力が抜けた俺は、チャリから転けないように何とか足をつける。

彼女―――立花 まどかの正面で。


「おはよう凉宮くん、今日は早いんだね! あ、もしかして始業式だから? 私もいつもはなかなか起きられないのに、今日はスッキリ目が覚めちゃったんだ。モモの散歩にもちゃんと行けたし、毎日が始業式だったらもっと余裕を持って生活できるのかなぁ。そうだ、春休みはどうだった? ちゃんと宿題はした? 私は家族旅行にも行ったし、凄く楽しかったよ。そ、それに、凉宮くんのことだっていつも考えてたし・・・・って、何言ってるんだろうね私。春休みボケかなぁ。っと、はいこれ。お土産だよ。今年は春スキーに行ったんだ。写真も入れたから凉宮くんなら持ってて良いからね。そう言えば萌絵ちゃん、今年から中学生なんだよね。私、あの学校の出身だから、困ったことがあったら何時でも頼って良いからね!」

「お、おう・・・」


取り敢えず、ポイポイ渡されたお土産が既にお土産レベルじゃなくてお中元レベルだし、勉強、遊び両立できたならボケはしないだろとか、なんでことあるごとに写真を渡されるんだ、とかイロイロ突っ込みたいが、あまりにもまどかのマシンガントーク・・・・いや、朝から刀騒動に遭遇した俺からすればガトリングトークといっても差し支えない口撃を受けた俺は白眼を剥いて生返事しか出来ない。

立花 まどか。

彼女を一言で表すなら、重い。

普段は成績優秀、容姿端麗に加えて家庭的な面もあり、生活態度も良いので教師ウケする超優等生なまどかだが、時折トンでもなく重いときがある。

しかし、なぜかその重い面を感知できるのは俺だけらしく、周りから見たら「・・・うん、凉宮にだけだし、害無いし?」というレベルである。いやこれ諦められてんだろ。

とにかく俺はまどかが苦手だ。

あれこれ世話を焼いてくれるのは有り難いが、理由がさっぱりわからん。

去年一年同じクラスで過ごしたが、わかったことと言えば性格と、俺を感知する特殊レーダーを備えてることくらいか。

特段何かした覚えはないし、まどかも言ってたが俺たちは出身中学も違う。

いや、ほんと。なんか接点有ったっけ・・?


軽く(まどかは重く)挨拶した俺は、空気的にまどかを置いていける雰囲気ではなく・・・一緒に教室までいく流れになってしまう。

まどかは、校舎裏の駐輪場にまで付いてきて何故かニコニコしている。

ほんわかしてる性格が運動能力にも反映したのか、あまり運動は得意じゃないまどかは足が遅い。

だから自然とまどかの歩みにあわせることになるのだが・・・遅いのよね、これがまた。

まるで並んで歩く俺たちを周囲に見せつけているような、パレード見たいな感覚だ。

ほら、昇降口でまたイヤな視線を感じる。


「凉宮くんは、春休み中なにか変わったことはあった?」

「ん? ああ、さっきの話か」


二階へ上がる階段横に設置された掲示板でクラスを確認する。

2―Cか。おっ、まどかはA組だぞ。やったぜ。

クラス分けを見て、まどかが少し消沈した様子を見せたが、俺は春休み中の出来事を回想する。

・・・・・。

・・・・。

・・・・よし。


「・・・特にないな。ゴロゴロしてた」

「やっぱり」


短く答えた俺に、可愛いものを見る目で「仕方ないなぁ」と返すまどか。

摩訶不思議な贈り物はあったが、それは多分解決した。

ウチの倉庫に封印しとけば大丈夫だろ。


「もう、出不精は良くないよ。お日様の光を浴びないと、ビタミン不足になるんだからね」

「一週間に三十分くらいでいいとかって言われてなかったっけそれ」


他愛もない雑談をしつつ、階段を昇ろうとしたところで――――どん。誰かにぶつかった。

しまった。まどかに気をとられ過ぎたか。

肩がぶつかっただけなので、俺は倒れることもなくその場で踏ん張る。


「―――悪い。余所見してた。大丈夫か?」


気遣いつつ、相手の顔を見ると、知らない顔だと言うことがわかる。

見たことない女子だ。

かなり長いと見られる黒髪を頭の横で結い上げている。サイドテールってやつか。


「・・・大丈夫です。別に怪我は・・・って、え? 嘘でしょう?・・・いきなりこんなに・・?」


手をふって無傷なのをアピールするサイドテールさんの様子が変わった。

俺の顔を見た瞬間、何やら思案顔になった。


「・・・・おい、大丈夫かホントに」


詰め寄るのもアレなので、ある程度の距離から声をかける。

するとサイドテールさんは俺を値踏みするかのように全身を見たあと・・・・。


「―――失礼します」


何て言って職員室の方へ歩き出してしまった。

・・・・あ、さっきは片側しか見えなかったが、後ろから見たらもう片方にもテールがあるな。ツインテールだった。


「・・・ちょっと様子が変だったね、七夕さん」

「た、タナバタ? 今のやつそんな名前なのか?」


七夕が廊下の角に消えるのを待ってか、まどかが眉を寄せる。


「そう、七夕・シールズ・マリア。アメリカ人とのハーフなんだって。去年の夏ごろに転校してきたの覚えてない?」

「ハーフ・・・? い、いや覚えてないな」


夏っていったら刀の件で警察のお世話になってた頃だ。

元々、俺が学校の情報網のなかに居ないのもあるが、あの頃は特に忙しかったので転校生の情報なんか全く知らなかった。

・・・て言うか。


「目鼻立ちはともかく、随分と純日本風な見た目だったな」

「そうだよね。なんでも、やっぱり日本巫女の血の方が霊的資質が濃く―――――ッ!」

「え、血が?」


はっ、と口を押さえたまどかに聞き返す。

? 今コイツ、何て言った?


「・・・・・うん、日本人の方の血が濃いらしいよ」

「へぇ、ハーフなんて皆外国人っぽいのかと思ってたぜ」


なるほどな。単純に日本人よりのハーフだったってだけか。

階段を上がり、三階の二年生のフロアに出る。

この校舎は凉宮高校の一般棟。

四階構造で、一階には職員室や保健室があり、二階から三年生、二年生、一年生と順々に上にあがっていく。

他にも特別教室の入った特別棟や、なんに使うかもわからん立ち入り禁止の禁止区なんてものがある。

まどかと別れ、2ーCの教室に入ると・・・・・?

みんなが、一斉に俺を見た。

見知った顔もちらほら見かけるが、歓迎されているムードではなく、どこか観察する目。

さっきの七夕に近い目をしていた。

不思議に思いつつ、黒板の席順表を確認し、教室の中央付近の席に座る。みんなは既にお喋りに戻っている。

・・・・なんだ、今の?

敵対されている雰囲気ならまだわかる。

過去のいじめのお陰で嫌われてるなら嫌われてるとハッキリ判別できる。

でも、今のは敵対されている雰囲気でも、嫌われている雰囲気でもなかった。

不思議な・・・感覚だ。


「お、おーうレンカ。今日は早いんだな」

「おう、安彦ヤスヒコ。今年も同じクラスか」


隣から上擦った声をかけてきたのは、去年のクラスメート新見安彦だ。

茶色く染めた髪が段々と地毛の色を取り戻しつつあるところを見るに、染め直す金がないらしい。金欠仲間よ。


「なぁ安彦、新しいクラスになったのは分かるが、なんかギスギスしてないか?」


改めて周囲を見回すと、教室に入ったときとは違う、牽制しあうような雰囲気も見られる。


「あー、まぁ新年度だしな。仕方ないっちゃ仕方ないんじゃね? 共闘ともだち関係こわされるし」

「人間関係か・・・・。なんでウチの高校は新年度にクラスを発表するんだよ。普通は春休み中に発表されるもんだろ」

「そりゃぁ、アレだ。監視のない春休み中に戦争けんかされたくなからだろ。昔あった第二、第三高校はそれで取り潰しになったらしいぜ」

「不良のケンカで公立校が潰れてどうすんだよ・・・・・」

「いや、不良じゃねぇし」

「・・・・え?」

「・・・・・・・え?」


なんだ? 微妙に食い違ってる気がする。

ここ以外の高校が不良の抗争で潰れたとかって言う話じゃないのか?

安彦に疑問の目を向けるが、気まずそうに目を剃らされるだけだ。

? なんだよ。

春休み中に何があったんだよ、みんな・・・・。


気まずい雰囲気の中、朝のホームルームが終わる。

担任が、去年の引き継ぎで中幡女史。短いポニーテールの若い先生だ。

副担任二人、そして去年から見知った教育実習生の神代先生が付く。

先生たちが教室を去って、みんなが始業式のために体育館へ移動しはじめる。

・・・・・先生たちも、様子が変だった。

四人の先生がみんな驚いたように俺を見て、険しい目でチラチラと俺を見てきたのだ。

特に、神代先生。

敵対とも友好とも違う。

・・・チクショー、気持ち悪いな。

今日、バイトを入れてなくて良かった。

絶対に行く気にならんぞこんなの。


(・・・・・そういえば)


七夕 マリア。

アイツは、なん組なんだろうか。

ふと思ったことを安彦に問いかけそうになり、踏みとどまる。

いかんいかん、口にしたらマジで嫌われそうだから口にはせんが、女は金の無駄、厄介事の種だと思ってる俺だ。

女を避けてることを知っている安彦に「朝あっためっちゃ可愛い娘のクラス教えてくんね?」なんて問いかけてみろ。全力でバカにされる。

よし、今日は萌絵より早く帰るし、メシは俺が作ってみよう。

カレーぐらいなら、なんとかなるかもしれんし。



入学式は昨日のうちに終わっているので、今日は始業式だけの予定だ。

だが、やはり去年経験した始業式のどの雰囲気とも違って、空気が張り詰めていた。

――――まるで、これからケンカでも始まるみたいに。

式の最中だと言うのに、先生たちが慌ただしい。

生徒の中にも、先生が何か行動を起こすたびにびくりと震える生徒が目につく。

だが、俺の前。


「~~~~~♪」


呑気に口笛を吹きながら爪の手入れをする女。

伏見リズは、違った。

金髪の毛先ににパーマを掛けたヘアースタイルの頭悪そうな女だ。

なんで名前を知っているかと言うと、有名なのだ。

彼女、伏見リズは、不良として。

ウチの学校じゃ集会の列順は来た者からってのが常だ。

考え事で遅くなってしまった俺は、不良のリズよりも遅くなってしまい最後尾に並んでいるって訳だ。

・・・・もしかして、周囲の生徒が緊張してるのってこの女のせい?


「・・・ねぇ、アンタ」

「は、え?」

「聞こえてんでしょ。二度も言わせないで」


突然、リズが声をかけてきた。


「あんた、今の学校の変化にビビってんでしょ」

「―――!」


ズバリ、と言い当てられ、俺は息が詰まる。


「・・・・・なんで、分かるんだ。そんなこと」

「アンタが最後の一人だったからよ」


リズが、振り返る。

カラコンだろうか、青い瞳で俺を見上げてくる。


「感じるんでしょ? 生徒だけじゃなくて、先生もアンタのこと警戒してる」


俺をからかうように、混乱することが分かっているにもかかわらず、遠回しな物言いをするリズ。

俺とリズの剣呑な雰囲気を感じ取ったのか、ざわめきが伝播しはじめる。

まずい、何か分からないが、これ以上ここにいるのは危険だ。


「な、何の話だ。今日はただの始業式じゃないのか・・・・ッ?」

「―――――ぷっ、あははははははッ!」


急に、リズが笑い出す。

式の途中にも関わらず、大声で笑い始めたリズを皮切りに、張りつめた緊張感がキリキリと音をたてているかのような錯覚を覚える。

先生たちが――――――身構えている。


「何がおかしいッ」

「おかしいにきまってんでしょ! 何の話かって? ただの始業式? ―――んなァわけないじゃない!」


目の前でリズが吠え、周りの先生や生徒が獣のような目で俺を見てくる。

その異様な光景に、俺の身体が震え始めた。

くそっ、なんだよこの状況!   

去年までは普通の学校だったのに、いきなり迷路に迷い混んだ気分だぞ。

それも――――――魔獣の住まう迷路に、だ。


「オイッ伏見! やめろッ!」


緊迫した雰囲気を切り裂くように飛び出したのは―――安彦だ。

真横から体当たりするようにリズにぶつかった安彦は、そのままリズを壁にぶち当てる。

安彦が身体をどけると・・・・、パラパラという木屑が落ちると共に体育館の壁にめり込んだリズの姿があった。

・・・・いや、ちょっと待て安彦・・・、アレ、死んだんじゃ――――――。


「いッたいわね・・・。霊具も持ってない雑魚がしゃしゃってんじゃ無いわよ」

「ハン、その雑魚に一撃食らったら感想はどうだよ。ヤイバ狩り」


い、生きてるのか・・・?

アレを食らって!?


「ッチ、自己加速術式ね・・・、足が速いだけでイキがってんじゃないわよ!」


次に動き出したのはリズの方だ。

さっきの安彦とは違い、一般的なスピードだが速い。


電装光槍ライトニングスパイク!」


走りながら片手を上空に掲げたリズの手に、妙なものが発生する。

青白い、不定形な稲妻のような物体が次第に収束し、一本の槍へと変貌する。

なんだ、あれは。

何もない空間から、武器を造り出したぞ!?


「ッつらァッ!!」


リズがやり投げのようにそれを安彦に向かって投擲する。

安彦は何のためか、投げる直前に脱いだブレザーを宙に放ると少し、距離を開けた。

安彦のブレザーは、空中で広がると不自然な動きで飛翔する槍と安彦との壁のように・・・・いや、盾か!

そして・・・・バチぃッ!!

槍と接触したブレザーが黒焦げになり、灰だけが床に落ちる。


しかし、目を見張ったのはその後だ。

―――いつの間にか、リズの腕が安彦の首に添えられている。


「し、振動系術式・・・ソニック・ブレード・・・!?」


添えられた手を見た安彦が、呻く。


「そうよ。媒体はアタシの腕。自壊しないよう維持すんのがホネだけど、アタシ振動系得意なんだよねー」


・・・・よく分からないが、安彦が負けた、と言うことらしい。

頭に光を打ち込み安彦を気絶させたリズが、周囲を取り巻く生徒や教師を示し、俺を見る。


「で? 今のデモンストレーションでわかったでしょ? ここはこういう学校なのよ」


・・・どういう学校かはビタ一文分からんが、ひとつだけわかる。


―――――――――命の危機だ。


「あっ! こら待て!」


その場で回転し、リズに背を向けた俺は一目散に走り出す。

止まれと脅してくるリズの声をききながら、俺は体育館を飛び出した。



―――チクショウ、チクショウ、チクショウッ!

なんなんだアレは!

いきなりかぜみたいに安彦が体当たりをかましたと思ったら、リズは電気の槍なんか造りやがるし、よくわからん決着だってついた!

それに!


「・・・・よく逃げるねぇ・・・疲れない?」


上空からチャリで逃げる俺を見下ろすリズは一体何なんだ!


「て、てめぇ!付いてくんな!」

「イヤよ。て言うか、逃げらんないの分かったなら止まれば?」


再三静止を促された俺だったが、遂に疲れがピークに達したので漕ぐのをやめる。

よく考えてみれば、リズは撃とうと思えばいつでも俺を撃てたはずだ。あの槍で。

海岸沿いに走ってたから、目の前は海だ。

そばにあった自販機でスポーツドリンクを買って一口煽るも、味がわからない。


「・・・・お前たち・・・というか、あの学校は何なんだ」


隣に着地したリズに問う。

警戒は解けないが・・・攻撃するつもりも無さそうだぞ。


「・・・・呆れたわね。ブラフじゃなくて本気で分かってなかったのアンタ」

「知るわけないだろ。俺はただの一般高だと思って入学したんだ」

「へー、なるほどね。じゃあ、持ってるのは間違いないわね」


リズが、手を差し出す。


「・・・・・なんだこれは」

「寄越せって意味よ」


・・・何を。

試しにスポーツドリンクを置いてみる。


「違うわよッ!」


ばひゅんッ!

うおおっ!? 

リズの掌で電気が弾けて、中身が沸騰した。


「アタシが寄越せっていってんのは霊具! アンタも持ってるんでしょ!」

「は? レイグ? なんだそりゃ」

「はぁっ? なっ、く、ぅ・・・。コイツ、なにも知らずに管理されてやがる・・・・」


リズがやれやれと頭をふる。


「良いから説明しろよ。そうしたらレイグがなにか分かるかもしれん」

「・・・・・アンタの生殺与奪、今アタシが握ってるって自覚ある?」

「・・・・教えてくださいリズ様」

「キモい」


よし、レイグがなにかわかった暁には絶対にわからん場所に隠してやろう。ウチの魔窟とかに。

リズはもくもくと湯気をあげるスポーツドリンクを拾い上げると、少し力を込め、そのあと一口のんだ。

中味は・・・冷たくなっているらしい。


「まず、それは何なんだ。本物の魔法ってやつか?」

「―――そうよ」


また事も無げに言うなこの女・・・。


「冗談だろ。安彦が使ってたやつも同じやつか? 魔法なんて、空想の産物だろ」

「じゃ、さっきの一幕、どう説明つける気よ?」

「・・・・・・」

「無理って分かるならトーシロがシャシャンなっての。バカみたいよ」


・・・・イチイチ勘に触るなー。

でも殴ったら雷撃飛んできそうだし、我慢しよ。


「―――人間は、出来るものしか産み出せないのよ。科学しかり、魔法しかり、空想しかり。できそうだと思うから人は夢を見るし、できそうだから人は実行し、努力すんのよ。そしてその根底には、希望がないといけない」

「・・・・・空想したやつがいるなら、その発想の元ネタになったやつがあるってことか」

「そう言うことよ。空想から魔法が生まれたんじゃない。魔法が人に夢を見させたの」


空想し、実行し、努力する根底の希望、それが本物の魔法の存在だったんだろう。


「魔法の起源はなん何千年も前よ。日本でも二千年前には卑弥呼が呪術を使ってる。運勢を占う簡易的な術式だけど、それのおかげで戦争に勝つという事象改変を起こした。長い目で見れば大掛かりな魔法ね」

「・・・・・こじつけだろ、そんなの」

「確かにね、でも、現代に魔法はある。それが事実よ」


確かに、ソコだけは認めなければ話が前に進まない。

魔法があって、目の前のリズや、安彦はそれを使う魔法使いだった、と。

・・・・整理して考えると愕然とするぜ、全く。


「・・・・凉宮高校は、その魔法の育成機関ってことだな」

「その通り。バカのわりには察しがいいわね」

「・・・バカにしてんのか? いや、されてるのか・・・」


・・・凉宮高校がただの高校じゃないことくらい分かる。

今だからわかるんだ。始業式では全員が殺気とも言えるオーラを放っていた。

ただの人間じゃないヤツが目の前にいるんだから、他にも人外がいても不思議じゃねぇよ。


「で、さっきのレイグってなんなんだ? 俺が持ってるような言い方だったが、そんな名前の物知らんぞ」

「霊具がそれその物の固有名詞じゃないわよ。たくさんあるから纏めて霊具って呼んでんのよ」

「複数あるのか・・・」

「アタシも持ってるわよ」


そういうリズだが、それを見せるツモリは無いらしい。


「霊具っていうのは過去の魔導師が精製した異能の塊。私たち魔法の才が有るものの力を何倍にも伸ばしてくれる魔法のアイテムよ」

「・・・・じゃあお前、それもう持ってるんだろ? ワザワザ他の探す必要あるのか?」

「カンの鈍いやつね・・・」


お前さっきバカのわりには察しがいいとか言ってたのに・・・。


「アンタ、今朝から回りの様子がなんで変わったかとか考えないわけ? 半年くらい前から感じてた霊具の霊波が急にアンタから発せられ始めたんだから皆焦ってんのよ。先生たちの狼狽えようからしても、そうとう意外だったか、あるいは――――――予定外だった、ってとこね」


リズは残りのドリンクを飲み干すと、ボトルはそのまま砂浜に投げ捨てやがった。


「つまり、みんな欲しがってんのよ。アンタの霊具を、ね」


欲しがってる・・・? 

レイグ・・・魔法使うヤツが言うことだから漢字は霊具ってとこだろうが・・・、俺がそれを持っているという所が理解できない。


「今この世界の裏側で起きてるのは霊具使いや、異能達による霊具争奪戦争。霊具を持ってるアンタはそれにエントリーしてるってわけよ。―――はい、分かったら霊具だすっ。今渡せば命だけは残してあげるわ」


霊具、争奪戦争・・・・戦争、だと?

今朝安彦が言ってたケンカってもしかするとこの話に類するモノだったのだろうか。

とにかく、教えられた事を整理する。

まず、凉宮高校。

表向きは普通の公立高校みたいだが、その実は魔法なんかを扱う子供たちを集め、養成する専門学校。あそこには俺と同じ年齢くらいしか居なかったからな。

そこに計らずも入学した俺は、リズみたいなヤツが追い求めている霊具ってやつを持ってるらしいが、俺には心当たりがない。

今要求されてるってことはその、霊波?ってやつを発してるみたいだが、見ての通り俺は今制服しか身に付けていない。

要求されたなら素直に出すさ。命までは取らないとか言ってるんだし。

俺は萌絵をキチンと大学まで行かせるつもりだし、ここで死ぬのは絶対にイヤだ。

命と、訳もわからない霊具という存在。

大事なのはハッキリと分かっている。


「・・・・・わかった。霊具はお前に渡す。だが、俺にはそれがなにかハッキリ分からないんだ。だから、お前が特定しろ」

「・・・嘘をついている訳じゃないわね・・」


リズは俺をにらんだあと、疑う材料が無くなったらしくため息をついた。


「はぁ、せっかくラクショーで一本手にはいると思ったのに・・・・、使えないヤツ」


最後の一言にイラッときたが、ここは命のために我慢だ我慢・・・・。


「・・・・アタシは学校に戻るわ。先生どもに折檻喰らうのもイヤだし。アンタも、力の才能無さそうだし、アタシに霊具渡したら直ぐに学校を出ることね」

「・・・・・言われなくても、そのつもりだ」


頼まれたって居てやるか、あんな学校。


「・・・今夜8時、アンタの家にいくわ。誰にも言うんじゃないわよ」


ハイハイ、分かったからさっさと消えてくれ。

リズが学校の方へ飛び立ったあと、俺は堤防を背に座り込む。

霊具・・・・か。

リズにはああ言ったが、本当は心当たりがあるどころか、確信レベルである。

あの刀のことだろ?

リズはやけにあれに執着してるみたいだが、あれは俺以外抜けない代物なんだ。

もちろん持っていってくれるならどうぞ、って感じだが、その為にはあの倉庫から刀を探し出さねばならない。


「・・・・・チクショー、めんどくせぇな」


取り敢えず、ヤツが投げ捨てたボトルは拾って捨てておいた。



リズと別れた後、俺はあのイカれた学校には戻らずにすぐに家に帰った。

大きな玄関を乱暴に開け、靴を脱ぎ散らかすと一目散に開かずの間を目指す。

鍵は俺がまだ持っている。

南京錠をガチャリと開け中に入る。

風で巻き上がったホコリに鬱陶しさを覚えると、刀を探し始める。

・・・今朝はここにあったんだ。きっとどこかにあるはずだ。

入れたものは探しても見つからないなんて言われてる開かずの間だが、そんなことがあるものか。絶対に見つかるはずだ。

片っ端から山を崩し、段ボール箱を漁るが、思い出の品は出てこようとも、目的の霊具―――あの刀がない。

チクショウ、冗談じゃないぞ。

今まで普通の学生だと思ってたクラスの面子や、ただの不良だと思ってたリズ。

アイツら全員、普通じゃないかったってことか!?

さっきのリズの「魔法」を思い出す。

・・・・あれは本物だ。

きっとヤツは、その気になれば簡単に人を消せる。

魔法が横行しているあの学校も普通のルールで動いているとも思えない。

霊具が無いなんて知られたら恐らく俺は―――。


「くそっ、どこにあるんだよチクショウめッ!」


見つからない・・・・どこにも、見つからない。


・・・夢中で探していたらいつの間にか正午を回っていた。

今、俺は開かずの間の中央で大の字になっている。

腹が、へった。

今俺が直面している問題は死活問題ではあるが空腹には勝てない。

ホコリと汗だらけの格好で食堂に入り、冷蔵庫を見てみるが・・・・なにも食べるものはない。

弁当、学校に置いてきちまったぞ。

さらに言えば萌絵はその日必要な分だけを小まめに買い物する性格で、いつも冷蔵庫の中はスッキリしているのだ。

これからあいつは帰りが遅くなるし、買いだめ制に移行だなこりゃ。


時間がたったため、割と思考が楽観的になってきたな。

家に食うものがなければ外へ。

八時までのタイムリミットを確認した俺は、着替えて近所にあるファミレスへ行くことにした。



持ち合わせが少ないので、窓際の席で俺がカレーをつついていると・・・・。


「リズと話はつきましたか」

「・・・・今朝ぶりだな、七夕マリア」


ドリンクバーをすでに注文したのか、カップを手にした七夕アリアが俺の正面に座ってきた。


「なにやってんだ。リズは折檻が怖いからって学校に戻ったぞ」


ゆっくりと腰を浮かせつつ逃げる算段を立てていると・・・。


「心配しなくていいですよ。食事中に攻撃したりはしません」


優雅にカップから飲み物を飲むマリアが釘を刺してきた。

中身は・・・においからして抹茶ラテか?

マリアが完全に落ち着いているので、一人慌ててるのもバカバカしくなり・・・。


「・・・騙したら恨んで出るからな」


そう言ってカレーにスプーンをつける。


「魔法使い相手に呪いの類で脅しとは・・・意外と落ち着いていますね」

「冗談を本気マジに取るなよ。俺に呪いなんて使えない」

「それもそうですね。呪いなんて高等術式、貴方に扱えるワケがありませんでした」


マリアの言葉に違和感を覚える。


「確信してたみたいなセリフだが、俺からは霊具の霊波ってのが出てるんだろ? 使えるって可能性は考えないのか」

「考えません。貴方から発されているのはあくまで霊具の霊波長。貴方自身に霊波は感じられませんし、霊波を遮断する術式もありますが完全に消し去るのは不可能です」

「つまり、俺には魔法使いの才能はないと?」

「そういうことになります」


ぴしゃりと言い切るマリアに俺はくらっとする。


「・・・じゃあ、なんで俺はあの学校に・・・?」

「それを聞きに来たのです。貴方に魔法の才は無い。霊具の霊波も今年の春からしか感じなかった。魔法の才能がある人間か、高名な巫女か、異能を持つ人間しか入れないはずの涼宮にどうやって入ったのですか?」


俺が涼宮を受けたのは、公立校ゆえの授業料の安さに惹かれてで、普通に試験に受かって入学したんだ。


「どうもこうも、普通にペーパーテストに受かって入ったんだ。」

「ペーパーテスト?」

「ああ、個別に受けさせる変わった形式だったけどな」

「個別に・・?」


マリアのきれいな眉が寄せられ、かくんと首が傾げられる。

・・・・そういえばこの女、美人だな。

長いツインテールもサラサラしてて綺麗だし、魔法使いとか抜きにして別の場所で出会いたかったね。

そのマリアはというと、ひとりだけ得心がいったという顔でうなづいた。


「やはり貴方には何かがあるみたいですね。私の場合編入ですけど、それでもペーパーテストなんてありませんでした。きっと貴方は特別・・・いえ、異例というべきなのでしょう」


そう言ったマリアは佇まいを正し、


「それを踏まえて貴方に頼みます。どうか、どうか貴方の霊具を私に譲ってください」


・・・・リズの次はマリアと来たか・・。


「譲るのは構わんが、リズも欲しがってたぞ」

「やはりですか、リズとの話も霊具の件でしたか?」

「ああ、寄越せって言ってきた」

「彼女のことならよく知っています。これまでに三本の霊具を取り込んできた強力な魔女です」

「まて、取り込んできた?」

「はい。霊具は他の霊具を取り込むことで強化できます。リズはそれを三回繰り返し、彼女の霊具は他の物とは一線を画す武器となっています」

「マジかよ・・・」


リズに霊具が渡らない場合、俺は消される。

逃げようにも、三回強化した霊具ってやつを持つアイツからは逃げられないだろう。


「・・・じゃあリズに渡すしかないんだが」

「リズの力を恐れてなら、それは心配ありません。貴方が霊具を渡してくだされば、私は四回目の霊具強化ができます。それがあればリズを斃し、リズが強化した三回分の霊具を私の霊具に取り込めます。つまり・・・」

「霊具をくれるなら、俺をリズから守ってやるってことか?」

「はい。そういうことです」


なるほど。

俺は霊具―――あの刀を手放したい。

マリアは自分の霊具を強化したい。

霊具の価値がわからない俺とっちゃあ無用の長物だし、とりあえず損がないことはわかった。

だが、


「俺には妹がいる。妹も守ってくれるなら交渉は成立だ」

「なら、晴れて成立ですね」


ニコッと笑みを浮かべたマリアがカップを上げるので、


「ああ、よろしく頼む」


チンッとグラスを合わせてやった。

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ヤイバ狩りのマリア @kureha

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