第21話(最終回)
瑤子に誕生日プレゼントを貰い、喫茶店の美女と生徒会でケーキを食べ終わり、俺達は夜になったばかりの商店街を歩く。
「どこに行くんだい?」
俺は目的地も解らないまま連れていかれるので気になっていた。
「駐車場までね、そこから兄さんが車で案内してくれるわ」
瑤子のお兄さんがいるのか、知らなかった。
駐車場に着くと枢さんが車の中から出てくる。
「やあ、司君。待っていたよ」
「どうも枢さん。まさか来てくれるとは思いませんでした。でもなんで瑤子のとのデートの日に?」
「ははは、瑤子に頼まれてね。君をある場所まで送ってくれるように頼まれたんだ」
「ある場所って?」
「司、いいからいいから乗って乗って!兄さんもばらしちゃ駄目だからね」
「解っているよ、さ、乗ってくれ」
俺は場所も聞かれないまま2人に車に乗せられ、エンジンが回る。
「司、これ付けてくれないかしら」
瑤子がそういって俺に渡したのはアイマスクだった。
「なんでこれを?」
「いいからいいから、私が外していいって言うまで外しちゃ駄目だからね」
なんだか瑤子の言いなりにされている気がしたが、瑤子が俺に何か楽しいプレゼントを渡してくれることは確かなので従うことにした。
俺はアイマスクを付ける。
車に揺られながら、目的地に進んで行く。
※
20分ほどの時間が経った頃に車が停まった。
目的地にたどり着いたのだろうか?
「着いたわ、もう外してもいいわ」
俺はアイマスクを外す。
外は暗いがどこかの駐車場なのは確かだった。
しかし見慣れない場所から察するに遠くに来たことは解った。
「さ、車から降りてね」
瑤子がそう言って、俺の右手を握る。
俺は瑤子の手に引かれて車を降りる。
大きな武家屋敷が駐車場の近くにあった。
いかにも和風の金持ちが住んでそうな屋敷だった。
「兄さん、先に行ってて」
「ああ、解ったよ」
枢さんが屋敷のインターホンを押して、中からスーツの男が出てくる。
どうみても怖い感じの男に案内されて、枢さんは屋敷に入っていく。
「瑤子、これはいったいどういう事?」
俺は少し不安になって、瑤子に聞いた。
「司が喜ぶプレゼントがこの先にあるの、それだけ信じて私と一緒に屋敷に入ってくれないかしら?」
瑤子は真剣なまなざしで俺を見る。
俺はもしかしたら取り返しのつかない世界に足を踏み入れようとしているのではないか?
スーツの怖そうな男、金持ちが住んでそうな武家屋敷。
無事に帰れるのだろうか?
車の運転手だった枢さんはもう屋敷の中だ。
ここがどこかも解らない。
瑤子は信じて欲しいとだけ言う。
逃げ出したいが後には引けない所まで呼ばれていた。
なんてことだ、最初からアイマスクなんてしろって時点で疑うべきだった。
瑤子が何を考えているのか怖くなった。
俺は死を覚悟した。
でも瑤子も信じることにした。
「わかった、屋敷に入ればいいんだね?」
「ええ、司ならそういってくれると信じていたわ。さ、入るわよ」
瑤子はそういうとインターホンを押して、設置されているカメラを見上げた。
中からスーツの怖そうな男が出てくる。
「お待ちしていました。案内しますので私の後に着いてきてください」
ドスのきいた明るさのない怖い声だった。
俺は足が少し震えたまま屋敷に入っていった。
庭には様々な植物や鯉の泳ぐ泉などがあった。
いかにも和風の金持ちの屋敷だ。
橋を渡り、玄関まで来ると靴を脱いで、そのまま棚にしまった。
そのまま広い居間に案内され、瑤子と一緒に今の中央の机に座った。
「瑤子、そろそろ説明してくれてもいいかな?」
俺は不安しかなかった。
「司。今から10分経ったらここから歩いて右側にあるふすまを開けるのよ」
「ちょっと、待ってくれよ。一体ここは?」
「司、今は私のいう事を素直に信じて、絶対に忘れられないプレゼントになるから」
瑤子がそういって、立ち上がり部屋から出て行った。
去り際に一言だけ瑤子は俺に告げた。
「一度だけ、あなたの気持ちが私に本当に好きだと言ってくれるその日まで、私も梨佳と一緒に待つことにしたから」
「えっ?それは?」
瑤子はその後に部屋から足音と共に消えていった。
俺は突然の事態に思考を整理するしかなかった。
ここにきて瑤子のあの言葉。
振られたとは違う、俺の意思の尊重。
俺はプレゼントの意味が解らずに、この机と畳以外は掛け軸と熊の置物以外は目立ったものは何もない部屋で、言われた通りに10分間待った。
一体何が始まるのだろう?
10分が経過すると、先ほどの玄関で会ったスーツの男が入ってくる。
「お待たせしました、目隠しをして部屋に入っていただきます」
「あの、一体これはどういうことでしょうか?」
俺がそう言った後に、他の2人の男が部屋に入り、俺に目隠しをする。
「瑤子さまから説明はしないとの約束ですので、ご勘弁を」
俺は抵抗出来なかった。
殺されるかもしれないからだ。
もしかしたら、これから殺されるのだろうか?
一体何故?
しかし、瑤子のセリフからするに殺されるわけでもなさそうだ。
俺は言われた通りに信じるしかなかった。
目隠しをされ、視界が真っ黒になる。
男に手をつながれる感触があった。
「では、部屋までこのまま案内しますので、お気をつけて」
そのまま、立ち上がり部屋を移動する。
肌に冷たい夜風が吹いている。外に出たのだろう。
そのままぎこちない足取りで転びそうになりながらも、短い距離で止まった。
ふすまが開く音が聞こえて、そのまま部屋に入った。
手の感触がなくなり、後ろでふすまを閉じる音が聞こえる。
部屋の中では人の気配がした。
「司、もう目隠し取っていいわ。プレゼントをあげる」
前の方から瑤子の声が聞こえた。
俺はゆっくりと目隠しのアイパッドを取った。
それと同時に周りから何かが割れるような大きな音が聞こえた。
「司君、誕生日おめでとう!」
周りから大きな声でそんな言葉が聞こえる。
「えっ?」
俺は戸惑った。
周りを見ると知った顔ぶれが並んでいる。
瑤子に槇村、峰屋、彩島、横田、枢さん、茉理先輩、克也さん、智哉、枢さんに梨佳がいた。
「みんなあなたの誕生日を祝うために今日の昼から準備してたのよ。これが2つめのプレゼントよ、気に入った?」
瑤子が俺にそう言った、なんだか相手をだまして成功したのが嬉しいような意地悪そうな笑顔だった。
「う、嘘だろ?それじゃあこの屋敷って?」
「私の実家だよ、司君。ビックリしたでしょ?」
茉理先輩がニコニコしながら俺にそう言った。
俺は腰が抜けて膝をついてしまった。
「あはは、ごめんね司君。瑤子が最後までこのことは内緒にした方が驚くから、みんなでそうしようって決めてたんだ」
梨佳が笑いながら俺に駆け寄る。
「みんな、俺の事嫌いじゃないのかよ?」
俺は思わずそう言った。
「僕は正直言えば、はっきりしない君がまだ嫌いだけど、友達としてはまだ好きなんだ。瑤子も君が本気で好きになるまでは返事は待つって言ってるしね」
智哉が俺にそう言って笑う。
「わ、私もあの時はあんたのヘタレっぷりに驚いたけど、そういう理由ならまだ私にもチャンスがあるしね。感謝しないさいよ変態!私が好きでいる内に告白セリフの1つでも考えておきなさいよね」
槇村が恥ずかしそうに腕を組んでそっぽを向きながらそう言った。
「私も最初に告白したように司くんが振り向いてくれるまで色々するからね、へへっ、覚悟しといた方が良いかもね」
梨佳ははにかみながらそう言った。
「俺はもとから司っちは良い奴と思ってる系男子だぜ。ほれほれ、腰抜かしてないでケーキ食べようぜ」
彩島がいつもと変わらないノリでそう言ってくる。
「うむ、司少年よ。私も前から君は聖人ロードを突き進む快男児だと心得ている。ゆえに祝うのはごく当たり前のことである」
横田が時代錯誤な言い回しで俺にそう言った。
「司君と会って日が浅いけど、瑤子にいつか振り向くと思って待っているよ。将来お兄さんと呼ばれるのももう少し後かもね。どんな結果になっても瑤子の友達であり続けて欲しい」
枢さんがワイングラス片手に楽しそうに言う。
もう飲んでるのだろうか?
「私が司君の誕生日をみんなに教えたんですよ。すいませんね、男2人というのも若いのに寂しいと思いまして、勘弁してくださいね」
克也さんがちょっと申し訳ない表情でそう言った。
「さ、司君。ケーキ食べて、君の誕生日を祝おうよ」
茉理先輩が俺に手を差し伸べてくる。
起こされた俺は初めて騙されたことと初めて誕生日を祝われたことに複雑な気持ちで誕生日を迎えた。
みんなは俺のあの時の言葉を受け止めて、こういうみんなで仲良く過ごす選択をしてくれた。
いずれは誰か好きな人を選ばなければならないだろう。
でもみんなはそれでも俺と友達でいてくれる。
その優しさが嬉しかった。
俺は今日ほどこんなに温かい気持ちと優しい気持ちになれた日は無いと思った。
ケーキを食べたり、プレゼント交換会をしたり、みんなで歌ったり、最後は庭で花火をして楽しい時間を過ごした。
梨佳と槇村、峰屋に茉理先輩、そして俺にプレゼントをくれた瑤子が俺に近寄る。
「さっ、誰と付き合うか選んで!」
5人ともそう言って、俺を見る。
「もうちょっと待ってくれ」
「ダーメ!」
5人が俺に抱き付き、そのまま倒れてしまう。
「ははは!司っちハーレムだな!」
「うむっ!爆発してほしいものだ!」
彩島と横田がそんな事を言う。
「司君、もしよければまた管理人見習いをやってもらえませんかね?」
克也さんがそんなことを言う。
今は5人に抱き付かれて、それどころじゃないが。
こんなに良い人たちがたくさんいるこのアパートが、この街が好きになった。
俺は嬉しかった。
これからはまた色々あるかもしれないけど、俺のわがままも聞いてくれるみんなに何かしてやりたかった。
そうだ、少しずつだけど人間も変っていく。
それは俺だけじゃない。
ここのアパートの人たちと学校のみんなとそして俺を支えてくれた人たちのために、俺は俺の出来ることをしよう。
俺は5人に抱きしめられて倒れ込んだまま、克也さんに答えた。
「はいっ!管理人見習いをまたやらせていただきます!」
これから俺の新しい管理人見習いとしての日常と5人の恋愛が始まろうとしていた。
今までと違ってそれはきっと楽しい人生になると思う。
俺は5人に何度もキスされながら、そんな事を思っていた。
なんで高校生の俺がアパートの管理人見習いになったんだよ? 碧木ケンジ @aokikenji
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