第20話
あれから随分歩いて商店街に着いた。
まだ夕日が昇っているこの時間に家に帰る気もしないまま、俺は商店街にあるゲームセンターに寄った。
地下へのエスカレーターを降りて、自販機の前の椅子に座る。
ゲームの音と人の声が聞こえる中で、自販機で買ったジュースを飲む。
雑踏の中の孤独だ。
「やあ、来てたのかい。今日は南さん来てないよ」
声をかけられて見上げると森川店長だった。
「どうも、今日って大会でしたっけ?」
「はは、残念だけど明日だね。でも明日に向けて今日は練習している人たち多いよ。やってみるかい?」
また現実逃避をしてみるのも悪くはないかもしれない。
森川店長に誘われるままに、俺は遅くまでゲームをすることにした。
それこそ閉店まで遊んだ。
お金に余裕があったこともあって、長く遊べたのは気分転換に良かったのかもしれない。
結局閉店までゲームをして、南さんは来なかった。
夜中の一通りの少ないシャッターだらけの商店街を歩いて、俺はアパートに戻った。
アパートに戻り、部屋の鍵を開けて克也さんが寝ている間に風呂に入り、寝巻に着替えて布団に入った。
寝る前に頬をすすり、みんなのことを考えたが、少しだけ辛くなってすぐに寝た。
※
朝起きてみると瑤子からメールが来ていた。
朝と言っても今日から学校が休みなのでもう10時を回っていた。
俺はスマホで瑤子のメールを確認する。
今日の昼に隣町の動物園でデートをすると言う内容のメールだった。
昨日の事は気にしなくていい、私から話しておいたから安心してほしいっと追記で書かれていた。
瑤子がそこまでしてくれたのは少しだけ嬉しかったし、不幸中の幸いの様な気がした。
俺を変えてくれるために動いてくれていたことは何よりも嬉しかった。
あんなことが起きてしまったけど、瑤子は傍にいた。
智哉には俺に厳しくなるが、瑤子を少しでも好きになっていこうと俺は思った。
たとえ成り行きとは言え、俺はこんなに思ってくれている瑤子を好きになるべきだろう。
そんな不思議な義務感が生まれつつあった。
俺は待ち合わせの場所を駅前にして、着替えた。
女の事のデートはこれが初めてだった。
克也さんは外出しているのか、机におにぎりと漬物に味噌汁だけが置かれていた。
遅くなった朝食を1人で済ませるとすぐにアパートを出た。
知り合いに誰にも会わずに商店街前のバスに乗り、辿り着いた駅前で瑤子を待った。
背中をポンっと押されると後ろに瑶子がいた。
「おまたせ!じゃあ行こうか」
「ああ、隣の駅にある動物園だったね」
「パンダが凄く可愛いし、あそこの近くのレストランっておいしい料理で評判なんだ」
「それは楽しみだな」
お互いの会話に昨日の出来事は無かった。
まるで禁句のようになかったことにされている。
俺達は彼らを切り離して過ごしていくのだろうか?
そんな決意と不安が見え隠れする中で、俺は瑤子とのデートを楽しんだ。
※
デートは特に問題も無く、楽しく進んだ。
動物の無邪気な姿は初めて見たが悪くなかった。
パンダがあまり動かずに笹を食べている姿はどこか愛らしかった。
レストランの料理も旨く、瑤子との買い物や遊びは楽しかった。
これからこんな日が続くのかと思うと悪い事だらけの日々には思えなかった。
気づけば夜になり、俺は瑤子と帰りのバスに乗っていた。
2人で今日あった出来事を話しながら、商店街のバス停にたどり着く。
瑤子は喫茶店の美女と生徒会に寄りたいと言うので、俺はちょっと複雑な気分になったが行くことにした。
ウェイトレスに注文した後に瑶子は席を外した。
なんでも親に電話が来たとかで俺の前では話せない内容だそうだ。
頼んでいた紅茶とケーキが届くころには瑤子は席に戻っていた。
内容は聞かないようにして、デートの話題の話を続けることにした。
「そういえば司」
「なんだい?」
「今日は何の日だと思う?」
瑤子がそんな事を言った。
なんだったか?
でも心当たりはあった。
「お誕生日おめでとう司」
「覚えていてくれたんだ」
意外だった。
てっきり忘れているものだと思ったし、俺自身祝われるは初めての事だったので嬉しさもあった。
「何にするか悩んだんだけどね。似合いそうだったからこれにしたの」
瑤子はそう言って包み紙の小箱を俺に渡した。
人からプレゼントを貰うのは初めてだったので嬉しかった。
「ありがとう、開けてもいいかな?」
「う、うん。喜んでくれるのかはちょっと自信ないな」
「プレゼントを貰えるだけでも十分嬉しいよ。ありがとう」
そう言って俺は中身を開けた。
中にはバックル式のベルトだった。
「こんなに良いものをありがとう。大事にするよ」
「ちゃんと付けてね」
「大事な物だから取っておくよ」
「えー、それは駄目。毎日付けないとプレゼントの意味ないって」
「瑤子がくれたものなんだから保存しておくよ。特別な日にだけつけるね」
瑤子は少し、いやかなり照れていた。
「ケーキ食べましょ。来年は私の家で祝ってあげるね」
「ありがとう瑤子」
とてもいい関係だった。
もういっそこのまま瑤子と一緒になろうとさえ思った。
「それとね、プレゼントはもう1つあるのよ」
瑤子はそう言うとニコニコと笑う。
「食べ終わってから案内するわね」
どうやら物ではないらしい。
俺は内心ワクワクしながらケーキを食べて、雑談を楽しんだ。
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