第19話
7月19日午後4時、俺は学校の授業が終わって智哉と瑤子と茉理先輩に屋上に呼ばれていた。
理由は解っている。
昨日のことなのだろう。
今日が最後の授業で明日から夏休みだが、これからの出来事に気分が晴れなかった。
俺は何を言われるのだろうか?
昨日のライブはあんなに楽しかったけれど、あの後から瑤子の気持ちを体で受け止めて周りがそれに不満を持っている。
俺自身も瑤子と付き合うことになってはいるが、本当に瑤子とこのまま過ごして良いのかどうかわからない。
それが幸せなのだろうか?瑤子は変えてみせると言った。
俺は瑤子と付き合うことで幸せになれるのだろうか?
変れるのだろうか?
そんなことを思いながら俺は屋上への階段を上がっていく。
逃げだしたら明日から気まずくなっていくだろう。
この3か月余りの日々は正直に言えば、楽しかったかもしれない。
これからその日常が壊れていくのだろうか?
誰かが傷つき、誰かが幸せになっていくのだろうか?
必要最低限の生贄があるのだろうか?
しばらくはぎこちない日々が続くのだろう、前のように、入居したてのトラブルのようになっていくんだろうか?
俺は屋上へのドアを開ける。
日差しが強く、夏の始まりともいえる暑さがわずかに体に注がれる。
金網と椅子以外はコンクリートの寂しい屋上に5人がいた。
茉理先輩、智哉、槇村、梨佳、そして俺の恋人になっている瑤子が俺を見ていた。
俺が来るまで話も無かったのだろうか、みんな黙っていた。
とても気まずい空気だったに違いない。
「待っていたよ司君。これからどうするかみんなで話し合おうよ」
智哉が最初に口を開いた。
「智哉、言ったでしょ?昨日私は司と付き合うことになったの。だから私以外の人が司を諦めて友達として付き合えば良い事なのよ?」
瑤子はそういってみんなを見た。
「ふざけないで!こいつは私にベタ惚れしてるのよ、口に出さないだけであんたが勝手に奪っただけじゃないの、笑わせないで!」
槇村がそういって瑤子を睨み付ける。
「槇村先輩みたいに勝手に思い込んでいる人に司は渡せませんね」
瑤子がそういって威圧している。
喧嘩が始まりそうだった。
黙っていた茉理先輩が俺に向かって走り、そのまま抱きしめられた。
「ちょっと茉理!何しているのよ?」
槇村が茉理先輩を引きはがそうと先輩の両腕を抑えようとする。
「司君、大好き!誰よりも好き!私と付き合って、何でもするわ。あなた好みの恋人になってあげるから、だからその子と別れてよ。私ずっと軽音部で君のこと見てたんだよ、君の事が可愛くて可愛くて仕方なかったんだよ?大好きなの」
茉理先輩は今まで見ない表情で俺に迫った。
こんな茉理先輩を見るのは初めてだった。
今までそんな素振りも見せなかったのに、こんなにも俺の事を考えていたなんて知らなかった。
「最低ですね、先輩。私の彼に何言い出すんですか?軽音部も解散ですね」
瑤子が冷たい目で茉理先輩を見ていた。
茉理先輩は槇村に抑えられながら、涙を浮かべて俺を見ていた。
「司君は瑤子さんのこと本当に好きなの?」
梨佳がそんなことを俺に言った。
智哉は俺を見て、梨佳に続いて言った。
「前に言ったよね?本当に瑤子の事が好きなら僕は何も言わないよってさ。どうなんだい?答えてくれないかな?」
「俺は、瑤子の事が」
どう答えればいい?
これから先の俺の言葉でみんなの関係が崩れるんだ。
どうすればみんなと上手くいくんだろう?
何故俺がこんなことに巻き込まれたのだろう?
現実は待ってくれない、それならいっそ。
正直に自分の気持ちを言おうじゃないか。
どうせ、中学時代に戻るなら、戻るならなんだ?
戻ると今までの楽しさが忘れられなくなるんじゃないか?
俺は誰かと付き合うことよりも、今のみんなの関係が無くなることを恐れている?
なんだそれ。
俺ってただの臆病者じゃないか。
そうか、恋愛なんてものを抱え込まなくていいんだな。
俺は正直にみんなの前でこう言った。
ありのままの自分の意見を。完結していない曖昧な自分の結論を話した。
「俺はただみんなと楽しく過ごしたかった。それなのに俺の事を友達以上に好きな奴がこんなにいたことに今頃になって気づいていた。俺は結局は誰が誰を好きになって、それでみんなとの関係が崩れるのが一番嫌なんだ。全員が俺の事を好きで誰か一人を選ぶなんて、誰かを選んで傷ついて溝が出来て離れていくのは嫌だ。みんな温かかった優しかった。俺は楽しい時間を過ごせたと思った。こんなことは初めてだったから、瑤子と俺は付き合うことになったけど、梨佳にも告白されて嬉しかった。茉理先輩も俺の事をこんなに好きだなんて事を知って、凄く幸せな奴だと自分で思った。槇村、先輩も俺の事に好意を持ってくれて楽しかった。峰屋さんも俺にこんなに距離を近づけることと思ってくれることに最初は戸惑ったけど、悪い気がしなかった。誰かを選んでみんなとの関係が終わるのは俺は絶対嫌だ。だから俺はみんながいつも通りになるなら、そうなるように選んでいく」
俺がそう言い終えると右の頬に痛みが走った。
体が少し浮いて背中にコンクリートの感触が痛みとなって全身に響く。
俺は殴られていた。
「瑤子の気持ちそっちのけで勝手なこと言うな!結局自分勝手な意見しか述べてないじゃないか!最低だよ、見損なった」
殴った智哉が俺にそう言った。
俺はゆっくりと起き上がり、背中を向けた。
なんだ結局こうなるのか。
失敗だ、失敗。
もうめんどくさいな。
「ごめん、みんな。俺帰るよ」
俺はそういって返事を聞く前に走った。
「司君!待ってよ」
「待ちなさいよ!」
「逃げるのか!この卑怯者!」
「ちょっと司!」
「智哉君!私の可愛い司君の顔を殴るなんて!」
それぞれが色んな声を俺にも向けるが、振り向かずに走った。
また独りぼっちだ。
俺は右の頬の痛みに耐えながら、バスに乗らずに歩道を走って角で止まって息を切らした。
どこにも行きたくもないし、家にも戻りたくもなかった。
俺の知らない人のいる場所をただただ歩き続けたかった。
そんな逃避の気分が強かった。
どうせ明日から独りぼっちだろう。
独りぼっちの夏休みに戻る。
中学の頃と同じあの寂しい夏休みだ。
俺は夕日の歩道を歩きながら、商店街に向かってゆっくりと歩いた。
瑤子は俺にがっかりしただろう。
みんなも俺に幻滅しただろう。
どうせ俺は情けない男なんだ。
人間がそんな簡単に変わるわけがない。
夏休みが終わったら、中学のように人に関わらずに静かに過ごそう。
問題は山積みだろう。
もしかしたら中学以上に辛いかもしれないな。
俺はそれ以上は考えずに無心になって歩いていた。
この長い道が辛い気持ちを忘れてくれると信じて歩いた。
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