第18話

 瑤子の突然のキスに俺はどう答えていいか解らなかった。

 突然の事態に対処できない。

 予想が出来ない行動だった。

「瑤子、何しているんだよ?」

「解らないの?君だけ家に呼んで、食事も一緒にして、部屋まで2人っきりになってまで気がつかなかったの?」

 まさか俺のことが好きだったのか?

 いつから?何故?友達じゃなかったのか?

「そんな、どうして俺を?」

 様々な疑問を解決する暇もないまま俺は瑤子に問いかけた。

「教室で隣の席になった時からよ。顔も良かったし、智哉と親しいっていうのも好印象だったからね。それから成績も良かったし、バンドをしている時の表情が好きなの」

 それってほとんど外見とか成績とかで選んでるだけで、俺の心とか気持ちとか全く無視しているじゃないか。

「私に好かれるの嫌?恋人になるのも嫌なの?」

 瑤子は俺を後ろから抱きしめるように手を回した。

 胸が当たっている、柔らかかった。

 でも、俺には瑤子が好きになれるかどうかよりも、どうしていいか解らなかった。

「初めてだったんだ、キスされたの」

「そう、光栄だわ。初めての相手が私なんてね」

 いつもと雰囲気が違った。

 いつも友達と話すような明るい感じでなく、口数こそ少ないが真剣さが見られる言葉で俺に淡々と話していた。

「私のこと気になってたんでしょ?」

「えっ?」

 確かに気にはなっていた。

 こういう関係になれればいいかもとは思っていた。

 だけど、梨佳に告白されて俺にもどうしていいか解らない。

「解らないんだ、瑤子と恋人になって好きになっていけるのか、そもそも俺は本当に瑤子が好きなのか」

 このまま流されて瑤子と恋人になるべきなんだろうか?

「梨佳に告白でもされたの?」

「え、なんで?」

「やっぱりしてきたんだ」

「あっ」

 瑤子のペースになっていた。

 うっかりバラしている。

「知ってた司。あなたのこと好きな女子って私以外に結構いること」

「いや、知らない。そんなのとは無縁だと思ってたから」

「梨佳だけじゃない。茉理先輩に槇村先輩。それにあなたと同じアパートに住んでいる峰屋さんってOLの人もあなたのこと好きなのよ」

 茉理先輩も俺の事を?

 じゃあまさかあの手紙って。

 瑤子は俺から離れると俺の鞄を勝手に開けた。

「えっ?ちょっと何しているんだよ?」

 瑤子は俺の鞄から茉理先輩の手紙を取り出した。

「それは、茉理先輩の手紙なんだ。勝手に読んじゃダメだ」

「案外度胸無い人だと思わないの?こうやって手紙で自分の想いを伝えずに口で説明すればいいのにね」

 瑤子はそういって手紙を俺に見せた。

 内容は告白の手紙だった。

 職員室で部の申請が通った時に気になっていたこと。

 ドラムを教えている時に付き合いたいと思っていたこと。

 それを隠して今日まで先輩としてふるまっていたこと。

 バンドが成功したら正式に付き合ってほしいという事が書かれていた。

 信じられなかった。

 俺のいる軽音部の3人とも俺の事が好きだったという事実が信じられなかった。

「茉理先輩もあなたのことになると可愛い顔してるとか話しやすい真面目で優しい後輩だと話していたわ。解るかしら?あなたが部活に顔を出している時に、私たちは部員として友人として触れ合いながら、誰があなたと恋人になるかをお互い知らぬ顔で狙っていたの」

 嘘だ、そんなの嘘だ。

 じゃあ、なんであんなに楽しそうにしていたんだ。

「みんな友達としてはとても好きよ。でもね、私は好きな人には想いを告げるのが怖くなるほど臆病でもないの。限界なのよ、私はあなたと付き合いたいの。友達としてでなく最初から恋人として」

「俺は君たちがわからなくなりそうだよ。友達だと思っていたのに」

 瑤子は座ったままの俺に手を回し、顔が胸にうずくまる。

「可哀想な司。優しすぎるから純粋だから考えすぎちゃうのよ。それは毒なのよ」

「毒?」

 俺は瑤子の胸越しに顔を上げる。

 瑤子は妖艶な顔で俺を見下ろして笑う。

「でも、もういいの。司はそんなことに悩まなくていいの。私があなたの迷いを無くして、私だけを考える人にしてあげる。大丈夫よ、誰よりも優しくあなたを癒してあげる」

「で、でもいきなりそんなこと言われても、俺にはどうしたらいいか解らないよ。智哉は言ったよ。瑤子の事を本気で好きじゃない限り、付き合うのはよした方が良いって」

 瑤子の顔が少し変化する。

 やはり過去に何かあったのか?

「そう、智哉はそんなこと言ったんだ。余計な事しか言わない奴だな」

「やっぱり、何かあったんだな。って、うわっ!」

 俺はベッドに押し倒される。

 胸が体に当たり、片方の足は瑤子の両足に挟まれる。

 口と口の吐息が混じり合うほどの距離で心臓の音が聞こえる。

「あんな奴の事なんて忘れて、あいつはただ私に振られただけだから」

 そんな、智哉は瑤子の事が好きだったのか?

 だからあんな真剣に俺に瑶子の事で。

「司、そんなこといちいち考えなくて良いの」

 瑤子が口を近づけ口の中で舌と舌が混ざり合う。

 脳が解けそうだ。

 一方的な舌の挿入と口の中で動く瑤子の舌。

 受け止め続ける俺の舌は次第に理性が飛びそうになる。

 瑤子はキスから顔を上げて、左手を俺の頬に触れてこう言う。

「私のことだけを考えて、どの子よりも優しくしてあげる。私に溺れていいんだよ?」

 俺は茉理先輩や槇村、峰屋そして梨佳の事を浮かべながら瑤子のキスを受け止める。

 何回キスされたのだろう?

 なんだかもうどうでもよくなってきた。

 このまま瑤子と付き合って、それから考えればいいじゃないか。

 俺はだんだんそう思ってきた。

 俺が瑤子と付き合えば、峰屋はあきらめるし、槇村は冷めるだろう。

 茉理先輩には気の毒だけど諦めてもらうしかない。

 梨佳は、梨佳はどうなんだろう?

 いや、きっと瑤子が恋人になったらもう忘れてくれるだろう。

 都合の良いように俺は勝手に考えていく。

 瑤子のことだって俺は気になってたじゃないか。

 ならいいじゃないか、気になっている女の子が俺の事を好きだと言ってくれたんだ。

 みんなには悪いけど、時間がきっと解決してくれる。

 本当に調子のいい考えだとは思った。

「司、私の恋人になってくれるかしら?」

「ああ、わかった。今日から付き合おう」

 この日に俺と瑤子は恋人になり、俺は兄の車でアパートまで返された。

 アパートの前で瑶子は俺にキスをする。

 長いキスだった。

 目の前には車の音でドアを開けた峰屋と槇村と梨佳がいた。

 俺はとても気まずい空気に耐えられなかった。

 3人が下に降りる。

「ごめんなさいね。さっき告白して恋人になったの。3人とももう解ったでしょ?これからは司は私と一緒なの」

 瑤子は3人にそういって笑顔を浮かべた。

 それが少しだけ怖かった。

「ちくしょう!これで18回目かよ!けどな、そいつの事だから適当に流されたんだろ?そんなのあたしは認めねぇからな!ならこれでどうだ!」

 峰屋はそういって俺にドロップキックをかます。

「ほぶっ!」

 倒れ込んだ俺はそのまま峰屋にキスされた。

「ちょっと!何してるのよ!」

「これであんただけじゃないからな!ざまあみろ!」

 峰屋はそういって走って自分の部屋に戻る。

 梨佳は静かに俺を見ていた。

「瑤子はそれでいいかもしれないけど、司君はいつか絶対に後悔して別れちゃうかもしれないよ?」

 梨佳はそう言って、瑤子を見た。

「梨佳、友人のあなたでも私の恋人に対して迷わせるようなことは控えてもらえないかしら?そういったあなたの言葉が逆に司を苦しめるから」

「そうかもしれないね。ごめんね、司君。瑤子のこと大事にして」

 梨佳はそういって笑顔で帰っていった。

 どうしてそんな風に笑えるんだ?

 無理しているのバレバレじゃないか?

 俺は酷い罪悪感に包まれた。

 槇村は槇村で俺を見て、泣いていた。

「そんなに俺の事を?」

 槇村は俺に平手打ちをかました。

「痛い!」

「バカ!変態!ヘタレ!今日のライブカッコいいと思って、見直したのに。なんでこんな事になってるのよ!痛っ!」

 槇村が言い終わる前に横から瑤子が槇村を引っ叩いた。

「先輩、勝手に私の彼氏に傷をつけないでください」

「くっ!あんたなんか最低よ!司は私の大事な人だったんだからね!」

 そういって槇村も階段を登り、ドアを閉めた。

「司君、彼女たちには時間が必要だと思う。その分瑤子を大事にしてくれ」

 後ろで黙ってみていた枢さんが俺にそういって肩を叩く。

 これからどうなるんだろう?

 瑤子のキスを最後に車が遠くに行く姿を見ながら、俺は若干放心状態のまま夜空を眺めた。

 雨が止んで曇り空1つ無い綺麗な星空と虫の鳴き声を聞きながら、俺は自分の部屋に入った。

 今日は色々あって結果的に嫌なことも良いこともあって疲れた。

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