『カーテンコール』
第8話/Epilogue 『エンゲージ』
実を言えば、彼はマナーにうるさくはない。ただ彼の仕草ひとつひとつが完璧なだけ。それを彼女はたとえてから「本当、イヤになるよねぇ」と、眉をハの字に曲げて、悲しそうに笑った。
届かない、という事実が辛いと。私にとって生涯の友人は涙を落とした。
きっと二人の物語で、彼女が彼を捕まえることはないのだろう。
/
それでも私は、笑いながら彼らの話をする。
物語は彼女の言葉どおりに。きちんと締めくくられてしまったのだから。
訊かれる度に、私の口は一字一句変わらずに言葉を紡ぐ。
『心優しい魔法使いに、魔法をかけられました。南瓜は馬車に、ネズミは馬に。ぼろぼろだった私の
/Epilogue
三月の初め。
私こと、蓮花寺灰音はめでたく、ひとつの称号を失った。
これからは『女子高生賞金稼ぎ』を名乗れない。
高校在学中、本当に色々なことに首を突っ込んだり、巻き込まれたりしたのだけれど。
中でも、恩人で友人たる彼らの話を語るのはまたの機会に。
汚名を着せられた元【緑】のカラーズ、チェスの居た空席に、その汚名を払拭して、いずれ座ることを
ともあれ、つい先月。その婚約は果たされた。
女子高生賞金稼ぎあらため、【緑】のカラーズ。<最愛>のシンデレラ――が現在の蓮花寺灰音の通り名です。さいあいて。
こほん。
今日は久しぶりのオフである。
あまり四季を楽しむ余裕の無かったこの日本の、懐かしささえ覚える雑多な人の行き交いに身を置いて、私はアーケードに構えた一軒のテナントの前にいた。
とりあえずやることはやった、というのが人生に対して付ける自己評価。
チェスの皆さんに出会えたこと。
そうして、皆を
思い出すと、泣き虫な私は、すぐにまた泣いてしまう。
だから、これは決別の儀式だ。
もう、雑踏を眺める為に雑踏を眺めるような私でないことを、誰にではなく、自分自身に誇るために。
この最後の壁を、越えようと思う。
――頑固な私は。
“テンパり屋で、すぐ泣くし、すぐ笑うし、すぐ怒る。ミーハーでさ。大体こんなナンパ男に引っかかるなっつー。嬉しいけどさ。三日間楽しかったよ。意外と頑固者だったりするよなお前”
“そういう蓮花寺に、なれ”
うん。
そういう私に、なりました。
“……こんなクソな彼氏のことなんざ忘れて、ミーハーな蓮花寺らしく、イケメンに惚れまくって恋に落ちろ。失恋沢山して良いから、その分ちゃんとした幸せ、掴めよ”
ミーハーな私らしく、イケメンに惚れまくりました。
だけど、ひとつだけ。
貴方を裏切ったまま、今日に来てしまいました。
――弓くんを、忘れられない。
もらったものが大きすぎて、多すぎる。
でも、それじゃあ駄目なんだ。
だから、貴方を忘れようと、蓮花寺は頑張ります。
私の物語を、私はハッピーエンドにできないけれど。
それでもきちんと幕を引かなければ、申し訳が立たない。
お店の自動ドアが開く。まだ時期には早いけど、卒業シーズンなので、私にはぴったりだ。
携帯の振動に、画面を確認する。
メールだ。差出人はドロシーちゃん。
内容は、ちょっと長かった。
『ハイスクール卒業おめでとうハイネ! これからはもっといっぱい会える? ドロシー』
『おめでとうハイネ。礼服揃えておけよ。とっておきの店に連れてってやるからな。 レオ』
『おめでとう。また会える日を楽しみにしている。スズ』
あぁ、みんなが一緒に書き込んでくれたんだな。寄せ書きみたいでかなり嬉しいサプライズ。
『ハイネ、おめでとう。君にぴったりの硝子の靴は届いただろうか。履き心地を今度教えてくれると嬉しい。 ランスロット』
――?
無事に『色つき』のカラーズとなった私へのプレゼントとして貰った、あのFPボードだろうか。
スカイフィッシュシリーズ・モデル<ストレイプリンセス>。
空の王者ランスロット――カカシくんチョイスの、性能とデザインに文句の付け所のない逸品だ。
仕事で使ったことが何度かあったけど、そういえば感想をちゃんと伝えていなかったなー。とか。
あ。
今度一緒にFPの大会出ようって皆と約束もしてたっけ。
――うん。頑張った、私。
そういう約束を、楽しんで一緒しても良い身分にはなった。
これが終わったら申請しておこう。
「ご注文はお決まりですか?」
ガラスのショーケースには、色鮮やかな十六色。
――うん。
覚悟を決めろ。これを成したら私は、貴方が望んだ私になれる。
勇気を持て。きっとこれは彼も乗り越えた試練だ。
意を決して、私はオーダーを口にした。
「えっと。チョコミントとバニラ、ストロベリーチーズケーキ、それからポッピンシャワーとロッキーロードをください……っ」
そして。
私の前には今。
五つのサーティワンのアイスが、それはそれは綺麗に。
BOXに入って私を見上げていた。
「ですよねー!」
わかっていた。
わかっていましたとも!
普通に頼んだらボックスに入りますよ!!
撃沈。
五段アイスへの道のりは、人生の修行をこれだけ重ねてもなお遠かったのです。
仕方ない。
もう十八歳の女子が一人で五つのアイスを食べるとか
……ミカちゃん呼ぼうかな。
というわけでチョコミントをピンクのスプーンで掬う私。
清涼感のあるミントの香りとチョコレートの甘みが三十年以上の人気を誇るグランドメニュー。
しかし、今の私の気分的には、どうしようもなく状況的にしょっぱいのです。
こんなオチか、私の幕引き。
「なーなー蓮花寺、なにこのチョイス。オレだったら確実にひっかかる罠じゃん」
失念を、ひとつしていた。
「――――え、うそ」
「や、嘘じゃねーって。オレの記憶が確かなら、お前と初めて会った時にオレがやってたのと同じチョイスだもん。いただきます」
シンデレラは何も持っていない。
ドレスと馬車を用意したのは、心優しい魔法使いで。
「やっぱうめえよな、これ。……おい、溶けるって。早く食えよ」
「……他に言うこと、あるんじゃないの」
「はいすいません調子乗りました。……ただいま、蓮花寺。不肖、国府宮弓、生還致しました。『ここ数日は日本に居ると思う』ってオズの魔法使い連中が教えてくれてさ」
ガラスの靴を持って彼女を探し当てるのは、王子様の役目で。
「……うん、おかえり。ごめん、弓くん……忘れろって言われたのに」
やっぱり、アイスが、しょっぱくなってしまうよ。
「ずっと、ずっと忘れられなかった、よぅ」
「蓮花寺は頑固だもんなぁ。オレのパーカーとライセンスも、ずっと預かっててくれたんだろ? いや、マジ大変だった。ライセンス無くすって死活問題だぜ。これ先輩からのアドバイスな」
私は、私の物語をハッピーエンドにはできなかった。
それは、私の役目ではなかったから。
「いいから、早く。だきしめろばかやろう」
「……ん。覚えてくれててありがとう、灰音。まだ、お前に恋してる」
カカシくんめ。
ガラスの靴の履き心地、か。
最後の最後まで、私の物語は彼らに任せっきり。
ぴったりだよ。
そんな幸せな結末まで用意してくれた愛しい魔法使いたちに、ありがとうを。
首輪物語:シンデレラエンゲージ FIN
強盗童話 冬春夏秋(とはるなつき) @natsukitoharu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます