第2話 なまくび
個人で経営している、四人がけのテーブル席が二つ、後はカウンターに四席しかない小さな店。店員はというと、五十才ぐらいのおばちゃんが一人で焼いているだけだ。
格好も普段着にエプロンをしているだけ。ていうか、調理師免許を持っているのかも怪しい。
「優衣ちゃん、今日は彼氏連れてきてるのね。へえ、背が高くて、かっこいいじゃない。お似合いだわ。結婚するの?」
「そんなあ。まだそこまで考えてないです」
おばちゃんの冗談に顔を少し赤く染めながら答える優衣。否定も肯定もしないこういうところが、俺を混乱させる。
お好み焼きはまあまあうまかったし、最近始めたという食後のソフトクリームもリーズナブルで、確かにいい店と言えばいい店だ。
客が俺たちしかいないのが気にかかるが、お客さんは労働者がほとんどなので、平日はかなり忙しい、という話だった。
「そうそう、おばちゃん。あやかし山のツチノコの事について教えて欲しいんだけど、いい?」
「ツチノコ? そういえばそんなの、昔流行ったわね」
その言葉に、キラン、と目を輝かせる優衣。俺にウインクしてくる。
どういう意味なのかわからずぼーっとしていると、ちょっと不機嫌になる。
「もう、チャンスじゃない! 取材よ、取材!」
ああ、そういうことか。抜け目がないなあ。
俺はリュックからビデオカメラを取り出した。
幸い他に客はいない。
おばちゃんは、「高校の部活動でツチノコの研究をしているので、インタビューに協力してほしい」という説明に多少困惑していたが、最終的に乗ってきてくれた。
このおばちゃんがまた、よくしゃべる。
ツチノコが流行っていた当時、別の食堂の店員をしていたらしく、客の噂はいっぱい耳にしていたようだ。
そしておばちゃんは、「そもそもツチノコとは」というところから語り始めた。
「ツチノコはヘビの一種と考えられていて、体長は三十~八十センチぐらい。頭は三角形に近くて、胴体がずんぐりと太いのが特徴よ。しっぽはネズミみたいに細くて短いのが、ちょこっと付いてるわ。移動するときは、普通のヘビみたいにくねくねとじゃなくて、おなかの蛇腹をつかって前後にこう、屈伸するように動くか、またはシャクトリ虫みたいに上下に波打って進むらしいの。色は黒か焦げ茶色。その牙には猛毒があるっていうわ。古くからその存在が言い伝えられているけど、少なくとも戦後はまだ一匹も捕まえられたことのない、幻の生物よ。そもそも、本当にヘビなのかどうかさえ分かっていないわ」
うんうん、ここまでは俺たちも知っている内容だ。
ところが、その後の話がうさんくさい。
『たまに鳴く』
『いざというときは自分のしっぽを咥えて輪になり、坂道を転がって逃げる』
『犬に追い詰められ、逆襲して食い殺した事がある』
『三メートル以上ジャンプする』
『十メートル以上飛ぶという記録もある』
いくらなんでも、十メートルは飛ばないと思うのだが。
また、捕まえる方法としては罠が一番であり、優衣が言うようにスルメと人間の髪の毛を焼いた匂いでおびき寄せるのが正式なやり方とされるらしい。
「けど、それで捕まえた人、一人もいなかったんですよね?」
俺が水を差すようにそう質問した。
「ええ、表立ってはね。でも、本当は一人だけ、捕まえた人がいたらしいのよ。ところがその人、ツチノコを檻に入れて家に連れて帰ったんだけど、呪われて死んじゃったんですって」
「呪われて……?」
優衣の表情が若干緊迫したものに変わる。
「そう。だってツチノコ、檻の中に入ったままだったのに、その人、首を絞められたような跡が付いて死んでたっていうことなのよ」
「そんな……怖いわ。で、そのツチノコ、どうなったの?」
「私もよく知らないんだけど、なんか国の役人みたいな人が何人かやってきて、回収していったらしいわよ。その後どうなったかは、私たちには知らされていないわ」
出た、国家の陰謀説!
優衣の思い通りの展開だ。ますます得意になるじゃないか。ああ、もう目がらんらんと輝いている。カメラ回してて良かった、取り損ねてたらえらい目に遭う。
「だからあなたたちも、間違ってもツチノコ捕まえようとしちゃダメよ」
おばさんの忠告に、思わず目を見合わせる俺と優衣。
「どうしたの、二人とも」
「いや、実は俺たち――」
バキィ。
「ぐわっ!」
テーブルの下で、優衣の蹴りが俺の向こうずねに入り、思わずうめき声を上げる。
「いろいろ教えてもらって、ありがとう、おばちゃん。また来るね!」
優衣は笑顔でそうお礼を言うと、俺を引っ張ってそそくさと店を出た。
「もう、おばちゃんが心配するから余計なこと言っちゃダメ」
確かにそうかもしれない。どのみちツチノコが本当に罠にかかるとは思えないし。
「でも、本当にちょっと怖いわね。よく考えたら、ツチノコ捕まえた後の事、真剣に考えてなかった。ただ単純に、テレビ局の人を呼ぶぐらいしか浮かばなかったわ」
「十分、考えてるじゃないか」
「だめ、そんなんじゃそのツチノコがかわいそうだわ。元の住処に返してあげないと。UMAと人間の共存、自然の保護。それこそが私たち、UMA探索部のモットーよ」
ちなみに、このUMA探索部は学校にはまだ正式に認められていない。よって、部員も存在しないのだが、優衣の中では俺も人数にカウントされているようだ。
ていうか、優衣と俺しかいない。
とにかく、一度罠を回収することにした。
『仕掛けしたけど、何も取れなかった』
は想定内。その代わり、罠の周囲を適当に荒らして、
『何者かが餌だけ奪って逃げていった』
という設定にするつもりらしい。あと、どこで拾ってきたのか、優衣は蛇の抜け殻を持っていた。これも罠の周囲に置くようだ。
ツチノコって、餌の周囲で脱皮する習性あるのか?
その辺りの細かい疑問を言い出すと優衣は不機嫌になるので、彼女に任せておこう。
そんなこんなで、またしてもあやかし山を登り始める俺と優衣。さすがに疲れてきた。
幸い罠は中腹に仕掛けているので、それほど時間はかからずに辿り付いた。
遊歩道から脇道に逸れ、雑木林の中に入っていく。
お、罠があった。扉も開いたままだ……けど、なんか様子が変だ。
「あれ? ……翔太、なんか入っているよ」
見ると、確かに黒っぽい、バレーボールほどの大きさの何かが入っている。
「本当だ……なんだ?」
少なくとも、ツチノコではなさそうだ。
もっと近づくと、何か嫌な気配が漂ってくる。
それは黒く長い毛を生やしており……人間の頭を後ろから見た姿としか思えないのだ。
「まさか……ね」
優衣も引きつった笑いを浮かべながら、俺と顔を見合わせた。
ビデオカメラの電源を入れる。
とりあえず、録画を開始したものの、それはぴくりとも動かなかったので、一旦被写体をフレームから外した。
向こう側からも撮影したいと考えて、ゆっくりと罠に近づいて行く。
まだ、後ろからしかその姿は確認できない。
しかし、見れば見るほど、人間……それも、おそらく女性の頭部だ。
さすがの優衣も、俺の腕をしっかりとつかみ、離れようとしない。
恐る恐る、五メートルほど距離をとって、円を描くように罠の反対側に回り込む。
そして見えた、目、鼻、口。
それは紛う事なき、人間の生首――。
「きゃぁあああああああぁぁぁっ!」
「うわあああぁああぁぁぁぁっ!」
俺と優衣は同時に大声を上げ、一目散に逃げ出した。
人間、必死になるとこれほど早く走れるのか。
優衣なんか、転げ落ちる様に坂道を下っていく。ビデオカメラに気を遣いながら走る俺より、数段速い。
途中、健康のためにいつもこの山を登っているおじさんにすれ違ったが、何事かと思ったに違いない。あ、下手したら、俺が優衣を襲っているように見えたかもしれない。
いや、そんなことはどうでも良くて。
なぜあんなところに生首が入ってたんだ!
ここでふっと、あの恐ろしい事件が脳裏をよぎる。
県内で起きた、バラバラ死体遺棄事件。
鋭利な刃物で切断された手足や胴体が、県西部の山中に投棄されているのが、つい一週間ほど前に見つかって大騒ぎになっているのだ。
その頭部だけが見つかっていない。
まさか……まさかそれがあのツチノコ捕獲用の罠の中に?
俺と優衣は、息を切らしながらあやかし山の麓の神社にたどり着き、大慌てで警察に電話した。
約十分後。
パトカー三台到着、うち一台は覆面パトだ。
110番通報だったので、当然サイレンを鳴らしながら赤色灯を光らせての登場。周りの住人も、一体何事が起こったのかと、集まり始めている。
ちょっと、電話のかけ方がまずかったか。
『早く、早く! あ、あやかし山で切断された人間の頭を見つけたんです、は、早く来てください!』
確か、こんな感じだったと思う。優衣も後で「生首、生首!」と大騒ぎしていたし。
大騒動になったことにちょっと後悔したが、あの状況では「不審な物を見つけたので、ちょっと見てもらえますか」みたいな冷静な電話はできなかった。
警官五人に状況を説明し、またまた登山。疲れる。
五人の内の二人は男女の私服警察官。いわゆる刑事だ。
私服といっても、さすがにジーンズとかじゃなくて、ちゃんとスーツを着ている。
男性の方は三十代前半ぐらい、大柄でがっしりした体格で、なかなかイケメンだ。
女性の方も同様だが、動きやすさを重視してか、ヒールのほとんどないフラットシューズだ。
なお、こちらもちょっと目がきつそうな印象だが、すらりと背が高く、相当な美人。
二十代後半ぐらい、だろうか。
後の制服組は全員強面で、ちょっと怖い。なお、みんなまだ若そうだ。
他にも数人警察官は来てたけど、麓を通行止めにするなど、なんかいろいろ忙しそうだった。
それにしても、山を登るメンバーの雰囲気の、なんとピリピリしていることか。
そりゃそうだろう、全国ニュースになっているバラバラ事件の頭部が見つかったかもしれないのだから。
十五分ほど登った後、一行は俺たちの証言通り、遊歩道から逸れて雑木林の中に入っていく。
なんでこんな道を、といぶかしがる警察官達。
程なく、例のツチノコ捕獲用の罠が見えてくる。
「……あれ?」
俺と優衣は、呆然と立ち尽くした。
生首が、無くなっていたのだ。
「生首が逃げた!」
優衣が訳の分からないことを叫ぶ。
えーと、……おまわりさん達の視線がとっても冷たいんですけど……。
俺の幼なじみの創った部活がいろんな意味でヤバいんですけど! エール @legacy272
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