第44話 自らに枷を嵌めた少女の頁-2-

 鈍い頭痛を感じてレシカが目を覚ますと、そこは見知らぬ小屋だった。


「あ!やっと気付いた!よかった〜!」


急に声を掛けられたレシカは、体全体をビクリと震わせて声のした方向を見た。


そこにいたのは、いかにも戦闘民族と言った体の女だった。


女と言っても、歳は一四・五くらいだろうか。


さっぱりしつつも緩くカールのかかったボブの朱色の髪に、髪よりも紅い燃えるような瞳は、見るからに快活なイメージを与えてくる。


もう冬と言っていい時期であるにも関わらず、随分露出の多い服を着ている。


人の良さそうな笑顔を向けてきているが、今のレシカにはどんな人も表情も、恐怖の対象にしかならなかった。


「だ…誰?!いや!来ないで!!」


突然叫び声を上げられた女は、最初はキョトンとした顔を見せたが、やがて困ったような笑顔を見せながらちょっとずつレシカに近づいた。


「あー、まぁ、いきなり知らない家に知らない人じゃ怯えるのも無理ないか〜」


レシカが尚も怯えてベッドからずり落ちそうになるまで逃げようとすると、流石に傷ついた彼女はそれ以上の接近は諦めた。


「そうだ!名を名乗るのを忘れてたね!あたしはサラ!サラ・ウィールド!」


「さ、サラ?!!」


「え?あ、うん、そんなに驚かれるような名前かな?」


サラと名乗った女は頭にはてなマークを浮かべ、レシカは目を丸くしたまま固まった。


自分の姉と同じ名前の人と、こんな時に出会うなど、何か運命的なものが働いたのではないかと、レシカは思わずにいられなかった。


そしてここで初めて、レシカは村から逃げ出してきたことを思い出した。


「あ、あ!帰らなきゃ!!」


「え?帰る?!三日間も寝たきりだったのに大丈夫なの?!!」


「三日間?!!」


随分寝たきりになっていたのだと、レシカは唖然とした。


「そうだよ!幸い村の近くに倒れてたから運べたけど…」


「え…じゃあ――」


私を捕まえに来た人の仲間じゃないの?


そう言おうとしたレシカは慌てて言葉を飲み込んだ。


下手なことを言って国王に差し出されたら、姉が必死に逃がしてくれたことが全て水の泡になる。


「じゃあ?」


「なんでもない!!…です…」


「ふ〜ん?まぁいっか」


保留なのかもしれないが、とりあえず今はこれ以上聞かれることはないだろうと思うと、レシカは心の奥底から安心した。


「あ、あの、ありがとうございました」


「え?何が?」


「え、助けてくれたんじゃ…」


「あぁ!そのことか!全然問題無いよ!困ったときはお互い様じゃないか!」


「は、はい…」


こうもはっきりと言われると、余り多くの人と話したことがないレシカは返答に困ってしまった。


しかしここでまごまごしている時間は、正直、無い。


「…あ、あのもう帰ります…ありがとうございました」


兎にも角にも早く姉に会いたい。


そう思ったレシカは、ベッドから飛び降りてお辞儀をすると、家から出て行こうとした。


「ま、待った待った待った!今、夜中の十二時だよ?!」


「で、でもお姉ちゃんが…」


「お姉ちゃん?」


親じゃないのか?と思いつつも、サラはとりあえず慌てて出て行こうとするこの少女を落ち着かせることが先決だと判断した。


「この時間の森は危険だよ。明日になってからの方が…」


「駄目!お姉ちゃんの方が危なかったんだもん!」


「危なかった?」


「…帰らして下さい!お願いします!」


サラの疑問形には触れず、ひたすら帰らせてくれとレシカは懇願した。


「うーーん…でもなぁ………」


サラは更に渋ろうとしたが、自分がもし少女の立場なら…と考えると、流石にこれ以上言うのは酷だと思えた。


「解った。じゃあ、あたしが付いて行くって条件付きでいい?」


「!!!ありがとうございます!!」


礼を言うが早いか、レシカは外に飛び出した。


✽✽✽


サラがこの辺の地形に詳しかったため、レシカの村には直ぐに着くことができた。


が、村の惨状は初めて見るサラは勿論、見るのが二度目のレシカも息が詰まるほど、醜悪さを極めていた。


村に入る前からムワッと鉄の錆びたような臭いが押し寄せ、レシカの胸を悪くする。


死体は放置されたまま、丸太のようにゴロゴロと転がっていて、焦点の合わない曇った硝子のような瞳や半開きの血が付いた口は、その時の惨事を鮮烈に物語っていた。


「何これ………」


サラは思わず感想を口に出していた。


しかしそこで、少女の姿が見えなくなったことに気が付いた。


「あ、あれ?!何処?!」


サラは罪悪感を抑えながら一件一件の家を探したが、少女は何処にも居ない。


やっと探しだしたその場所は、一番隅にポツンと建っていた小さな家の裏だった。


少女は、近くの木材を無理やり折って作られたのであろう粗末な十字架の前に、床が泥濘ぬかるんだ地面なのも気にせず、その場で地面に突っ伏して泣いていた。


十字架の側には「サラ・ムーライト」という名前が刻まれていた。


どうやら誰かが先に来て、この少女の姉の弔いをしてくれていたらしい。


サラが無言で震えている小さな肩をポンポンとあやすように優しく叩くと、それに気付いたレシカは、会って間も無い彼女の胸に飛び込んで更に泣き続けた。


それだけ辛く、悲しく、心細い、形容しがたい感情が、レシカを襲っていた。


それを見たサラは、この幸か不幸か解らない少女を、何とかして救ってあげたいと思った。


「…サラ…かぁ……何て言うか、偶然とは思えないよね」


刻まれた名前を見て、先程レシカが思ったようなことをサラも感じた。


――きっとこれは、神様がそう導いたに違いない


そう考え、サラは、この少女を自分の家族として迎え入れる決心をした。


「ねぇ、これから行く宛はあるの?」


レシカは泣きながら首を横に振った。


無理もない。


姉の友人の家で行ったことがあるのはウルズの家くらいで、そこに行ったことがあるのは一回、それも約半年も前のことだった。


「それならさ、せめて行く宛が見つかるまで、あたしの家に来ない?独りぼっちなんて淋しいだけだしさ?」


レシカは涙に濡れた顔を上げて「いいの?」と視線だけで問いかけた。


サラがそれに頷いて答えると、レシカは承諾したのか再び身をサラの胸に預けて泣きだした。


まだ名も聞いていない少女に、サラは深く愛情を注ぐことを決めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

英雄の影にいた僕らの物語 六香 @orange

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ