第43話 自らに枷を嵌めた少女の頁-1-

 今から七年前。


いつもの年より早く来た冬の嵐の中、レシカは姉のサラに、自宅で誕生日を祝ってもらっていた。


「お姉ちゃん!プレゼント!プレゼント頂戴!」


「待って待って!今出すから!」


可愛くて可愛くて仕方がない妹の頭を撫でながら、サラは得意げな顔をして一つの箱を取り出した。


「はい、おめでとうレシカ!中身、何だと思う?」


「??解かんない」


「開けてみな?」


サラに促されてレシカが箱を開けると、そこには赤い石が付いたチョーカーがあった。


「凄い!!なんか凄い!!!」


「付けてあげるから後ろ向いて?」


いざつけてみると、まるでレシカのためにあったのかとでも言うように、レシカにとても似合っていた。


「うん!!似合ってる!!!実はこの紅い石…ルビーっていうんだけどね?不思議な力があるのよ」


「不思議な力??」


「レシカ、能力を上手く使えないでしょう?でもこの石は、上手く使えるようにレシカを手助けしてくれるの」


「へぇええ!!」


レシかは感動しているが、これはサラの大嘘だ。


レシカは病弱で外に出るのも余り好まないため、彼女の持つ類稀たぐいまれかつ扱いの難しい能力を、使うどころか制御する練習すらしていなかった。


これは能力者にはあり得ないことで、本来なら彼女の年齢で一回も能力を使ったことがない人など、能力を持たないミスフィットしか存在しないに等しかった。


そこで「万が一、いきなり能力を使わざるを得ない日が来たとしても混乱しないように…」そんな意味を込めて、サラはをついたのだ。


しかし残念な事にこの純粋な妹は、その嘘をこの先一生信じ続けることになってしまう。


「お姉ちゃんありがとう!」


天使のような笑顔を出し惜しみせずに見せてくる妹が、とてもサラは愛おしかった。


勿論、恋人であるウルズだってサラにとって大切な存在だが、両親無しにずっと二人で暮らしてきた妹は、一際特別だった。


「今度皆に見せびらかしに行ってきな?皆褒めてくれるから」


「うん!楽しみだなぁ…」


レシカがそこまで言った時、いきなり大きな物音と共に家の扉が開け放たれた。


続いて雪と風と共に小さな双子と重装備をした兵士二人が入り込んで来る。


「!?…どちら様でしょうか?」


レシカを背中に隠しながら、サラは四人と対峙した。


「初めましてですわ。ムーライト姉妹」


少しませた態度で挨拶をしたのは、レシカと同じ年頃の女の子だった。


「王女様からの命令でこちらへ参りました。僕はルイと申します!」


「私はレイですわ!」


愛想の良い二人だが、サラは既にこの二人から、何処か狂気じみたものを感じていた。


「ムーライト姉妹、貴女方には今から城へ向かってもらいます」


「貴女方の能力を、国のために使っていただきますわ!」


そしてこの双子の台詞で、サラは完全に敵意を顕にした。


「お姉ちゃん、お城に行くの…?」


レシカの中では、城とはとても素晴らしい所のはずだった。


物語の中には幾度となく登場する憧れの場所。


そんな印象があった筈なのだが、周りの様子を見ると、そんな夢心地な気分を与えてくれるとは到底思えない。


「…お姉ちゃん、私、家にいたい…」


レシカの言葉にサラは勇気付けられ、できるだけ冷静な口調で口を開いた。


「…勿体無いお話ですが……私も、妹と同意見です。遠い処までわざわざお出でいただいてなんですが……どうぞ、お引き取りくださいませ」


「では反逆の意思として始末しますわ」


余りにあっさりと「始末」という言葉を口にした双子の女の子に、サラは氷の刃を当てられたような感覚に陥った。


有無は言わさないと言うように、二人の兵は壁際に追い込むように姉妹に詰め寄ってくる。


出口は塞がれているが、姉妹の後ろには小さな窓があった。


――せめてレシカだけでも…


咄嗟の判断で窓に駆け寄る。


「お姉ちゃん?!」


「レシカ!!ここを通って逃げて!!」


その声を合図に兵士二人がレシカに飛びかかろうとする。


サラは完全に窓を開け放つと、急いでレシカたちの間に入って兵士の顎に強烈な蹴りを入れた。


不意打ちを喰らった兵士はなすすべなく、どうっと音を立てて倒れた。


「早く!!直ぐに後を追うから!!!」


レシカはただ言われるまま、その窓から外へ飛び出した。


「あらら…兵士さん弱っちいや」


双子の男の子は倒れこんだ二人に馬鹿にしたような視線を送ると、今度はサラに向けて不気味な笑みを投げかけた。


「レシカに指一本でも触れたら、許さない!!!!」


「ならば貴女から先に始末するだけですわ」


そう言って双子が互いの手を握る。


刹那、ビリビリとした殺気が二人から放たれた。


✽✽✽


 レシカは村に出た途端、恐怖の余りに足が竦んだ。


外は地獄絵図にも劣らない、凄惨の限りを尽くしていた。


みぞれは血の池と化し、助けを求めていたかのようにドアからほんの少しだけ顔を出している死体、そんな死体を踏みつけて嘲笑う兵士。


生きていると判断された者は、情け容赦なく皆殺しにされたようだった。


レシカは吐気を覚えながら森の中に逃げ込むと、そこからはもう無我夢中に走り続けた。


しかし、レシカはふと途中から周りの動きの変化に気付いた。


これだけ激しい嵐の中で、木々の枝はゆっくりと波打ち、その動きは穏やかにさえ見える

森の中に降り注ぐ雫や霙も、一つ一つの小さな粒が、キラキラと中に浮いているように見え、遠目から見ると、宝石で出来たカーテンのように見えた。


「何これ………」


レシカは不思議と思うより不気味と感じたが、今はそれどころじゃないと脚を止めることはしなかった。


✽✽✽


暫くして体力も底を尽き、泉のある空間まで辿りつくと、レシカはそこに腰を下ろした。


水を飲もうと泉を覗きこんだとき、思わず叫び声を上げた。


「な、な、何で?!!!」


泉の中には、金色の瞳をした銀髪の少女が、自分を恐怖の色を顕にしながら見詰め返していた。


「これ…私……………?」


レシカは紫だったはずの自分の瞳を食い入るように見た。


泉の向こう側の自分の瞳の中には自分がいて、その瞳の中にはまた自分がいる。


無限にいる瞳の中の自分は、誰一人として紫の瞳を持っていそうにない。


喉の乾きは失せてしまい、自分の目の変化について泉から離れて考えようと、立ち上がった瞬間だった。


「うっ…?!!」


突如激しい頭痛がレシカを襲い、そのままレシカは地面に突っ伏したまま動かなくなった。


 数時間後、森の闇の中を、一人の人影が現れ、レシカを何処かへと連れて行った。

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