第42話 狂気の頁

 レシカのプチ籠城から三日目、テオとバルトは暇を持て余してチェスをしていた。


「あ!?ナイトまで!?」


「はははは!ちゃんと全部の駒に目を通さねぇと痛い目見るぜ〜?」


白の駒はせいぜいポーンと一体のナイトを失っただけなのに対し、黒の駒はほぼ全滅と言ったように、残るはキングとクイーンのみ。


勿論、黒の駒の棋士はテオだ。


「せめてスティールメイト引き分けに持ち込みたい…」


「希望を捨てないのは全然良いことだから、別に止めねぇけどな〜」


そんな時、遠くのどこかの扉が閉まる音がした。


一瞬をおいて、お茶の入ったポットを片手にリルが入ってくる。


「あれ??今扉を閉めたのって何方どなたですか??」


不思議そうに二人を交互に見るリルを、逆にテオは見つめ返した。


「え、今のってリルじゃないの?」


「いいえ!?違います違います!まずここに来るまでの間に、私この部屋以外のドアに触れてません!」


「でも僕たちはずっとここにいたし、ましてや瞬間移動したわけでも………まさか、レシカ?!」


テオの言葉を合図に、チェスを中断させて三人が部屋の前に行くと、扉は開放されていて、部屋は恐ろしいほど綺麗に整えられた状態で空けられていた。


余りにも整頓され尽くしていて、いくら綺麗好きが住んでいると言われても不気味に思うほどだった。


こんなものを見て嫌な予感がしない訳がない。


「僕、ちょっと出掛けてくる!!!」


「え?!じゃ、じゃあ私も……」


一緒について行こうとしたリルの肩を、バルトは黙って抑えて首を横に振った。


そしてテオが出て行ってやっと口を開いた。


「ここはあいつ一人で大丈夫さ!一つ、あいつに花を持たせてやろうじゃないか!」


「う、うーーん、そうですね………」


まだ納得いってないようなリルの肩をポンポンと叩きながら、バルトは二人が出て行った扉を見つめた。


――悪いねぇサラ、本来なら俺がちゃんと、お前の代わりにレシカの面倒を見るべきなんだろうが……


そう思いながらもバルトは、今のレシカが自分の話を心から聞いてくれるとは、砂粒ほども思えなかった。


そんな自分に比べ、此処に来て初めてレシカ自身から興味を示したあの少年ならば、きっと何かしら彼女に働く力があるだろうと、ほぼバルトは確信していた。


「後は、運を天に任せるしかないだろうなぁ」


✽✽✽


 テオが能力を使うと、レシカの物と思われる、あの黒いオーラがまだ消えずに残っていた。


「近くにいるってことかな…?」


煙の作る道は森の奥へと繋がっていて、まるでテオを導いているようだった。


――行こう…!


✽✽✽


 道はテオがよく知っているものだった。


「間違いなく、あそこに向かってるよなぁ………」


そう言いながら歩いて行くと、やはり、テオが思っていた通りの場所に辿り着いた。


あの、テオがレシカに無理を言って、来ることを許された空間だった。


レシカの気配があったので、テオはまずは離れて様子を見ようとした。


――何をやってるんだろう……?


テオのいた場所は運悪く、レシカの背中しか見えないような場所だった。


レシカは正座をしたままずっと俯いていたかのように思うと、突然、手を祈るような形にしながら空を見た。


――何か神様にお願い事…?


しかし、その考えは否定される。


少し角度を変えようとテオが体を動かしたとき、何かが閃いたのだ。


驚いたテオがもっと角度を変えると、その祈っていると思っていた手にはある物が握られていた。


――小刀…?!!!!


刃の先はレシカ自身の喉にきちんと狙いを定めていて、ちょっとでも動かせばいつでもその白い喉を掻き切れそうだ。


勿論、それを黙ってテオが見ている筈がない。


「レシカ!!!!」


急に声をかけられてレシカはビクッと肩を揺らして反射的にテオの方を向いた。


そのたった数秒のうちに、テオはレシカの手首を抑えつけた。


「いや!!!離して!!!」


今まで聞いたこともないような悲痛な叫び声を上げるレシカに思わずテオは手を緩めそうになる。


が、そこをなんとか堪えてテオは軽くレシカの手をひねった。


痛みにレシカの手が緩んだ途端、テオはナイフをもう片方の手で取り上げた。


しかし取り上げた後も、テオはレシカの手首を離そうとはしない。


手を離したら恐らく、また同じことをしようとするだろう。


あと少しでも遅れていたら、レシカの細い喉にこの刃が刺さっていた…そう考えるだけでテオの肌は鳥のようになる。


「何考えてるのさ?!!何でこんな馬鹿みたいな真似しようとするの?!!!」


「あんたには関係ない!!!!」


テオが思わず叱咤すると、レシカも負けじと大声で言い返してきた。


「関係無い?!!仲間が死のうとするのを止めない人なんているの?!!!」


「っ…………あんたなんて知らない!!仲間なんかじゃない!!!」


レシカのその言い草に、テオは流石に傷ついた。


「…そこまで言うってことは、僕たちが何かレシカにしちゃったってこと?それとも僕が何かした?」


「別にそう言う訳じゃ――」


そこまで言ってレシカはしまったと言うような顔をした。


「…本当に何もしてないの?じゃあ何でそんなことを言うのさ?!何でこんなことするの?!」


「…五月蝿い!!」


「レシカ――」


「「お姉さんみーつけた♪」」


突如二人の真横に現れた幼い双子に、声を遮られたテオは驚いてそちらを見た。


が、レシカは恐怖から興奮で赤くしていた顔を一瞬で真っ青に変えて固まった。


まるで更にレシカを追い詰めようとしているかのように、森の木々がザワザワと戦慄わななき始めた。


「なん…で………」


「そりゃあ約束の時間に来なかったから、迎えに来ただけですわよ?」


瞳だけを動かし、震えた声でそう問いかけるレシカに、双子の女の子の方が当たり前だと言うように答える。


「約束?どういうこと?レシカ、この子たちは一体誰?」


「お兄さん初めまして!」


双子は行儀よくお辞儀すると、その顔にニタリと効果音がつくような笑顔を浮かべた。


「お兄さん、このお姉さんの?」


「え?あ――」

「違う!仲間なんかじゃない!!」


テオが答える隙も与えずレシカが答えた。


「そうなんだ〜。お仲間さんだったら一緒に連れて行ってあげようかと思ったんだけど、残念だな〜」


「連れて行く?何処に?」


「我らがアナスタチア王国ですわ!」


その答えを聞いた途端、テオは殺気を纏わせ双子とレシカの間に入った。


「あれ?やっぱりお仲間さん?」


「違うって言ってるでしょう?!お願いだからこの人を巻き込まないで…!!貴方も…余計なことしないで!!」


レシカは訴えるように叫ぶが、双子はそんなこと気にするわけがない。


「ふーん…ならお兄さん、早くその人から離れなよ?」


「そこのお姉さんは天下の大悪党ですわよ?」


「どういうこと?」


テオが問うと、双子はその問を待ってたと言うように、二人交互に答えた。


「アナスタチア王国の命に逆らって、」


「自分が逃げるためだけに、村二つを滅ぼした人ですわよ?」


「――っ…!!!」


レシカは双子の言葉を聞いた途端、瞬時にテオから先程の小刃を奪い、双子に飛びかかった。


彼女の金色に変わった瞳を見て止めようとしたテオの手は一瞬遅く、空を掴んだだけだった。


焦るテオとは対照的に、双子はそれをただ見ていると、不意に繋いでいる手とは反対側の手を天にかざした。


刹那、双子の手から生まれた光の玉が、光の弧を描きながらレシカに当たって弾けた。


「ぅっ……」


玉の威力は凄まじく、吹き飛ばされたレシカは木に頭を強打した。


「レシカ!!!?」


急いでテオが駆け寄ると、レシカは目を瞑ってぐったりとしたまま動かない。


気絶した少女と、それに驚いて必死に彼女の肩を揺する少年…二人の様子を、幼い双子はサーカスを見ているような顔で見ていた。

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