超人たちの活動について

-光文61年1月-


 年が明けて、光文61年が来た。後藤千秋は、GRAPE西日本支部で正月をむかえた。西日本支部の食堂で、雑煮を味わう後藤の目には、涙が浮かんでいた。


「どうした?」


 身の丈2メートルはあろうかと言う巨体の男が、後藤に問いかけた。


「乗鞍さん」


 後藤は男に返事をした。男の名は乗鞍斬馬のりくら・ざんば。若きロボット工学者で、GRAPEのサポートスタッフのひとりである。


「超人が泣いてどうする? 正月早々」

「乗鞍さん……。僕、温かい雑煮なんて食べるの何年かぶりなんです。父がその……荒れていたので……ううっ!」

「そうか……、いいから早く雑煮食え! 冷めちまうぞ?」

「はい!」


 このまま何事もなければ、後藤にとっておだやかな正月になるはずであった。だが、運命はそれを許さないようである。


「後藤千秋に告ぐ! ブリーフィングルームに出頭せよ!」


 支部内の放送が告げる、出動要請が入った。


「任務はなんですか?」


 後藤がGRAPE支部長に訪ねる。任務は、鉄血党西日本支部の殲滅であった。


「僕ひとりでですか?」

「君だけではない」


 ブリーフィングルームに、ネオインセクトマスクと、真紅のマスクと忍び装束に身を固めた人物が入って来た。


「あなたは、赤いニンジャ!」


 赤いニンジャ。光文40年代より、伝説として語り継がれていた超人である。公害の被害者の口を封じるために暴れた暴力団とそれをけしかけた企業、麻薬密売人、悪徳高利貸し……。それらを人知れず退治したニンジャの噂がちまたに流れてはいた。しかし、実在を確かめた者はいないと言ってよかった。その赤いニンジャが、今後藤の目の前にいるのだ。


「あなたは光文40年代から、ずっと活動されていたのですか?」

「我らはひとりではない」

「そろそろ、鉄血党西日本支部殲滅作戦について話をしよう」


 GRAPE支部長の言葉で、後藤たちは作戦会議をはじめた。


 光文61年1月8日の夜。後藤はメラン・コンカーを装着し超人アルジャーノンとなり、ネオインセクトマスクと赤いニンジャとともに、鉄血党西日本支部の前へとたどり着いた。と、同時に建物の窓から武装した鉄血党員が出て来て銃口を向けた。


「行くぞ!」


 ネオインセクトマスクの声とともに、三人は突入する。銃弾の嵐をかわし、超人アルジャーノンは襲いかかる鉄血党員に電撃を浴びせ、赤いニンジャは手裏剣で敵の銃器を破壊、ネオインセクトマスクが支部長室に向かおうとした時、彼の足は止まった。


「どうしました?」


 超人アルジャーノンが尋ねたその時、支部長室の扉が開き、ネオインセクトマスクによく似た姿をし、手には赤い刃の長剣を持った銀色の超人が現れた。


「お前は、インセクトシャドー! どうして……」


 ネオインセクトマスクが言い終わらないうちに、インセクトシャドーは長剣で切りかかって来た。紙一重でかわすネオインセクトマスク。ネオインセクトマスクは腰のインセクトライフルを剣に変形させ、インセクトシャドーに応戦する。


「ここが貴様の墓場だ、ネオインセクトマスク!」

「そうは行かん! 何故我々がここに来ると分かった?」

「情報をわざと流して、貴様をおびき寄せたのさ」

「なに……!」


 その瞬間、インセクトシャドーの長剣は、ネオインセクトマスクの剣を弾き飛ばした!


「死ね!」


 インセクトシャドーが長剣を振りかざした時、地面に転がっていたネオインセクトマスクの剣がインセクトシャドーに向かって飛んで行き、インセクトシャドーの長剣を弾き飛ばした。


「大丈夫ですか!?」


 超人アルジャーノンが超能力で、ネオインセクトマスクを助けたのだ。


「小僧、邪魔をしたのか! 許さんぞ! デモンセイバー!」


 掛け声とともに、長剣デモンセイバーがインセクトシャドーの手に戻り、インセクトシャドーは超人アルジャーノンへと向かって行った。超人アルジャーノンは、気合いを込めて左正拳突きを繰り出す。すると光の弾がインセクトシャドーに向けて飛んで行き、命中した。インセクトシャドーは吹っ飛んで、床へと突っ伏した。その時、鉄血党西日本支部を強烈なサーチライトが照らした。外には投光器を着けた装甲車と、銀色に輝く甲冑めいた服を着た一団があった。


「我々は、特別遊撃装甲化部隊である! 鉄血党はおとなしく投降せよ!」


 特別遊撃装甲化部隊。続発する超人事件や、武装した反社会的勢力に対応するために組織された特殊部隊である。法律で強権が与えられ、世間では「特甲隊」とも呼ばれている。


「特甲隊が出て来たのか……、引き上げよう」


 ネオインセクトマスクがそう言って、ふたりに逃げる事をうながす。


「え? 何故……」


 超人アルジャーノンが尋ねようとした時、彼の身体は弾き飛ばされた。その次の瞬間彼が見たのは、インセクトシャドーのデモンセイバーに刺し貫かれた赤いニンジャの姿だった。赤いニンジャはインセクトシャドーに超人アルジャーノンが刺されそうになったのを、身を呈して防いだのだ。


「ふたりとも早く行くのだ!」


 赤いニンジャが、最後の力を振り絞るかのように叫ぶ。ネオインセクトマスクと超人アルジャーノンは急いでその場を離れ、屋上から特甲隊のいる側とは反対側に飛び降りた。その頃、建物の中ではインセクトシャドーが赤いニンジャにとどめをさそうとしていた。


「そうは……いかん! 自爆!」


 建物から、爆発音が聞こえた。


 それから、どのくらいの距離を走っただろう。ふたりは足を止めた。そして超人アルジャーノンはネオインセクトマスクに尋ねた。


「何故、あそこで逃げようとしたんですか!? インセクトシャドーだって、あのまま倒せたかも知れないのに……」

「我々は特甲隊と事を構えるわけにはいかないんだ、あの場にいたらそれは避けられなかった……」

「僕を助けようとして、赤いニンジャまで!」

「……」


 翌日、GRAPE西日本支部のブリーフィングルームで、後藤はネオインセクトマスクとともに前日の報告をしていた。


「僕を助けるために赤いニンジャは……」


 前日の件を引きずって、後藤に元気はない。


「どうした?」


 その声に後藤は驚きながら、声のする方を見た。赤いニンジャがいたのである。


「ええ!? なんで?」


 後藤は声をあげた。赤いニンジャは答える。


「我らは、ひとりではない。話はネオインセクトマスクから聞いた、それ以上悲しむな。戦いの中で消えるのは、ニンジャのさだめだ」


 その言葉を後藤は、無理矢理にでも納得しようとした。先代の赤いニンジャに命を助けられた意味は、その先にあるのだろうとおぼろげに思いながら。


-光文61年3月-


「それにしても、なんで特甲隊はあのタイミングで駆けつけたんだろう?」


 GRAPEに入って最初の出動をしたあの日の事を、後藤はふと思い出して食堂でひとりごちた。


「はっきりした事は分からねえが、あの時わざとこちらに流された情報は、特甲隊にも流れてたんじゃねえかな」


 通りがかった乗鞍が言う。なるほど、それなら話はある程度通じる。


「それと、特甲隊は旭日新聞社襲撃の時から、鉄血党を探っていたのかも知れませんね」

「かもな。……おっと、急がなきゃならねえ!」

「どこへ行くんですか?」

「政府の仕事で出向だ! うちはな、こう言うところで稼いでんだよ」


 乗鞍はいそいそと、食堂をあとにした。食堂のテレビでは、日本各地での鉄血党と特甲隊の戦闘についてのニュースが報じられていた。


 ここで場面は、とあるカフェバーに移る。そこのカウンターで、ふたりの男が会話していた。


「最近、レトロブームってんで、昔の超人や超人をモデルにしたアニメや特撮がテレビや雑誌で紹介されてるな」

「そうだな」

「色んな超人がいたなあ、ネオインセクトマスクの先輩インセクトマスクに6種類の霊獣に化身する霊獣仮面、光の巨人ゴード……」

「でも超人たちのやった事は、でたらめなヒューマニズムなんじゃないのか?」

「ドラマやアニメの中だけの話ならなんとでも言えるだろうぜ、だけど現実の超人は人を救ってるんだぞ!」

「しかしいつだったかの新聞社襲撃事件だって、あとから特甲隊が出て来て解決したんだし、超人が去年の航空機墜落を止められたわけでもなかったし」

「何を言ってやがる。超人の活躍がなければ、俺たちは今こうして酒を飲んでられなかったろうが?」

「いちいちうるせえなあ、お前は……」

「ケンカを売るんなら、買ってもいいんだぜ?」

「それはこっちの台詞だ! 表に出ろ!」


 ふたりは、店の前でケンカをはじめた。一方のパンチでよろけたもう一方が、通行中の男にぶつかった。


「おい、どうした?」


 男は、乗鞍だった。乗鞍はぶつかって来た男に心配そうに声をかけたが、返事は意外なものだった。


「うるせえ! 余計な口出しはするな!」

「そうだそうだ! てめえもぶちのめすぞ!」


 殴った方の男まで、乗鞍を非難する。そしてふたりは、乗鞍に襲いかかった。このあとの様子をマンガにするなら、「ぼかすか、ぼかすか」と言う擬音とともに、コマいっぱいの煙が描かれるケンカの描写になるのかも知れない。それはさておき、ケンカの勝者は乗鞍であった。乗鞍はふたりを抱え、近くの交番へと向かって行った。


「……てな事がこないだあってなあ」


 ここは、政府の研究施設の一室。そこで乗鞍は、室内のコンピュータ端末と対峙している少年に話しかけた。


「乗鞍さんも世話焼きと言うか、横から口出す土瓶のようだねえ」


 少年は端末の画面から顔をそらし、乗鞍の方に向き直り返事をした。


「そう言うなよ、藤沢。性分なんだ」


 それを聞きつつ少年は、プリントアウトした資料を乗鞍に渡す。少年の名は「藤沢勇七朗ふじさわ・いさなあきら」。天才的な頭脳を買われ、この研究施設に出入りしている。乗鞍が資料に目を通しつつ、ふたたび藤沢に話しかける。


「しかしよく、宇宙から来たあいつの言葉をここまで翻訳出来るな」

「僕ひとりの力じゃないよ、翻訳チームがいるからだよ」


 藤沢が答える。部屋の窓からは身長約4メートルの、製作中のロボットがある工場が見えた。


「あいつの身体が完成するのは、もうちょっとだな」

「乗鞍さんが来てから、大分はかどりましたよ」


 「あいつ」とは、政府が回収した宇宙から来たロボット生命体の事である。破損した身体を、修復していたのだ。


「身体が完成したら、今度はあいつがGRAPEに出向か」

「あいつあいつって、スターボットってコードネームがあるじゃないの?」

「ああ、そうだったな」


 工場のスターボットの胸には、脈動するかのように光る箇所があった。そこがまるで、乗鞍と藤沢の会話を聞いて喜んでいるかのような輝きを見せた。光文61年6月の事である。


 一方その頃、超人アルジャーノンをはじめとするGRAPEの超人たちや特甲隊はそれぞれ活躍していた。旭日新聞・大日だいにち新聞・富嶽ふがく新聞……、全国の新聞やテレビが活躍を伝えていた。それを見つめているひとりの少女がここにいた。部屋で新聞を宙に浮かべ、目を通しつつ。


「ふふ……。いよいよ私の出番のようね」


 少女はつぶやいた。

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超人アルジャーノン 克森淳 @katumori

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