超人アルジャーノン誕生!

-光文60年6月-


 深夜の神戸の街中にそびえる、旭日きょくじつ新聞社関西支局。その前に不審な車が近づき、停車した。車から躍り出る危険な雰囲気の三名。手に手にモーゼル・ワルサーPPK。そして、ドラムマガジンのトンプソンを持っていた。彼らが目前の建物に突入しようとした瞬間、空からひとつの影が舞い降りた。ビルからの光に照らされ黒光りする、昆虫のような仮面と全身を覆う黒を基調とした鎧めいた装束。その人物は三人の前に立ちはだかった。


「待て、鉄血党! これ以上は行かせないぞ」


 鉄血党と呼ばれた三人はそう言われると、それぞれの得物を仮面の人物に向けて撃った。だが、仮面の人物には通用しない! 仮面の人物は腰にたずさえていた銃器を構えた。


「インセクトライフル、トリモチ弾!」


 三発の弾丸が発射され、それぞれが膨らみ鉄血党の三人を包み込む。三人は身動き出来なくなってしまった。


 翌日、新聞やテレビでこの事件の顛末が報道された。


「ネオインセクトマスク、旭日新聞社関西支局襲撃犯を拿捕だほ


 だが、鉄血党と呼ばれる集団については、ほとんど何も触れられなかった。また、ネオインセクトマスクに対する論調もどこか冷ややかであった……。


 ここで舞台は、H県K市のM中学校に移る。


「ネオインセクトマスク、よくやったなあ」


 誰に言うでもなく、小柄で大人しそうな少年がつぶやく。少年の名は後藤千秋ごとう・ちあき、M中学校1年4組の生徒である。教室は昨夜のネオインセクトマスクの活躍の話題で持ち切りであったが、この話を後藤に話しかける者はいなかった。


 やがて1年4組は理科室へと移動する。後藤も理科室に向かうが、その途中にひとりの女子生徒が近づいて来た。どうやら上級生らしい。女子生徒は、後藤のすねに向けて。それも二発、三発と。


「やめてくださいよ! 僕が何をしたんですかっ!?」

「なんねぇ、私何もしてないじゃないね?」


 後藤の懇願に対し女子生徒は、明らかにバカにしたような態度で答えた。そしてさらにローキックを入れる。


「こら! 何をしている!」


 理科室に向かっていた教師に見とがめられ、女子生徒は逃げるように去って行った。


「先生、ありがとうございます」


 後藤は教師に一礼し、理科室に入った。


 理科の授業が終わり、昼休みになる。教室に少し遅れて入った後藤に向けて、男子生徒のひとりが突進して、体当たりする!


「いちれん、ちゃーんっ!」


 突進して来た生徒はそう叫び、倒れた後藤を嘲笑する。


「何しやがる!」


 後藤は抗議するが、男子生徒は無視しつつこう言い返す。


「聞こえんなあ?」


 その場にもうひとりの男子生徒が近づいて来た。


「おい西山、楽しそうな事やっとるな」

小倉おぐらか」



 小倉は倒れた後藤に蹴りを入れた。


「悔しかったら、かかって来たらどうなら? それともネオインセクトマスクに、助けを求めるか?」


 小倉の罵倒に、後藤は耐えるしかなかった。これが、彼の学校での日常である……。


 7月になり、M中一年生全体の合宿が始まった。瀬戸内海にある小島のマラソンコースを、一年生全員が走らされる。後藤も走っていたが、小柄で華奢きゃしゃな彼にとっては、さながら地獄に等しい苦行だった。汗だくに、息もたえだえになりながらゴールを目指すが、ゴールまで数十メートルと言うところでバテて身体は止まった。それを見た同じ班の女子生徒が後藤を叱責する。


「後藤君、あんた何しよるんね! あんたがそんなじゃけえ、うちら班のもん全員に迷惑がかかるんよ! シャンと走りんさいや!」


 そんな事を言われても、限界まで走ったのに……。後藤にとって、自分の弱さを今日ほど呪った日はなかった。


 やがて後藤にとって退屈な夏休みが過ぎ、9月が来た。そして、その日が訪れた。


 下校中の後藤を、西山と小倉が取り囲み、交互に殴り出す。後藤が倒れた時、上空にひとつの光る物体が現れた。


「な、UFOか?」


 西山と小倉がひるんだ瞬間、光る物体は後藤に光線を浴びせる。後藤の体は宙に浮き、光る物体に吸い込まれた。やがて光る物体は、その場を飛び去って行った。それを見た西山と小倉は、慌てて走り去って行った。


 それから、どれだけの時間が流れたのか。淡い光に満ちた空間の中で、後藤は目を覚ました。


(ここは……?)


 後藤はベッドのような台の上に横倒しにされ、身体からだは薄いシーツ状の布で覆われていた。意識がまだ朦朧もうろうとしている中、後藤は自分の前にひとりの美しい少女が立っているのに気付いた。


「どうやら目が覚めたようね」


 少女は後藤に話しかけた。いや、と言う方が正確かも知れない。後藤は身体を起こした。と、同時に自分が一糸だにまとっていない姿だと気付く。後藤は赤面し、狼狽ろうばいした。


「き、君は誰だ? 僕に何をしたんだ?」


 戸惑いながら問う後藤に、少女は答える。


「私の名前は、ラクラ・メソシヤー。あなたをあなた達の星で言う、超人にしてあげたのよ」

「超人に?」

「そう。あなたを、超人として生まれ変わらせてあげた。あなたはその力を、好きに使っていいわ」

「そんな事を言われても、僕にどうしろと?」

「だから好きに使っていいのよ、あなたの望むままに……」


 そう言うとラクラは、後藤に向けて硬質そうなボールを投げて来た。後藤は無意識のうちに、「止まれ!」と念じた。するとボールは、宙で浮いたまま停止した。そしてゆっくりと、床へ転げ落ちた。


「どう? これはあなたの超人としての力の一部。他にも色々あるわよ」


 ラクラは、かすかに微笑みながら言った。後藤はそれを聞きつつ、自分の身に起きている事を理解しようと沈黙していた。やがて後藤は、ラクラに向かって言う。


「もしこれが夢でないなら、なんて素晴らしい事なんだ! ありがとう、ラクラちゃん!僕の人生がようやく好転しそうだ!」

「好転しそうじゃなくて、のよ!」


 ラクラの言葉に、後藤はうなずく。


「そしてこれから、あなたの力の使い方を説明するわね……」


 その頃、UFO騒ぎを見ていた別の生徒によって、警察に通報が入っていた。それを受け警官と担任教師が、後藤の自宅を訪問する。


「千秋がUFOにさらわれた? それがどうしたんなら?」


 後藤の父親はめんどくさそうに、警官と担任に答えた。


「いや、そんな事言わないでくださいよお父さん。もし宇宙人がらみの事件になったら、特甲とくこう隊かそれ相応の超人に出動を依頼しなければならないですし……」

「あがな弱虫、宇宙人のエサにでもなればええ!」


 問答が続く中、後藤の声がした。


「ただいま」

「うわっ!」


 一同が驚いた。


「千秋! わりゃどこに……」


 父親の詰問は、後藤の鋭い眼光により遮られた。そして後藤のただならぬ雰囲気に、警官も担任も、蜘蛛の子を散らすようにちりぢりになって帰って行った。


 翌日のM中。表面上は、何事もなく登校する後藤。教室に入ると、西山が突進を仕掛けて来た。


「いちれん、ちゃー……!?」


 西山は後藤にぶつかる前に、見えない力で弾き飛ばされた。6月とは反対に、教室の床に転がったのは西山の方だった。水を打ったように静まり返る教室。何事もないように、後藤は席に着く。


 体育の授業。短距離走を1年4組は行う。そこで後藤は、驚異的な身体能力を発揮し、猛スピードの疾走を見せた。


「おい後藤、何があったんだ?」


 体育の教師が問い詰める。


「何もありませんよ、ただ走っただけです」


 後藤は淡々と返す。


 次いで数学の授業。後藤は丁寧に見事な解答を板書した。


(いつもならこう言う時おろおろしている後藤が、一体どうしたんな?)

(UFOにさらわれたと言う話を聞いたけど、もしかしたら、宇宙人と入れ替わったんじゃないんね……?)


 生徒たちはこそこそと後藤についてウワサするが、後藤は気に掛ける様子はなかった。


 昼休みになり、後藤はひとり二年生の教室のある階へ移動した。そしてかつて、脛へローキックを入れた女子生徒を見つける。


「なんね? あん……!?」


 次の瞬間、


「う、うえええん!」


 女子生徒はその場に崩れ落ちて、泣き出した。


「何をするんね!」


 女子生徒は、去って行く後藤の背中に罵声を浴びせるが、後藤は気にせずに立ち去って行った。


 放課後。教室に西山と小倉が入って来る。


「おい、後藤。ちょっと顔貸せや」


 後藤は黙ってついて行く。校舎の裏側にたどり着くと、西山と小倉は後藤に襲いかかった。ひょいとかわす後藤。そして後藤は左手をかざし、ふたりに電光を浴びせた! 宙に浮き、どんどん上昇する西山と小倉。ふたりの身体は、校舎の3階まで達した。


-光文60年10月-


 この頃、M中で後藤をいじめようと思う者はいなくなっていた。逆に西山などは取り入ろうとする有り様であったが、後藤は西山に対して厳しかった。


「後藤さん! これ、少ないですが受け取ってください」

「なんだこれは?」

「上納金です」

「いらねえよ! 西山、その金はどうやって用意したんだ? 親からくすねたか、それとも他の誰かから脅し取ったのか」

「えー、その両方で……」

「そんな金が受け取れるかーっ! 返して来ーい!」

「ひいいっ!」


 そんなある日のこと。M中に闖入者ちんにゅうしゃが現れた。その姿は短ランにボンタンズボン、髪の毛は脱色され、リーゼントでまとめられていた。校庭で闖入者は怒鳴る。


「おい! ここに後藤千秋って奴はいるか! 出て来い! 俺は天地真あまち・しん! 調子ぶっこいてる後藤をぶちのめしに来た!」


 闖入者の目的は、後藤らしい。後藤は、無視しようとした。その時である。


「出てこねえなら、こっちにも考えがあるぞ。ジターン!」


 天地が叫ぶと、空の一角から何かが飛んで来て、校庭に着陸した。それは4メートルはあろうかと言う身長、頭部と胴体は薄い小豆色、手足は黒い色をしたロボットだった。


「出て来るまで、ジタンでこの学校をぶち壊し続けるぞ! 分かってんのか!」


 そう言うと天地は、ジタンの肩に乗り、校庭のゴールポストをジタンに持たせ校舎へと投げつけさせる。宙を舞うゴールポストが校舎に激突する直前、ゴールポストは停止し地面に降りる。そして、後藤が校庭へと出て来た。


「お前の目的は俺か? これ以上暴れるな!」


 そう言って後藤は左手をかざし、ジタンを持ち上げようとした。しかしジタンは動かない、重量がありすぎるのだろうか?


「食らえ!」


 ジタンは後藤にパンチを繰り出す。跳び上がってよける後藤。だがジタンのパンチはなおも襲って来る、それをかわし続ける後藤。いつしか形勢は、後藤が逃げる格好になっていた。


「どうしたどうした? お前の力はその程度なのか?」


 天地の挑発も、今は後藤の耳に入らなかった。どうすれば逆転出来るかを、考えていたのだ。その時、あの日ラクラに言われた言葉を思い出した!


(超人になったあなたがそれでもピンチになった時、この言葉を唱えなさい)


 ラクラに言われた通り、後藤は叫ぶ!


「メラン・コンカー!」


 するとまた、空の一角から何かが飛んで来た。今度は白銀に輝く鳥のような物体である。


(ゴトウ、聞こえるか?)


 後藤の心に声が響く。


(俺はメラン・コンカー、呼ばれたから来た。俺の力を貸そう、俺に近づけ!)


 後藤はその声に従い、メラン・コンカーに向けてジャンプする。するとどうだろう、後藤の服はまるで全身タイツのように変化し、メラン・コンカーの身体にも変化が起きた。メランの翼が後藤の足に、足が腕に、胴体は胴体に、尾羽は肩に、そして頭は頭へと装着され、メランは後藤の鎧になったのだ!


 地上に降り立ち、ジタンと対峙する後藤。後藤に向けてパンチが飛んで来る、後藤は目の前で両腕を交差させた。するとどうだろう。パンチは轟音ごうおんとともに、後藤の前で止まった!


(これは! しかしこんなデカブツ、どうやって倒しゃいいんだ?)

(落ち着いて肩に乗っている相手を見るんだ)


 後藤の内なる声に、メランが答える。言われるままにジタンの肩に乗った天地を見た。常人には見えないが、天地からジタンに向けて、オーラかエネルギーのような物が流れ込んでいた。


(奴を倒せばあるいは……!)


 後藤はジタンの肩に飛び乗り、天地に向けて電流を浴びせた。


「ぐわああああ!」


 天地は気絶した。と、同時にジタンは動きを止め、バラバラになっていった。天地を抱え、後藤は飛び降りる。


(どうやらこいつも超人で、その能力でこのロボットを操っていたみたいだな)

(だけどメラン、それってロボットと言うより、操り人形と言わないか?)


 後藤はメランと心の中でそうやり取りしたあと、あたりをふと見回した。ジタンのパンチで校庭の地面は凸凹でこぼこになり、校舎からはさっきの戦いを恐れる雰囲気が漂っていた。


(これが俺の力の結果なのか?)

(ほとんどはゴトウが抱えている奴の仕業だ、気にする事はない)

(だけどまたこんな事が起きたら……)


 やがて警察が来て、天地を連行する。


「助かりましたよ、こいつは自販機やATMを荒らして窃盗を繰り返していた容疑もあるんです。ところで、超人さん。あなたの名前は?」

「あ、あのー……」

「あ?」

(……)


 後藤の脳裏に、メランの助言が入る。


「アルジャーノン、超人アルジャーノンです!」


 ここに新たなる超人、超人アルジャーノンが誕生した。だが、それは彼にとっての茨の道のはじまりでもあった。


-光文60年12月-


 M中の図書室。そこに後藤はいた。本を手に取るが、読む気配はない。超能力、「オブジェクト・リーディング」により手にした時点で内容を把握出来るのだ。


(これで、図書室の本は一通り読んだか……)


 本を本棚に戻すと、後藤は図書室の窓から、校庭に黒山の人だかりが出来ていたのを見つけた。


「なんだ一体?」


 後藤は校庭に進み出た、そこには意外な訪問者がいた。ネオインセクトマスクである。


「後藤千秋君だね」

「どうしてあなたが!?」


 後藤は驚きを隠せず、頓狂な声でネオインセクトマスクに問いかけた。


「私は……いや、私たちは君をスカウトに来たんだ」

「私たち?」

「そう、私の所属する超人機構『GRAPEグレープ』に、君を迎え入れたいのだよ」

「でも僕には、学校が」

「それはこちらでなんとかしてあげよう、君は超人なんだ。普通の中学生として暮らし続ける事はもう出来ないと、気づいているんじゃないか?」

「父がなんと言うか……」

「それも心配ない、あれを見たまえ」


 ネオインセクトマスクは、校庭の前に停めてあった車を指さした。そこには、GRAPEのメンバーに連れられた後藤の父がいた。


「千秋! わしの事は気にせず行ってこい!」

「父さん!」


 後藤はここで決心した。自分は超人として、これから生きて行く事を。


 そして12月25日、後藤がK市を離れる日が来た。


「父さん、身体に気を付けて……」

「千秋もの」


 後藤はメランを呼んで、それに捕まる。そしてGRAPEの待つ場所へと飛び去って行った。

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