4 新しい旅立ち

アレッサの予定通り、翌日には騎士団からの謝礼が拝領される事になり。

亮達は前日と同じ部屋に、再度集められる。


「待たせたね。皆への報酬の準備がやっと整った」部屋に入ってきたルイスが言った。


今日はリオの姿はなく、ルイスと2人の給仕の娘だけだ。


娘達は、いくつかの皮袋をトレイに乗せ、重そうに持っていて。その1つをルイスが手に取り、ニカイラの前まで持って行く。


「ニカイラには報酬と言った方がいいかな?」


「いかにも。これは正当な警護の依頼であったからな」


ニカイラはニヤリと笑うと、差し出された皮袋を受け取った。

ルイスも笑みを見せ。次の皮袋と書面らしい巻物をアダムに手渡した。


「アダム殿には、個人への謝礼と。馬車ギルドへの馬の賠償金の書面付きだ」


「ああ……、ありがとうございます。別の意味でも首が繋がりました」


アダムは書面に目を通すと、跪きそうな勢いでルイスに感謝した。


最後は亮達の番。亮が差し出された皮袋を受け取ると、見た目に反してズシリと重い。


「旅費も減っていたので、助かります」


「リョウ殿には命の危険だけでなく、散財までさせてしまったからな」


ルイスの苦笑いで、亮は盛大に宝石を捨てた事を思い出した。

確かにあの宝石があれば、これほど気にはしていないかも知れないと。釣られて苦笑する。


「それと、これは殿下からの個人的な贈り物なんだが。リョウ殿達にはもう一つ」


そう言って、部屋の扉を開ける。


「部屋には入らないので、ついてきてもらってもいいかな」


「何なんです?」


ルイスについて部屋から出ながら、アレッサが尋ねた。他の面々も気になったのか、好奇心を隠す事なくついてくる。


「感謝と友情の証に、これからも旅する2人に譲りたいそうだ。殿下自身が直々に渡したかったようだが……」


一行は館の裏口から出て、裏庭に出た。

裏庭には芝生が植えられておらず、その大半が土が剥き出しの広い馬場で。数人の騎士が大柄な馬を取り押さえようと躍起になっていた。


そんな様子は無視して。一緒に来た若い騎士達が、馬場の外れに建てられ厩舎へと走って行くと。2頭の見事な馬を引いて戻ってきた。


「馬ですか?」


「右の粕毛がシュード、左の鹿毛がキャナルだ」


ルイスは、亮の驚きのこもった問いに笑顔でもって答え。馬の首を撫でながら言った。


「いいんですか? お金だけでもありがたいのに、こんな凄いものまで」


「さっきも言ったが、これは殿下個人からの贈り物だよ。リョウ殿もアレッサも、身を挺して殿下を守ろうとした。その感謝のしるしさ」


「でも、私、馬になんて乗ったことなんてありません」


アレッサと同じで亮も乗馬など出来ない。一緒に旅するニカイラを見やれば、こちらも肩を竦め、出来ないとアピール。


「追々、覚えればいいさ。気性の大人しい奴を選んだ、乗りやすいはずだ。それに、無理に乗らなくても、荷物を運んでもらうだけでも役に立つ」


「乗合馬車に乗るのでしたら、馬車の後ろに繋げられますから、邪魔にはなりません」


職業柄か、馬の状態を見ていたアダムが、そう言った。


「あの、少しいいですか?」


粕毛のシュードの手綱を持っていた騎士が、おずおずと声をあげる。


「なにかなブラザー」


「ガタが来て廃棄される2輪の荷台があります。少々手を入れれば、無理をしなければ十分使用出来るはずです」


「それはいい、一緒に差し上げよう」ポンと手を打つ。


「そんな、流石に悪いですよ!」


「廃棄品だ、構わないさ。2頭引きの荷馬車を送られたと思うといい。それとも、荷台はニカイラに送ろうか?」


「馬も無しに荷台があっても困るだけだ。エメトールまでの駄賃に、リョウ殿にもらっていただこう」


ニカイラはニヤリと笑い。困り顔の亮をよそに。剛胆な男達は、高らかに笑った。



それから2日後の朝。いよいよ出発する事になり。

城門前で亮は、久々に着た鎧の重さと大荷物にへきへきとしながら。修理の終わった馬車が運ばれて来るのを待っていた。


辺りにいるのは、ニカイラに、いつもの若い騎士達と、珍しく鎖帷子姿のルイス。

アダムは馬車の扱いを教えるついでに、ザルパニまで乗せていく事になっていて、馬車を受け取りに行って行き。アレッサは、それを早く見たいとついて行った。


「ああ、しまった……」ルイスを見て、亮はボソリと呟いた。


「どうかしたのか?」


「マントと盾を無くしたんでした……買いに行こうと思っていたんですけれど」


謎の騎士のせいで、安易な外出が禁止され。面倒臭くなって延ばし延ばしで、結果忘れていた。


「盾は紋章入りで無理だが。マントならこれを持って行くか?」


ルイスが自分のマントを外そうとしたので、亮は慌てて止める。


「そんな、俺にそんなに良いマントなんて勿体無い」


白凰騎士仕様の純白のマントは、恐れ多く。また少々、恥ずかしい。


「ザルパニで買う事にしますよ、防具なら質も良さそうですし」


城塞都市なら期待が出来る。


「そうか。騎士団が懇意にしている店を紹介するよ」


「ありがとうございます」


そうこう言っていると、車輪を鳴らして馬車がやってきた。

2頭引きの2輪馬車は、思っていたよりも綺麗で、それほど壊れている様子は見られなかったが。引いているのが大柄な軍馬2頭と、どこかちぐはぐな印象を受ける。


荷台には、即席ではあるが幌が取り付けられ。側面の帆布がロール状に巻き上げられて、吊されていた。


「いい仕事じゃないか」


ルイスが若い騎士にそう言うと、騎士は照れて頭を掻く。


「街の為に尽力してくれた恩人のためですから。気合いをいれましたよ」


「ありがとうございました。幌は助かります」


亮に言われ、騎士は満足そうに頷いた。

馬車が目の前に停まると、亮とニカイラは手分けして荷物を上げる。

御者台にはアダム、その隣に楽しそうに瞳を輝かせたアレッサが座り。亮はニカイラと2人、荷台に腰を下ろした。


馬車にはもう1人乗る予定だが、荷台にはまだ十分余裕があり。荷物の整理をして、荷物に乗ってしまえば更にスペースを作れそうだ。


「では皆さんお元気で」


「ああ、元気でな。また機会があれば会おう」


「殿下によろしくお伝え下さい」


「わかった、伝えるよ」


アダムが手綱を振り、馬達に出発の合図を送ると。馬車はゆっくりと動き出した。


「君達の旅に、精霊の御加護が在らんことを」


手を挙げるルイスに手を振り返しながら、馬車は城門を抜けて市街地へ出る。


「アダムさん、悪いんだけど。もう1人乗るんで、町の北西部、えっと海猫地区だったかな。そこに向かってください」


「わかりました」


「ステラさんって女性で、通りで待ってくれているはずです」


馬車は町の東西を走る大通りに入る。

長年のエニグス被害で、この町には活気が無く。通りを行き交う人は疎らだ。


普段なら、早朝に漁を終えた漁船が、その獲物を並べたであろう商店にも、魚の姿は無く。快晴の空の下、爽やかな筈の朝の港町は、陰鬱とした雰囲気に包まれていた。


「エニグスの脅威が去ろうと、漁師が海に出られぬ事に変わりは無し。太陽の輝石も、結局の所、焼け石に水という事であるな」


「でも、ほんのちょっとでも。エニグスに苦しめられてる人が助かったなら……」


身につまされるようなアレッサの言葉に、ニカイラはその頭を優しく撫でた。


「無駄というわけではない、あの若い騎士も言っていたであろう。儂等は恩人であると」


馬車は大通りを外れ、海猫地区に入った。ここは完全な住宅街で、ひしめくように家が建ち並ぶ。

亮はぼんやりと町並みを見ていたが。ある路地の前で、石畳に微かに残る血溜まりの跡を目にした瞬間。心臓が跳ねた。


間違いなくあの騎士が気絶していた場所だ。

不意に感覚があの夜へと戻り。雨の中で倒れる騎士を、虚ろに見下ろす自分の姿がそこに見えた。

その姿に、亮は心の底で考えないようにしていた事実を、否が応でも突き付けられる。


自分はあの時、微塵の躊躇も無く人を殺そうとしていた。


湧き上がる自身への恐怖と嫌悪感は、吐き気となって現れ。亮は胸と口を掴んで、うずくまった。

胸が締め付けられ、手が震える。


この世界において人命は軽いとか、相手もこちらを殺そうとしていたという事は関係ない。


亮自身、命のやり取りとは無縁の世界に生きてきて。この世界で、人があっさり殺される事実に衝撃を受けていた割に。その内面には、同じく平然と殺人を犯そうとする自分がいた事が恐ろしかった。


「大丈夫?」


アレッサが、皆が心配そうに亮を見た。


「大丈夫、ひさしぶりに動いたから」


「そう……」


アレッサは、納得がいかないという顔ではあったが。それ以上はなにも言わず。御者台から下りると、亮の隣に座った。

その後すぐに馬車が停まり。通りで待っていたステラが、荷台に手にしていた荷物を置く。


「いい馬車じゃない。本当に助かるわ」


「感謝はリオ殿下にですよ」


「手柄はあなた達のものでしょう……リョウ君。顔色悪いけれど、大丈夫?」ステラは荷台に身を乗り出すと、亮の額に手を当てた。「熱はなさそうだけれど」


「大丈夫、気疲れみたいなもんです。元気ですって」


そういって立ち上がろうとすると、ニカイラに止められた。


「顔色が悪いのは事実。安静にしておれ」


亮は頷いて荷物に背中を預けると、小さく溜め息をついた。


「情けないな、まったく」


亮は小さく呟き、何事かと見上げるアレッサを撫でる。


「頑張らないと」


こればっかりは、頑張ってどうにかなる事でもないが。またこれから街を出るというのに、落ち込んでいる暇はない。

考えても答えは出ない事であろうし、無駄に落ち込むならば考えない方がいい。


だがしかし、一方で、それで良いのかと問いかけてくる自分もいた。

見ない振りをすれば、無かった事になるわけでもない。ましてや、気付いてしまったのだ。放置すれば後々、痛い目を見る事になるかもしれないと。


この世界に生きる者として、足りないのだ、覚悟が。


「だからどうした。……俺は、帰るんだ」


自分にピシャリと言い切って、気合いと共に頬を叩く。


「よし、復活」


景気付けとばかりにアレッサの髪を乱暴に撫でて、髪をボサボサにする。


「ちょっと、何するの! リョウさんやめて!」


「いや、わりぃわりぃ」


適当に謝りながら、櫛で髪を梳かしていると。荷物の整理が終わったようで、アダムが御者台に戻った。


「この本、なんですか?」


荷物の中に、数冊の本があるのに気付いたアレッサが尋ねる。


「リョウ君に、いくつか魔法を教えてあげようと思ってね」


「マジっすか」


「良かったね、リョウさん」


アレッサはそう言うが、亮は未だ文字の勉強もしている途中なのだ。

ザルパニまでに、馬車の御しかたも覚えなければならないし。正直、そんな暇は無い。


「ウィンまで10日。みっちりやれば、基本魔法2個はいけるわ」


早速、荷台の最後尾に陣取って本を捲るステラに、アレッサがすり寄り。

亮に何を覚えさせるかを、嬉々として相談し始めた。

亮はそんな2人をとりあえず放置して、アダムの座っている、御者台の後ろに移る。


「出しちゃってください」


アダムはちらりと見た後ろの様子に苦笑いを浮かべつつ、馬車を発車させた。


「とりあえず今日は1日私が御すから。リョウ君は見ていて。要所要所で教えるから」


「出来ればアレッサにも覚えて欲しいんですけどね……」


後ろではしゃぐ2人を恨めしそうに流し見る。


「それは、追々。リョウ君が教えて」


街の出口に差し掛かり、土塁の切れ目の脇に立つ2人の兵士に手を振りながら、馬車はいよいよ街道に出た。

見覚えの全くない新街道を進んではいるが、周囲は代わり映えしない平原。視界は緑と青だけと言ってよく、旅はいきなり暇になる。


「基本的に馬は勝手に進んでくれるから、障害物に注意していれば良いよ」


「え、そうなんですか」


それもそうだ、馬だって物事を考える。オートマチックの自動車よりも、更にオートマチック。どうするかを教えれば、後は勝手に進んでくれるのだろう。


「それじゃあ暇じゃないですか? アダムさんどうしていたんです?」


「いや、まぁ。お仕事だから」


なるほど、大変だと。亮は頷く。


「ああそうだ。2頭引きで5人と荷物は大分重いと思うから、速度は抑え目で。この子等は身体が大きいから、楽に引いているように見えるけれどね」


「やっぱり凄いんですね」


「それはね。甲冑着た大男を乗せて走り回るんだから。馬用の鎧を着たりもするだろうし」


「どうせならば、乗馬も覚えたらどうだ? せっかく鞍もあるのだ」


黙って瞑想していたニカイラが口を開く。


「教えられますけれど」


「き、機会があったら」


亮は、顔をひきつらせながら応えた。この数日で、どれだけ詰め込む気なのか。


「リョウく~ん」


不意にステラに呼ばれ、今度は何事かと振り返ると。そこではアレッサが青い顔をして、ステラの脇でへたり込んでいた。


「……気持ち悪い」


「ああ、もう。馬車で本なんか読んでるから」


自分の旅も、なんとも、賑やかになったものだと。亮は、荷物から毛布を引っ張り出しながら、人知れず笑った。

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精霊界の異端演者(ノイズメーカー) 飾絹羽鳥 @AkaiKo

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