3 寝ている間にあったこと

日が変わって、翌日の昼過ぎ。亮とアレッサは、セヴァーの南東の外れに位置する、騎士館に来ていた。

その外観は石造りの外壁と四隅に尖塔を備える、小さな砦とも言える建物であり。館と呼ぶのは相応しくなく思える。しかしながら、一歩、その城門から足を踏み込めば。内包された、噴水を持つ広い庭園と、華麗な純白の館がその姿を表す。


亮達は、その館の一室に集められ。煌びやかな室内の、豪華な家具や調度品に居心地の悪さを感じながら。1つの大きなテーブルのもと。全員があてがわれた椅子で大人しく、リオとルイスが現れるのを待っていた。


「お待たせしてすみません、色々と立て込んでいまして」


扉が開かれるなり、現れたリオが、開口一番に謝る。

あまりに急に現れたため、室内の面々も慌てて立ちあがり。椅子が床をする音が、幾重にも響く。


リオはその中に亮の姿を見つけると、安堵の表情を浮かべた。


「ああ、リョウ殿。本当に無事で良かった」


「い、いえ、ご心配をおかけし、申し訳ありません」


亮の声は、緊張からわずかにうわずる。

今日のリオは旅していた頃とは違い、純白のブロケード織のダブレッドを着て。いかにも王子様といった風貌だったし。

リオの後から、ルイスを始め。数人の白凰騎士に給仕の娘がぞろぞろ入ってきたのだから、緊張もするというものだ。


そんな亮の様子にリオは微笑み、ルイスに何かしら言うと。ルイスを残して、騎士達は部屋を出て行く。


「皆さんとはずっと一緒でしたのに、今更警備なんて可笑しな話ですよね」


給仕の娘達が、お茶とお菓子のセットを終えて退室したのを見計らってリオは肩をすくめた。


「昨日お話しした通り、今日はニカイラ殿への報酬を始め、皆さんへの御礼をお渡ししようと思っていたのですが。その準備がまだ出来ていなくて、申し訳ありません」


「なに、気にされんでもよいですぞ。昨日の今日で片が付く問題ではないことは承知しております」


「あの、いいですか」亮が怖ず怖ずと手を挙げると、全員の視線が集まる。


「結局、どうなっているんです? 昨日は寝込んでたもので、よくわからないのですが」


「そうですね。リョウ殿と別れた後、アダム殿と私は港まで走り。そこにいたレアリード隊に事態の説明をしたのですが、思ったより時間が掛かってしまって」


リオは申し訳無さそうに俯く。


「その後、私は灯台へと向かい、アダム殿にリョウ殿への救援の案内をお願いしたのですが」


亮の視線を受けたアダムは首を横に振った。


「もうそこリョウ君達は、いませんでした」


その時にはもう、ステラに助けられた後だったのだろう。


「殿下が太陽の輝石を、お使いになられた後は。こちらが相手をしていた兵士達にも説得が効いて、救援が来るまでの耐え忍ぶことができたよ」


「それで、リンデル隊の処分とかはどうなったんです?」


「少なくとも、この街にいた隊員は全員捕縛されている。ザルパニの方は、まだ伝令が帰っていないからわからないが」


馬を飛ばしても、ザルパニまでの往復に8日程はかかるので仕方がない。

電話というものは、何ともありがたい物であると思う。


「しかし、気になる事は他にあります」


リオが真剣な眼差しで亮を見た。


「リョウ殿が戦ったあの騎士。どこにも姿が見えないのです」


「右腕と足に傷を負っていますし。潜伏しているのでは?」


特に右腕は全体重が乗っていたので、相当深いはずだ。


「そうかもしれない。だが、気になる事がもう1つ。この街にいたリンデル隊は全員捕縛したという事」


「それって……」


「そもそも、私は白髪のブラザーを見たことがない」


亮も今まで街を歩いて、白髪なんて目立つ髪の人間をあまりに見た記憶はない。

あったとしても、老人だ。

白凰騎士はその数自体が少ないので、そんな目立つ同僚を、ルイスが見ていないと言うのはおかしい。


「白凰騎士では無いと? でも光魔法を使いましたよ」


「別に白凰騎士だけが使える魔法ではないよ。それに、レイピアというのも珍しい。我々は儀礼用でも長剣を持つ」


白凰騎士でないならば、未知の騎士がリオの事を狙っていた事になる。

勿論、騎士かどうかも怪しいのではあるが。リオもそうであるように、一見して騎士であると思わせる風格があったのは確かだ。


「我等が悩んでも何も変わるまい。そのように目立つ者などすぐに見つかろう」


重い沈黙を、ニカイラが吹き飛ばした。


「ニカイラさんは強いからいいですけど、私達はそうも行きませんよ。俺は絶対恨まれてるし」


「出っ会さんよう気をつけるといい」


ニカイラはかかと笑い。隣に座る亮の背中を叩いた。


「俺等、エメトールまで行かなきゃならないんですよ……」


「エメトール?」


「ランサスの港町です。ここから海岸線を北に20日程の所にあるんですけど。途中にデュポアールの森が在るから大きく迂回しないと行けないんです」


アダムの疑問のこもった復唱に、アレッサがテーブルから身を乗り出して、妙に嬉しそうに答えた。


「なんでまた急に?」


「ステラさんが、フランクさんはそこに行ったって」


「俺達はそのフランクさんって人を探してるんですよ。エニグスの研究をしている人なんですが。なんでも、ルドガープ側での研究はステラさんに任せて。自分はランサス側に行ったそうなんです」


嬉しそうなアレッサとは裏腹に、亮は少々うんざりといった体で説明を引き継いだ。


「それは丁度よい。リョウ殿、謎の騎士の心配を無くせるぞ」


「どうやってです?」


「儂も一緒に行けばよい」


「いいんですか!」


思わず亮は立ち上がった。ニカイラが一緒に来てくれるというならば、こんなにも心強い事はない。

件の騎士はおろか、道中の野盗も、この、屈強な爬虫人の傭兵を見れば、連れの旅人の金品を狙おうなどと馬鹿な考えは起こすまい。


「いやなに。エニグス相手に仕事の口を求めて来たのだが、どうやら白凰騎士では傭兵を募っておらんようでな。仕方なしにランサス側に回ろうと思っておったのだ」


「今まででも抑えられていた上に。今、セヴァーに割いている過剰になった戦力を再編すれば。現在のエニグスの範囲は優にカバーできるからな」


「……と、いうわけだ。儂も一緒に行ってもよろしいかな?」


苦笑いのような表情で、両手を開き。ニカイラは亮を見た。


「はい、是非お願いします」


「やった! ニカイラさん、またよろしくね」


アレッサは椅子から飛び降りてニカイラの側まで行くと。両者とも笑顔で熱い握手を交わした。


なんだかよくわからない空気に、ルイスが咳払いを1回。


「皆の出発がいつかは分からないが、謎の騎士の事もある。それまでこの騎士館に泊まるといい」


ふと思いついたように手を叩く。


「そうだ、リョウ殿の部屋はアレッサの隣が空いているよ」


「ああそうか。皆さん、ここに泊まってたのか」


リオが忙しいのか、ノックの後、若い騎士が入ってきて。集まりはそれでお開きとなり。

亮はアレッサに連れられて、あてがわれた部屋へと向かった。

給仕の娘が世話を買って出てはいたのだが、逆に気を使いそうなので、可哀想だが丁重にお断りして。アレッサと2人、居心地の悪さに廊下を足早に歩いていた。


「結構、疲れるよ」


扉のノブに手をかけたところで、アレッサがぼそりと呟く。

なんの事かと、首を捻りながら扉を開けると、一目でその意味が理解できた。


1人部屋にしては兎に角広過ぎる。実家の亮の部屋の10倍は悠にあり。輝いて見える気がするほどに、塵1つ落ちていない。

床には毛足の長い、細かい模様の絨毯が敷かれ。部屋の壁際中央に鎮座するベッドは、天蓋付きのキングサイズ。

他の家具達も例外なく、素人目に見てもわかるほどに高価そうで。その部屋のすべてが触れるのもはばかられた。


「来賓用のベッドルームなんだって」


なるほど、庶民には縁遠い世界だ。

とりあえず、靴は脱いで入ろうと心に決め。あんなベッドで寝られるかも分からないので、いざとなれば魔法で気絶も視野に入れておく。


ここでふと、アレッサも同じような部屋なのならば。先程からの反応を鑑みるに。昨日、疲れて見えたのは、亮の身を心配して休めなかったのではなく。

ひょっとしたら、この異常に豪華な部屋のせいなのではと、思い当たる。


「……俺の胸の痛みを返せ」


アレッサの頭に手を乗せ呟く。

勿論アレッサには、なんの事だか分からず。きょとんと亮を見返した。


部屋の前で立ち往生していると、廊下を、本を抱えたステラが歩いてきた。


「あら、2人ともちょうど良いところに。話し合いは終わったのかしら?」


「はい、今さっき」


「そう。ちょっとお願いがあるのだけれど、いいかしら?」


「なんですか?」


「あなた達のエメトール行きに、途中まで同行させて欲しいのよ」


さも、ちょっとコンビニまで付き合うような口調で、さらりと言った。


「え、まぁ。ぜんぜん良いですけれど」


同意を求めるようにアレッサを見れば。亮に合わせてコクコクと頷く。


「ああ、良かった、流石に1人は心細くて。やっと外出許可が下りたから、ウィンの図書館に行きたくってね」


「図書館?」


「ええ。エニグスの事で気になる事がいくつかあったから、調べ物にね。申請してから2年かかったわ、酷い話しでしょ? どれだけ私を外に出したくないんだか」


「そのウィンは、どこにあるんですか?」


アレッサが部屋から地図を持ってきて尋ねる。


「メレイデンの北東よ。デュポアール山の東にある学問都市。エメトールまでの行程の丁度、中間地点にあるわ」


となれば、ここから馬で10日ほど。

図書館に行くのに、往復20日かかるとは、おいそれとは気軽に行けない。


エニグス関係で何かあったときにステラがいないと困るので。太陽の輝石で安全になったこのタイミングまで、外出許可が下りなかったのではと、亮は推理した。


しかし、10日行程をコンビニ感覚とは。最近、異世界に慣れてきたと自負していた亮も、改めて常識のズレを思い知らされた。


「俺達の出発日は、今の所未定です」


「でも、出来るだけ早くにって思ってます。明日は無いけど、明後日とか、その次くらい」


「わかった、準備しておくわ」


ステラは大きく頷くと、亮達に別れを告げ。その背中に亮は声を張り上げ声をかけた。


「そうそう。リザードマンのニカイラさんも一緒ですよ」


「それは心強いわね」


ステラは振り返って微笑むと、手を振って去っていった。

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