2 始原の魔女とウィザード
「えっと、確かに狭義のウィザードでは無いかもしれないけれど。広義ではウィザードでしょう?」
まったく理解出来ず、焦りが募る。状況を立て直したいが、口を開けばボロが出そうだった。
思わず笑ってごまかした亮に、ステラは溜め息を1回。章印の無い亮の右手の甲を指さす。
そう言えば、昨晩、騎士に手袋を切り裂かれたのだ。
焦る亮だったが、ステラは気にした様子を見せず。自分の両手の甲を亮に向ける。
そこに章印は無かった。
章印が無い人間をウィザードと呼ぶのではと、閃きが走る。
「わかったみたいね」
思えばアレッサも、亮をフランクと同列に扱った事があった気がした。
亮もテシュラの街につくまでは、章印をあまり隠していなかったし、アレッサが知っていてもおかしくはない。
「しかし、広義のウィザードを知らないで、よく過ごしてきたわね。理由もわからず邪険にされてきて、よく真っ当に育ったわ」
取りあえず笑って誤魔化したが、邪険というのは気になった。
確かに今までウィザードというものに対する、人々の嫌悪や畏怖は少なからず感じてきた。
「俺は相当に特殊なんだと思います。それで、広義のウィザードってなんなんです?」
もはや知らないという事はバレているので、ここは開き直って教えを乞う事にする。
「ん。どの辺りから知りたい?」
「掻い摘んで、丸々」
「わかったわ」
そう言うとステラは咳払いと共に立ち上がる。
「広義のウィザードは、以前、魂の罪人と呼ばれていたわ。理由は章印が無いから。この世に生を受けた瞬間、万人がもらえる精霊の祝福の証が無い、汚れた魂。それは前世での罪の証として、精霊が与えた罰だと」
溜め息を挟む。
「でも、罰はそれだけでは無かった。幼年期に祝福の恩恵を得られなかった虚弱な身体。罪人という事への周囲の偏見、差別」
ステラはうんざりといった風に首を振った。
「リョウ君が今まで受けた不当な扱いはこれよ」
実際そのような扱いを受けた事のない亮だったが。ステラ達の苦労は容易に想像出来た。
「でもある時、変革者が現れたの。始原の魔女セイラムよ」
どこかで聞いた気もするが、思い出せない。
「セイラムはあることに気がついたの。章印を持たないという事は、祝福だけではなく制約も無いという事。それは、私達ウィザードが全ての精霊魔法を操れるという事に他ならぬ。更には精霊の枠の外、魔術師魔法、魔術の発見と続くわ」
「魔術」
「そうよ。6精霊に捕らわれない。生命、精神などの魔法」
確かに所謂属性では《治癒》などは出来そうにない。
《止血》ならば、水で出来そうではあるが。血中に鉄分もあるし。グンナロが鋼の章印だった事を考えると、精霊同士で制約が発生しそうだ。
「セイラムは様々な魔術を編み出し、いつしか彼女には数人の弟子がついた。弟子達は
ステラは少し誇らしげに胸をはった。
「魔術は虐げられてきた私達が手に入れた唯一無二の力。皆がこぞって習い納め、魂の罪人はいつしかウィザードと同義になり。今日、ウィザードとだけ呼ばれるようになったのよ。つまり広義のウィザード」
「なるほど、わかりました」
「でも、いい事だけではないわ。精霊の枠を越えた魔法は禁忌と言われたり。未知の魔法に対する、偏見や畏怖がまた……」
「勝手な話しですね」
そりゃそうかと、妙に納得してうなずく。
「確かに勝手な話しではあるけれど。セイラムの時代よりは格段に生きやすいと思う。だからリョウ君、キミは変わっているのよ」
「はははは……」
何度目かわからないが、また笑って誤魔化す。
「ご教授、ありがとうございました」
「いえいえ。ああ、そうだ、騎士館に行くんだった」
「引き止めちゃってすみません」
「いいのよ別にこれぐらい、顔出せば良いだけだから。えっと、騎士ルイスに伝言とアレッサちゃんを連れてくるのよね」
「ルイス閣下に伝えれば、一緒に通ると思います」
「わかったわ。行ってきます」
「そうだ。俺がウィザードについて知らなかった事、内緒にしてもらえますか」
ステラは少し思案を巡らせると、うんうんと頷いた。
「別に構わないわ」
「ありがとうございます。行ってらっしゃい」
「安静にしているようにね」
悪戯っぽい笑みを残して、今度こそステラは出掛けていった。
ステラを見送って、そのままベッドに倒れ込む。急な動きに少し目眩がして、慣れればこの揺らぐ世界を、何だか面白く感じた。
「ウィザード」手をかざし、章印の無い手の甲を見つめる。
口に出して確認すると、異邦人として感じてきた言いようのない不安が少しだけ晴れたが。
わかってしまえばそんな物かと、それほど特殊ではなかった事に落胆している自分もいて。妙なヒーロー願望も持っていた事に気付かされた。
何を期待しているのかと、自分に呆れ。もう寝てしまおうと、そのまま手の甲で目元を覆う。
道端で死にかけながら眠るのとは大違いだと、苦笑しながら、眠りに落ちる。
数時間眠った後に一度目覚め。その後は、浅い眠りを何度か繰り返し。徐々に寝るのが苦痛になってきて。最後には頭痛を伴ってきたので、寝るのを諦める。
そうなると今度は暇になってくる。
いつもならやっている文字の勉強も、今は本が無かった。
生まれてこの方、大病や怪我と無縁の亮であったが。見舞い客の来ない病室とはこんなものかと、わざわざ異世界で実感させられた。
表はいまだに明るく、日が落ちる気配も無いので。もういっそ魔法の練習でもして意識を失ってしまおうかとも思う。
「ただいまー」
不意に隣の部屋からステラの声がした。
「遅くなってごめんなさいね。状況の説明が長くなってしまって」
部屋まできて、亮が起きている事に気がつき。ステラがすまなそうに言った。
「リョウさん!」
ステラの後に続いていたアレッサが、目に涙を浮かべながら亮に駆け寄り。
ベッドの上で身を起こす亮に飛びつく。
「ちょっ、アレッサ! 足! 足っ! マジで痛いからっ!」
「え、あ。ごめんなさい」
「なんでも、今朝から騎士団総出であなたを探していたらしいわよ。許してあげて」
慌てて飛び退いたアレッサを、ステラがフォローする。
「あ、いや、許すもなにも。少し考えれば考えつく状況ですし。ステラさんを引き止めて、心配を長引かせた俺が悪いです」
「別にそこまで言わなくてもいいわよ」
ステラは少し笑うと、「お茶でも入れるわ」と、部屋から出て行った。
「怪我、大丈夫?」
ベッドの脇から、アレッサが見上げるように言った。
「おう、もうほとんどな。後は左足だけ」
「よかった」安堵の息を吐き、笑顔を見せる。
その笑顔に少し疲れた様子が見て取れ、ろくに休んでいないのだとわかり。
寝倒していた亮は、少々、心が痛んだ。
「みんなリョウさんにありがとうって。それで殿下が、動けるようになったら騎士館にきてほしいってさ」
「みんなうまくいったんだな」
「うん! 完璧!」
元気よく突き出された小さな拳に、亮もその拳をあわせ。あの騎士に対して、ざまぁみろと、心で勝ち誇る。
「よっしゃ。この足は明日、完全に治してくれるってよ」
「明日?」
「《治癒》の魔法は同じ傷に連続して掛けると傷口が変異してしまうのよ。昨日は傷も多かったし、その傷だけに集中するわけにはいかなかったから」
いつの間にか戻っていたステラが言った。
「今、お湯を沸かしているの」とティーポット片手に付け足す。
魔法で沸かせばいいじゃないかとも思ったが。
祝福の無い身で魔法を使うのは異常に疲れるので、簡単な事は手間でも体を使った方が楽なのだと、自身の経験を踏まえて納得。
ややあって、お湯が沸いたらしく、ステラがパタパタと部屋を出て行って。
3人分のお茶を持って帰ってきた。
「さて、2人が聞きたい事って何かしら」
亮達は顔を見合わせ、亮が口を開いた。
「フランシス・スチュアートさんを知っていますか?」
「ええ、勿論。私にエニグスの事を教えてくれたのは、フランクだもの。最近は音沙汰無いけれど、彼がどうかした?」
その返答で、この旅の終着点が見える回答が得られない事がわかってしまった。
「俺達、フランクさんを探しているんですよ」
「何か知りませんか!」
必死なアレッサに詰め寄られ、ステラは気圧されて後じさる。だがすぐに優しく微笑むと、その頭を撫でて言った。
「エメトールに行ったはずよ」
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