エピローグ 旅立ちの空

  エピローグ 旅立ちの空


 一月の終わり、迅雷は某空港の展望デッキにいた。

 展望デッキとは、つまり空港の一部で、離着陸する飛行機を直接眺めることのできる展望台のことだ。海からの強烈な風が吹き付けてくるため、季節柄かなり寒いが、それでも人で賑わっており、飛行機にカメラを向けている人も珍しくなかった。

 迅雷は今、飛行機の時間を待ちつつ、その展望デッキで風に吹かれながら話をしていた。相手はつばさとことり、そして翔子である。

「うう、めっちゃ寒いし風も強いし、飛行機が近くに見えてテンション上がってなかったらこれはたまらんなあ」

 風に抗って髪を押さえながらそう云った翔子に、迅雷は苦笑を禁じ得ない。

「おまえが来たいって云ったくせに」

 迅雷たちとて、なにもこんな寒いところでずっと立ち話をしていたわけではない。つい先ほどまでは空港内の喫茶店で温かい飲み物を喫しながら話をしていたのだ。だが翔子が時間のあるうちに展望デッキに行きたいと云い出したので、こうして寒空の下へ出てきたわけである。

「もうすぐ迅雷さんもあの飛行機のどれかに乗って行っちゃうんですね」

「まあな」

 ことりの言葉に相槌を打ち、迅雷は展望デッキのフェンス越しに滑走路へ向かう飛行機をしばし無言で眺めた。

 思いがけずして翔子に連れて来られたこの展望デッキだが、三人の恋人にしばらくの別れを告げる場所としてはお誂え向きかもしれなかった。

 やがて滑走路で定位置につき、加速し始めた飛行機が機首をあげて飛び立っていく。それがみるみる遠く小さくなっていくのを見送ってから、翔子が思い出したように云った。

「しっかし結局真玖ちゃんはえへんかったんやな。ウチは大阪から来てるのに、名古屋から来られへんなんて薄情なもんや」

「……いいんだよ。今さら見送りになんか来なくたって、あいつとはもう繋がっている感じがするから」

「オンライン・フォーミュラのライバルですもんね」

 つばさの言葉に、迅雷は笑って一つ頷いた。

「そうだな。ナイト・ファルコンは俺のライバル。バーチャルサーキットでいつでも会えるさ」

 厳密には、迅雷のなかではもう既に真玖とナイト・ファルコンは切り離されつつあった。同一人物なのだと頭ではわかっていても、リアルとバーチャルで境を異にする背中合わせの別人という感覚である。が、それをつばさに云う必要はない。これは迅雷と真玖のあいだで了解していればいいことだからだ。

「でも、見送りに来てくれてたらそれはそれで嬉しかったやろ?」

 意地悪そうな翔子の問いに、迅雷はもちろん首肯した。

「そりゃそうだ。だがその場合、受験のあるホケキョはともかく、千早とめぐるがついてくるだろ? 千早はいいんだけど、めぐるはうるさそうだからな」

 迅雷のぼやきに、ことりがくすりと笑う。

「めぐるちゃんが来たら、それはそれで楽しいかも」

「おっ、そうなのか?」

 ことりはめぐるを苦手にしていると思っていたから、それは良い意味で意外であった。

 ことりは恥ずかしそうに目を伏せると云う。

「気づいたら、仲良くなってしまって……」

「そういえば、いつのまにか猿飛さんじゃなくてめぐるちゃんと呼んでるもんな」

「はい」

 ことりはどちらかと云えば友達の作りにくい性格だ。それがこうして新たな友人を得ているのだから、これは一つの進歩ではないだろうか。

「そうか……安心したよ」

 ことりを日本に残していく迅雷としては、あのめぐるとことりが仲良くやれているということが、ことりが少し強くなった気がして嬉しかった。

 翔子は元よりしっかり者だし、真玖の周りにはあゆみたちがいるし、心配はない。

 ――心残りがあるとすれば。

 迅雷はことりの頭を軽く撫でてから、視線をつばさに向けた。

 つばさはいつもの車椅子に座って、悠揚と構えている。ときおり、風に乱された黒髪を手櫛で直していた。

「寒くないか?」

「平気ですよ。着込んでますからね」

 なるほど、今日のつばさはダウンジャケットにフェルトのロングスカート、さらにはマフラーに帽子と完全防寒態勢だ。ことりや翔子も似たような服装である。

「そうか」

 迅雷はそう云って、続く言葉に迷った。だが元より今さら改まって云うことなどなにもないのだ。つばさのことについて少しばかりの心配事があるからと云って、まさにこれから出国しようとしている迅雷がそれを持ち出してなんとするのか。ただ再会を約して笑顔で別れれば、もうそれでいいではないか。

 迅雷がそう無理やりに自分を納得させたとき、遠くから自分の名を呼ぶ声がした。

「おおい、迅雷君!」

 見れば、厚着した金髪の女性が手を振りながら小走りに駆け寄ってくる。その姿を見て迅雷は目元を和ませた。

「ジェニファーさん」

 やってきたジェニファーは、迅雷のかじかんだ手を自分の両手で包み持つと笑った。

「ああ、冷たい手。寒いのによくこんなところにいるわね」

「飛行機を生で見られますから」

 横から笑いを含んだ声でそう云った翔子が、そこでふと真顔になった。

「しかしまさか、ジェニファーさんが迅雷君についていくとはなあ……」

「私も本当に転属願いが通るとは思ってなかったわ」

 そう、驚いたことにジェニファーはパリにあるオンライン・フォーミュラのレーシングセンターに異動することになった。

 理由は、もちろん迅雷である。

 ――ついていくことにしたから。

 先日、いきなりジェニファーにそう云われた迅雷は、率直に云って感動した。自分のために人生を切り替えてくれるとまでは思っていなかったのだ。

 そしてジェニファーは今日、迅雷と同じ飛行機でヨーロッパへ行く。

「迅雷君はドイツが拠点で私はパリだからちょっと離れてるけど、ドイツとフランスの主要都市は高速鉄道で結ばれてるし、いつでも会える距離よね」

 そう楽しそうに笑うジェニファーに、つばさがしみじみと云う。

「本当、思い切ったことしましたよね」

「ふふふっ、私は大人。あなたたちは学生。行動半径が違うのよ」

 元よりアメリカから日本に来ていた女性だ。次にヨーロッパに行ったところでなんの不思議があるだろう。

 迅雷がそう思っていると、今度はことりがそっと尋ねた。

「あの、もし異動の許可が下りなかったらどうするつもりだったんですか?」

「あのセンター、辞めたかもね。仕事なら別にいくらでも探せる自信あるし、改めて向こうのレーシングセンターの門を叩いてもいいわけだし。でも向こうも私を逃がしたくなかったみたい。ほら、私って人気あるから」

 そう嘯くジェニファーに、はー、とことりが感心したようなため息をついた。その隣ではつばさが車椅子の上で唇を噛んでいる。

 学生の身分だけでなく、車椅子の上にも縛られているつばさは、自分の意思で自由にどこへでも行ってしまうジェニファーを、どれだけ力強い存在として見ているだろう。迅雷を追いかけていきたいというつばさの願いを、ジェニファーはまさに体現していたのだ。

「ジェニファー……さん……」

 そのか細いつばさの声が聞こえなかったのか、ジェニファーは青くきらめく目で迅雷を見てにっと笑う。

「それに迅雷君もね、本当は緊張してるでしょう?」

「そんなことは……」

 ない、と強がりたかったが、これから外国で暮らすというのに緊張していないわけがない。そんな迅雷を励ますように、ジェニファーは包み持った迅雷の両手を上下に大きく動かした。

「困ったときに私が近くにいたら、安心だと思うの」

 ――女神かな。

 冗談ではなく、迅雷はジェニファーが輝いて見えた。

 そこへふんと鼻を鳴らした翔子が嫉妬混じりに云う。

「向こうについたら空港まで新チームの関係者の人が出迎えてくれてるんやろ? そんな金髪の目立つ美人連れてたら、なんやこいつ生意気、って思われるで」

「そう思われないように、そのときは他人のふりしてるわよ。私が迅雷君の足を引っ張ったら馬鹿みたいじゃない」

 ジェニファーはやっと迅雷の手を離すと、翔子に向かって親指を立ててみせた。翔子はくうっと唸ったが、それはやがて苦笑いに変わった。

「ああ、大人ってええなあ」

「急がなくてもすぐなれるわよ。本当、あっという間だから」

「大人はみんなそう云うな。ところで同僚の人はええの? 見送りに来てくれたんやろ?」

 いきなり話がそう変わってジェニファーは目をまたたかせたが、彼女が今まで別行動を取っていたのは、仲の良かった元同僚が何人か見送りに来てくれており、彼女らだけでお茶をしていたからだ。

 迅雷は展望デッキに移るときにその旨ジェニファーにメールを打っており、そのメールを見てジェニファーがここにやってきたということである。

 ジェニファーは腰に片手をあてると云った。

「もう別れてきたわ。だって時間だし」

 翔子にそう答えたジェニファーが迅雷に眼差しを据える。

「迅雷君、時計見てる?」

「もちろん」

 迅雷はそう云って腕時計に視線をあてた。飛行機が出発するまで、あと一時間と少しだ。頃合いであった。

 空港に着いた時点で迅雷とジェニファーはすぐにチェックインを済ませ、スーツケースなどの手荷物も預けている。このあとは搭乗前の保安検査を受けるわけだが、検査にパスしてラウンジや免税店の並ぶエリアに通されれば、もう見送りの者たちがいる場所に戻ることはできず、したがってつばさたちとも一緒に過ごせない。だから時間ぎりぎりまで先延ばしにしてきたが、それもここまでである。

「もうなんですか?」

 そう眉宇を曇らせて口を挟んできたことりに、ジェニファーは頷きを返した。

「あの手の検査はわりと混み合うこともあるから、早めに行動しておかないとね。一時間前はもうぎりぎり。というわけで、行くわよ、迅雷君」

「はい」

 そう返事をした迅雷は、翔子、ことりと順に視線をやって、最後につばさを見下ろして微笑んだ。

「じゃあいくよ」

「そうですか」

 つばさの表情が、蝋燭の火を吹き消したように消えた。

 迅雷はそれが気がかりだったが、なにぶん時間がない。大丈夫と思うしかなかった。そこへ翔子が手振りを交えながら云う。

「ウチらはこっから迅雷君の乗った飛行機が飛ぶとこ見てるよ」

「そうか? でも実際に離陸するまではまだ一時間あるから……」

「うん、さすがにどっかのお店に入って時間潰してるわ。ここ、めっちゃ寒いもん」

「それがいい。おまえたちに風邪でも引かれたら俺が困る」

 迅雷は真剣にそう云ってから、胸を刺すような自分の気持ちにいきなり気づいた。

 ――あれ? 俺って、こいつらのことこんなに心配なんだ。

 今までも、レースの邪魔にならないなら恋人がいてもいいとは思っていた。だがこうして実際に恋人が、それも複数できてみると、彼女たちのことを愛しく思うと同時にその身を案じる気持ちが強くなったのだ。人間として当たり前の感情ではあるが、迅雷にとっては想定外の落とし穴でもあった。

 というのも、たとえばレースの前日や当日に、恋人たちが体調を崩したとか、困ったことが起きたとか、そういう報に接してしまったとき、自分は鋼鉄の心で勝負に臨めるだろうか?

 彼女たちを恋人にしてからおよそ一ヶ月、心のどこかで気づいていながら目を逸らし続けていた自分の気持ちを、迅雷は今、思いがけず目撃してしまった。

 その迅雷の表情が凍りついているのを訝しんだのか、ことりがそっと声をあげた。

「迅雷さん?」

 自分の心を見ていた迅雷は、その声で我に返ると頭を少し動かしてことりを見た。ことりは不思議そうな、不安そうな顔をしている。迅雷はそんな彼女に笑いかけようとしたが、それはいったい誰を安心させるためなのか。

 迅雷はにわかに悩ましげな目をして口を開いた。

「……俺は、ヨーロッパへ勝負に行くんだ」

「はい」

「でも、おまえたちのことを愛しているから、向こうへ行ったあとでおまえたちになにかあったら……体調を崩したとか、トラブルに巻き込まれたとか、そういう話を聞いたら、帰りたくなってしまうかもしれない。でもそれはファイターと云えるんだろうかって、今、急に思ってしまって……今まで彼女なんか出来たことなかったから……」

 それにはことりだけでなく、つばさも翔子も吐胸を衝かれたようだった。そんな女たちの反応を見て、迅雷は片手で顔を覆って苦笑いする。

「……なにを云ってるんだろうな、俺は」

 贅沢な話である。だが気づいてしまった以上は思ってしまうのだ。もしかすると恋人などいない方が、純粋な勝負師でいられたのではないか。そして恋人の数だけ弱味が増えてしまい、自分はファイターではなくなってしまうのではないか、と。

 しかし、そんな考えに囚われてしまった迅雷の肩にジェニファーが手を置いて、元気づけるように笑って云う。

「わかるわ」

「えっ?」

「大切な人ができると、喜びが二倍になるけど、恐れも二倍になってしまう。強さにもなるけど弱さにもなる。でも、それって結局、気の持ちようよ」

「そうですよ!」

 ことりがジェニファーの尾についてそんな声をあげた。それが彼女にしては珍しく強い調子である。

「ことり……」

 目を丸くする迅雷に、このときことりが詰め寄って胸を張り、迅雷を至近距離から見上げてきた。意思の強そうな目をしていた。

「私たちなら大丈夫です。ホームにいて家族もお友達もいるんですから絶対大丈夫。むしろ心配なのは外国へ行っちゃう迅雷さんの方じゃないですか。私たちの方が心配する側なんです!」

 そう捲し立てることりのあまりの勢いに、迅雷は苦笑してしまった。

「そうか?」

「はい。だって、迅雷さんのお荷物になるために恋人になったわけじゃないですから。むしろ逆で……迅雷さんが途方に暮れることがあったとき、私が支えてあげたいって、思っています」

 それには迅雷も思わず仰のいた。

「おまえが? 俺を?」

 迅雷より四つも歳下の小柄な少女が、疾風迅雷を支えようと云うのか。そんなことは迅雷にとっては夢にも思わぬことだった。自分がことりを守り助けることはあっても、逆はないと思っていた。しかし。

「本気ですよ」

 自分を見つめることりの瞳に、迅雷は心を貫かれていた。

「……ありがとう。頼りにしてるよ」

「はい!」

 ことりはぱっと顔を輝かせて笑った。


        ◇


 そのあと迅雷は時間に追い立てられるようにして慌ただしく別れの辞を述べ、つばさたちに背を向けると、ジェニファーとともに歩き出した。

 それをつばさは、車椅子に座って見送っている。感傷はもちろんあったが、ネットワークの発達した世の中だから、カメラ越しにならいつでも会えるし、いくらでも話ができる。つばさがそう自分で自分を慰めていると、ことりが声をかけてきた。

「お姉ちゃん。迅雷さん、行っちゃうよ」

「ああ、行ってしまうな」

 つばさは首を巡らしてことりに視線をあてた。この一分でことりが急に大人びて見えるようになったのは、つばさの僻目ひがめであろうか。

「お兄さんを支えてあげたいか。よく云ったな、ことり」

「だって、そう思ったんだもん」

 ことりは少しばかり恥ずかしそうに云ったが、目は逸らさなかった。それどころか胸を張って、どこか誇らしげである。

 そんな妹の姿を見て、つばさは胸につきんとした痛みを感じた。

「ついにおまえにすら、追い越されてしまった」

「さっちゃん……」

 と、傍で話を聞いていた翔子がしんみりと云う。

 翔子は将来、迅雷のビジネスパートナーになろうとしている。ことりですら、迅雷を支えると云った。そして去りゆく迅雷の隣にはジェニファーがいる。

 もし迅雷の恋人たちのなかに、迅雷のお荷物になってしまう存在がいるとしたら、それはこの自分だ。

 つばさだけが、迅雷に守られ、心配されるだけの女なのだ。

 そう自覚すると、情けなくて涙が溢れそうになった。そして今、迅雷の隣にいるジェニファーに、つばさは憧れの目を向ける。

「私もジェニファーさんのようになりたい。ああやって、自分の足でどこへでも行ける女性に」

「今、なろうよ」

 ことりの言葉が、つばさの心に深く刺さった。

 人生には、このときという瞬間がある。

 迅雷はもう行ってしまおうとしている。

 つばさには今しかなかった。

 ――なる! やる! 絶対に!


        ◇


「迅雷君!」

 ジェニファーとともに展望デッキから空港内に戻ろうとしていた迅雷は、翔子の張り裂けそうな叫び声に驚いて振り返った。

 そして風のなかに立つ少女を見た。

 最初迅雷は、あまりの違和感になにが起こっているのか一瞬わからなかった。だが次の瞬間に悟る。

「つばさ」

 立っているのだ、つばさが。彼女は自分でも雲を踏んでいるような感覚でいるのか、少しふらついている。けれど間違いなく、両の足でデッキを踏みしめて立っていた。日々のペダルワークのおかげか、筋力自体はそれほど衰えてはいないらしい。だが歩き方を忘れているようなところがあり、見ていて危なっかしかった。

 そんなつばさの傍ではことりが涙ぐみ、翔子はしきりにつばさと迅雷のあいだを視線で行ったり来たりして、迅雷に目で『見て見て!』とうったえてきている。だが云われなくとも、迅雷自身、つばさから目が離せなかった。笑うべきか泣くべきか、両方の感情が胸で拮抗している状態だ。

 と、つばさが大きくバランスを崩した。それを見た迅雷は駆け出して、つばさを支えようとしたのだが、しかし。

「来ないで!」

 他ならぬつばさにそう制されて、迅雷はその場に足を縫い付けられたように止まった。つばさはどうにか転倒を免れると、迅雷を見てにっと笑う。

「もう、ちょっと。あとちょっと……」

 迅雷が駆け寄ろうとしたこともあり、つばさと迅雷のあいだの距離は短かったが、それでもつばさには千里の道であったかもしれない。それをつばさは一歩、また一歩と進んでくるのだ。そして樹が空に向かって枝を伸ばすように、つばさもまた迅雷に手を伸ばしてきた。

「あと少しで、あなたに届く」

「……来い!」

 迅雷もまたつばさに右手を伸ばし、互いの指尖ゆびさきが触れ、ついには手が届いた。そのときには、迅雷はつばさの手を掴んで自分の胸に引っ張り込んで抱きしめていた。

「やったじゃないか」

「えへへ」

 そう笑ったつばさは、そのまま迅雷の胸に頭を預けてきた。まだかろうじて立っているが、この一年一度も自分で歩いたことがなかったのだ。ペダルワークでは鍛えられない部分の筋肉が限界を迎えたらしい。

 つばさは迅雷の胸につけていた頭を起こして悔しげに云った。

「本当は、お兄さんの背中に後ろから抱きついてみたかったんですけど……」

「そんなことなら、いくらでも――」

 今すぐにでも後ろを向いてやろうかと思った迅雷だったが、つばさは迅雷の唇にそっと指をあてると云った。

「いえ、それでは意味がないんです。私があなたに追いつきたいので」

「そうか?」

「はい」

「そうか……なら、もう少し鍛え直さないとな」

 迅雷は顔を上げて、主を失った車椅子に視線をあてた。あそこからここまで、十歩かそこらだ。それでも迅雷にもたれかかっているのだから、文字通りの意味で、つばさはまだ立ち上がったばかりである。

「リハビリ、しますよ」

 その言葉に、迅雷は顎を引いて胸元のつばさに目を戻した。ぞっとするほど綺麗な顔をしたつばさが、必死の目をして迅雷を見上げて云う。

「もっと自由に歩けるようになります。走れるようになります。そうしたら、ヨーロッパまで会いにいってもいいですか?」

「もちろんだ。ゴールデンウィークでも、夏休みでも、いや、春休みでもいい。追ってこいよ」

 迅雷はそう云うと、つばさのおとがいを指で持ち上げ、その唇を奪っていた。たまらなくそうしたかったのだ。

 口づけを終えると、つばさが顔を真っにしていた。

「お、おに、おにいさん……」

「次に会ったときは、この続きをしよう」

「は、はい」

 かろうじてそう返事をしたつばさは、そのまま仰向けに倒れそうになった。迅雷が彼女の腰に腕を回していなければ、本当にそうなっていたであろう。

 そこへことりが空の車椅子を押してやってきた。その隣には翔子もいる。

「お姉ちゃん」

 泣いてしまったのか、目を赤くしていることりがつばさの傍に車椅子をつけた。座れということなのだろう。つばさのリハビリはこれからで、まだしばらくはこの車椅子に頼らねばならないはずである。しかし、つばさはその車椅子から視線を切って、翔子を見ると云った。

「翔子ちゃん、悪いんだが肩を貸してくれないか」

「えっ?」

「もうこの車椅子には座らない。戻りたくないんだ。だから、小林さんが待ってくれている駐車場の車まででいいから――」

 と、そんなつばさの言葉を皆まで云わせず、翔子は胸を張って頷いた。

「わかった。ウチの肩ならいくらでも貸したる!」

「……ありがとう」

 つばさは淡い笑みを浮かべてそう云った。

 そのあと迅雷は翔子につばさを引き渡した。つばさが翔子の肩を借りてどうにか立ったところで、翔子が迅雷を見てにんまりと笑う。

「ところで迅雷君、ウチにチューは?」

「え?」

「あ、私もまだしてもらってないです……」

 と、もはや主を失った車椅子のハンドルを握っていることりが、顔を赧らめつつも迅雷の方を期待したようにちらちらと見てくる。

 三人とも迅雷の恋人であり、公平を期すなら当然二人にもしてやらねばならない。しかしさすがに人の目もあるなかで、複数の女性に次々と口づけするのは憚られた。

 迅雷は晴れやかに笑って云う。

「今日はつばさの日だから、おまえたちはまた今度」

「ええええ!」

 翔子は本気で不満そうであったが、今日がつばさの日でなくてなんの日だと云うのか。

「ちゃんと翔子の日やことりの日も作ってやるから……ていうか、おまえら、つばさがヨーロッパに来るときは一緒に来い。そのときに、なんとかしよう」

「ほんまに?」

「ほんまにだ。約束するよ」

 迅雷はそう云って翔子と指切りをすると、ことりの頭を撫で、つばさの顔を見つめた。

「今度こそ本当に行くよ。じゃあな」

「はい。いってらっしゃい、お兄さん」

 その言葉を最後に、迅雷は踵を返すと歩き出した。なにも云わずに黙って見守っていてくれていたジェニファーが、迅雷の横について歩き出す。

 展望デッキから建物のなかに入ったところで、ジェニファーが迅雷の顔を横からすくい上げるように覗き込んできた。

「いい顔してるわね」

「え?」

「安心した?」

「……しました」

 つばさが立ってくれた。これで本当に、心置きなく、自分は新たな戦場ヨーロッパへ行くことが出来る。すべての憂いは断ち切られたのだ。

 だからあとはもう、まっすぐ走り出すだけだ。

 ――さらば日本、行くぜヨーロッパ!

 迅雷の心は、既に海の向こうに向かって羽ばたいていた。

 そしてもう一つ。

 ――行くぜ、オンライン・フォーミュラのワールドグランプリ!

 迅雷はもちろん、サイモンとの約束を忘れてはいない。

 ヨーロッパはモータースポーツの本場であり、そこには将来F1に乗るような強豪たちが多く棲む、一つ上の世界がある。

 オンライン・フォーミュラにおいては、この春からレッド・ファイターを始めとするフォーミュラクラスのレーサーたちに挑む勝負が幕を開ける。時差がなくなることから、ヨーロッパのバーチャルレーサーたちともマッチングする機会が増えるだろう。

 リアルとバーチャル、虚実の両世界で、無数のレースが迅雷を待っている。

 迅雷の乗った飛行機は未来への橋を架けるように鮮やかに空を飛んだ。

 疾風迅雷、十七歳。命ある限りレースという名の戦いに終わりはなく、すべては、これからであった。


   バーチャルレーシング、オンライン・フォーミュラ! 完




▼あとがきとか続篇の構想とかキャラクターのその後とか


 終わった……。

 というわけで、まずは最後までお読みいただき、ありがとうございました!

 なろうの活動報告を御覧になった方には繰り返しになりますが、私が本作を最初に書き始めたのは二〇一三年十二月のことです。これを約五ヶ月かけて完成させたのがVer1.0なのですが、これがどうにも面白くない。

 そこで二〇一四年の十月から翌年の二月にかけて改稿したわけですが、そうして出来上がったVer2.0も、やっぱりいまいち面白くない。

 そして二〇一五年の十一月、インターネットで連載を始めながら更なる改稿を重ね、こうして皆様にお読みいただいたのがVer3.0になります。

 前半はVer2.0とほとんど変わらず、これをストックとして放出するあいだに作った時間で後半を大きく書き直し、どうにか完成にこぎ着けました。

 恐らく自分の手元で直し続けているうちは、いつまで経っても完成しなかったでしょう。見切り発車で連載を始めてしまったがゆえに、とにかく終わらせないといけないという義務感(あるいは強迫観念)が発生した結果、完成させられたんじゃないかなと思います。

 ある意味、これを読んで下さった皆様のおかげでもあります。ありがとうございました。


 話は変わりまして。

 本作は読み返してみると自分でもなかなかいい出来になったんじゃないかと思う反面、直したい部分もちょこちょこあります。

 ストーリーに変更を加えることはしませんが、誤字脱字の修正とか、飛行機雲サーキットのレースはもっと風の影響があって然るべきだったろうとか、TSRは某RPG6の影響でスリースターズレースにしちゃいましたが英語のニュアンス的にはトライスターズレースの方が良かったかもとか、翔子の将来の夢の件で資金力の話が出てきたんですけど今はお金のあるチームが無制限に資金を投入できないように上限が設定されてる(バジェットギャップと云うらしいです)って話を盛り込みたかったとか、この時代設定なら東京大阪間は新幹線じゃなくリニアだろうとか、あとからあとから気になる点がぽろぽろ出てきてしまいました。

 なかでも一番のミスはユーロF3とヨーロッパF3を混同していたことです。ヨーロッパのF3カテゴリの国際レースであるユーロシリーズ(通称ユーロF3)は既に終了し、今は新たにヨーロッパF3選手権(通称ヨーロッパF3)が開催されているそうです。しかし私はヨーロッパF3選手権の通称をユーロF3だと思っていたわけですね。恥ずかしかったのでこれだけはもうこっそり修正しておきました。

 ほかにも自分で気づいていないだけで信じがたいミスがあちこちに隠れているのでしょう。

 この辺りについては、気づいたところから時間のあるときに順次こっそり修正していこうかと思います。ストーリーが変わるような修正はしないので読み返す必要はありません。


 さて、このあとも迅雷の戦いはヨーロッパで続いていきます。なので書こうと思えばいくらでも続きを書けるわけですが、これは真玖郎と再戦するというところから始まった物語なので、真玖郎との勝負が終わった時点でエンディングでいいんじゃないかなと思い、この辺りで幕引きと相成ります。主人公が外国へ旅立つというのも、終わり方として区切りがいいと思いますし。

 それでも続篇や外伝の構想、キャラクターのその後などは漠然と考えているので、ここからはそれをつれづれに語っていこうかと思います。

 わりと長文で妄想をぶちまけてしまいますが、続篇についてもキャラのその後についても実際に書く可能性は低く、今ここでやっておかないと永遠に日の目を見ない可能性が高いので、全部ぶっちゃけます。

 そういう趣旨で書くので、この先は読み飛ばしても別に支障はありません。

 また本篇のネタバレだらけなのであとがきから読んでいる方は自己責任でお願いします。


 まずは続篇および外伝の構想から。


・ヨーロッパF3&オンライン・フォーミュラのワールドグランプリ篇

 これが正統な続篇ですね。時間軸で云うと迅雷がヨーロッパへ着いたところから始まり、新しいライバルやヒロインたちに出会ってモータースポーツの本場で戦っていく話。

 そしてOFの世界でもシーズンが始まってサイモンたちに挑んでいく話。

 でもぶっちゃけプロットも作っていません。

 ただ漠然と考えているのは、まず男の新ライバルがいる。

 そのライバルの双子の姉はヒロインの一人になるかも。

 でもヨーロッパ篇のメインヒロインはジェニファー。

 ヨーロッパF3のドライバーたちは迅雷と同じく子供のころからレースばかりやってきた男たち。しかもみんなオンライン・フォーミュラもやっててリアルでもバーチャルでもレース漬けになっているのでめちゃくちゃ速い。

 そうした強豪たちが相手なので迅雷も簡単には勝てない。

 加えてチームオーダーなどがあって自由に走らせてもらえない。

 ヨーロッパまで迅雷に会いに来たつばさの前で迅雷が事故を起こしてしまい、幸い無傷だったんですが、それを目の当たりにしたつばさのトラウマが再発する。

 サイモンはラスボス。

 日本篇が女の子ばっかりだったのでヨーロッパ篇は女の子の数は極力減らして男ばっかりにしたいかも。

 とまあ、こんなところですね。

 あとはF3とオンライン・フォーミュラのどっちを重視するかという問題があって、リアルとバーチャルのバランスを上手く取れればいいんですが、どうもF3のリアルレースの方に比重が偏りそうなんですよね。

 本篇の作中は冬でモータースポーツのシーズンオフだったのでバーチャルレースのシーンばかり書けていたわけですが、春になってシーズンが始まったら迅雷の立場だと当然リアルレースに注力する。となるとF3のレースの方も本格的に書いていかなくちゃいけない。でもそれだと『オンライン・フォーミュラ』じゃなくなってしまうぞ、というのが悩ましいかな、と。

 まあF3のドライバーたちはみんなバーチャルレーサーでもあるので、その辺で上手くリアルとバーチャルをスイッチしながら話を作っていけたら打開できそうな気はします。

 色々語ってきましたが、とにかくアイディアの種がいくつかあるだけで、きちんとした筋は作っておらず、もし将来書くことがあるにしてもいつの話だろうなっていうレベルです。


・迅雷、二条家へ行くの巻

 これは短篇的なものですね。

 つばさとことりが母親に馬鹿正直に「彼氏ができました。同じ人と付き合うことになりました」と話した結果、迅雷が姉妹の母親から呼び出しをくらう話になります。

 まあ色々な条件付きで姉妹との同時交際を認めてもらうんですが、本篇では一貫していい子だったことりが、迅雷と別れさせられると早とちりした結果、悪い子になる、かも。


・プリンス外伝

 七話で触れた迅雷が恋矢のアシストをする話を、迅雷ではなく恋矢主人公の外伝として書いてみようかなと思っています。

 これはわりあいきちっと考えているので実現の可能性がもっとも高い話です。


・つばさ、料理をするの巻

 つばさが迅雷のためにお弁当を作ってくるのですが、残念ながらまずかったという話。

 よくあるラブコメでは女の子の気持ちを慮った主人公が我慢して食べて「美味しいよ」って云うんですけど、迅雷は全部食べた上で「おまえの飯はまずい!」とはっきり云ってしまいます。

 これにショックを受けたつばさが本格的に料理を始めることになるわけです。

 もはやレースとはなんの関係もありませんが、ちょっと面白いかなと思ったので。

 でも考えてみれば迅雷はアスリートなので食べるものには相当気を遣うわけで、下手なもの作ってきたら食べないかも。


瀬名藍斗せな・あいとのバーチャルレーシング、オンライン・フォーミュラ!

 これは本篇から数年後を舞台にした別主人公でのスピンオフになります。

 車を運転したことなど一度もないごく普通の中学生である藍斗くん(十三歳)が、ふとしたことからオンライン・フォーミュラの世界に飛び込んでいくという、なんか普通の話です。

 迅雷が最初からある程度完成されている主人公だったので、普通の男の子が初めてステアリングを握ってちょっとずつ成長していくような話が書きたいかな、と思って考えました。

 一応、師匠ポジションとして大学生になっていることりが登場予定。

 このころ迅雷はもうF1レーサーになっており、オンライン・フォーミュラの世界でもトップドライバーになっています。

 年頃になってるはずのプリンスの婚約者なんかも出したいかも。

 あとは藍斗くん自身のヒロインやライバルも登場させなくてはいけないんですけど、その辺りはまだこれといって決めていません。


 続篇や外伝の構想については、こんなところでしょうか。

 続きまして登場人物のその後についても触れていきましょう。


・疾風迅雷

 将来はF1ドライバーになります。やはり主人公なのでそこは外さず、普通に大成功ですよ。ではF1ドライバーとしてどの程度の成功を収めるかというと、山あり谷あり、勝ったり負けたりですね。周りも手強いし、さすがに常勝無敗というわけにはいきません。

 ただ翔子との約束もありますから、三十を過ぎてもまだ現役でいるはず。三十五歳、できれば四十歳までは第一線で戦ってもらいたいですね。

 裏を返すと、その年齢でもF1ドライバーでいられるレベルの成績は残します。

 F1で日本人がそこまでやれるのか? という意見もあるかもしれませんが、そこは夢を追いかけていきたい。

 そしてF1を引退したとしても別カテゴリーでレーサーをやるんでしょう。

 女性関係については艶福家もいいところで、作中にあるとおり、少なくともつばさ、ことり、翔子、ジェニファー、真玖を全員恋人にして彼女たちとのあいだに子供を作ったりもしました。完璧にハーレムエンドです(やったね!)。

 ヒロインがさらに増えるかどうかは未定ですが、まあ増えるんでしょうね。ヨーロッパで何人か。あとはあゆみさんともフラグが立っています。

 恋人たちや子供たちに公平であるため、事実上は家族でも法律上は誰とも結婚しません。F1ドライバーとしてある程度の稼ぎがあるので、大勢いる恋人と子供たちの面倒はきちんと見ますよ。


・二条つばさ

 この話においては、迅雷とフラグの立った女の子はみんなヒロインですが、そのなかでもメインヒロインはやっぱりつばさです。

 車椅子キャラのお約束として最後は「クララが立った」をやりました。

 迅雷がやらかしたせいで高校を卒業したくらいのタイミングで母親になります。で、子供がある程度の年齢になってから改めて大学に行く。

 そしていつかは迅雷の公私に亘るマネージャーとして迅雷と一緒にF1グランプリの開催される各国を巡るのもいいんじゃないかと。

 将来の夢はオンライン・フォーミュラのエンジニアでしたが、そこは迅雷と出会って切り替わった感じです。変わる夢があってもいい。

 実家がお金持ちなので、迅雷に頼らずとも金銭的な面では生涯に亘って苦労しません。


・二条ことり

 彼女の場合、将来の夢がお嫁さんなのであまり語ることもなかったり。

 普通にお母さんになってつばさと一緒に迅雷といちゃいちゃしながら生きていきます。

 特筆すべきは、もし前述の『瀬名藍斗のバーチャルレーシング、オンライン・フォーミュラ!』を書くことがあれば、本作の主要キャラクターのなかで唯一レギュラーとして続投するということですかね。


・御空翔子

 彼女は浪速の商人的なポジションで、会社を興してしっかり稼いでいつかはF1チームを持つはずです。たぶん。きっと。でもさすがに二十代のうちでは無理なので、夢が叶うころには三十過ぎてるかな。まあ三十代でそこまで出来たら大成功なんですけど、その大成功を掴まないと年齢的に迅雷が現役引退してしまうのが、彼女の夢の苦しいところです。

 夢が叶うのかどうかはわかりませんが、やり手の女社長になっていてくれたら嬉しい。

 迅雷との関係は適度な距離があります。迅雷に永遠にイケメンでいてもらうためにあまり甘やかさず、自分もあまり甘えずといった感じで、いいパートナーですよ。

 つばさは迅雷がいないと生きていけない子ですが、翔子は仮に迅雷にふられたとしても切り替えて逞しく生きていける子です。いい女になるので、ふられませんけどね。


・ジェニファー

 これは個人的な考えですが、スポーツものには実況がかせないと思っています。

 実況役がいれば状況をセリフで説明しても不自然になりませんし、場を盛り上げてもくれる。実際に『キャプテン翼』ではアナウンサーが、『爆走兄弟レッツ&ゴー!!』ではミニ四ファイターがいい仕事をしていました。

 もしジェニファーがいなければレースシーンの描写をどうすればいいのか、途方に暮れたことでしょう。そういう意味でこの作品のMVP(MVCと云うべきかな?)は彼女です。

 作中ではまだ正式に迅雷の恋人にはなっていません。サイモンに勝つまではあくまで恋人候補です。でもキスはしました。

 しばらくは迅雷についてどこへでも行くわけですが、将来迅雷の子供を身ごもったらアメリカに帰ります。彼女はやはりアメリカ人なので、自分の子供はアメリカ人として育てたいと望むはず。たぶん妊娠して自分の子供をどう育てようかって考えたときに、アメリカ人になってほしいと強く思うんじゃないでしょうか。

 迅雷もそのあたりの気持ちを尊重して見送ることにしました。とはいえ別れたわけではないので、迅雷がアメリカに来る度にデートしたり親子で過ごしたりしています。

 アメリカへ帰っても実況レディ、ヨーロッパ篇を書くことがあるとしたらメインヒロインです。


・サイモン

 レッド・ファイターでした。終わり。

 いや、短いですがラスボスとしか云いようがないので。

 ちなみに名前は当初サイモン・ガーファンクルでしたが、日本人キャラクターの名前がなんとなく速そうなイメージで統一してあるのに対し、外国人勢は適当に決めていたことに途中で気づき、しばらく考えた結果現実のF1レーサーの姓を拝借することにしました。ジェニファーの姓がハミルトンに決まったのもこのころです。

 国籍ははっきり決めていません。フレディ・マーキュリーにそっくりの容貌をしているのでイギリスでもいいんですが、アメリカやカナダでも別によさそう。

 今考えましたが、甘いもの好きですし、実家はカナダでメープルシロップを作っているという設定でもよかったのかなあ。

 ちなみに独身でジェニファーに惚れているという設定もあったのですが、その辺は有耶無耶になりました。


・弓箭寺恋矢

 プリンスくんです。

 つばさへの同情を恋愛と勘違いしていた子。キザでイヤミな王子様キャラですが、私は結構好きですよ? ただのやられ役とか、使い捨てキャラクターのように思われるのが厭だったので、『プリンスとの勝負』のあとも意識して出番を作りました。

 実はまだつばさを愛しているつもりでいるんですけど、つばさが車椅子から立って自分の足で歩いているのを見て、「ああ、自分は本当に愛情と同情を勘違いしていたんだ」と悟って、つばさへの気持ちは自然と消えていきました。

 彼の運命の相手は、例の七歳の婚約者です。ロリコンかと思われそうですが年齢差にすれば八歳差なので、十五年後には大した問題ではなくなっているでしょう。

 作中は十五歳で受験シーズンのはずですが、彼は中高一貫の学校に通っていて進級試験はあっても受験はありません。なのであの時期にオンライン・フォーミュラをやりまくっていられるわけです。とはいえ勉強していないわけではなく、成績はいい方です。進級試験くらい余裕でパスできます。

 そんな彼の将来について。

 いいところのお坊ちゃんですが、将来パパの会社の経営が危なくなって家が破産の危機に陥ります。でもそのころから一人の人間として本格的に覚醒するんですよ。両親に守られていたのが、逆境に置かれて初めて自分で生きる強さを身につけていく感じですかね。人は成長するのです。

 最後は美人の婚約者と結婚してめでたしめでたし。


・鉄砲塚弾彦

 プリンスの従兄です。

 プリンスと違って彼はその後の出番がなかった……ごめんよ、弾彦。でもセイバーズの裏方としてピットで頑張っていたのは弾彦なんですよ。

 ちなみにVer2.0までは女の子でした。鉄砲塚撃那てっぽうづか・うてなという名前で、恋矢の従兄ではなく従姉という設定だったんですよ。でも後述する誰かさんの性別が男から女になってしまったせいで、少しでも男女の比率を戻そうと思って女から男になりました。

 もしかすると、撃那という名前の姉か妹がいるかもしれません。


・韋駄あゆみ

 ホケキョさんです。

 私あのシーンを書くまで、ホケキョが迅雷とあんな盛大なフラグを立てるとは思ってなかったんですよ。いくらハーレム小説とはいえ、ホケキョと千早とめぐるは迅雷との関係が浅いしフラグは立てようがないなと考えていたんですが、いざ迅雷とホケキョがやりあうシーンを書いてみたら、「今後一切なにがあろうと、私はあなたを好きになんてならない!」というセリフが勝手に出てきたんです。

 ホケキョさんにとっては不本意でしょうが、フィクションの世界においては、「あなたを好きにならない」は「あなたを好きになります」とイコールなんですよね。「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ」というキャラは死亡し、車椅子で出てきたキャラクターは立ち上がるのと同じことです。

 というわけで六人目のヒロイン。決定!

 きっとヨーロッパから帰ってきた迅雷が恋人を増やしているのを見て、「だめだこいつ、私がなんとかしないと」とか考えて、レースで一戦交えたりしたあと、ぶつくさ云いながらも恋人になってあげるんですよ。その代わり迅雷の恋人は彼女で打ち止めです。無制限に増えていくのはさすがにまずいですからね。

 私で最後にしなさい、ということです。


・猿飛めぐる&氷車千早

 この二人についてはあまり考えていないんですよね。TSRにおけるつばさとことりの相手役として生まれたキャラクターなので、TSRを消化してしまったら役割終わりじゃん、ということで、あまりその後が思いつかない。

 ホケキョさんが迅雷攻略に動く契機としてめぐると千早までもが迅雷の愛人に収まったから、というパターンもあるんですが、それならそれでそういうことになるストーリーを新たに考えなくてはいけませんが、まあ未定です。

 強いて云うならめぐるはことりと仲良くなりました。


・隼真玖郎

 実は最初は正真正銘男でした。だってライバルだし、そりゃ男だろうと。ところがVer2.0を書いているときに「こいつ、もしかして女の子の方がいいんじゃないか?」という考えがちらつきだしたんですよね。

 でもそのときはまだ自分のなかでも抵抗があって、もしかしたら女の子かもしれない、くらいに留めておいたんですよ。つまりそれっぽい描写を匂わせておいて、男か女かの判断は読者の想像に委ねようとしたのです。

 しかしのちにVer2.0を読み返して「やっぱりこいつ女にした方がいいわ」と私のなかで完全に判断がくつがえりました。

 おかげでVer3.0では真玖郎関係をまるっと書き直すことになってとても大変でした。

 そんな彼女の将来についてちょっと考えたんですけど、ナイト・ファルコンとしてオンライン・フォーミュラで天下を取るとしか云いようがないです。

 彼女のやりたいことは真玖として迅雷に愛され、ナイト・ファルコンとして迅雷と戦うことなので、オンライン・フォーミュラに人生の半分を捧げてもいいんじゃないかなと。もう半分は迅雷といちゃいちゃしつつ、子供を育てることです。

 つばさたちとはある程度仲良くなるんですが、やっぱりホームが東京と名古屋で離れているので、家族と呼ぶくらいのレベルになれるのかは疑問ですね。

 なお七話のサブタイトルである『運命の二人』は、迅雷とつばさのことでもあり、迅雷と真玖のことでもあります。


 以上、続篇の構想やキャラクターのその後はこんなところです。

 読み返してみると、やはり妄想を自己満足で好き勝手に並べ立ててしまいました。

 でも繰り返しになりますが、実際に続きを書く可能性は低いので、ここで全部ぶっちゃけておかないとその後の迅雷たちについて語る機会がないのですよ。

 作品も完結させられたし、キャラクターがその後どういう人生を送るのかもだいたい示すことができましたし、私は満足です。


 そしてここまでお付き合いいただいたあなたに最大限の感謝をもって、このあとがきを締めたいと思います。

 ありがとうございました!

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バーチャルレーシング、オンライン・フォーミュラ! 太陽ひかる @SunLightNovel

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