第58話 「死に晒せぇーーっ!」
相手が掘った穴を逆に利用しての奇襲は概ね成功と言っても良かった。後は時間との勝負だ。
元々都市に残っていた兵力は少なく、奇襲に参加している殆どは傭兵だ。今は警備兵達が頑張っているが時間を掛ければ死兵同然の魔獣達が完全に都市内部に攻め入り一気に蹂躙されてしまうだろう。
そうなる前に、魔獣を操っている術者を叩かなければならない。
周囲で始まっている戦闘の火花がいつこちらに飛んでくるのか緊張しながらジョージはギフトとして与えられた魔眼で術者を探す。
それはすぐに発見できた。というか目立ちまくっていた。場違いなドレスに如何にも群れの長らしき大型魔獣を数頭侍らせている時点で自分が特別だと宣伝しているようなものだ。
けれど影武者の囮という可能性もあったのでジョージの魔眼で力の流れを観測した訳だが杞憂だった。
確証を得られた時点でジョージはライフルを素早く構えると躊躇いもなく引き金を引いた。乾いた音が響き、発射された弾丸は真っ直ぐにドレスの少女、魔獣を操るギフトを持つフェイリスに直撃するコースを取る。
だが割って入って来た影によって銃弾が遮られた。狼型の魔獣がその身を呈してフェイリスを庇った。
ライフルの発砲音が合図だったかのように、魔獣達が露骨にフェイリスを守るように動き出す。
「あいつが魔獣を操ってる!」
ジョージが銃弾を装填しながら叫ぶと、傭兵達が揃ってフェイリスに視線を向ける。戦場に明確な流れが生まれ――
「死に晒せぇーーっ!」
――魔女の奇声で止まる。
サリアが球状の巨大な鉄を〈創成〉によって作り出して投げていた。巻き込まれそうになった味方の傭兵達が慌てて逃げ出し、鉄球は次々と魔獣を踏み潰しながら一直線にフェイリスに向かって転がっていく。
だが鉄球は突然盛り上がり壁となった土の塊によって受け止められる。
舌打ちしたサリアが鉄球を消せば、土壁は鉄球がぶつかった窪みを明確に残している。どうやらただ土で鉄球を受け止めたのではなく、粘土の壁で衝撃を吸収したようだった。
「テメェ、散々好き勝手にやってくれるじゃねえか」
粘土の壁が砂となって崩れていく向こうで、一人の少年が立っていた。歳の頃はジョージと同じ。大砂虫が作ったトンネルを出たところで散々サリアに撃たれていた少年だった。
「これ以上は好きにさせねえ」
少年、ライの右目がオレンジ色から黄色へと変わり淡い光を放っている。それを見た途端、サリアが吹いた。
「プフッ……オッドアイ、オッドアイって。しかも光ってるし、でも似たような色合いとか、ク、ククッ」
「ちょ、こんな時に笑ってる場合じゃないだろ! それにあいつは――」
ジョージが注意するが、オッドアイの少年ライは怒りを滲ませた表情でサリアを睨みつけ、怒声をあげる。色違いの右目からの光が強くなっていた。
「死ねよクソアマッ!」
ライの怒りを表現するように地面から石の槍が無数に生えてサリアへ襲いかかる。詠唱も文字も魔道具も使用しない普通ならあり得ない発動の仕方だった。
魔術を使用する際にある『起こり』の瞬間がなかった攻撃は不意打ちに近いが、サリアは石槍に見向きもしないで〈創成〉による金属の壁を作り出して石槍を防ぐ。
似たように自分の意思だけで超常現象を起こすアリスやエリザベートの存在を知っていたサリアにとって別段珍しい事では無かった故に警戒も出来ていた。
防いだ直後に大砲を正面に作って砲撃する。
発射された砲弾は同じく球状の鉛とは言え先程とは速度が違う。粘土の壁だろうと土台ごと吹き飛ばしてしまうだろう。
だが、ライは斜めに土を盛り上がらせて壁どころではい厚みを持たせた上で土を斜めに盛り上がらせていた。角度がついた事で砲弾はその威力を存分に発揮できずに弾かれてしまう。
相手の力の使い方の巧さにサリアが面倒臭そうに顔を顰めた。その時、盾に遮られた石槍が赤熱するのに気付く。
直感的にサリアが後ろへ飛び退いた直後、石槍が破裂して溶岩が飛び散る。大半が鉄の壁に遮られるが液体である溶岩の一部が先程までサリがいた場所に降りかかって地面の草を燃やす。
それだけでなく、石槍の根元からは溶岩が溢れ出している。見た目に反して表面温度はさほどではないマグマだが、強い熱を内包したまま液体という状態は非常に危険だ。
「こいつ、まさか……。土の魔眼だ! 溶岩がギフトで、土の魔術は魔眼によるものだ!」
ライの攻撃を眼で解析したジョージが仲間に聞こえるように叫ぶ。
「ギフトとは別に魔眼持ってるなんてチートかお前!」
「なるほど、だからオッドアイ……クッ」
「チートじゃねえ! 笑うな! この目は一族代々伝わる先祖の聖遺物だ文句あんのか!?」
さらりと重い事実が漏らされたが、悪態をつきながらそれぞれ動きを止めていない。
奇襲から立ち直った帝国の護衛達と魔獣、それを包囲する傭兵達。
「文句あるに決まってんだろ! ギフトに加えて別の魔眼とかなんだそれ! インチキだろ!」
「だから先祖由来の宝だっつってんだろ! これ移植するのにどれだけ痛かった分かるか!?」
「邪眼……フッ」
二つの武装集団を挟み子供のような言い合いをするジョージとライが何とも場違いだった。その上サリアまで口を掌で隠しながら笑っている。
何とも言えないシュールな光景の中で、魔獣使いのギフトを持つフェイリスが僅かに後ずさる。その瞬間、彼女に向かって銃弾が迫り、石槍に防がれる。
弾を撃ったのはさっきまで笑っていたはずのサリアだった。表情の消えた顔でフェイリスにギフトで作ったライフルの銃口を向けている彼女は軽く息を吸い込むと声を張り上げる。
「あの娼婦の首を大将首とする! 獲って来た者にはこの公爵家のサリア・ラザニクトが金も名誉も思いのまま与えると約束しよう! 首を獲った者の傭兵団もまた褒美を与える!」
サリアが自分のものではない実家の権威を振りかざした瞬間、傭兵達が一斉に突撃を開始した。
少し考えれば公爵家の出身だろうと家督を継いでいない者が勝手に実家の名前を使った所で何の効力もないのだが--こいつならやる、という信頼が既に傭兵達の中に芽生えていた。
約束された報酬に傭兵は飢えた獣の如くギラついた目で突撃、中には獣も驚く咆哮を上げている。一体どちらが獣なのか分からない有様だ。
獣のような人と人に操られた獣が衝突する中、ギフト保持者達も達もそれぞれ動く。
サリアはライから狙われて土の魔法と溶岩に襲われる。私怨も混ざっているだろうが、最も厄介な存在として認識されたようだ。
ライは一族に伝わる魔眼によって視界内のどこにでも土の発動させる事が出来た。その土の魔法を通してギフトの力である溶岩もまた離れた場所に発生させる。
土の魔法を経てギフトのマグマ。このプロセスに既に気付いていたサリアはライから姿が見えないよう身を守る防壁ついでに目隠しとして壁をいくつも作る。やはり防壁で攻撃した後でマグマが噴出するが、避けるのに十分な間があった。
火のギフトを持つアリスならそんな小細工関係なしに燃やされていたが、ギフト保持者であろうと誰も同じ規模、練度を持っている訳ではない。
面倒なマグマを避けながらサリアは蓋のされた試験管を取り出して中の赤い液体を一滴残らず飲み干す。魔力の自然回復力を促進させ落ち着いて魔法の構成を練れるよう集中力を高める薬だ。
他にもサリアは魔力補助などの魔石を使った魔道具を装備していた。実家の名声と金、ついでに宝物庫から手に入れた物だ。
「さて、どこまで行けるか」
サリアの周囲に〈創成〉のギフトによって人形が作り出される。兵士の姿をした人形で両手剣を持ったタイプが六体、片手剣と円盾を持つのが六体の計十二体だ。
「ゴーレムか? それはこっちの本領だぜ!」
対抗意識を燃やしたのかライが石のゴーレムを作り出す。三階建ての建物ほどの高さを持つ石のゴーレムが二体瞬く間に地面の中から出現した事で戦場にどよめきが起きた。
「造形センス十五点。男ならもっとらしいの作りなさい!」
「うるせぇ! 潰れろこの魔女が!」
「あそこには近寄りたくないなぁ」
石の巨人二体と鉄の人形の集団が戦闘を始めたのを尻目にジョージは身を隠すように傭兵達の後ろを静かに移動していた。
確かにギフト保持者同士の戦いは人形加えた上で土の魔術一瞬で出現する大砲の破壊が行き交う嵐のような状況だ。魔獣も傭兵達も距離を取っている。
「俺はただの商人の三男なんだけどな。どうしてここにいるのか」
野蛮な傭兵、多種多様な魔獣、石の巨人に鉄人形。仮装パーティーかなにかのような戦場の中でジョージは愚痴をこぼしながらもそそくさと狙撃に良い位置へと移動する。
魔獣を操るギフト保持者の少女を狙い撃つためだ。エアスポットのように戦場の真ん中で周囲の乱戦に巻き込まれない位置を見つけるとジョージはそこへ移動してライフルを構える。
「そっちが先に仕掛けたんだ。悪く思うなよ。それにしてもスタイル抜群だなー。同い年には思えなん」
魔眼で望遠した際にドレスの腰部分にまず照準があったのをすぐに上へと移動させながら改めて相手の顔を見る。
恐らくは自分と同じ転生者。だとしたら十五歳。そうは見えない妖艶な雰囲気に戦場には似合わぬドレス姿。何とも浮いていると思いつつ、ジョージは手を抜くつもりはない。互いに戦場にいるのだから。
「まったく、戦争は嫌だな。儲かっても命あっての物種――何だあれ?」
引き金を引き絞ろうとしたジョージの指が止まる。
魔獣使いのギフト保持者が護衛の帝国兵と上位に位置すると思われる魔獣と一緒にある場所に移動していた。そこには馬車の荷台らしき形の物体が布を被った状態で置いてあった。荷台と判断したのは布の下に鉄製の車輪が見えたからだ。
布に何かしら魔術的な付与が施されているのかジョージの魔眼であっても中に何があるのか不明瞭だ。ただ何かの大型の動物が中にいるのは確かだ。
ルファム帝国の兵達が荷台の布を外す。荷台は鉄製の檻で、中には狭そうに身を丸くした魔獣がいた。
「おい…………」
いや、魔獣ではない。魔眼で見るまでもなく覚えのある気配にジョージの顔から色が失われる。
魔獣使いのギフト保持者が檻の中の怪物に何かを囁きかけると、檻の扉を兵士に開けさせる。
怪物が勢いよく檻から飛び出して地面を踏むと耳をつんざくほどの雄叫びをあげた。怪物は獅子の鬣を持つ大猿のような外見をしている。上顎から鋭く太い牙が生え、四肢の指から伸びるかぎ爪はナイフのようであった。一番特筆すべきは、見た目よりも纏う黒い靄だ。
それにジョージは見覚えがあった。一度目はクルナの王都近くの森、二度目はファーン共和国道中。
大猿の怪物は間違いなくかつてはジョージ達の前世のクラスメイトであり、十五歳を迎える前に死んでしまい地を彷徨う怪物となった転生者だ。
「操ってんのか? もう、人間じゃないからギフトの適用内って事か?」
魔獣使いの指示か、怪物はサリアの方に向き走り出す。その横顔にジョージは弾丸を撃ち込んだ。
怪物の側頭部に擦り傷が生まれる。その程度のダメージだったが動きを止めて弾丸が飛来した方向に振り向く。
ジョージは身を隠すのを止めて自分が撃ったと誇示するように立ち上がる。
これで狙撃しようとしていたジョージの存在がギフト保持者やルファムの兵達に知られてしまった。それが頭で分かっていてもジョージは衝動に駆られるしかなかった。
八つ当たりのようにジョージは弾丸を荒々しく再装填すると魔獣使いを狙い撃つが、狼型の魔獣が盾となって少女を庇う。上位の個体であろうその魔獣は血を流したものの毛と皮膚が硬いのか弾丸は貫通どころか当たって弾かれており、血も擦り傷程度の負傷から出たものだった。
「目標変更! 先にアレを殺しなさい!」
魔獣使いの指示に怪物は目標をジョージへ変更する。指示に従い、それを行なっている前世ではクラスメイトだった者達の姿を見てジョージは奥歯を噛み締めた。
前世は前世で今は今。ジョージをはじめ悪神をキッカケに転生した者達は多かれ少なかれ今の人生を歩んでいる。十五となって不意に記憶が目覚めた程度では今までの人生全てが変わる訳ではない。
交友関係もまた同じ。クルナとルファムがこうして戦争を行なっている今、前世の縁で手心を加える訳にはいかない。そんな冷めた部分をジョージもまた空気を読む程度には持っていた。
「駄目だろ、それ」
ただそうであろうと我慢できないものがあった。
「今は無関係と言ってもなァ! やって良い事と悪い事があるだろ!!」
不幸にも死に正気を失って怪物に成り果ててしまったかつての級友。それを操り人形として使役する所業にジョージに怒号を発したのだった。
レオンハルト しき @-shiki-
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