第57話 「はい五秒前ー……さーん、にー、いち、ゼロ」
ルファム帝国から前線を飛び越えての攻撃を受けた都市の戦況ははっきり言うと余裕だった。
元より他国からの侵略があった場合に最初に矢面に立つ辺境伯の兵が守っているのだ。他の都市と比べ精強で何よりも防衛戦。高く頑丈な壁というのはそれだけで有利なのだ。
最初はどこから現れたかも分からない魔獣の群れが一心不乱に都市へと迫ってくる様子に驚き、人間とは違う獣独特の動きに手間取ったもののすぐに慣れて死骸の山を防壁の傍に築いている。時折死体を踏み場に上がって来る魔獣もいるので魔法で吹き飛ばすことも忘れず、少しづつ効率化させて既に大まかなシフトまで出来て休息を取りつつ撃退し始めていた。
防壁は大丈夫。寧ろ余裕という報告は即席の作戦本部兼避難場所となったウォルキン邸に既に届いている。だが街を守る兵達は油断していなかった。
「この程度でこちらが陥ちるとは敵も思っていないはずだ」
その懸念は正しかった。
「で、どうなの?」
「変な魔力が体内を循環してる。こんな訳の分からない作用はギフトで間違いないと思う」
ウォルキン邸の広い庭には多くの騎士や兵が集まっている。その中央にてサリアとジョージ、騎士達がいる。
ジョージは小さな檻を手にして中に閉じ込められている小動物を凝視していた。小さな猫ほどの体にそれと同じだけの大きさを持つ棉のような尾を持つリスで、丸く愛らしい瞳でリスもまたジョージを見つめており、格子に阻まれながら口から涎を大量に垂らして噛みつこうとしていた。
このリスは見た目は可愛らしいが雑食で畑を荒らすので見つけ次第処分する対象だった。けれども下手に追い詰めない限りは基本的に自分よりも大きい動物に対しては基本逃げの動物で、普通なら戦場におらず巻き込まれても早々に逃げ出している筈だ。それが檻の中で積極的に人間を襲おうとしている。
防壁を登ってきた動物の数体を兵士が上手く捕らえてこの魔獣の怒涛の攻撃のヒントになるかもと運ばれ、こうしてジョージの魔眼による調査が行われた。
その結果、やはり魔獣達は誰かしらの影響下であると判明した。
「魔獣や動物を操るギフトですか。その有効範囲は分かりますか? 例えば人間は動物に含まれているかとか」
騎士の一人がやや強張った表情で質問する。彼の懸念はもっともで、それに関しての確認は必要だった。
「それはないと思います。人を操れるのならもっとエグい手をはじめから使って来るでしょうし」
「自爆テロとかし放題だものね」
「サラッと怖い事言わないでくれる? とまあ、人間が操られる心配はありませんよ。でも厄介なことに変わりませんけど」
ジョージは魔眼を地面に向ける。その目は地中から都市に向かって来る大砂虫の姿をしっかり捉えていた。その後ろからは掘って出来たトンネルを通ってついて来る魔獣の姿もあった。
魔眼によって発見出来た魔獣の奇襲部隊。勿論、直ぐに騎士に報告し対策を考えている。だが出来る事はと言えば出てきたところを叩くしかない。
地上から地下へ攻撃する手段は魔法でも難しく、しかも出て来るタイミングは向こう次第だしそれを見る事ができるのは魔眼を持つジョージのみ。
取り敢えず防壁の兵士達には伝達し警戒を促し、指揮場と避難所を兼ねたウォルキン邸の守りは固めているが、完全に地面からの奇襲は防げずに街中に魔獣達が溢れるのは止められない。
何より手が足りない。幸い前線に送る傭兵団が滞在していた為に防備には問題ないが地面から出て来る敵を叩くために戦力を分散させてしまうと不安が残る。
「私に良い考えがある」
突如発言したサリアにジョージは半目で見て、騎士達は気まずそうに顔を背けた。誰かが聞き返してくれるのを待ってかサリアは睨みつけるように彼らを見るが、逆にジリジリとすり足で距離を取られてしまう。
「皆さん、飲み物をお持ちしました」
奇妙な空気が流れる中、水の入ったコップを限界までトレイに載せてラジェルが現れる。
「おお、これはかたじけない」
「ラジェル嬢には気を利かせてもらってばかりですなぁ」
「私にも一杯貰えますか?」
騎士達がぞろぞろとラジェルの前に並ぶ。明らかにサリアと対応が違った。
ウォルキン邸に避難して来た者達や怪我をして戻された兵士達の世話をしているラジェルは既に人気者だ。ジョージの元で売り子をしていた時もそうだが、見目麗しい少女が笑顔を振りまき甲斐甲斐しく働いている姿は人々を自ら奮起させるに十分だった。
「私にも」
「あ、待って、ちゃんと人数分……もう。欲しいなら欲しいってちゃんと言ってよ」
「はーい」
そう言ってサリアがラジェルの持つトレイからコップを勝手に奪い男らしく一気飲みする。ラジェルの人気の理由一つとしてはサリアが若干大人しくなるからだろう。
「古い映画であったわねあんな光景」
一気飲みでコップの底を上に向けたままの姿勢でサリアは上空を見る。敵のギフトによって操られている鳥達が飛び回っている。大小様々な無数の鳥達が一つの意志で統率されて飛ぶ光景は黒い風のようにも見える。
野生動物ばかりで都市が飛行船警戒に飛ばしていた鳥はいない。異変に気付いた時既に回収していた。今は邪魔な鳥の群れを魔法使いの魔法で燃やし落としたり、投網でまとめて捉えたりと対処している。
「飛行船は来ないだろうし」
「そうなのか?」
「砦の方に駆り出されてるのよ。この街を制圧したところで砦で蓋されてたら孤立無援状態よ。それに兵士の姿が見えなくて魔獣ばかりって事は砦を素通りできる道がきっと狭いのね」
「なるほどなぁ……あっ、虫が壁の手前で顔を出すぞ」
魔眼で壁の方を見ていたジョージが声をあげる。地中を移動する大砂虫だが、その進みはそれほど速くない。地中を掘り進む際に生じる振動で気付かれる可能性を考えての事だろう。
ジョージはそう思ったが、守備兵達は隊規模で指示もないのに的確にそれも自分達の役割が何なのか把握した上で行動してるのを魔眼で見て納得した。この土地の兵士は逞しい。
「虫の速度が上がった。こっち来るぞ!」
「都合が良いわね」
「はぁ!?」
「ウォルキン夫人に許可取って来る」
「いやいや、ちょっと待って何の話? 何するつもりなんだよ!?」
呼び止めても無駄であった。ジョージの静止を完全無視したサリアは屋敷の中に駆け込むと数分でウォルキン辺境伯夫人であるサラッサ・ウォルキンと共に玄関から出て来る。
夫人は騎士を集め何事か指示を出す。サリアも傭兵達を口笛で呼び集めている。
「一体何を……」
「向こうが好きに地面掘って壁の下を超えて来る以上、ここが落ちるのも時間の問題だわ。だから先に魔獣を操っているギフト保持者を潰すわよ」
「いや、だからどうやって?」
ジョージの疑問に答えぬままサリアは懐から石を取り出して地面に放り投げる。土の上に転がった石が光を放つと周囲の土を取り込み始めた。
「ゴーレム?」
先程の石は魔法によって作られる操り人形の核であった。その場の物を材料に即席で作るとなると脆い物になるのだが、サリアはギフトの〈創成〉を使い補強していく。加えて作られるのが円盤に無数の突起が生えた鋼鉄の塊だ。
「ミミズが出てくる場所とタイミング教えなさい」
「あ、うん……えー、こっちから来てて後十秒もすれば」
ジョージの指示の元で背後からゴーレムが動く。ゴーレムの大きさは二階建ての一軒家に比類する。トンネルを掘るドリルに似た物体に四本の足を取り付けたような姿はシュールだった。
「あー、ここから真上に掘って来てる」
後ろからキモい虫がドシンドシンと歩いてくるのに何かを諦めた表情をしたジョージが足で地面に円を描く。
「下がってなさい」
言われる前に避難したジョージの横をゴーレムが通り過ぎ、四本の足を円の外側で固定しドリルの部分を地面の円に向ける。
そして音を立ててドリルが回転し始める。この世の物とは思えない音を響かせるゴーレムから少し離れた場所では傭兵達がいつの間にか武器を持って待機していた。
ここまでくればジョージもサリアが何をしようとしているのか察しがつく。溜息を吐いて、ライフルの弾を確認する。
魔眼を持っている以上、参加しなければならない。ギフトの有用性を恨みながら、ジョージは魔眼で哀れな大砂虫の動きを観察する。
「はい五秒前ー……さーん、にー、いち、ゼロ」
地面から噴火のような勢いで大砂虫が飛び出した。その直後に大砂虫の頭は頭上で待ち構えたドリルによって粉砕される。
ドリルは砂虫の体液と肉片をばら撒きながらできた穴に向かって突き進む。支えていたアームは外れ、代わりにキャタプラが側面に生えていた。
「マジか」
物理法則を誤魔化しているような無理矢理な変形と動きはジョージの常識を--元から砕けていたのをミキサーにかけるが如くシュールな光景だ。
ドリルは大砂虫を穴の中へと押し戻しながら穴の中へと物凄い勢いで入って行く。
「さあ、行くわよ!」
どこへ? と言うのも既に遅くサリアは穴の中に飛び込んで行く、続々と傭兵達がそれに続く。
ジョージの魔眼はしっかりと穴の続く先に人間の集団と魔獣の群れを知覚していた。
ライフルを担いだままジョージは死人のような目で周囲を見回す。
ウォルキン夫人は自分の家の庭が荒らされたにも関わらず黙々と残った兵士達に指示を与えて市民の保護に奔走し、ラジェルはごく自然にその活動に混ざっている。
「…………」
周囲から――お前も早よ行け、という視線がジョージに突き刺さる。
「俺、ただの商人の三男坊なんだけどなぁ、とほほ……」
半ばヤケクソ気味にジョージは大砂虫の体液が染み込んだトンネルの中へと入って行くのだった。
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