第56話 「今までの話となんも関係ねえ!」
「月曜日って消えれば良いと思わない? 日曜の夕方とか鬱になるわよね。明日から学校かぁ、とか思いながらベッドに入る訳よ」
青い瞳に薄い金色のセミロングの髪を持つ少女が爆発で盛り上がった地面の上を歩きながら誰に向かって言っているのか一人呟いている。
見た目は可憐な少女だと言うのに、言動が不気味だ。格好もドレスを着れば似合うだろうに猟師のように動きやすい格好をしながら明らかに生地が高級品と分かる丈夫そうな外套を肩に羽織っている。つい先程人を撃ったライフルを肩に担いで持っており、ギャングの女ボスと見る事も出来た。
何よりも恐ろしいのは、顔は無表情なのに目付きがやたらと鋭く、誰が見ても機嫌がすこぶる悪いと気づくほどだった。
「あっぶね! いきな――」
つい先程撃たれたばかりのライが起き上がって怒声を上げるが、途中で銃声に掻き消されて頭部が後ろに弾かれる。
「でも月曜日が消えても火曜日がある訳で、毎日祝日休日だったらいいなと思わないかって話なのよ。でもそうすると週刊誌が発行されないし映画館のレディースデーも無くなるのよ」
再びライが起き上がるが、今度は何も言わず宇宙人を見てしまったかのような表情でキチガイ女を見る。
他のルファムの兵もそうだし、何が言いたいのか分からずとも単語は分かる転生者のフェイリスも唖然としており周囲を固める魔獣は命令がないのでただ主人を守る為に布陣するのみ。
たった一人の少女に、場は支配されていた。
「最終的な結論だけ言ってしまえば、人が気持ちよく寝てんのに何朝っぱらから喧しくしてんの殺すわよ」
「今までの話となんも関係ねえ! 脈略が無いどころじゃねえぞ!」
思わずライが叫ぶが、他の者達も同じ事を思ったのか小さく頷いている。ライのように声を大きく張り上げれば撃たれるので口には出さなかったが。
そして二度も撃たれたライは三発目に備えるが、弾丸どころか銃声も聞こえない。
少女はライとフェイリス、ルファム兵、多くの魔獣を改めて見回す。よく見てみれば少女の眉間には僅かに皺がより目も半開きだ。眠そうであると同時に、非常に機嫌が悪いと窺える。
「よし、死ね」
まったくの前触れもなく放たれた言葉と共に、少女の周りに幾つもの大砲が出現した。操作する人間がいないのに大砲は既に装填してあった鉛の塊を一斉に発射する。
ろくに狙いをつけていない大砲はそれでも数と威力で周囲の魔獣を一掃し、地面への着弾によって大量の土が飛び散る。
第一射が終わった直後、砲撃の音が合図だったのか少女の背後にあった大砂虫が作り出した穴の中から都市の兵士達が飛び出す。
「さあ、やァっておしまい! 私の安眠を妨げる者には死をくれやるわ!」
返事なのかただの怒声なのか、兵士達は雄叫びを上げて続々と現れると魔獣やルファムの兵に襲いかかる。そうやって場所を広げながら徐々に陣形を作り出す。一見するとただ暴れているように見えて後続の為の道も確保していた。
「どんだけ怒ってんだよ。しかも自分の兵じゃないし」
出現する兵が途切れた時、最後に穴の中から顔を出したのはジョージだった。
武装して背中にはライフルを背負った状態で穴の縁に捕まっている。兵達のように一息で出ることはできず何とか登って来た彼は大きく息を吐いて膝に手を置いた。
「雇い主は私の父親だから私のよ。そうよね、お前たち?」
「その通りでさぁ、お嬢!」
「ほらね」
「…………」
既に調教済みだった傭兵達にジョージはただ絶句するしかなかった。
ここにいる味方の兵の主力はウォルキンの兵達だが、数の大半が傭兵達だった。何故かと言えばそれは公爵令嬢でありながらサリアが前線に近いこの都市に来ている理由と重なる。
ジョージは稼業の手伝いで、ラジェルはバイトで売り子としてウォルキン領の都市に到着した時既にサリアが領主の屋敷で寝泊まりしていた。
サリアは父親の名代として雇い入れた傭兵団の取り次ぎを行う為に訪れていたのだ。
傭兵団を雇う行為は珍しくない。各領地では当然正規兵が常備されているが維持費などの問題で領主の私兵と言える程度の僅かな数か、財政に余裕があれば治安維持が出来る分は確保している。
だがそれでも戦争、それも大規模なものとなれば平時に保有している戦力では足りない。その補充として貴族は戦時中に傭兵を傭う。
国境を持つ辺境伯のウォルキンはいつ戦争になってもいいように多くの兵を保有していたが今回の戦では足りない。各地から貴族の兵力が集まっているが、それでもだ。
そこで忙しい彼らに代わって傭兵団の雇用などの手続きを代行していたのがラザニクト公爵家だ。より厳密に言えばその業務の統括がラザニクト公爵である。
纏まった数が集まり、では兵力の補充として傭兵団第二陣を送ろうとなったところ、傭兵団を引き連れ兵力受け渡しの手続きを行う者を送ろうとした段階でサリアが出張って来た。
◆
サリアの父であるラザニクト公爵は城内の自分の執務室にて、目を逸らして関わらないようにする補佐官を恨みがましく思いながら娘に問うた。何故だ、と。
子供が、部外者が、首を突っ込んで良いものではないと頭ごなしに言える事ではあるがそれを言ったら執拗な嫌がらせか物理的な破壊が齎される。加えて第二王子が酷い目に会う。いくら公爵家の令嬢と言えど王子に害を加えてはならないのだがずっと昔から両者はそんな関係であり、何より王子の方は悦んでいる。
ともかく、相手は一種の爆弾だ。対応は慎重に行わなければと公爵は娘相手に警戒していた。
「友達がいるから会うついでにお父様の仕事を手伝ってあげようかと」
ふざけた物言いだが、この娘は本気で言っている。
「……ウォルキン領は最前戦だ。都市は後方と言えども何時襲われてもおかしくない危険な場所だ」
「追従している商人達だってリスクを背負って行っていますよ。慰安のための大道芸人達だってそう」
「だがなサリア、お前は何の役職もないただの娘だ。私達はお前の頭のおか--良さは知っているしギフトだって持っている。だがな、肩書きを持たず実績もないお前の言う事に従うのはお前を知っている者だけだ。だいたい、お前は一応--そうした事を最近ちょっと後悔しているが--フィリップ王子の許嫁なんだぞ」
出来るだけやんわりと、所々で本音が混じってしまいながら公爵は娘を説得する。これには爆弾を解体する慎重さが求められた。
「そう……ならちょっとアピールして来るわ」
「は? いや、ちょっと待て! 何をするつもりだ!?」
父親が呼び止めるのも構わずサリアは部屋から飛び出して行ってしまった。しかも淑女がしてはいけないガチな走りだ。娘が一応纏っている令嬢の薄皮を剥いで活発に動き出した時に起きた数々の被害を思い出し、公爵の顔は青褪める。
「お、おい、誰か人を呼んで見張らせろ。止めなくていいから。取り敢えず何をしたか報告だけでも上げらせろ!」
開け放たれたドアの向こう、突然開いた扉に驚いた衛兵に怒鳴るようにして指示を出す。
「と、止めなくてもよろしいのですか?」
「無為に犠牲者を増やすだけだ」
別に言うほど酷い目に会う訳ではない。ただ、サリア根に持つタイプだった。
それから数時間後、主だった傭兵団の代表を連れてサリアが帰って来る。何があったのか大の大人がマジ泣きしているのを見て公爵は黙って娘に傭兵団を送り届けるのに必要な監督責任証明書を手渡したのだった。
◆
ジョージにとって今回の親の手伝いは商品と責任の重さ以上に色々抱えてのものだった。
友人達は戦場の真っ只中に嬉々として(ジョージからはそう見えた)行き、ルームメイトに想いを寄せる美少女は髪の色から連想する炎のようなアグレッシブさで戦いが行われている場所に少しでも近くに行こうとしていた。
ラジェルは物分かりに悪い娘ではない。だからこそジョージはせめて彼女が安全にいられるよう自分の商会のバイトという立場を与えた。正直に言うと客寄せの思惑もあった。
ともあれ安全な場所で最も戦場に近い都市に到着し、予め注文を受けていた物資の受け渡しに持って来た嗜好品の売り上げも上々。ラジェルが抜け出し最前線にまで行ってしまう可能性も無くはなかったが、幸いにもそれはなかった。
ただ予期していなかった方向から頭を悩ませるのが来た。サリアだ。
騎士と傭兵を連れて現れた公爵令嬢を宥め賺す事ができるのは辺境伯夫人とラジェルだけだった。ジョージ最上の客寄せアイドルを手放す代わりに暴君の癇癪を封じ込めた。酷い言い様だが、決して間違っていないとジョージは確信していた。
問題は、問題が起これば令嬢の皮を被った暴君が大人しくしている筈が無いという点だ。
戦場の後方に位置する辺境伯の都市。ここからクルナ王国の各地へと移動が出来る交流ポイントであり、補給基地の役割を持った重要な拠点であるが、ここをルファム帝国の軍が攻め入るにはその前に三つの連携した砦を攻略しなければならない。
そのような報が無い以上、この都市は安全だ。安全な筈だった。
しかし、ルファム何らかの方法で魔獣や動物達を軍団規模で従えて襲撃して来た。勿論、ウォルキン領最後の砦がそう簡単に落ちる筈もないのだが危機的状況なのは間違いない。
ジョージも危険を察知して領主の館へと避難したのだが--寝ていたサリアが不機嫌な面をして起き出したのを見て後悔した。
ぶっ殺すと令嬢が口にしてはいけない言葉を低い声で出したサリアが武装し始めてから流れがおかしくなった。
「よし、行くわよ肉盾。違った、望遠鏡」
「どっちにしろ酷ぇよ!? というかさも当然のように巻き込まないで!」
「はぁ?」
「さぁて俺のライフルは、っと」
〈創成〉のギフトで作られたライフルの銃口を向けられたジョージは何も言っていない体を擁して武器の準備を行う。弾を回転させ軌道を安定させるライフリングといい、サリアの作る物の精度が何気に上がっていた。
サリアが砦に引き継がせる傭兵団を勝手に指揮し始めた挙句に自らも武装し終えた頃、渋々戦いの準備をしていたジョージはふと視界の端で妙な物を見つけたので思わず二度見した。
地中を巨大な砂虫が掘り進みたい都市の中に入ろうとしていたのだ。
「嫌な予感がするから教えたくないんだけど、言う。地面を掘って敵が来るぞ」
その時浮かべたサリアの表情をジョージは心の中でしっかりと警戒リストに保存した。
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