第55話 「なんだかボーナスステージみたいになってるな」


 ウォルキン辺境伯が治める都市は現在補給基地のような状況にある。対ルファム帝国の為に集められた物資が一旦ここに運ばれ、ここから防衛戦を築く三つの砦へと定期的に臨時的に運ばれて行く。時には負傷兵が砦から運ばれて来る事もあり、都市は重要拠点と言えた。

 だからこそ、前線からは離れた後方であっても狙われる可能性は高く、いつ襲撃があってもおかしくないと務める警備隊の面々は常に警戒を怠らない。

 軍団なら無理でも少数ならば前線を迂回し侵入する事が可能だ。その少数で行える破壊工作や要人暗殺・誘拐の可能性を考慮し警備隊は巡回を続け基地の平和を守っている。

 内部や外部からの侵入者だけでなく周辺地域を偵察する巡回を行なっていち早く事前を察知する努力をしている。


「もうすぐ交代か」


 夜明け前、夜の暗さが消え白み始める時刻。都市から離れた物見塔にてウォルキンの兵達が空を見上げる。

 そこは平時では盗賊への警戒や各町村との中継点となる場所だが、戦時中の現在は広い領土を巡回して敵が攻めて来た場合や砦からの伝令をいち早く察知する早期警戒網の一つとなっていた。

 何か異常があれば屋上から狼煙を上げる手筈となっており、兵士達は周辺を注意深く監視している。


「前は間諜が行き来しようとしてたが、最近見ないな」


「諦めたんだろ。見つかった端から死んでたならな」


「それはこっちも同じだけどな。二度と戻って来ないか、諦めて戻って来るかだ」


 内部の詰所にて雑談する兵士達がいた。兜だけを脱いで武装したまま椅子に座り、温めた白湯を飲んで休憩している。

 兵士がコップをテーブルの上に置いて椅子に体を沈ませる。その時、振動を感じた。

 本当に揺れたかどうかも感じた本人が自信もなく視線を彷徨わせ、テーブルの上に置いたコップの中身に目がいく。

 小さな波紋を立てていた。直後、明らかに大きな揺れが、固定していない軽い物が倒れ、天井から埃が落ちる。

 休憩していた兵達が一斉に動き出した。


「何だこの揺れ? 地震か?」


「違う。地震ならもっと長い。おい! 何かあったか!?」


 窓から顔を出して巡回している他の兵に確認を取るが、下にいた兵は首を横に振った。

 今は戦時下。例えどんなに些細な事でも、徒労に終わろうと構わずに確認を怠らない。万が一の事態が一番恐ろしいのだ。

 揺れの正体を探るべく、巡回していた者はより感覚を鋭敏にし、休憩していた者も慌ただしく動き始めた。

 屋上へ駆け上り、周囲を見渡せば周囲はただ静かな光景だけが広がっていた。あと一刻もしないうちに朝日が昇り、気温の変化による気流が地面を撫でるだろう。

 だが、太陽が顔を出していないこの時間は不気味な程に静まり返っている。動くものがない。何かしらの脈動を感じられないのだ。それが兵達の不安をより掻き立てる。


「……揺れたよな?」


「ああ、間違いなくな。一瞬だが、大きな揺れが間違いなくあった」


 屋上の見張り台に立っている兵士の一人が違和感に気付く。


「あんなに揺れたのに、静かすぎる。動物達が出て来ねえ」


 危機に対する嗅覚と判断の速さは理由や原因を求める人間と比べて獣の方が圧倒的に勝る。その獣達が、人間でも感知できる揺れに何の反応も起こさないというのは不自然だった。

 何が起きる? そんな警戒心を抱き油断せずに静かな風景を睨みつける兵の前を一匹の小鳥が通り過ぎた。

 両手の中にすっぽりと入りそうな小さな鳥は見張り塔の屋上、石造りの塀の上に止まった。続いて同じ種類の鳥がそこに集まり、餌を求めてか石を嘴で叩く。

 動物達が普通に行動している光景に、兵士は拍子抜けした表情を作る。


「気のせいだったか? いや、確かに揺れたんだ。何かが――」


 兵士が緩んだその僅かな瞬間、小鳥が羽を広げて飛び立った。そして、嘴を兵士の目に突き立てた。


「がっ!? ああぁ!?」


 突然の出来事に、目を抉られた兵士が呻き声を漏らす。他の兵士も何事か振り返るが、その直後頭上から無数の鳥達が大小問わず一斉に襲いかかって来た。


「おい、どうした!?」


「鳥がどうし――ヅッ!?」


 建物の下にいた他の兵が異常に気付いた瞬間、足首に痛みがはしる。いつの間にか地面には蛇の群れが川となって這い回り噛み付いていた。

 大量の毒が回った事で兵達は口から泡を漏らし体を痙攣させて倒れ、そのまま蛇の川に飲み込まれる。

 周囲を巡回していた兵は異常に気付いて即その場から離れようとするが待ち伏せていたようなタイミングで魔獣が飛びかかり食い殺される。屋上も同様に鳥型の魔獣が小鳥の群れを盾に姿を現して兵を嘴で突き殺し鉤爪で捉え地面に叩きつける。

 瞬く間に詰所は人間の物から魔獣・動物達の根城と化した。

 それを見計らい、兵士達が感じた揺れが再び起こる。一瞬ではなく長く続く振動。音が地下深くから地表近くまで来た瞬間、土柱を立てて地面の下から巨大な蚯蚓が顔を出した。

 土蟲、砂虫、ジャイアントワームなどなど呼び方は様々だが人間どころか牛も丸呑みで出来るほど太く長い胴体に頭となる部分には目がなく円に並ぶ鋭い無数の牙を何重と持つ巨大蚯蚓。それが地面を掘って進んだ故に地震のような揺れが起きたのだった。

 巨大蚯蚓は一度地上に顔を出すと鎌首をもたげて地面へ頭から突っ込み、土を牙で掘り飲み込みながら再び地面へと潜る。

 全身が土の中で消えた頃、最初に巨大蚯蚓が顔を出した穴から武装した集団が現れる。

 ルファム帝国の兵だ。彼らは周囲を見回すと直ぐに四方へと駆け出して警戒を始める。詰所の方にも数人の帝国兵が駆け込み、毒によって死んだクルナ側の兵達の死亡を確認していく。その間、あれほど猛威を振るった鳥や蛇、魔獣達は帝国兵に何もせず、それどころか道まで譲る。


「全員の死亡を確認した。狼煙もない」


 その報告が来ると、穴の奥からまた別の一団が姿を現わす。鎧姿のルファム兵だが、それに混じって場違いなドレス姿の少女が混ざっていた。

 歳不相応な妖艶な雰囲気を纏う少女は兵士の手を借りて地上に足を下ろす。その後ろからは赤髪の少年が続く。


「ここがクルナ王国……ルファムと違って自然豊かで素敵な場所ね。あっちは土の臭いはしても草木の匂いはないもの」


 少女の独り言に少年は眉を中央に寄せる。言葉が気に障ったのではなく、すぐ近くに死体とそれに群がる獣達がいるにも関わらずそぐわない少女の言動に不快感を示したからだ。


「アホな事言ってないで、早くしてくれよ。砦の方、もう始まるぞ」


「わかってるわ、そう急かさないで。まずは魔獣の巣に行かないと」


 少女が行動を開始する。それが合図だったかのように穴の奥から無数の魔獣達が姿を現して少女に追従する。

 悪神によって帝国に生まれ落ちた転生者の少女。彼女のギフトが支配する獣達は静かにウォルキン領へと浸透していった。


 ◆


 帝国の部隊が領内へと侵入を果たしてから僅かな時間、周辺に生息する魔獣達は一人の少女の手によって完全に支配下に置かれ、一斉に都市へと爆走し始めた。

 国境を守る辺境伯の屋敷がある城塞都市は正に砦と言っても良い程に高く分厚い壁と中から敵を攻撃しやすいよう工夫がされている。

 普通の軍隊ならばその堅牢さに二の足を踏みであろう。だが、獣達には関係がない。

 本能から来る危機感は無いも同然の半狂乱とした勢いで突進し、土煙を巻き上げる。その癖、足の遅い魔獣が足の速い魔獣に置いていかれることはなく、大型が小型を踏み潰すようなことのない統率の取れた進軍だった。

 猛獣の勢いを持った軍勢。それが都市へと攻撃を仕掛けようとしていた。

 その異様な光景を前に都市の守備兵達は驚きと恐怖を抱きながら--いつも通りに迎撃の構えを見せる。

 武闘派貴族などと呼ばれることもある辺境伯に鍛えられた兵は明確な敵を前にそんな殊勝な心は持っていない。

 寧ろ恐怖に殴りかかる勢いだ。


「何だこいつら、どこから来やがった!」


「監視塔はやられたのか!?」


「いいから撃て撃て! 爆発魔法で死体の山を崩せ!」


 壁の上から矢の雨を降らせ、壁を登って来た魔獣には石を落とし、大砲で大型の魔獣を狙う。死を恐れぬ魔獣の群れは仲間の死骸を足場に壁の上に近づこうとするが、それを阻止するために魔法が放たれ爆発を起こす。

 空を飛ぶ魔獣も陸と比べ少ないながらいる。しかし、予め来るのを知っていたかのように投石器から石の代わりに鉄線混じりの網が放たれ纏めて絡め取られて地に落ち、走る魔獣達に踏み潰された。


「うえっ、げほっ、埃くっさ!」


「まさか爺さんの時に使っていたのが役に立つとは」


「こんな時の為に用意しておいて正解だったな」


 ウォルキンの歴史は長く、攻められたのは一度二度ではない。その数々の戦でこの地に蓄えられた戦術や道具は数知れず、いつか再利用される日を待って眠っている。


「騎馬隊、出るぞーっ!」


 射撃の合間から魔法による爆破で空白の空間が一瞬生まれた瞬間、門が開かれて中から騎馬隊が出撃する。少数精鋭で組まれた騎馬の一団は魔獣の群れを切り裂いて勢いを削いでいく。

 周囲の魔獣が騎馬隊に雪崩となって襲いかかるが、完全に飲み込まれる前に再び爆発で掃除した門の中へと戻っていく。

 大群の獣の群れを前にして一歩も引かないどころか適確に駆除する都市の守備兵達。そんな彼らを遠くから観察する集団がいた。


「なんだかボーナスステージみたいになってるな」


「うーん、もう少し混乱してくれると思ったのだけど。クルナの兵ってみんなガルバトス様の騎士団みたいな感じなのかしら」


 大砂虫で地下を移動してきたルファム帝国の部隊に守られて少年少女が困ったような、どころか引き気味な表情を浮かべている。


「そんな訳ないだろ。兵士全員が黒鉄角獣騎士団レベルだったらとっくに大陸はクルナの物だ」


 ルファム帝国のギフト保持者の一人、転生者でもあるライはオレンジ色の瞳を戦場に向けたまま首を軽く横に振る。


「そうよねぇ」


 後ろに魔獣を椅子代わりにしている少女も同じく転生者で魔獣や動物を操るギフトを持っていた。名前はフェイリス。彼女のギフトの力があるからこそ今回の後方の補給基地と言えるウォルキン都市への襲撃が実行された。

 前線を飛び越え補給路を絶つ作戦は珍しくない。問題は厳しい警戒網の中でどうやってそのような奇襲を行えるかどうかだ。

 ルファムには飛行船がある。そして姿を隠すタネもある。それでも前線を超えての飛行は航行距離と既に警戒されている飛行船を孤立無援状態にしても効果は薄いという判断がされた。

 空が駄目。ならば次は地面からだ。


「よく守るわ。でも、守っている物の内側から襲われたらどうなるのかしら?」


 薄く笑みを浮かべる少女の後方の大地に大きな穴がいくつか開けられていた。

 ギフトの力によって周辺の動物や魔獣は既にフェイリスの支配下だ。それらに加え、ルファムから連れてきた無数の魔獣達。行軍について来れず力尽き餌になった分を引いても巨大な群れは都市に侵攻するだけでなく穴の中に次々と突入していく。

 前線を越えての侵入にはルファム帝国の領土に生息していた大砂虫による穴掘りが利用された。凶暴で巨大な生物を飼い慣らすのは本来なら不可能だが、単純な思考しかない大砂虫はフェイリスのギフトの前には格好の働き蜂でしかなかった。

 土を掘る振動を考慮し前線の三つの砦を迂回して地中から侵入したフェイリス達。今度は直接都市の中央へと地面の下から侵入する気だった。

 大砂虫が突如、壁の手前で顔を出す。何匹かの魔獣を飲み込み、壁の上にいるウォルキンの守備兵達に姿を見られる。

 大砂虫は直ぐに地面に潜り直すが、今ので想像力が豊かな者であれば今回の襲撃に大砂虫が関わっていること、そして次に何が起きるか簡単に予測できただろう。


「おい、見つかったぞ」


「ごめんなさい。でも、正確に誘導するのはやっぱり難しいの。でも、もう手遅れよ」


 壁の内側が騒がしくなったのがライとフェイリスのいる場所からでも見てとれた。ルファムの兵一人がフェイリスに地図を差し出す。

 戦争が始まる以前から内部で諜報活動を行なっていたエージェントからの情報によって作成されたこの辺り一帯の地図と都市の見取り図だ。

 フェイリスは地図と望遠鏡から見える都市を交互に見て念じる。先ほどの大砂虫の出現で距離の感覚は掴めた。で、あるならば次に出現させる場所は決まっている。

 壁の向こう、都市の中心部にいくつもの土柱が立つ。大砂虫が地中から姿を現した際に生じる土だ。


「上手くいったのか?」


「ええ、多分庭ね。屋敷に直接穴を開けたかったけど、すぐ傍に変わりないわ」


 微笑するフェイリスの意識は魔獣を通して周囲の状況を知覚していた。人間とは違う五感故に正確さは欠けるが、それでも十分だ。ある程度の命令を予め与えておけば魔獣達も動く。現に、大砂虫が開けた穴から魔獣の群れが飛び出してウォルキン家の敷地内で大暴れを始める。


「私達の勝ちね」


「まだ終わってないぞ。そういうフラグ臭いの止めろよな」


「そうね。フラグはともかくまだ終わってないもの。油断は禁物ね……あら?」


 魔獣からの感覚共有。そこから得られる情報にフェイリスは奇妙なものを見つける。奇妙、と言うより目を惹く。そんな存在がウォルキンの屋敷にいた。魔獣がその存在をすぐに見つけれたのも、魔獣達が本能により自然とそちらに意識を向けたからだ。

 フェイリスもまた存在感のある何某かに気を取られた。それが原因で異常に気付くのが遅れた。


「――大砂虫が!?」


 異常に気付いた直後、大砂虫が開けた穴の一つから爆発が起きた。爆風によって穴の縁の土が勢いよく巻き上がり、それに混じって大砂虫や魔獣の残骸がフェイリス達のいる場所にまで降り注ぐ。

 ライを含めルファムの兵士達が爆風による衝撃と土煙をやり過ごして警戒態勢を取る。

 すると、土を踏む音と共に鼻歌が聞こえて来た。


「インディ……?」


 考古学者を主人公にした映画のテーマソングという場違いな鼻歌に、懐かしさを感じながらライは怪訝そうな顔をする。その眉間に銃弾が撃ち込まれる。


「洞窟探検って言ったらこれだからに決まってるでしょう。で、今のが転生者。つまりギフト持ちね」


 銃弾が通った箇所から土埃が晴れ、そこから一人の少女が姿を現わす。

 クルナ王国ラザニクト公爵家令嬢、サリア・ラザニクトが何故か一人で立っており、硝煙昇るライフル銃の銃口を向けていた。

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