咲くや野の花駅

@mimi

第1話 あるキリンの数奇な生涯

 戦後、間もないころ、とある地方の製菓会社が宣伝に麒麟を採用した。

 いや、キリンの方から、申し出たのだ。

 一日10個のサツマイモがいただけるなら、唯でも、働きたいと。

 製菓会社は、サツマイモからキャラメルを作っていたので、サツマイモなら、何とか都合がついた。キリンは、迷わず契約書にサインした。


 麒麟としては窮余の策だった。飢えていた。腹が減っていた。

 どんなに首を長くして餌を待っていても、動物園に餌は届かなかった。


 焼け野原に麒麟が現れると、どこからともなく、子供たちが集まってきた。

 「麒麟だ。本物の麒麟だ。」

 その子たちのおとうさんも、現れた。そして、ため息をついて、つぶやいた。

 「なんだ、ビールじゃないのか。しかし、この子にキャラメルを買ってやろう。」


 焼け野原の街でキャラメルは売れに売れた。

 みんな、甘いものに飢えていた。心も飢えていた。

 キャラメルを一個口に入れて、見上げると、焼け野原の青空の高く、キリンが優しい眼をして微笑んでいた。


製菓会社の課長はつぶやいた。

よし、大都会でキリン・キャラメルを宣伝しよう。

でも、どうやってキリンを運ぼう。

列車は買い出し客でいっぱいだ。


それでも、なんとか、話がついた。

その当時、大都会の動物園に麒麟は、いなかった。

大都会では、人間の食べ物すら不足していた。゜゜


それでも、都会の子供たちがキリンを見られるのは゜良いことだ。

有権者にとても敏感な文部大臣の一言が効いた。


鐡道省が特別に麒麟列車を編成してくれたのだ。

実際には蒸気機関車が引く貨車の屋根を外して、キリンを乗せ、大都会に向けて出発したのだ。

おかげで、キリンは首を曲げずに乗車できた。


そして、雪が降るある夜に、赤煉瓦の三階建ての駅舎のある駅に着いた。



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