第3話 次の日


 トゥルルルルルッ、トゥルルルルルッ・・・・・・ガチャ。

<はい、ナミ?入学式は無事に終わった?>

「お母さん・・・・・・」


 消灯時間の過ぎた午後11時。寮の自室で隠し持っていた時計型の携帯端末で、母親への連絡を試みた女子生徒が一人。暗い部屋の中でベッドの片隅で蹲るように座っていた。左手首に付けた携帯端末を右手で支えながら耳へ添えている。願い通り母が通話に答えると、小さな声で悲痛な叫びを伝え始めた。


「ねぇ、この学園変なの狂ってるよ!お母さん達の方から退学届とか出せない?早くここから出たいの!」

<え?どういう事?ナミ、貴女あんなに定命学園に入りたいって言って、合格してあんなに喜んだばっかりじゃない。なぁに?クラスに溶け込めなさそうで不安なの?それとも授業が厳しそうなの?>

「そうじゃないの!だってこのままいたら私この学園に殺され――」


 『殺される』と言おうとした直前に通信が途切れた。母の声も後ろの雑音も聞こえない。全くの無音。


「へっ?何?何で切れるの!?」


 ナミは驚いて端末の画面を見ると、『電波が切断されました』の文字が表示されていた。通話ボタンを押しては端末を耳に近づけ、また離しては通話ボタンを押し耳へ押し当てるという動作を二度三度繰り返した。だが、何度やっても何も聞こえて来なかった。

 しばらくすると、扉を隔てた廊下側から足音が聞こえてきた。他の生徒はもう寝てしまったのか周囲は酷く静かで、廊下の微かな足音がナミの鼓膜と心臓を揺さぶる。廊下の床に敷き詰められた絨毯を踏みしめるくぐもった靴の音がゆっくりゆっくりと近づいてくる。不意にナミの部屋の前で靴音が途切れた。


 コンコンコンッ

 

 ノックの音。叩かれているのは間違いなくナミの部屋の扉だった。


「ごめんなさぁい、小越ナミさん。寮長の倉科ですぅ。ちょっとお話したい事があったので出てきてくれませんかぁ?」

「あ、明日じゃダメですか?」

「ごめんなさいねぇ、今が良いのだけど・・・・・・」


 そう言われナミは渋々扉の方へ向かいチェーンロックは付けたまま開ける。すると大きめの丸眼鏡をかけた寮長の倉科と、その後ろにもう一人見知らぬ人物がいた。薄暗い廊下の照明だけでは、その人物が男なのか女なのか判別しづらかった。男にしては細身、女にしてはやや長身という印象だ。恐る恐る二人を交互に見ると、ナミの不安を汲み取ったのか倉科が愛嬌のある顔でニコリと笑った。

 

「今日お話があるのは、こっちの馬野さんの方なのぉ。申し訳ないけど、チェーンロック外してもらえるかしらぁ?」

「・・・・・・はい」


 チェーンロックを外し、二人を招き入れる。が部屋に入って来たのは馬野と呼ばれた人物だけだった。疑問に思ったナミは倉科に問いかける。


「倉科さんは入らないんですか?」

「うん。私は案内役を頼まれただけだから、廊下で待機してるわ。じゃあ小越さん・・・・・・おやすみなさいね」


 倉科は言い終わると扉を閉めた。室内にはナミと馬野の二人だけとなった。ナミは馬野に来た理由を聞いた。


「その、話しって何ですか?」

「先程この女子寮内で、学園と研究機関ツァラトゥストラとが使っている専用の電波とは異なる電波を警備室の機械が感知してね。逆探知したら発信元は君の部屋だったのさ。居場所が特定出来たので、こちら側から強制的に接続を切ったがね。調度、仕事でこちらに来ていた私が調査兼処分しに来た」

「・・・・・・えっ。」


 馬野の言葉にナミは青褪め、咄嗟に腕に付けていた端末を掴み後退る。

 幾ら何でも行動が早過ぎる。電波が切断されてから数分しか経っていないはずなのに、何故ここにこんなに早く到着出来たのか。警備室から女子寮まで走っても10分はかかるはずだ。

 そんなナミの表情を見て、確信的に馬野は言葉を続けた。

 

「キミも知っているはずだよね。この学園は校則にとても厳しい。そして校則違反をしたら除籍になる事も有り得ると・・・・・・。その腕時計、見せてくれるかな?」




◇ ◇ ◇




 朝、春夢は友之達と共に二日目の登校で教室に入る。

しばらくして生徒達が集まり、授業開始の鐘がなった。けれど、何故か廊下側にある机が一席空いていた。昨日の時点では、確か女生徒が座っていたはずだ。他の生徒も気付き始め、気になるようすで空席を盗み見ている。

 担任の一蓮が現れ、教卓の前に立ちホームルームを始めた。その第一声が。


「おはようございます。・・・・・・そして皆さんに悲しいお知らせがあります。皆さんのクラスメイト、小越ナミさんは昨日の夜に校則違反で除籍となりました。」


 クラスメイト全員が昨日、小越ナミが座っていたはずの空席を凝視した。病欠でも遅刻でもなく『除籍』なのだと。

 春夢もクラスメイトと同じく信じられないという表情で空席を見つめる。まさか本当に、こんな早くに除籍者が出るなんて・・・・・・。


  


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