第2話 寮

 日が随分と傾いてきた頃、僕は友之達と共に男子寮へとたどり着いた。寮というと僕は民宿のような建物を想像ていたのだが、定命学園の男子寮はどちらかと言うとマンションのような造りだった。鉄筋コンクリートとガラスが無機質な冷たさを纏いながら僕たちを見下すように聳え立っている。玄関である不透明な自動ドアを開け中に入ると、入ってすぐの両側に各部屋の番号が印字してあるプレートが付いた小さなポストが並んでおり、右奥には食堂、左側には寮長の部屋とその奥がランドリールームとなっているようだ。突き当たり中央には各階へと移動するためのエレベーターが二台設置してあった。

 佇んでいると寮長の部屋から男性が扉を開けて出てきた。玄関の自動ドアの音に気づいて出てきたようで、スリッパをパタパタ言わせながら小走りで出てきたその男性は、こちらを見るなり人懐っこそうな笑顔で僕らを出迎えてくれた。


「やぁ新入生だね?初めまして、僕はここの管理を任されている寮長の源桃郷みなもととうごうだ。皆には桃さんって呼ばれてるから、良かったらそう呼んでくれ」


 そういうと源さんは三人に名前を聞き、持っていた名簿リストと照らし合わせ、部屋から持ってきた鍵を順番に配っていった。高士は102、友之は130、そして僕は147号室の鍵を渡された。


「げっ、もしかしてお受験の成績順かコレ」

「男女別での成績順かな?」

「147号室って、つまり男子50人中47位かお前・・・・・・」

「えっ!?え、いやその、あははぁー・・・・・・」


 高士の表情が、お前思ったより頭悪かったんだなと言っている。主に目、目が口ほどにモノを言っているよ。何も言い返せないので苦笑して誤魔化した。高士の口から本日何回目かわからない溜息が吐き出された。友之は笑いながら「ビリじゃないし良いんじゃね?」と言ってくれる。

 源さんに夕食も兼ねて寮に関しての説明会をするからと、七時半頃に食堂に集合するようにと言われた。壁にかかったいる時計を見ると今は六時。それまでは各部屋に届いているはずの荷物を整理しに一旦自室へ行くことにした。源さんに礼を言った後、三人でエレベーターに乗り、部屋のある二階へと向かった。

 エレベータの床は紺色のカーペットが敷かれており、踏みしめると硬い床とは違い足元の負担を優しく吸収してくれた。扉とは反対側の壁には長方形の鏡がはめ込まれていて、玄関に背を向けていても玄関にいた源が寮長室へ戻っていくのを確認出来た。高士がボタンを操作し扉が閉まると、三人を乗せた鉄の箱はゆっくりと上昇していく。一階から二階への上昇のためすぐに止まった。

 扉が開きエレベーターから降りるとワインレッドに細い黄色のストライプが入った絨毯が敷き詰められた廊下へと出る。エレベーター正面には部屋の案内図が印字してあるプラスチック製のプレートが壁に固定されており、プレート両脇に設置された小さな照明で照らされていた。案内図を見ると、二つのエレベーターを中央に左右に別れる形で部屋が分かれていた。僕と友之は同じ右側の通路、高士は左側の通路の奥に部屋番が示されていた。案内図の部屋の区分を見ると、101号室と102号室は他の部屋と比べ少し広くなっているようだ。


「良いなぁお前、俺らより部屋広いじゃねーか」

「知るか。卒業時も成績の優劣で人生が変わるんだから、こんな箇所にも差別が出てもさほど驚かないけどな。悔しいなら成績上げろ」

「ぐぅ・・・・・・、俺らの順位知っててそれ言うとか鬼畜かよ?」

「でも、本気でそうしないとダメ、なんだよね・・・・・・」


 沈黙する。成績が上げれないなら自分より成績上位の人間を消していかなければいけない。ここはそういう仕組みだ。出来ればそんな事はしたくない。三人共同じ事を考えているのか、一気に空気が重くなった。自分の一言で場の空気が気まずくなってしまった為、慌てて謝罪する。


「ご、ごめんなさい。変な事言って」

「いや、事実だから仕様がないだろう。気にしなくて良い」

「そうそう!今更落ち込んだって仕方ないんだからサ。お互い勉強頑張りますか!ってことで高士先生ぇ。勉強教えてぇ?」

「やだ」

「なんでぇ!?ケチ!キチク!オニ!!ドーテー!!」

「最後の関係ないだろう!?ってかお前だってそうだろうが!!」

「え?言ってなかったっけ」

「え・・・・・・」

「え?」


 僕と高士は目を見開いて友之を見る。高士の方は若干ショックを受けているようにも見える。その様子を見て、友之は耐え切れず腹と口を手で押さえて吹き出し笑い始めた。


「・・・・・・プブフフゥーーッ!冗談ですーっ!嫌だなぁ、春夢まで驚いた?クリクリお目目がもっとクリクリになってるぜ?」

「ドーテーって何?」

「え」

「え」

「え?」


 またしても沈黙が流れる。え、もしかして聞いてはいけなかっただろうか。しばらくして、友之が生暖かい表情で「春夢は知らないままで、良いよ」と優しく言って僕の肩を軽く叩いた。高士は眉を八の字にして僕を見ている。まるで絶滅危惧種を見つけたような顔をしている。僕は何だか恥ずかしい気持ちになった。

 その後、少し話してから、一旦分かれて各々自室へと向かった。寮長の源さんから貰った鍵を扉の鍵穴へ差し込み、回す。ガチャリッと小さな音が僕の耳に開錠された事を知らせる。扉を開くと小さな玄関スペースがあり、奥へ続く廊下とは数cmの段差が作られていた。左横に靴箱、右横には姿見の鏡がはめ込まれていた。右側の壁、入ってきた扉のすぐ横に、僕の目線ほどの高さに何かのスイッチが設置されていた。スイッチを押すと部屋全体が明るくなった。靴を脱いで廊下に上がり部屋を確認していく。右側の一番手前の扉はトイレ。その次の扉は脱衣所で、脱衣所の奥の曇りガラスの扉が浴室のようだ。脱衣所の扉を通過したすぐ左側には大きな木製のクローゼットがあり、その横には備え付けの机と椅子。机の前には長方形の鏡がはめ込まれ、鏡の上に間接照明が設置されていた。

 見上げると天井にも部屋を照らすメインの多いな照明があり、さっき僕が押したスイッチはこのメイン照明の物のようだ。机の右横には本棚があり、机の向かい側にはシングルベッドが置いてあった。そして最奥には淡い緑色のカーテンの付いた窓が一つ。そのすぐ下に一人用のソファーと丸いローテーブルがあった。ソファーとベッドの間には、小さな冷蔵庫が壁にぴたりと背を向けて設置されていた。

 窓の方へ進むと、さっきは見えなかったが、ベッドの脇にダンボール箱が積んであるのが視界に入った。入学前に送った荷物だろう。後で整理しなくては。

 そう思いながら窓へ辿りつくと、カーテンを軽く開き空を眺めた。太陽は沈み、徐々に一等星が存在を主張し始め、空は徐々に夕暮れから夜へと移り変わっていった。そんな夜空に散らばる様々な星達を見守るように、月が優しく輝いていた。

 肩にかけていた鞄から、小瓶に入った星の石を取り出し、腕を顔の高さまで上げ月光に照らしてみた。青白く発光している星の石が月の淡い琥珀色の光を浴びて、微かに金色を帯びて煌く。この綺麗な小さな石が人の命を奪ってしまうなんて、僕にはまだ少し信じられずにいた。小さな石には大きな願いを願うと願った人は書物へと変わってしまう。じゃあ生徒達に配られたこの小さな石は、一体どれくらいの願いが許容範囲なのだろう。

 そしてもし、人を生き返らせる事が出来るのなら、一体どれ程の星の石が必要なのだろう。

 小瓶を持っていた腕を胸辺りまで下げ、俯き小瓶を見つめる。腕を下ろした事で小瓶が少し傾き、中に入っている星の石がコロンッと踊る。


 僕は父子家庭で育った。母は僕が生まれてすぐに亡くなってしまい、写真でしか顔を見たことがない。どんな人だったのだろう。父に母の事を聞くと、明るくて優しすぎる人だったと言っていた。父は医学研究者で、僕は父も充分に優しい人だと思っている。男手一つで僕を育ててくれた。僕は幼い頃から周りの子供達と馴染めずにいた。いつも仲間外れにされて、ときには嫌がらせをされ泣いて帰ってくる日も多々あった。僕が家に帰っても父はまだ仕事で帰ってこない。けれど、夕方には帰ってきて慣れない手つきで晩ご飯を作ってくれ、食べる時は研究室で起こった面白い出来事を話してくれたり、僕の悩みを真剣に聞いて解決策を一緒に考えてくれた。お風呂に入って、一緒に寝るときも必ず絵本を読んで聞かせてくれた。

 そんな父に親孝行出来るならと思いこの学園の入試を受けた。この学園は合格すれば国から学費が免除され、星の石の研究機関ツァラトゥストラへの就職が保証されており、全寮制。ここなら父の負担が減るだろうと思ったからだ。

 

 なのに、まさかこんなサバイバルゲームさながらの理不尽な場所だとは、夢にも思わなかった。


 父にこの事を知らせるにも、携帯端末は入学前に持ち込まないよう伝えられていたし、入学式で持っていた生徒は没収されていた。あるのは授業で使うための外部とは接触できないように改良され、校内ネットワークでしか接続されていないパソコン機器とタブレット端末だけ。郵便も受け取りしか出来ないようになっているのか、生徒各自の郵便受けしかないようだ。


 つまりこの学園は、政府が作り出した巨大な隔離実験室なのだ。


 「父さん・・・・・・」


 僕は父さんと再会、できるだろうか・・・・・・。


 しばらくして扉の外からノックの音が聞こえた。僕は荷物をソファーに置いて玄関へ小走りで近寄ると、扉を開いた。友之がこちらにニカッと笑って手を振ってくる。


「なぁ、食堂に行くまでまだ時間あるし、高士の部屋が俺らの部屋とどれくらい広さ違うか見に行こうぜ」

「高士くん怒らないかな?」

「大丈夫、大丈夫!ほら行こうぜ行こうぜ!」


 半ば友之に引っ張られるように部屋を出て、二人で高士の部屋へと向った。高士の部屋は、自分達とは反対側の端にある。辿り着きノックをすると少し間を置いて、高士が出た。もう既に内側からチェーンロックがされていて、高士は数cm越しにこちらを覗いた。不機嫌そうな顔が「何しに来た」と無言で訴えている。高士の不機嫌な表情にも臆する事なく友之は躍けながら要件を言う。


「暇だから、お前の部屋と俺らの部屋でどんだけの格差があるのか見に来たんだ!いーれーてっ!」


 友之は右頬の横で合掌して右に小首を傾げえたポーズで高士にせがんだ。足元を見ると左足も曲げていた。そんなポーズも高士には効かなかったようで、虚しく一蹴された。


「暇なら勉強でもしてろ馬鹿」

「ケチくさい事言うなよー。別に良いだろう少しくらい」


 友之に折れたのか高士は溜息をつきながらチェーンロックを外し、僕たちを室内へ迎え入れてくれた。玄関から奥の部屋へと続く間取りは思っていたより違いはないようだが、ベッドのある奥の部屋に行くとやはり少し広いようだ。置いてある家具もほぼ一緒だったが、冷蔵庫は机の下に専用の置き場所が誂えてあり、そこに綺麗に収まっていた。窓は僕の部屋にある物よりやや大きかった。


「ほぉーんっ!やっぱ俺ん所よりちょっと広いな。良いなぁ。これなら多少散らかしても大丈夫じゃん?」

「俺はお前みたいに足の踏み場がないほど散らかしたりしないがな」

「整理整頓苦手なんだよなぁ」

「お前の場合は、漫画読んだら読みっぱなし服は脱ぎっぱなしにするからだろ。読み終わったら本棚に戻す。服は洗濯機もしくは洗濯籠に入れる癖をつけろ!」

「あーあーはいはい、スミマセンデシター。キヲツケマスー」

「はぁ全く・・・・・・」

 

 友之が全く反省していない事が手に取るように解るのか、高士は軽く頭を振りながら溜息をついた。二人のやり取りはまるで親子だ。僕と同じ事を子供側の友之も感じているようで、おどけた様に口を尖らせながら呟いた。


「ホント高士、たまにオカンみたいだよな」

「窓から放り出すぞ」

「すみませんでした」


 ふざけた友之に対して額に青筋を立てた高士が、実際に窓を開けて見せ脅しにかかった。それを見て友之も今回は両手を拝むように合わせ謝罪した。そんな二人を見て苦笑する。不意に壁に掛けてある時計を見ると七時二十分。もうそろそろ食堂へ向かった方がよさそうだ。僕は時計を指差し二人に声をかける。


「ねぇ、そろそろ食堂に行かない?」

「そうだな、そろそろ行くか」

「あれ?もうそんな時間?早いなぁ」


 友之を先頭に三人共玄関の方へ歩き始めた。友之が玄関で靴を履き扉を開けて廊下へ出る。続いて僕が靴を履いて廊下へと出て、最後に高士が部屋の電気を消してから廊下に出て扉を閉めた。高士は扉に施錠し、しっかり鍵が掛かっているか確認すると鍵を胸ポケットへとしまった。その様子を見て友之がエレベーターへ歩き出す。僕と高士も後ろに続きエレベーターへと向かった。エレベーターの矢印ボタンを押して待っていると、他の生徒もエレベーターへとやってきた。

 大きめの楕円形の眼鏡をかけた、少し気の弱そうな男子だ。僕らに気付いて、後ろの方で少し距離を置いて立ち止まる。僕が会釈をすると、彼も戸惑いがちに会釈を返してくれた。話しかけようか悩んでいる内にエレベーターが到着した。四人とも中に入ると、友之と高士と僕はエレベーター内のボタンのある右側へ固まったが、彼は左奥の壁に背中を預けて遠慮がちにこちらを見ていた。


「君も同じクラスだったよね?」


 僕は彼の方を向き、声を掛けてみる。友之と高士も微かに彼を見る。すると彼は一瞬ビクッと驚いたが、その後すぐに返事が返ってきた。


「え、あ、あぁ、うん。そうだね、同じ一年だよ」

「僕は一場春夢。君は?」

「ぼ、僕は、その・・・・・・一両挙いちりょうあがるって言います。よ、よろしく」

「俺、竹馬友之。よろしくな、アガル!」

「・・・・・・雪中だ」

「これからよろしくね。挙くん!」

「よ、よろしく」


 挙は、まさか友之や高士からも自己紹介があるとは思っていなかったようで、少し戸惑いながらも挨拶を交わした。挙を僕らの方に「おいで」と手招きすると、ゆっくり近寄ってきてくれた。挙が僕の隣に来たと同時にエレベーターが一階に到着した。扉が開き外へ出る。並んで歩くと僕と挙はそんなに身長が変わらない事に気付いた。友之や高士が僕より幾分か高いので、ちょっと嬉しい。

 左に曲がるとすぐ食堂に着いた。食堂の扉は開け放たれていて、中の様子が入る前から伺える。食堂内は思ったより広く、右側には券売機と飲み物やインスタントラーメン、お菓子などの自販機。その奥には調理場と直結している料理の受け渡しレーンがあり、数名の調理師が調理場で腕を振るっているのがレーン越しに見える。レーンから左側は食事スペースとなっていて、幾重にも並んだ白いテーブルと椅子には、もう大半の新入生が座っていた。白い壁に薄いベージュのカーテンに囲われているせいか、柔らかい印象を受ける。

 僕らも空いている席を見つけると並んで座った。左から友之、高士、僕、挙の順だ。扉とは反対側の壁に茶色の大きな時計がどっしりと佇んでいた。その時計を見ると、今は七時二十五分。もう少しで源さんが来るだろう。


「あぁー。腹減ってきたなぁ。先に何か食べときゃよかった・・・・・・」

 

 空腹を訴えながら友之がお腹をさすって椅子にもたれ掛かる。見かねた高士が呆れた顔で「我慢しろ」と返した。僕はそういえばと、制服のポケットから飴玉を人数分取り出した。良かった、溶けてない。口寂しくなると欲しくなるので、いつも何個か忍ばせていたのを思い出したのだ。


「飴ならあるけど、舐める?」


 友之に差し出すと、嬉しそうに受け取ってくれた。


「やった!サンキュー春夢!んじゃ俺コーラ味いただきまーすっ」

「良かったら二人もどうぞ?」

「あ、あぁ。ありがとう」

「あ、ありがとう。いただきます」


 高士と挙に差し出すと、二人とも一瞬戸惑ったけれど受け取ってくれた。高士はレモン味、挙がイチゴ味を手に取って、包装を剥がし口に放り込む。僕は残りのオレンジ味を口に入れた。飴やジュース特有の糖分たっぷりの甘ったるいオレンジ風味が口の中で徐々に溶け出す。


「おまたせ皆ー!」


 そういって扉から源さんが颯爽と入って来た。スリッパで小走りして入ってきたので、止まる際にスリッパが滑ってしっかり止まれなかったみたいで、源さんの足元が少しスライディングした。その余韻で源さんの着ている長めのカーディガンと後ろで一本に結った茶髪が少し揺れ動く。時計を見ると調度七時半になった所だった。


「えぇー、皆揃っている様なので、えぇー、これから寮の規則や食堂の利用方法について説明したいと、思います」


 源さんは調理場とレーンの前に立つと、皆に聞こえるようにと声を張り上げながら着席している生徒達に説明し始めた。 


「この度はご入学おめでとう。と、言われても今の君達にはもう嬉しくないよな。・・・・・・うん。でも、こればっかりは僕も何もしてやれない。ごめんな。僕が君達にしてやれる事は、君達がこの寮に居る間だけでも、出来るだけ快適に過ごせるように務める事だけだ。なので、これから君達にこの寮について、説明します。まず玄関ですが、朝昼は基本施錠がされていませんが、午後七時になるとタイムロックが掛かるようになっています。ですが、一応出入りはできますので、締め出されたる心配はありません。玄関の自動ドア中央に付いている、一見ドアノブみたいに見える黒い四角形の部分に生徒証をかざせばロックが解除されて入出が可能です。ただし、その際はコンピューターで出入りの記録がされますので覚えておいてください。」


 源さんがそこまで言うと、左脇の席に座っている男子が源さんに聞き返した。


「つまり、七時以降は生徒全員の出入りが管理されるんですね」

「そういうこと。何かアクシデントが合って夜間に出掛けたっきり帰ってこない生徒もたまにいるからね・・・・・・」


 アクシデント。つまり逃亡を企てたり、他の生徒の手によって除籍になったり、という事だろうか・・・・・・。

 食堂内の雰囲気が一瞬にして淀む。その沈んだ空気を払拭しようと、源さんは頭を振り己の沈鬱な思考を振り払い、話しを続ける。


「あぁ、でも一人分の生徒証で開くからって、複数居て一人の生徒証しかかざさないってのもダメだよ?監視カメラもあるからね。あと、消灯時間は十時。それ以降は僕が各階を巡回するからね。その際出入りしている生徒を見つけたら注意しますが、場合によっては教職員に報告する事もありますので気をつけてね?」

「はいはーい。教職員に報告する事例ってどんな事ですかぁ?」


 右手を上げ、軽く振りながら友之が質問した。それに対して源さんが困ったような表情を浮かべながら答えた。


「あんまりにも回数の多い生徒は一応報告します。それと巡回の時以外でも、廊下で大きな喧嘩をしたり、事件や事故が発生した場合かな。後は寮の管理人である僕や、食堂の調理師さん達に危害を加えた場合はすぐ報告します。」

「報告された場合どうなるんですか?」

「軽い物で教職員から注意を受けるだけだけど、罰として反省文を書いたり、一時通学停止という名の自室に軟禁状態になったり・・・・・・・・・・・・最悪の場合は除籍になります。」


 除籍という言葉でその場の生徒が凍りついた。源さんもこの反応を予測していたのだろう、眉間に皺を寄せ目を伏せた。その表情からは、言いたくなかったが言っておかなければいけない事だったなのだろうと察しがついた。源さんの優しさが伝わってくる。


「なので寮内のルールは守ってね。争い事は極力避けて欲しい」


 源さんの言葉を聞いて静かに俯く生徒達。この中の何人がその源さんの言葉を卒業まで守ることが出来るのだろう。


「それでは次に食堂の説明をしようか!」


 さっきまでの重い雰囲気を残さないようにと、源さんが明るく振舞って食堂の説明に入る。寮を含め学園ではほとんど金銭はいらない事、生徒証を券売機や自販機のID読み取り機にかざせば食券や飲食物が出てくる事。食堂は朝六時から夜九時五十分まで開いており、食堂のメニューは定食や軽食、デザートが二種類ずつ。丼物や麺類が一種類ずつ日替わりで提供される。それ以外の自室に持ち込める飲食物は自販機で購入する仕組みになっている事、洗濯は自室の洗濯機と、管理人室とエレベーターの間にあるランドリールームで行う事、そのランドリールームの機器の使用方法などを説明してくれた。そして、調理師の数名の紹介を経て今日の説明会は終了となった。

 説明会が終わり、皆が食堂の券売機や自販機の方へと向う。時計を見ると八時を少し過ぎていた。


 食べ終わって、二階に着いた所で皆と別れて自室へ帰る。自室の扉を開けた所で、荷物の整理がまだ全然手を付けていない事を思い出した。もう時間も遅いし、今日の所は必要な物だけ取り出しておこう。

 ベッド脇に積んであるダンボールの一番上の箱を下に下ろしガムテープを剥がす。剥がしたテープを机下にあったゴミ箱に入れてから箱を開いた。替えの下着や洗顔セットなどの日用品が入っていた。タオル類も一応持ってきたけれど、脱衣所に備えてあるのが何枚かあったのでこっちは洗濯し忘れた時の予備になるだろう。もう一つのダンボール箱も私服の着替えが入っていた。最後に一番下の箱を開けてみる。こっちにはノートや辞書等の勉強に必要な物。そしてお気に入りの本が数冊入っている。それぞれ不備がないかを確認して、明日必要な勉強道具や今から風呂に入るための着替えや歯磨きセットを適当に取り出し開けた箱を閉めていく。そして着替え等をまとめて持ち脱衣所へ向かった。

 

 僕は髪が濡れるのが嫌いだ。幼い頃から髪が雨などに濡れると、濡れた部分だけ青白く光るからだ。そのせいで、それを知った周りから僕は気味悪がられ孤立してきた。

 シャワーを浴びると今まで黒かった髪が、まるで黒いヘアーマニキュアが落ちるように徐々に青白くなっていく。シャンプーを終えた頭髪は完全に青みがかった白髪へと変わってしまう。その姿を見るのが一番嫌だった。風呂から上がり、体を拭きパジャマに着替え、歯磨きや髪を乾かするため洗面台へと向う。髪をドライヤーで乾かすと、またいつも通りの黒髪へと戻っていく。

 父は生まれつきの突然変異のようなモノだと、周りがなんと言って来ても気にする事はないと言ってくれたが、僕には周りの奇異な者を見る視線も囁き合っている声も受け流すことは難しかった。皆はどんなに濡れても髪色が変わることはないのに、何故僕だけ・・・・・・・・・・・・。

 

 いつものどう仕様もない自問自答に答えをくれる人はここにはいない。


 黒髪に戻った自分の姿を洗面台の鏡で見つめ、濡れた箇所が無い事を確認すると脱衣所から出た。明日も早いから、寝よう。

 ベッドサイドに置いてある小さな時計にアラームを設定してから天井の照明を消した。カーテンの隙間から見える夜空には小さな星が囁かに、けれど懸命に瞬いていた。

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