第30話 ケット・シーと次の旅へ!

29 空の散歩


「行っちゃったにゃ」


 ルーニャは少し寂しそうに呟いた。


「うーん、せっかくだし、このまま空を飛んでどこか遊びに行きたいにゃ」


 飛行船の壁には外の様子が映し出されている。

 真下にはお城が、その向こうには規則正しく並んだ小さなテントが見える。


「あのたくさんあるちっちゃな可愛いテントは宿屋だにゃ。多分ミレイユさんたちもあそこに泊まってるにゃ」

「そういえば昨日屋台で別れたけど、大丈夫かな? 酔っ払って変なことしてないと良いけど」


 そこを通り過ぎると、大きな観覧車が見える。

 その横にもいくつか乗り物があるけど、閑散としている。


 少し飛行船に揺られていると、高い丘の上に大きなテントが建っているのが見えた。


「あれはサーカス小屋だにゃ。夜にはあそこにたくさんの人がマジックとか芸を見に来るにゃ。モノさんたちにも見せてあげたかったけど、チケットが取れなかったにゃ……。今度絶対見せるにゃ! でも周りにも色々なお店があるからちょっと寄ってみるにゃ」


30 サーカスの丘


 ルーニャがそう言うと飛行船は徐々に降下していった。

 サーカス小屋の前の大きな広場に降りると、テュピは再び少女の姿に変身した。


 サーカス小屋の周りには小さなテントが沢山あって、それぞれがアクセサリーや服、人形などのお店になっていた。

 しばらくそれらのお店を見て回ったけど、服屋とかもお土産を意識して派手なものが多かった。

 ケット・シーの絵が描かれていたり、お城の美術館の絵がプリントされていたり。


 人形のお店では動物のマリオネットが沢山売っていた。

 サーカス小屋でそういう催し物があるのかな? 

 ここでも日本円が使えたので、コトと一緒に貯めたお金で色々買った。


「ほら、みてみて〜」


 コトが小さなマリオネットをぴょこぴょこ動かしている。


31 アルミラージ


 テュピが丘の斜面に座って風に当たっていた。

 よく見ると腕にウサギのような動物を抱えている。


「どうしたの?」

「この子……アルミラージ……。抱いてみる……?」


 テュピはウサギを両手でこっちに差し出してきた。

 耳と耳の間、額のあたりに小さなツノが生えている。

 見た目は可愛いけど、僕はツノが刺さらないか少し心配になった。


「大丈夫……、この子は刺さないし……当たっても人参みたいな感じで……あんまり痛くないから……」


 テュピは小さく笑った。

 僕が抱っこすると、アルミラージはぴゅい、と小さく鳴いておとなしく僕の膝の上に座った。


「かわいい〜。いいな〜、私も抱っこしたい!」


 コトが僕の隣に座って足をバタバタさせると、


「ぴゅいぴゅい!」


 アルミラージが何匹か草むらの方からやってきた。


「わっ、青とかオレンジとか、色々な色の子がいるよ!」


 アルミラージたちは僕たちの膝にピョンピョンと乗ってきた。

 膝に乗り切れないと、肩や頭の上にまで登ってきた。


「ちょ、ちょっと重いよー!」


 テュピに助けを求めようと横を見たけど、彼女はどこかに行っていた。

 ど、どうしたんだろう。


 身動きができないのでコトと二人でじっとしていると、テュピが戻ってきた。


「これ……」


 彼女は手にカゴを持っていた。


「アルミラージのゴハン……買ってきた……あげて……」


 中には小指ぐらいの大きさの小さな人参のような形の野菜がいくつも入っていた。

 僕はそれを受け取ると、アルミラージたちに手であげた。


「はーい、順番に食べてねー」


 この子たちがゴハンに飛びついて来るかもしれないと思ってちょっとビクビクしてたけど、アルミラージたちは1匹ずつちゃんと並んで野菜を受け取った。

 かわいいなあ。


「あっ、モノさんたち何してるにゃ? むっ、おいしそうなお野菜発見! 一個いただきにゃー!」


 突然ルーニャがやってきて、横から手を伸ばして野菜をつかんだ。


「ぴゅいーん!」


 アルミラージたちは集まってルーニャをぽかぽかと叩いた。


「あうち! アルミラージちゃんたちのご飯だったにゃ〜!? ごめんにゃさーい!」


 ルーニャは逃げ出した。


 カリカリとゴハンを食べると、アルミラージたちは横一列に並んで、ぺこりとお辞儀をして去って行った。


32 お昼


 辺りをウロウロしていると、椅子やテーブルが並んでいるところがあった。

 近くのお店で買った物をここで食べられるようだ。

 もうお昼だし、少し食べていこう。

 ルーニャやテュピと一緒に、お店でポテトやハンバーガーのプレートを買って食べた。



「ふ〜、おいしかったにゃ〜」


 食べ終わる頃になると、辺りにだいぶ人が増えてきた。

 サーカスを見に来た人みたいだ。

 大勢の人がショーを楽しみにしているみたいだ。


 チケットがないのが残念。

 まあ、でも今度来る時の楽しみに取っておこう。


 それからしばらくジュースを飲みながらスケッチブックに絵を描いたりメモをとったりした。


 そうしているうちにサーカスが始まり、僕たちは帰る時間になった。


33 帰る


「ルーニャ、お母さんに挨拶しないでいいの?」

「うん。これからはもっと頻繁にうちに帰るようにするし、いつでも会えるにゃ」


 そっか。

 まあテュピにかかればすぐに移動できるからね。

 そのテュピは既に飛行船に姿を変えてサーカス小屋の前に待機している。


 辺りにはもうほとんど人はいない。

 お店の人もサーカスを見ているようだ。


 僕はテュポーン号に乗り込んだ。


 サーカスのテントの方から司会者の声が漏れてくる。


『さあ、次のショーは特別ゲストをお呼びしています! エルフ界からやってきた自称伝説の魔術師・エルシアさん! そして彼女とコンビを組むのは、ギガンテス界から来た自称カリスマモデル・ミレイユさん! 

 今回彼女が見せるのはテレポーテーション! 人が移動する魔法です! さあさあ、では早速見せていただきましょう!

 3・2・1……。

 ああーっと、突然ミレイユさんの服だけが消えました! 魔法は失敗です! 全裸です! 何ということでしょう! 彼女達をつまみ出せー!』


 僕たちの目の前に突然大きいサイズの服や下着が現れた。

 ミレイユさんの物のようだ。


 やっぱりサーカスは行かないほうがよかったかもなー。

 だって、行ってたら絶対彼女たちに見つかって舞台に上げられてただろうし。


 そんなことを考えながら、僕たちはケット・シーの世界を後にした。


34 帰りの飛行船で


「ふー、ケット・シーの世界はどうだったにゃ?」


 テュポーン号が次元の狭間をくぐって異世界を移動している。

 人間界までは大体30分ほどで着く。


 ルーニャは床に座って足を伸ばした。

 壁際にある棚からスナック菓子を取り出して、小さなテーブルに広げる。


「今回も楽しかったよ。お城の美術館にはもう一回行ってみたいなー。あと猫の島もね」


 僕たちは衣装の猫耳と尻尾を外した。

 途中全然描写してなかったから忘れてたと思うけど、ずっとこれ付けてたんだよ。


 人間の世界に到着して、公園の砂場から飛び出し、テュポーン号を出る。

 辺りはもうすっかり暗くなっている。

 街灯を辿ってうちに帰った。


35 帰宅


「ただいまー」

「おかえりー。ケット・シーの世界は楽しかったー?」


 お母さんが食事の準備をしている。


「ただいまにゃー。うーん、やっぱり我が家は良いにゃー!」


 ルーニャは僕の部屋に入ると僕のベッドに倒れこんだ。


「ゲーム……やりかけだった……」


 テュピは机に置いてあったゲーム機で遊び始めた。


「…………」


 僕はもう慣れっこなので特に何も言わず、お土産とかを鞄から出して整理した。

 コトは一旦家に荷物を置いてからこっちに来るらしい。

 マーメイドの世界に行って、その二日後にケット・シーの世界で、さすがにちょっと疲れたよ。


「あー、もしもしー、ママ〜? 今モノさんの家に着いたにゃー」


 ルーニャが実家と電話をし始めた。


 僕は下に降りて麦茶を飲んだ。

 ガチャガチャとドアの鍵が開く音がして、コトがやってきた。


 それからみんなでご飯を食べた。



「それでね、猫だらけの島の地下に、猫の住処があったの!」

「そう。私も見たかったなー」


 食事中にお母さんとコトとで旅行の話をした。


「僕も昔はファンタジーの世界に憧れたもんだ」


 お父さんも話に聞き入っている。


36 そしてまた異世界へ


 それからお風呂に入って、寝る時間になった。

 今日は僕とコトが床で、ルーニャとテュピがベッドだ。

 僕は疲れていたのですぐ眠りに落ちそうだったけど、


「にゃっふっふっふ……」


 ルーニャの笑い声がしきりに響いた。


「不気味だなあ……。どうしたの?」


「異世界旅行に行って、楽しい思い出を持ち帰って、それをおすそ分けしてみんなが笑顔になる……そういう旅行を作り上げるのがワタシの目標だにゃ。さっきのコトさんとママさんたちとのやりとりを見ていて、それに一歩近づいているのを感じたにゃ!」

 

 ルーニャがベッドから身を乗り出す。

 食事中の会話の時、そんなことを考えていたのか……。


「ルーニャがそんな真面目なことを考えてたなんて……ショックだ……」

「どういう意味にゃ!」


 ぷんぷんと頭から煙を出すルーニャ。


「冗談だよ。……僕は他の異世界ツアーに行ったことないからよくわからないけど、これからも異世界に行くときはずっとルーニャに案内をお願いするつもりだよ」

「モノさん……!」


 ルーニャは感極まった感じでベッドから飛び上がり、僕に飛びついてきた。


「にゃおーん! 嬉しいにゃー! 私もモノさんたちと一緒が良いにゃー! 他の人は案内しないにゃ!」

「いや、それはダメでしょ案内人として……」

「もうじっとしていられないにゃ、今から異世界旅行に行くにゃ!」

「うぉーい! さすがにもう疲れてるよ! 今僕が行きたいのは異世界より夢の世界!」


 大声をあげて抗議する僕だけど、ルーニャの耳には届かない。

 なぜなら彼女の心は既に異世界に飛んでいるからだ。

 コトはもうほとんど眠りかけていたところだったのでキョトンとしている。


「テュピちゃん、早速移動するにゃ! 場所は適当に! しゅっぱーつ、しんこーう!」

「うわぁー!」


 こうして賑やかな異世界一周旅行はまだまだ続くのだった……。

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異世界一周旅行、当たりました! 猫又みゃび太 @myabita

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